YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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この雨空の向こう

 短めのチェックスカートを履き、ポロシャツを着た女子生徒が、虫取り網に似たスティックを構えてフィールドを駆けている。

 スティックの網の部分は、(おの)の刃に似た形をしており、その網にて女子生徒が投じられたゴムボールをキャッチする。すると、同じフィールドにいる他の女子生徒が、ゴムボールを抱えて走る女子生徒に合わせて行動を起こした。

 ある女子生徒はゴムボールを奪うべく走る女子生徒の前に立ちはだかり、またある女子生徒は走る女子生徒をサポートすべく並走している。フィールドを駆ける計二十人の女子生徒たちは、チェックのスカートにポロシャツ、構えるスティックと同じ格好をしている。

 

――ゴーゴーシロヤマゴーゴゴーゴゴー…

 

 フィールドを駆ける女子生徒たちを、下級生および観客が応援する。

 私立白山学院中等部。彼・鈴鬼小四郎が引っ越す前に住んでいた町の隣町・香陵市に立つ中高一貫のお嬢様学校の名で、大会が近いラクロス部がグラウンドにて紅白戦を催していた。

 

「暑いのによくやるねぇ」

「ほんとだね」

 

 一生懸命な部員たちを横目に、二人の女子生徒が下校する。

 一人はネコのようなパッチリとした目に、形の良い桃色の唇を備え、スラっとした輪郭の白い顔にはニキビやシミが一つもない。万人が振り返る美少女と言って過言ではない、サイドテールを結わえた女子生徒の名は坎原(かんばら)(たまき)と言う。

 もう一人は背が小さな可愛らしい子であるが、やや猫背な姿勢と肩にかかる長さの内側に癖のかかった髪型が、野暮ったい印象を見る者に与える。美少女であることに間違いはないのだが、小さな背もあってその可愛らしさは人を選ぶ。変わった性癖を持つ者には好まれるであろう女子生徒の名は(かのえ)()紬実佳(つみか)と言う。

 二人は白山学院中等部に通う三年生である。部活には所属していない。

 

「紬実佳ー、(いぬい)()さんと(たつみ)(じま)さんは?」

「今日部活だって」

「はー、トロピカってるねー」

 

 二人には高等部に一つ(とし)が上の親しい先輩がいる。それぞれ(いぬい)()(よう)(たつみ)(じま)()(づき)と言う。

 

「あたしも変身ヒーロー部なんてあれば入るんだけどなぁ」

「環、それもうやってない?」

「えー。コスモスと部活は別だしー。あんな殺伐としたのじゃなくて、正義の力で気持ちよく終わりたいじゃん?」

「……みんながみんな良い人ならそうなるのにね」

 

 正義の理想を述べる環に紬実佳が苦笑した。

 二人と先輩の乾出陽と巽島美月には、人には言えない秘密がある。なんと彼女たちは、この日本の破壊を(たくら)む闇の者と戦っている。彼女たちは「コスモス」と呼ばれる集団に所属し、それぞれ戦うための姿に変身して戦っている。

 変身することで現代の科学では説明のつかない力を身に付ける。そんな彼女たちの戦いを知る者はいない。二人および二人の先輩は、有り体に言うと闇の野望を(くじ)く変身ヒロインで、それで紬実佳が環に「やってない?」とツッコみ、環が「別」と返したのである。

 ちなみに、坎原環の趣味は少し変わっている。日曜の朝は男児向けの特撮番組「()(めん)ライダー」を欠かさず観ており、自室にはライダーのフィギュアが所狭しと飾られている。アイドル顔負けの容姿を誇りながらも、小さな男の子が憧れるヒーローに夢中であったりする。

 

 ――正義とは、明け透けない言い方をしてしまえば、力に頼った相手の屈服である。彼女たちは闇の者を退ける、その後味の悪さを痛感していた。

 口汚く罵倒された。目の前で命を落とされたりもした。敵が反省して改心するなんて(まれ)であり、理想どおりになんかならないことを彼女たちは知っている。

 

「暑すぎてヤバい。ねえ紬実佳、コンビニ寄って涼んでこー?」

 

 それでも理想を信じて戦う二人が校門をくぐり、しばらく歩いた所で環が誘う。

 

「環、何か買うの?」

「え、涼みに行くだけだよ」

「なんですとぉ!? 買うつもりないのにコンビニに行くって冷やかしだよー」

「涼みに行くんだから冷やかしで合ってんじゃん。っていうか、このグランプリンセスなあたしの汗を感じられるんだから感謝して欲しいくらいだし」

「どこからくるのその自信。っていうか、環ってお金持ちのくせにどうしてそういうとこはけちんぼなの」

「へへ。この前ライダーのフィギュア買ったばかりだから、無駄遣いするとパパに叱られちゃうんだよねー」

「はっぷっぷー。あわよくば中野こんぶおごってもらおうって思ったのに」

 

 今は七月。かんかんに照らす夏の日射しに二人が汗を垂らしていた。

 程なくして、涼をとった二人がコンビニから退店する。何も買わないのは気が引けたのか、環の右手には「Aティー」とのラベルが張られたペットボトルに、紬実佳の左手には「アンジュのシュワシュワウォーター」とラベルが張られたペットボトルが握られている。

 二人はコスモスの仲間にして親友の間柄である。環が夏の空を見上げて親友に()く。ちなみに、環の家は財閥と言っていいレベルの大富豪である。

 

「紬実佳」

「なに?」

「最近さ、何か出ないよね」

 

 最近は闇の者による襲撃がないことを環が口にした。

 紬実佳が答える。かんかんに照らしていた夏の太陽が厚い雲に覆われる。

 

「平和なのはいいことなんじゃない?」

「そうなんだけど、……紬実佳、あたしね、最近」

「うん?」

「ヘイズの(やつ)らより、群れて暴れるフツーの人らの方が許せないんだ」

 

 環の生まれは東京であり、中一の頃、諸般の事情でこちらに引っ越している。そんな環には東京に住む小さな(めい)がいた。

 しかし、環の姪は、五・〇二騒擾事件に巻き込まれて亡くなった。(ひど)い暴行を受けて亡くなり、原型を留めないほど変わってしまった亡骸に環は大泣きした。

 環が口にした「ヘイズ」とは闇の者の総称である。幾多と戦って打ち負かしている環と紬実佳の二人だが、戦うことで譲れない(おも)いをぶつけ合っている故に環は、闇の者が闇に()ちるだけの悲しい事情があることを知っている。

 事情は様々だが、中には環が同情した事情もある。デモという集団の力を借り、膨れ上がったその場のノリとでも言うべき理性無き憎悪で、姪を殺した暴徒を環は憎んでいる。

 

「環」

 

 変身することで得られるコスモスの力は、その気になれば一般人など容易(たやす)くひねり潰せてしまう。

 コスモスの力を一般人に行使することは禁忌である。紬実佳が心配する。

 

「分かってる。コスモスの力をフツーの人に使っちゃいけないことくらい。でも」

「…………」

「あいつら、何も悪くない(れい)()を、あんな目に……」

 

 環が失った姪の名をつぶやき、悔しさに整った顔をゆがませていると、

 

「……あ、雨」

「雨つよい! 紬実佳、あそこ行こ!」

 

 降り始めたにわか雨に、二人が頭をバッグで隠しながら屋根のある建物へ走った。

 雨は間もなくして強さを増し、ボタボタッ――、と屋根から雨水が垂れる。

 

「環、折り畳み傘もってる?」

「ううん。まあ、通り雨だろうから、しばらくすれば()むんじゃないかな?」

 

 二人が雨の降る灰色の空を見上げると、紬実佳のケータイがブルッと震えた。

 紬実佳がケータイを取り出す。すると、今年大学に進学した姉からの通知で、「傘を持ってきて」という用件を見た紬実佳がため息をつく。

 もしかしたら――。そんな(いち)()の望みを紬実佳は願ったが、その想いはいつも空振りに終わる。

 

「紬実佳、誰からだった?」

 

 ケータイをしまった紬実佳に環が尋ねる。

 

「お姉ちゃんから。傘もってきてなんて、こっちだって困ってるのに」

「……ウソ」

「え?」

「忘れられないんでしょ、前の男。ねえ紬実佳」

「……うん」

 

 環がため息を吐いた親友の本心を見抜き、これに紬実佳がうなずいた。

 四月の下旬。開店したばかりのパティスリーで、突然「友達になってくれませんか?」と申し込んだ男の子。紬実佳は彼・鈴鬼小四郎のことが、今日の今までずっと気になっていた。

 胸がこの上なくときめいた。結婚するならこの人しかいない、と感じた。それに、どこかで会っている気がし、小学校が同じだった高波市丞にコンタクトしてまで連絡先を聞き出した。

 彼と話ができたときは幸せだった。「可愛い」とまで言ってもらえ、紬実佳は昇天した。だが、五月の連休明け、彼とは音信不通となってしまう。いくら電話してもつながらず、この訳を高波市丞に尋ねると、彼が家庭の事情によって転校してしまったことを聞かされた。

 忘れられなかった。紬実佳は彼からの連絡を心の底から待っている。

 

「あんな男わすれてよ」

 

 うつむく紬実佳に環が告げた。

 振り向いた紬実佳の小さな体を、環が強く抱き締める。

 そして環が吐露する。たった一人の大切な親友、その耳元に涙交じりの想いを。

 

(たい)()が死んじゃって、麗亜まで」

「…………」

「みんなあたしのそばからいなくなる。やだよ、もう。いなくならないで……」

 

 四月下旬のパティスリーで紬実佳と彼の間に割って入った環だが、実のところ環も彼に既視感を覚えていた。

 ただし、環は異なった。環は彼に最も大切な親友を奪われそうな危機感を覚え、それで彼を排除したのである。

 環はこちらに引っ越す前、泰子という名の友人を亡くしている。そして今度は姪を亡くした。

 

「紬実佳。あんな男のことなんか忘れて、あたしのそばにいて……」

「……うん」

 

 紬実佳が、心の弱っている親友を優しく抱き返した。

 しかし紬実佳は忘れられない。雨の止み始めた灰色の空を見上げ、彼とまた()えることを信じている。

 

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