YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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衝動(イド) 本気で恋する五秒前


 弥生時代の巫女(みこ)に似た黒い装束をまとう、卑弥呼(ひみこ)と名乗る子供。その子供が差し出す黒い玉に、僕は目を奪われていた。

 黒は目を引く色であるが、それだけで目を奪われたりしない。何と言うべきか、得体の知れない気配を黒い玉から感じる。大量のミミズやウジがのたうち回るおぞましさの中に、キラリと光る虹色の宝石が埋まっているような。

 そして、何故(なぜ)か僕は、この闇よりも暗い黒の玉を知っていた。初めて目にしたはずだ、なぜ知っているのか分からない。だが、この黒い玉があれば、ずっと前から抱いていた欲求が満たされる気がする。

 僕は、役に立てない自分が()(がゆ)かった。もう守られるばかりじゃなくなり、――身を(なげう)つことができる。――小さな体を、抱き上げることができる。

 

「ほほっ」

 

 黒い玉に視線を注ぐ僕を子供が笑った。

 本能と言うべきだろうか。内側から湧き立つ衝動が、黒い玉を取れ、としきりに叫んでいる。

 僕が、右手を伸ばす。そして、子供が差し出す黒い玉を、残された右目で見つめながら(つか)む。

 

「うっ、わあああっ!」

 

 黒い玉を掴む。たったこれだけのことに、僕が驚き余って絶叫した。

 (てのひら)を通して伝わる、黒い玉が放つ(すさ)まじいエネルギーを。それは右腕の中で熱き血潮に変わり、僕の頭から爪先まで満ち渡る。

 これまでに感じたことのない脈動が僕の中で浸透している。この変調に僕が動揺し、黒い玉を抱えてうずくまると、()(だる)かった体から重さが消えており、代わりに幼いころ感じていた無性に体を動かしたい衝動が僕の中で駆け巡る。

 自分の体を電池として例えると、まるで急速充電されたよう。覚醒剤とはこのような気分になるのだろうか。はち切れんばかりの活力が体内で暴れ回っている。

 

「あ、あ……」

「ほほっ、刺激が強かったかの?」

 

 子供が笑いながら僕に尋ねたが、自分の体に起きた劇的な変化に、僕は茫然(ぼうぜん)とする他なかった。

 僕が落ち着くべく大きく息を吸い、吐いて玉を抱えたまま立ち上がる。すると気が付く、僕を(さいな)めていた体のかゆみが、まるで無かったことのように消えている。

 体が自分の物とは思えないほど軽く、抱える黒い玉に目を向ける。――何なのだこの玉は。そして僕は、どうしてこの黒い玉を知っていたんだ。

 

「これは一体」

「ほほっ。望み絶たれた者だけが手にできし闇の力、とでも言っておこうかの。それより」

「……?」

「そのイチモツ、早くなだめよ」

「えっ。……うわっ!」

 

 気が付かなかった。僕は子供の前でとんだ醜態をさらしていた。

 隠すためにひざまずく僕。しかし、子供が恥ずかしがる僕に、口をニタリと曲げたイヤらしい笑みを浮かべ、

 

「ま、見慣れておるがの。男は体が慣れぬうちは内からあふれる精力を抑えきれず、往々にして()たせる」

 

 予想の範囲内と僕に告げた。

 ()(ぜん)とする僕。普通なら目を()らすものだろう。子供は男の性を嘲笑っている。

 

「君は一体」

「余か? 先も言ったろう? 余は卑弥呼、時を超えし大御神にして、この世界の母となる者」

「そういう誇大妄想じみたことを()いているんじゃない。君は、何者なんだ?」

「何者?」

 

 笑う子供の揺すれる肩が止まり、これに僕が首を縦に振る。

 

「ほう、余の事を知りたいとぬかすか?」

「……ああ」

「そうよの。余や托胎(たくたい)の時に(あた)り、慈母日輪の懐中に入るを(ゆめ)む。相士(いわ)く、日光の及ぶ所照臨せざるはなし。壮年必ず八表仁風を聞き四海威名を(こうむ)るは、それ何ぞ疑わんや。この奇異あるにより敵心をなす者は自然握滅、戦うときんば勝たざるはなく攻むるときんぱ取らざるはなし」

「……は?」

「ほほっ、つまるところ、余は()(いずる)(ところ)の天子、(すなわ)ち日輪の子じゃ。余は(あま)(てらす)の意思にして天の化身、其方(そなた)の右眼に(しか)と焼き付けるがよいぞ」

 

 煙に巻いているのか、話の意味が通じていないのか。いずれにしろ子供の返答はいささか不愉快で、僕はこれ以上訊くことをためらった。

 日輪の子なんてバカバカしい。豊臣秀吉(とよとみひでよし)じゃあるまいし。親とか出身とか、僕がいま抱えるこの黒い玉の事とか、僕をここに呼んだカラスとの関係とかを訊きたかったのだが、この子供は男の性を余裕綽々(しゃくしゃく)に笑っている。

 怪しい子供だ。出来る限りは距離を取った方が無難だろう。だが、そう思う僕の心境とは裏腹に、子供がつかつかとひざまずく僕に歩み寄る。そして、見上げる僕の顎を、転がすように()でながら告げる。

 

「其方、そもそも訊ける立場にあるのか?」

「え?」

「名を捨てたなどとのたまっておきながら、余に尋ねるなどと虫が良すぎんか? え?」

「…………」

「何も言わぬか。まあよい。それよりも其方、目をつむれ」

 

 子供が目を閉じろと僕に命じた。

 ()(さん)臭い子供だ、あまり言うことは聞きたくない。だが、玉を(もら)った恩があるため、僕が素直に右目を閉じる。

 しかし、閉じるべきではなかった。僕の口に、柔らかく湿った何かが押し当てられ、それで目を開けると子供が自分の唇を僕の口に押し付けている。

 僕がとっさに顔を離す。目を開けた子供が、またニタリとした笑みを浮かべ、自身の赤い唇をペロリとなめる。

 

「口づけは初めてか? ほほっ、()いのう」

「君、自分が何をやったのか、分かっているのか?」

「もちろんじゃ。余はこう見えて男が好きでのう、特にそちのような女を知らぬ男を見ると可愛がりたくなる。よって特別に余の処女」

 

 立ち上がった子供が履く黒い(はかま)を自ら下ろす。

 

「くれてやろう。さあ、余を抱け」

 

 耳を疑う台詞(せりふ)に僕は戸惑った。

 巫女姿の子供は、外見から見るに十歳程度のように思える。容姿はそこそこ可愛らしいが、所詮は子供だ。

 小さい女の子に情欲を抱く男。いわゆるロリコン。僕にそんな趣味はないのだが、着物の裾から現れる白い(もも)になまめかしさを覚え、つい視線を向けてしまう。

 今の僕は異常だ。黒い玉が放つエネルギーの所為(せい)か、普段ならどうとも思わないはずの妹よりずっと年下の子供に情欲を感じてしまっている。

 

「何を我慢しておる。人の好意は素直に受け取っておくものじゃぞ?」

「ふざけるな。こういうのは、愛し合っている人同士がやるもんだ」

「ほほっ、童貞臭いこと吐きおって。……そうか。其方、好きなオナゴに(みさお)を立てているのか?」

 

 言われた僕が、このまえ好きになった子、(かのえ)()紬実佳(つみか)さんを思い出す。

 もう会えない。この醜く変わり果てた僕を庚渡さんだけには見られたくない。だが、そんな思いに反して熱さが内から湧き上がり、この上なく膨らんでしまった。

 思い出してはダメだ。そう首を振るが頭から離れない。それどころか庚渡さんの可愛らしい顔と体が僕の頭を支配する。

 ぷるっと潤った桃色の唇。白くてしっとりとしたもちもちの肌。花びらを剥ぐように服を脱がせたら、どんな姿が(あら)わになるのだろう――。そんな恋から生まれた情動が僕を(たぎ)らせ、狂わせている。

 

「我慢せずに良いぞ、余をそのオナゴと思うがよい」

「…………」

「そのオナゴにしたかったこと、吐き出したかったこと、全て余が受け止めてやろう。(いち)()で懸命なそちの(おも)い、もう永遠に(かな)わぬのだからな。ほほっ、ほほほ」

 

 うずくまって顔を伏せる僕の耳に、子供の嘲る声が木霊した。

 子供の誘惑なら耐えられただろう。しかし、もう限界だ。むずむずとした庚渡さんへの衝動が僕から飛び出ようとしている。めまいがするほど頭の中の庚渡さんが僕を果てさせようとしている。

 

「ああっ、うう……」

「それにしてもそちは敏感じゃの。アリマニドが発する情動に」

「あり、まにど……?」

「そちが持つ玉の名じゃ。しかしそちほど盛った男は余も初めて見る。そちは相性が良いのかもしれんの」

「…………」

「答えられぬか。ほれ、我慢することはない、余に好きなだけ吐き出せ」

 

 子供が腿の内側を見せつけるようにしてしゃがんだが、僕はそれをはねのけた。

 押されて尻もちをついた子供が、

 

「何をする!?」

 

 立ち上がって怒鳴ったが、僕は(つい)に堪え切れず、独り達してしまった。

 申し遅れたが、僕の名前は(すず)()()()(ろう)と言う。だが、僕は事故で大火傷(おおやけど)を負い、醜く変わり果ててしまった。こんな僕の事などもう知る人はいない。だから名前を捨てた。

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