YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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暴れろ! お前の心の闇を解き放て!

「ほほっ、中々良いものが見れたわ」

「…………」

 

 (はかま)を履いた巫女(みこ)姿の子供が、月明かりだけが()す大江戸ユメミヤグラの最上フロアに戻った僕を笑った。

 僕は病院を抜け出しているので患者衣を着ているのだが、先の忘れたい恥により患者衣のズボンとその下に履く下着を洗った。乾かしていないため、下半身が湿っていて気持ち悪い。

 

「そちも強情よの。素直に余を抱けばよかろうに」

「君は、自分が何を言っているのか分かってるのか?」

「ほほっ、初潮はこのまえ(きた)した。余はもうオトナじゃ、問題なかろ?」

「問題あるに決まっているだろ。保健の授業で学んでいないのか?」

「子を(はら)むとぬかすかえ? ほほっ、今日初めて出会った、名を捨てたとほざく若い男の子種でか。それも一興よの」

「……僕はそんなの、絶対にごめんだ」

 

 理解不能で怪しい子供に、このフロアに戻るんじゃなかった、と後悔した。

 しかし、僕がいま手に持つ、「アリマニド」と言っていた黒い玉。これを目にしたとき、僕は僕の心に()み付く誰かを思い出せそうだった。

 僕は、誰かを守りたかった。誰かと肩を並べて対等になりたかった。中二の頃から棲み付いている顔も姿も分からない誰か。柔道部に入ったのも、勉強をし始めたのも、オシャレになりたいと思ったのも、その誰かのために発起した。

 あと少しだった。あと少しで、心に棲む誰かに手が届いたんだ。今は思い出せなくてとてももどかしい。

 

「さて、其方(そなた)は闇の力を手にした。其方、その力で何がしたい?」

 

 思い出そうと下を向いている僕に子供が尋ねる。

 

「何がしたい?」

「感じておるのだろ? 内からあふれる無限の力を」

「…………」

 

 答えないが、体の内側から湧き上がる力を感じている僕に、子供が夜空を指し、

 

「其方はあの空に広がる宇宙の真理に選ばれた者じゃ。全てが思うがまま、神と言う名の偶像になるのもよし、オナゴを次々に孕ませて産ませた子供に父とあがめられるのもよし、無辜(むこ)の民を気の赴くままに(ほふ)って民衆に恐怖を植え付けるのもよし。さあ、何がしたい?」

 

 嫌らしい微笑を浮かべて僕に尋ねた。

 何がしたい、などより先に知るべきことがある。それは、僕が右手に握る黒い玉の正体だ。それが()きたくて僕はこのフロアに戻っている。

 素晴らしいとか感動したとか、この玉にはそんな感情を抱けない。手にするだけで活力、精力、生命力といったありとあらゆる力が僕の体に満ちあふれ、そして、その力は僕に何でもできそうな気にさせるが、こんな物が存在するなんてもちろん聞いたことはない。

 まるで別人だ、手にする前と後では。僕を僕じゃない人へと生まれ変わらせた黒い玉、この世の物体なのか、はたまた玉の形をした生物だったりするのか。そして僕は、恐ろしさすら感じるこの玉をどうして知っていたのか。

 

「なあ、この黒い玉は何なんだ。どうして持つだけで、こんなにも僕に力と自信をくれるんだ?」

 

 僕が尋ねる子供を無視し、黒い玉の正体を尋ねたが、

 

「知る必要あるかえ?」

「……は?」

「ブラックボックスという言葉を聞いたことあろ? 今は中身について其方が知る必要はない。其方はアリマニドがもたらす力を、ただ享受してればよい」

 

 玉を渡した子供は回答を拒否した。

 正体を知る必要はない、知らずに持ち続けていればよい、と述べた子供。だが、信用できる訳がない。善意と受け取るには気味が悪すぎる。

 さっき子供は言っていた。望み絶たれた者だけが手にできる、と。そういった意味では僕に玉を手にする資格はあるのかもしれないが、ただで渡す理由が分からない。渡した側にも(うま)みがあってしかるべきだ。

 相応のリスクはあると思った方がいいだろう。上手(うま)い話にはすべからく裏があるものだ。世の中はそういう風にできている、と僕は親から聞いている。

 

「今は、ってさっき言ったな?」

「ふふん。まあ、いずれ知る時がくるじゃろ。その時を心待ちにしているがよい」

 

 問い詰めたい僕だったが、子供のニヤついた笑みに究明を諦めた。

 丸テーブルに乗る山積みの果実から、子供が今度はマスカットをつまみ上げる。この子供は既に回答を拒否している。まず答えないだろう。また、無理に訊いて機嫌を損ねられても困る。黒い玉を取り上げられたくない。

 恐ろしさすら感じる黒い玉だが、これは絶対に手放したくない。我ながら図々しいと思っているものの、これはたぶん僕の今後に必要だ。これがあれば僕は、醜い自分でも自信を持つことができる。また、今しがた思い出せそうで思い出せなかった誰かの元へ辿(たど)り着けそうな気がする。

 

「そちはまず女を知り、ゆくゆくはかの(ひかる)(げん)()(ごと)く、(あま)()の女を(はべ)らせる男になってもらいたいがの」

 

 子供がマスカットの粒を頬張りながら僕に訳の分からない願望を告げる。

 

「光源氏って、あまりよく知らないけど、愛人がたくさんいたって言う」

「そうじゃ」

「なれるわけないだろ」

「ほほっ。確かにここに来る前の其方では到底無理じゃ。されど今そちの手に握られている玉はなんぞ?」

 

 言われた僕が右手の黒い玉に視線を移す。

 

「アリマニドがあれば、其方は光源氏になれよう。後は其方が抱く独りよがりな女への妄想を捨てれば、其方は女の心と体を(ほしいまま)にできよう」

 

 漫画や小説などでよく観るハーレム主人公。僕がそれに近しい存在になれる、だって?

 全く笑えない。第一僕がモテる訳がない。僕は重大な欠陥を抱えている。

 

「何の冗談だ。僕は背が小さいし、第一この顔でどうやってモテろっていうんだ。この包帯の下は火傷(やけど)だらけで見られたもんじゃない、バケモノの顔だぞ」

 

 僕が巻いた包帯で隠す自分の醜い顔をほのめかすが、

 

「ほう、それはますますいい」

「は?」

「整形し放題ではないか、ほほほ」

 

 子供が僕の不幸を冷やかしたため、僕は舌打ちした。

 (いら)()つ僕の気持ちを知ってか知らずか子供が慰める。

 

「そう悔やむでない。人間ツラなど長く付き合っていれば二の次になるものぞ。男は性欲を満たせる女のカラダを望み、女は男に強さを求む」

「強さ?」

「左様。女は頼れる男を好む。いくら容姿がよくとも男として弱ければ初めだけじゃ。()ぐに興味を失くす」

「…………」

「そして女は、傍らにいて甘やかす男を好む」

 

 子供が僕に歩み寄り、人差し指で僕の胸を突く。

 

「そちの心には諦めきれぬオンナがいるようじゃがの、そんなのさっさと捨てるがよい。もう相まみえることもなかろ。未練がましく(おも)い続けても無駄ぞ」

「…………」

「どうせそんな女、もう其方の事など忘れて違う男に盛っておる。女はの、そちが思うよりドライじゃ。それでも想い続けて、其方でない男の上で腰を振る姿を望みなら別じゃがの」

 

 僕の恋はとうに終わっている。だからさっさと諦めろと子供は告げた。

 余計なお世話だ、と思う一方で子供の言は的を得ていた。醜い姿に変わり果てた僕が好かれる訳がない。そもそも地元を離れるとき「忘れなければ」と心に誓った。

 言われるとおり未練がましかった。(いま)だ僕は囚われている、庚渡さんという女の子に。そうでなければ先ほど思い出して達するなどしていない。

 

「ほほっ、思い立ったが吉日じゃ。余を抱いて忘れるか?」

 

 子供の誘いに、僕がため息をつく。

 

「セクハラだぞ。やめてくれないか。……子供にセクハラを訴えるってどんなだよ」

「ほほっ。余が女を(よろこ)ばせる手管を教えてやろうと言うのに」

「要らないよそんなの」

「ほほっ、その理性もいつまで()つかの。其方は闇の力を手にした。そちがどうケダモノに変わるか、これは(たの)しみじゃ」

 

 この子供は、ひょっとしたら宇宙人なのでは。黒い玉やカラスの事もあるが、あまりにも意味不明で理解が全く追いつかない。

 外見にして十歳そこらの子供がセクハラ(まが)いの発言ばかりしている。親の顔を見てみたいものである。

 

「さて、そちの素顔を見ておこうかの。其方、顔の包帯を取れ」

「……断ると言ったら?」

「アリマニドを返してもらおうかの」

 

 不承不承ながら僕が顔に巻いた包帯を解く。

 

「確かにこれは(ひど)いの」

「もういいか? 見せたいものじゃない」

「まだじゃ。その顔になった訳を訊こう。さあ、話したもれ。話さぬというのならアリマニドを返してもらおう」

 

 子供に聴かせる話じゃないが、この子供は宇宙人だ。常識が通じる相手ではない。

 黒い玉を手放す訳にはいかない。僕がこの身に降りかかった不幸を簡潔に話す。

 

「ほう、(ごー)(まる)()(そう)(じょう)事件で」

「ああ」

「余はあの事件の首謀者、知っておるぞ」

「首謀者だって?」

 

 思わぬ子供の発言に僕が目を見開かせて訊き返した。

 子供が(しん)だけになったマスカットを丸テーブルの上に置きながら続ける。

 

「今のアメリカに牙を抜かれた日本人に、あんな大それた暴走できるわけなかろ。あの事件にはアジテーターがおってな、全て仕組まれておったことよ」

「なんだって?」

「首謀者とその取り巻きが徒党を組んで暴れ出し、その狂気をデモの参加者に(でん)()させたのじゃ。有象無象の集団など狂気を始めに示せば、(あお)るなんてことはそう難しくない」

「…………」

「あの事件は、国を変えるためには犠牲もやむなし、と民草の命など顧みぬ者によって引き起こされたのじゃ。さあ、其方、どうする?」

 

 何故(なぜ)この子供はそんなことを知っているのか。いや、今はそれはどうでもいい。

 思い出される妹の最期の声。僕の中で、怒りがふつふつと湧き上がる。

 

「頼む。知っているなら教えてくれ」

「ほほっ、よかろう」

 

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