YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

134 / 143
神の恩寵を受けし傑物は天命に背いて日々を安穏と過ごすなど許されぬ

 一辺が14.55mの正方形に敷き詰められた畳の上で、柔道着を着た二人の男が組み合っていた。

 畳の上では、手に汗握る攻防が繰り広げられている。襟を引き寄せては抵抗し、足首を蹴ってはそれを弾く。ここは全国中学校柔道大会の予選会場。いま二人の男が、全国大会への切符を手にするべくしのぎを削っていた。

 予選は最終局面の決勝戦。五人制団体戦の成績は両校ともに二勝二敗。つまり、いま組み合っている大将戦の勝敗が運命を決める。

 全国大会へ行くんだ――。組み合う両者気迫にあふれている。片方の学校の名は、杜田市立美女中学校と言う。

 

「せいやあっ!」

「一本!」

 

 審判が手を上げる。丸刈りの男による大外刈りが決まり、勝敗が確定した。

 勝った丸刈りの男が(もろ)()を上げてチームメイトの元へ駆け寄る。奇声まで上げ、とても喜んでいる。その一方で負けたボサボサ頭の男が、畳に突っ伏して顔を伏せている。

 ボサボサ頭の男は震えていた。悔し涙を流していることは想像に難くない。

 

樹之(きの)(した)

 

 負けてしまったものの健闘したボサボサ頭の男に、彼・鈴鬼小四郎が会場の隅から拍手を送った。

 彼が(きびす)を返す。いま畳の上で泣いているボサボサ頭の男は、彼の旧知・樹之(きの)(した)侘助(わびすけ)である。

 

「……帰ろうか」

 

 外に出た彼が、夏の青い空を見上げながらつぶやいた。

 今は八月、学生は夏休みだが、彼はもう学校へは通えない。闇の力を手にした彼は、世間的には爆発事故に巻き込まれて死んだことになっていた。

 帽子を深くかぶる彼が、会場から遠ざかり、大通りから()れたわき道を歩いていると、

 

(あの子供、危ないな)

 

 ボールで遊ぶ小さな男の子を見つけた。

 男の子はサッカーボールを蹴りながら歩いている。道はわき道なれど車も走る道路なのだが、男の子は転がるボールに夢中でいる。

 間もなくして大きいサイズのSUV車が現れる。男の子は車に気付いておらず、蹴り損なったボールが走る車の前に躍り出る。車は減速する素振りをせず、――()かれる、と誰もが思うとき、

 

「ハッ!」

 

 彼がネコ科の猛獣と遜色ないスピードで道路に飛び出し、男の子をかばった。

 そして急ブレーキの音が響き、車がガクンとつんのめったように揺れる。運転手があと少しペダルを踏むのが遅れていたら大惨事となっていただろう。彼と男の子の寸前で車は間一髪止まっていた。

 肝を冷やした運転手が慌ててドアを開け、彼と男の子に無事を尋ねる。次いで助けられたことを自覚した男の子が彼の顔に首を向ける。

 

「……うわあっ!」

 

 しかし、帽子をかぶる彼の、包帯を巻いて素顔を(うかが)えない顔に男の子が悲鳴を上げた。

 男の子が彼から離れて尻もちをつく。運転手も不気味な彼の姿に言葉を発せずにいる。そんな男の子と運転手に、彼が無言で背を向けて去る。

 しばらく歩いた彼が雑木林を見つける。樹々(きぎ)の中に入り、辺りを見渡して誰も見ていないことを確認してから、

 

「ふっ!」

 

 常人離れした跳躍をし、太い枝の上に飛び乗った。

 彼が下を向く。改めて誰もいないことを確認し、葉の生い茂る頭上に首を向ける。

 そして、高く飛ぶ。枝葉を突き破って高く舞い上がった彼はもう人間ではない。闇の力を身に宿した者「沙門(サマナ)」である。

 

(風が、気持ちいいな)

 

 高度にてそよぐ風が、彼に心地良さを与える。

 浮かぶように空を飛ぶ彼。闇の力は、彼を常人には理解し難い存在へと変えた。鳥の(ごと)()(しょう)する力、大型トラックを持ち上げる力、走る電車に()ねられても無事な力を彼に与えた。

 もう一度述べるが、彼はもう人ではない。人の皮を(かぶ)った怪物である。人の心を持ちながらも人間では決して得られない力を持つ(いびつ)な生物、ともすれば神かそれに比類する者と思い上がってしまう境界線の上に彼は立っている。

 

 ――闇の力を手にした彼は、卑弥呼と名乗る子供の軍門に下った。

 彼が手にした闇の力にして黒い球状の物体「アリマニド」だが、一晩経つと彼に寄生していた。いま玉は、彼のみぞおちに埋め込まれた形で存在している。

 勝手に埋め込まれていた。もちろん驚いて子供に何をしたのか()いたが、子供は「余は何もしとらん。アリマニドは適合せし者の体に己の意思で宿るのじゃ」と返答した。己の意思で取り付く玉なんて気持ち悪いが、玉は彼にこの上ない活力を与え、火傷の(かゆ)みも収まった。日常生活にも何ら不快さを感じず、何よりも今の彼にとっては必須な物のため、彼は寄生されたものの共存を容認している。

 

 卑弥呼という子供は、彼にコスモスという闇の力と等しき力を持つ者がこの世にいることを教えた。

 そして、コスモスを見つけ、見つけ次第抹殺する使命を課した。抹殺という要求に彼は抵抗を示したが、その一方でコスモスと聞いて何故か懐かしさを感じ、そして「絶対に会わなければ」という衝動に突き動かされた。

 彼は子供と、殺す点で違えるものの思惑が一致する。闇の力をもらった恩もあるため、もしコスモスに()ったら殺しこそしないが、敵として戦うことは承知する。こうして彼は卑弥呼という子供の私兵「沙門」となる。

 ちなみに、沙門と言う呼称は、昔は「ヘイズ」と呼ばれていたのだが、卑弥呼という子供の気まぐれで呼称が変わっている。

 

(今日はここに泊まるか)

 

 オレンジ色の塔屋が目印の、二階建て店舗の屋上に彼が下り立つ。

 彼が下に人がいないことを確認してから地上に飛び降りる。大江戸ユメミヤグラを経営する企業を「天明(てんめい)ホールディングス」と言う。この企業は不動産からホテル経営、人材派遣に求人広告など多角的な経営をして成功を収めている。

 財界にも太いコネクションを持つ、日本に住んでいて知らない者はいない大企業・天明ホールディングス。総合商社と言うに相応しい企業の傘下にインターネットカフェがあり、その店舗に彼が入店した。

 彼が財布を取り出し、カウンターにて黒いカードを差し出す。すると、社員と思しき店員が飛び出し、彼を部屋に案内する。

 入室した彼が、薄暗いフラットブースの中で一人寝転がって目をつむる。

 

「僕は、これでいいんだろうか……」

 

 もう人の輪には溶け込めない将来に彼がつぶやいた。

 彼が男の子を助け、そして男の子と運転手に恐れられた今日を振り返る。あのとき、彼は何も恐れずに男の子をかばっていた。

 恐れるのが普通なのだ。轢かれる恐怖に足がすくみ、男の子を見殺しにするのが普通の人だ。彼はたとえ車に轢かれたとしても無事で済むことが分かっており、それ故に勇気も何も要らず男の子を助けていた。

 人の皮を被った怪物に変わりつつあることを彼は理解していた。もう人には戻れない自分の奇妙な運命に、彼が悩み、苦しみながら眠りについた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。