YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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僕の名を言ってみろ

「……ん」

 

 気を失っていた箕宿慧が目を覚ました。

 体を起こす慧の瞳には、背を向ける少年の姿と、自分に気を失わせた鳥男の倒れた姿が映っている。

 離れた所に丙山潤奈の亡骸(なきがら)を見つけ、失神する前に起きた悲劇は全て現実であることに慧が落胆するが、一方で背を向ける少年の姿に何故(なぜ)か懐かしさを覚える。

 

「ぐっ、う……」

「お願いします、彼女を見逃してあげてください」

 

 背を向ける少年の彼が仰向けの鳥男に箕宿慧の看過を要求した。

 鷲座(アクゥイラ)の変身が男から解け、その背の地面はひび割れた上、すり鉢状に(くぼ)んでいる。彼の闇の力を手にした背負い投げの威力を物語っている。

 男が寝転がり、うつ伏せから手を突いて立ち上がろうとするが、腰を強く打ったため脚に力が入らず()いつくばっている。下半身の(しび)れが抜けるまで男は立ち上がること敵わない。その一方で格上相手に大金星を挙げた立役者の子犬座(ワンダフル)が役目を終えたために姿を消す。

 

「え、まさか……」

 

 彼と男を呆然(ぼうぜん)と見ていた慧が声に気が付いた。

 爆発事故に巻き込まれて亡くなった、と慧は聞いていた。でも、背を向ける少年が発する声は、確かに亡くなった彼の声だった。

 聞き間違えるはずがなかった。慧にとっては恋をした異性の声なのだから。慧がおそるおそる口を開き、背を向ける少年に胸を高鳴らせながら問う。

 

「ねえ。鈴鬼くん、なの?」

 

 尋ねた慧に彼は、返事をせず背を向けたままでいた。

 立ち上がる慧。今の状況を察せないほど鈍くはない。この時が止まった空間で動いている以上そういう事なのだろう。

 慧が好きになった彼は闇の者だったのだ。しかし、関係ない。慧は死んだと思っていた彼が生きていて感極まっている。

 

「鈴鬼くん! 鈴鬼小四郎くんなんでしょ!?」

 

 強く尋ねた慧に彼が振り向いた。

 慧が(ひる)む。包帯に覆われた彼の顔に。しかし闇の者は、マスクなり仮面なりで決まって顔を隠している。

 包帯より(のぞ)く彼の右目を真剣に見つめる慧。この彼女に彼が息を()いてから返事する。

 

「スズキ? 誰の事を言ってるんだ?」

 

 彼は自分が鈴鬼小四郎であることを否定した。

 間違ってはいない、僕は名前を捨てた、もう鈴鬼小四郎という人間は存在しない――、と彼がかつてのクラスメートを突き離そうと努める。

 

「ハハッ、人違いじゃないかな?」

「うそ! その声、 鈴鬼くんでしょ!」

 

 鼻で笑った彼だが、慧はごまかされずに突き止めた。

 慧の中で()に落ちる。なぜ初めて会ったとき彼にシンパシーを感じたのか。彼は闇の者で、慧はコスモス。同じ未来からの力を知らず知らずに感じていたんだ、と慧が心得る。もっとも、慧と出会った時の彼は沙門ではなかったため、これは勘違いになるのだが。

 倒れている男と先の彼の台詞(せりふ)から慧が状況を察する。慧にとっては信じられぬ夢のような出来事だが、彼は慧を助けていた。好きな男に助けてもらって慧は、

 

()いたかった……。私ね、鈴鬼くんのこと」

 

 感激のあまりに丙山潤奈の死も忘れて(おも)いを伝えようとした。

 しかし、彼が慧の言葉を打ち切る。彼の中にはこのような感情がある。「闇に()ち、もう人に戻れない自分などに近付くな」というネガティブな思いが。それに、慧がいくら彼を想っても彼にとってはただのクラスメート。特別な感情など抱いていないし気付いてもいない。

 

「いい加減にしてくれ。知らないよ、そんな(やつ)

 

 彼が目を()らして慧を拒絶する。

 

「でも、その声」

「僕のこの顔が」

 

 彼が、顔の包帯をおもむろに解く。

 

「そいつと一致すると言うのかい?」

「……っ!」

 

 壮絶な火傷(やけど)を負った上に左目まで失った彼の顔に、慧が息を()んだ。

 口を押さえて愕然(がくぜん)とする慧に、彼が顔に包帯を巻き直して畳みかける。

 

「君はコスモスなんだろ? アトラクトさん」

「いつつ……なんだよ?」

 

 ようやく下半身の痺れが抜けて立ち上がらんとする男に彼が話しかける。

 

「コスモスの子って、時間を止める妙な時計と、変身するための小さな鏡を持っているんですよね?」

「ああ」

「君、聞いたか? それを出すんだ」

 

 彼が慧に、コスモスである(あかし)の提出を強制した。

 口を結んで無言で拒否する慧。彼女はコスモスであり、闇の者を闇から救う己の使命を諦める訳にはいかない。それに彼が闇の者なのだ。

 私が彼を助けるんだ――。そう慧がゴクリと唾を呑んで好きな彼からの要求を拒む。しかし彼はそんなの望んではいない。彼が願うのは、かつてのクラスメートに戦いなど忘れ、自分はもう(かな)えられない人らしい幸せを送ってもらうこと。そのために彼は、

 

「分からない子だな。だったら」

「ああっ!」

 

 心を鬼にして慧に手を上げた。

 慧が倒れるが、もちろん彼は手加減をしている。光の戦士と言えども変身が解ければただの女の子である。

 彼がクラスメートだった女の子に手を上げる自分に自己嫌悪しながら慧の首をつかみ、

 

「殺してでも奪い取るぞ!」

 

 程々の力で首を絞めて脅す。

 しかし、慧は諦めない。光の戦士としての強さが彼女にはあり、そして何より彼を救うという意思が慧にはある。よって慧が口を大きく開け、絞める彼の手に()みつく。彼の目が覚め、自分の想いを泣きながら願って。

 

「クソっ!」

 

 折れない慧に彼がまた手を上げる。

 分からせるしかないのか。そう彼が苦渋に顔をゆがめながら慧の腕を手荒につかみ、引きずるようにして無理やり連れて行く。泣きじゃくる慧の顔に抵抗を覚えたのは言うまでもない。

 彼が、丙山潤奈の死骸のそばまで慧を連れてから放る。

 

「君もこんな風になりたいって言うのか!」

 

 後ろ髪のバレッタが割れ、滑るように転がった慧が、髪を振り乱しながら傍らに眠る亡骸を見た。

 胸が血にまみれ、肉が食い荒らされたように飛び散っている。その死体は無残としか言いようがなく、先輩、先輩――と、己を愛らしく慕ってくれた面影は既になかった。

 傍らにあるのは、ただ(おび)えて絶叫しながら死んだ顔のみ。慧がほんの少し前まで一緒に笑い合っていた潤奈を振り返り、そんな楽しくて(うれ)しかった時間がもう戻らないことに悲嘆する。それと、自らもこうなるかもと、死をまざまざと見せつけられた慧が恐怖する。

 そして、自らの力量不足で潤奈を死なせてしまった慧が自分を責める。数々の()(しゃく)により消沈した慧を見届けた彼が、

 

「さあ出せ! 時計と鏡を出すんだ!」

 

 改めてコスモスの証を要求した。

 興奮する彼に慧が絶望する。瞳から光が消え、自分では救えない――、と諦めてしまう。

 後は言われるがままだった。うつむく慧が懐から時を止める装置(ユニヴァーデンスクロック)変身するための鏡(ハロウィンズミラー)を差し出す。それを見た彼が踏み付け、二つを粉々に壊す。

 全てを諦めた慧。もし悪い男が「着ている服を脱げ」と言っても、今の慧なら従っただろう。潤奈を失った上に恋も砕かれて自失している慧を、彼が無理やり立ち上がらせる。

 

「行けよ」

 

 もう戦いなんかに二度と関わるな、と彼が慧の背を軽く押した。

 よろめく慧が、ふらふらとした足取りで去ろうとする。残した潤奈が気がかりで振り返るが、諦めて前へ振り向き直す。

 自分には何もできない、誰も助けることができない――。責める慧の瞳は(うつ)ろで生気なく、そんな黄泉路(よみじ)へと歩くような慧を、

 

「行くんだ!」

 

 彼が言葉で追い払った。

 こうして、慧の姿が見えなくなるまで見届けた彼が、「ありがとう」の礼が言えなかった悔しさに唇を噛んだ。

 

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