YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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私の中の正しい世界を壊してゆく…

「アトラクトさん!」

 

 敗れた男に彼が駆け寄るが、

 

「ムダだよ。その人、もう死んじゃった」

 

 リングレットが彼に介抱しても無駄なことを言い渡した。

 死んだと言う忠告に彼がしゃがみ込もうとする足を止め、立ち(すく)んだまま男に視線を移すと、ドス黒い血による水たまりができており、その上に男が伏せている。

 ピクリとも動かない男。彼にとっては先輩であった。付き合いこそ短いけれど沙門として様々なことを教わっている。そんな男の急な死に彼が茫然(ぼうぜん)とし、

 

「あたしは、殺してない……。力を使い果たしたんだ、姉弟そろって」

 

 リングレットが(うつむ)きながらまじないのように(つぶや)いた。

 男は退()こうと思えば退けた。リングレットはある事情から急いでおり、この場では男と争う気など全くなかったのである。闇の力を許せぬ彼女ではあるが、今は男が宿す力に関して二の次にしていた。

 今日リングレットがこの場に現れた訳は彼である。彼こそが優先事項で、それを済ませたら()ぐにでも引き上げるつもりだった。しかし男は(ふく)(しゅう)心に駆られ、その命を姉と同じく闇に(ささ)げた。これはリングレットにとって不本意な結果であり、故にリングレットは自分が殺したと認めたくなかった。

 

「……クソっ。何が殺してない、だ」

 

 彼にとってリングレットの思いなど関係ない。結果として男は戦いに敗れ、そして死んだ。

 弔わなければならない。彼が怒りを交えて眼前の戦士に身構えるが、

 

「えっ。……ぐうっ!」

 

 戦士の速さに戸惑い、そして吹っ飛ばされる彼。リングレットが機先を制して彼に飛び込み、右足を(やり)のように突き出した。

 不意を突かれた彼が10メートルほど吹っ飛んだ後に地面を転がる。蹴られた痕が痛みとして重くのしかかる。

 上体を起こして立とうとする彼にリングレットが、

 

「水を差されちゃったけど始めようか。君は、今日ここで壊すから」

 

 凍てつく(まな)()しを(もっ)て言い放った。

 つかつかと無表情で歩み寄る紫のドレス姿の戦士に、彼が立ちながら対抗策を巡らせる。間もなくして彼に近付いたリングレットが拳を振りかぶると、彼は寸でのところで己に突き出された拳をかわし、

 

「でえええっ!」

 

 右腕をつかんで一本背負いを繰り出す。

 彼がリングレットを地面に(たた)き付ける。しかし、違和感を覚える彼。叩きつけたというのに手応えが全く感じられない。

 男の「追撃すべきだった」という言葉を思い出した彼が違和感を振り払い、更に投げるべく仰向けのリングレットをつかもうとする。

 

「……んなっ!?」

 

 しかし、動転する彼。リングレットが彼の伸ばす手をつかんで止め、そのまま自分に引き寄せた。

 彼は青い感情で動転していた。なぜなら白くて()(れい)な容姿の持ち主が、寝転がった状態で彼を引き寄せたのだ。だが、そんな彼の左腰に、リングレットが右足の裏を押し当てる。

 そして、リングレットが右脚を伸ばして彼を後方に投げ飛ばす。彼のお株を奪う(ともえ)投げを彼女は仕掛け、彼が地面に叩きつけられる。

 

「あたしってね、磁力を操れるの。磁力を使って打撃のインパクトを弱めることができるんだ。だから大体の攻撃ってあたしには効かないから」

 

 でんぐり返って立ち上がったリングレットがドレスを払いながら告げた。

 違和感の正体が判明した彼が、今更ながらに直感する。――この子は恐ろしく強い、と。現に男は黄道の精霊を使っても全く敵わなかった。

 自分などが撃退できるのか。そう彼が焦りを覚える。しかし逃げられるとは思えず、戦うしか選択の余地はない。彼が女の子を殴ることに(ちゅう)(ちょ)しながらも拳を振り上げる。

 彼の拳を認めたリングレットが右手で素早く円を描く。

 

「〝リフレクティブサークル〟」

「うぐっ!」

 

 描いた円が淡く光る鏡のような壁を形成し、それに彼が拳を打ち付け、拳が弾かれた。

 弾かれた衝撃に彼がたじろぐ。リングレットの描く円は打撃を反射する。大抵の攻撃はこれでシャットダウンできてしまう彼女の簡易にして万能な盾である。

 投げも打撃も、一切の攻撃が通用しない。攻めあぐねる彼を見てリングレットが跳ぶ。――急がなきゃ、と(ひそ)かに感じている焦りを隠して跳んだ彼女が、その華奢(きゃしゃ)な体を横に傾けて宙返りし、

 

「ぐあっ!」

 

 回転を伴ったアクロバティックな蹴りを浴びせ、これに彼が膝を突いた。

 ひざまずいた彼を着地したリングレットが追い討つ。回し蹴りを彼の頭部側面に叩き付け、彼を横に()ぎ倒す。

 彼が割れるような痛みに頭を押さえて悶絶(もんぜつ)する。そんな彼を見下すリングレットが冷たく告げる。

 

「そろそろ終わりにするね? じゃ、真に申し上げ(にく)いのですが、さようなら」

 

 リングレットがその整った表情を変えずに彼の腹を蹴り飛ばした。

 胃の中が逆流し、彼が血にまみれた()(しゃ)(ぶつ)を吐くが、リングレットはそんな彼にかまわず服をつかんで立たせ、包帯を巻く彼の顔面に拳を浴びせる。

 彼の鼻の辺りの包帯が血に染まる。だが、それも意に介さずリングレットが拳を振るう。何か手はないか、と彼が殴打に耐えながら、ポケットからスマートフォンを取り出して突破口を開こうとするが、

 

「させないよ」

 

 取り出した黒のスマートフォンをリングレットが叩き落とし、彼の精霊召喚は阻止される。それからもリングレットは彼を淡々と痛め続け、彼は一人の少女に成す(すべ)なく打ちのめされていた。

 既に痛みが麻痺(まひ)してしまった彼が、朦朧(もうろう)とする意識で目の前の戦士に問う。

 

「なっ、なんで、僕を目の敵にするんだ……?」

 

 彼は納得してなかった。この子から恨みを買うような真似をしているのか、と。

 何もしていないのに恨まれる筋合いはない。この彼にリングレットが冷めた眼差しで答える。

 

「存在自体が悪だからよ」

「悪、だと。僕が君に、いったい何をしたって言うんだ」

「……君はあそこの子を」

 

 リングレットが丙山潤奈の亡骸(なきがら)を目で示す。

 

「殺すような人じゃない。殺したのは枯林って人だよね?」

「……なに?」

「君はヘイズなのに、殺されたあの子を奇麗にしてあげるような人。合ってるよね?」

「は……?」

 

 確認するリングレットに彼が戸惑う。確かに彼は丙山潤奈を殺害していないが、彼を悪と断じているくせにそれを問う意図が分からなかった。

 真意が読めずに彼が()き直す。ヘイズと言う呼称について前に沙門がそう呼ばれていたことを彼は知っているが、今それを正す必要はなく、彼も正せる状態ではない。

 

「仮にそうだとして、君は、何が言いたいんだ」

「君が女の子を傷付けるような人じゃないってのは分かってる。さっきあたしを殴ろうとしたときもためらってたみたいだし。……もしかしたら君とあたしは分かり合えるのかもしれない。でも、君はいちゃダメなの」

「……どういう、ことだ」

「君がいると、あたしは独りになって破滅する。君はあたしから、掛け替えのない大切な子を奪っていきそうな予感がする……」

 

 彼は気付いていないが、彼をつかむリングレットの手は震えており、そんな子の()らした一言を彼が拾う。

 

「大切な子……?」

「……分からなくていいよ。もう、殺すから」

「殺す、だって……?」

「うん。君は今日、ここで殺す。あの子には絶対に会わせない」

 

 リングレットが彼を突き倒した。

 表情を変えぬリングレット。その瞳も変わらず冷めたままである。この冷酷なる戦士に彼が残る力を振り絞って立ち上がろうとするが、

 

「う、あ、あっ……」

 

 膝がガクガクと笑い、体を支えられず前に崩れ落ちる。既に打ちのめされている彼の体は満身(そう)()であり、もう立つことも敵わない状態であった。

 彼の意識も限界を迎える。リングレットが言った「大切な子」。薄れゆく意識の中、彼の頭の中でその言葉がリフレインされる。

 伏せた彼にリングレットが拳を振り上げる。しかし、

 

「今日、あたしは初めて、人を殺すんだ……」

 

 拳が震える。激しい鼓動が心を締め付ける。リングレットが初めて犯す殺人に(おび)えていた。

 今まで無表情に徹してきた彼女だが、彼に動揺を悟られないために装っていた。よって、今は動揺を著しく(あら)わにし、険しい顔を浮かべている。

 このリングレットという少女は、光の戦士として幾多の闇の者と交戦し、そして闇の者の死を見届けているが、彼女自身が明確な殺意をもって直接的な殺人を犯したことはない。みな相手が死を選ぶか、力を使い果たして死んだ。彼女は闇の者が持つアリマニドを破壊すべく戦っており、いくら相手が憎くて罪深くても、相手に増長する力を与えるアリマニドが悪いと考えている。セントレアやオータムと違って好戦的な性格をしている彼女だが、闇の者に力の破棄を望み、改心を願って戦う点では同じと言えた。

 しかし、いま目の前で伏せている彼は別だった。リングレットは彼に、殺さなければ破滅を招いてしまう、といった危機を感じている。彼女が大切にしている尊い存在、それが奪われてしまう、といった(しょう)(そう)を感じている。

 恐れるリングレット。殺人を犯せば己の中で敷いた越えてはならない一線を越えてしまう。だが、破滅への事態は急を要しているため、深く息を吸って決心し、

 

「うわあああっ!」

 

 絶叫と共に拳を振り下ろし、彼に正真正銘のとどめを刺そうとするが、

 

「……!?」

 

 気配を感じたために拳を止め、後ろに振り返った。

 空を見上げるリングレット。この間に大きく息を吐き、心を落ち着かせる。

 殺さずに済んだ。だが、後回しになっただけ。早く殺さなければ奪われ、独りになってしまう――。

 

「ふん。運が良かったね。でも次は絶対に殺すから」

 

 リングレットが意識のない彼に告げ、そして空高く飛び去った。

 

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