YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
鈴鬼小四郎が水の中に落ちた。
「鈴鬼くん!」
浮かび上がらない
うねる
トゥインクルは周りが見えていなかった。ムチのようにしなやかな触手が音もなく忍び寄る。そして、
「ああっ!」
上がる悲鳴。触手がトゥインクルの小さな体を
「いやっ、放して、放してよ! 鈴鬼くん!」
巻き付く触手にトゥインクルがあがくが、触手はその体を締め付ける。
脱出困難のトゥインクル。ぬめる触手は抜け出そうとする彼女の力を滑らせて逃し、彼女はあがけばあがくほど締められる無限の地獄に陥っている。
彼を早く助けに行きたいのにその彼を追えない。想定される最悪の事態がトゥインクルを追い詰める。しかし、
「トゥインクルをぉ、放せえ!」
サンシャインが左の足でタコの頭を蹴り、
「はああっ!」
続けてムーンライトがガントレットによる
「トゥインクル!」
早く助けに、と呼んだムーンライトだが、トゥインクルは水の中へ飛び込もうとしなかった。
いまだ彼が姿を現さない。その事実がトゥインクルには辛くて認められず、子供のようにめそめそと泣き、放心している。
泣く後輩にムーンライトが業を煮やす。先の意気はどうしたのか、今は悲しんでいる暇があるなら手を動かす場面だ。
「なにボーっとしてるのトゥインクル! 早く助けに行きなさい!」
ムーンライトの厳しい叱責を受けてトゥインクルが我に返る。
「は、はい!」
「彼に何かあってからじゃ遅いの! あの水瓶は私たちでどうにかするから!」
トゥインクルが彼を助けに戦線を離脱した。
水の中へ潜ったトゥインクル。だが、水位は平屋が全て浸かるほど上昇し、さらにタコが泳いだせいで流れまで生まれている。簡単には見つからないだろう。
コスモスの切り札にして最大の火力、トゥインクルを当てにできない。年下のトゥインクルは平時の能力こそサンシャインやムーンライトに大きく劣るが、土壇場で発揮する一撃の重さは、サンシャイン全力の殴打やムーンライト全霊の斬撃を
サンシャインとムーンライトが破れなかった敵をトゥインクルが破り、コスモスに勝利をもたらした事がある。したがって見栄を切ったムーンライトであるが、
(困ったわね……)
実のところ自分では水瓶を破壊できる自信がなく、トゥインクルを助けに向かわせるために言った年上ゆえのハッタリなのだった。
「ねえサンシャイン」
ムーンライトが腐れ縁にして同じ日に戦士となった友人の元へ向かう。
そして、寄りかかるように背を合わせる。今のムーンライトにとって頼れる者は他にいない。
「トゥインクルにああは言ったものの、どうしようかしら……」
しおらしく告げたムーンライトにサンシャインが、
「うん、どうしよう。ものすごく困ったね……」
同じく自信がないために力無く答える。
うつむく二人。これに水瓶とタコを操る黒ずくめの男が、
「フフッ、チェックメイトだ。
サンシャインとムーンライトの二人にとっては、返す返すもトゥインクルの離脱が痛い。二人はこれまで持ち得る限りの打撃を水瓶に加えた。しかし、どれだけ殴りどれだけ突いても水瓶は傷一つ付かなかった。
不落の水瓶に二人は自信を喪失している。さらに巨大タコが水瓶の近くを漂っている。以前のヤギのように一点を攻め続ければ必ずや邪魔をするだろう。そして何よりも水位は刻々と上がっており、既に平屋が埋まるほど水かさは増している。これを放って逃げる訳にはいかない。
ユニヴァーデンスクロックの時止めは限界があり、その限界を迎えた途端に皆が溺れ死ぬ。その皆とは家族であり友達であり、顔も知らない大勢の人々だ。破壊できない水瓶に、その水瓶を守る巨大タコ。そして人質に取られた街の皆。この三つの事実が二人の両肩に重くのしかかっている。
「べーちゃん」
陽という名が示すように明るさが取り柄のサンシャインが、落ち込んだ様子で妖精に嘆く。
「どうしようべーちゃん。この状況、どうしていいか分かんないよ。あたしたち負けるのかな」
認めなくないが手詰まりであった。トゥインクルに頼れない今、二人は打開策を見出せずにいる。しかし、
「手が、ないこともないベエ」
「えっ?」
妖精が判然としない意外な回答をしたため、二人が思わず振り返る。
「あの水瓶を壊す方法があるの?」
「一つだけ可能性があるベエ。でも、これはあまり勧めたくないベエ」
「どんな手?」
「精霊を使うベエ。同じ黄道の精霊、
精霊とは、コスモスの戦士が今まで戦ってきた巨大な敵のことであり、冒頭でムーンライトが倒したヤマネコや先にサンシャインが倒した白鳥、いま破壊できずに困っている水瓶などが該当する。
星座ごとに存在する精霊は、宇宙海賊ブラックホール団に囚われており、敵はこれを何らかの手段を用いて怪獣さながらな姿に変化させていた。コスモスの戦士が倒すたびに妖精が回収していたのだが、この精霊を使う事こそが今の閉塞した状況を打破する唯一の
精霊カプリコーンは、コスモスの戦士三人が力を合わせて何とか倒した巨大ヤギである。このとき、サンシャインとムーンライトは負傷している。
「何か問題があるの?」
渋る様子の妖精にムーンライトが尋ねる。
「精霊の行使は使用者の肉体にとてつもない負荷がかかるベエ。生物は個体ごとに一生のうち心臓が収縮する拍動数が決まっているベエが、精霊の行使はこの拍動数を費やす、つまり寿命が縮まるベエ」
生きる者なら誰もが逃れられない概念、死。生の時間を引き換えにして得る力に二人が閉口する。
しかし迷っている暇はなかった。何もしなければ皆が死ぬ。今日を生きられなければ明日も何もない、今日を生きる者のみに明日という日は訪れる。
ほんの僅かな可能性。それがあるなら賭けるしかない。たとえ危険でも信じて踏み込むしかなく、
「私がやるわ」
ムーンライトが勇気を出して名乗りをあげた。
「他に手段がないならやるしかない。べーちゃん、ヤギの精霊、私にちょうだい」
「待ってムーンライト。あたしが」
「サンシャイン、私の誕生日知ってるでしょ?」
「十二月、二十八日」
「そう。これは運命よ。あなたがどれだけ反対してもこの役は譲らない。命が削られても、悔いはないの」
覚悟を決めたムーンライトの言と表情に、サンシャインが口を閉ざした。
妖精が、迷いを吹っ切って眉根を寄せる。もっともウサギのような外見なので眉はないのだが。
ムーンライトが背に妖精の短い手をあてられ、
「べーちゃん、おねがい」
目を閉じて請う。
「分かったベエ。黄道の精霊カプリコーン、ムーンライトに力を貸すベエ!」
するとムーンライトの膨らんだ胸の間に、黄金色の魂と言うべき光が
「なにっ!? まさか我々と同じく精霊を使うとは! これはいかん!」
胸から強い光を放つムーンライトに黒ずくめの男が気色ばむ。
即座に命じる男。巨大タコが阻止するべくムーンライトに襲い掛かるが、
「邪魔はさせない!」
これにムーンライト最大の友人サンシャインが立ちはだかった。
そして、ムーンライトの頭に、二本の対となる湾曲した角が生まれる。この角は後ろ向きに長く反り、更に両脚が閉じられ、力強く輝く。
輝く下半身が変貌する。銀の
ゴーグルを外したムーンライトが、変わった己の姿を見直し、そして今も水を垂れ流す水瓶を見据える。
「人魚になるなんて意外。確かに星座のヤギって尾が魚だけど。でも、力がみなぎる。これなら!」