YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「鈴鬼くん、わたし帰るね」
「うん。また明日」
十一月も中旬に入った水曜日の放課後。今日は彼女が一人で帰った。
廊下を歩く彼女の小さな後ろ姿を、僕が見送っていると、
「おーいコシロー、行くぞー」
同じクラスで友人の
明倫中では水曜日が部活動の休止日となっている。僕たち三人のうち丞が野球部に所属しているため、部活動が休みの水曜は決まって男同士で集まっている。
僕が振り向いて師泰と丞に合流するが、一人で帰る彼女が気に掛かる。それで僕が今一度彼女に振り返ると、
「コシロー、なーに惜しそうに見てんだよ」
師泰が口角を上げて僕をからかう。
「おまえ庚渡紬実佳と付き合ってるんだろ? なっ、認めちゃえよ」
「認めるも何も、付き合ってないよ」
「またまた。おまえと庚渡が一緒に歩いてるの見たって、クラスでもけっこー
はやし立てる師泰。僕に彼女への好意を認めさせようとしている。
彼女と友達になって二か月ほど経ったのだ。目撃されるのは仕方ないし噂になるのも致し方ないだろう。だが、交際には至っていない。だから「付き合っているか」と追及されても「付き合っていない」と答えるしか他はない。
しかし、師泰の俗な気持ちも理解はできる。僕は当事者になるからうんざりしているが、「あいつとあの子が付き合っている」なんて聞けば誰だって気にはなるだろう。そしてそれは僕もきっとそうであり、したがって僕と彼女との仲をしつこく
「そう言えばさ、ススム」
師泰が何かを思い出したか丞に尋ねる。
「なんだ茶籐。失恋でもしたか?」
「ちげーよ。どこをどう受け取ったらそんな話になるんだよ。テキトーばっかこきやがって」
「へっへ」
「俺さ、このまえ庚渡が眼鏡外したところ初めて見たんだよ。前にススムが言ったとおり可愛かったわ」
「ああ、見たのか。まあ、子供の可愛さだよな」
「そうだなー」
「俺の推しは、一組の
「田名河かー。キレイだけど、性格きついんだよなー。オレ小六のとき同じクラスだったけど、なんつーか、すっげえ近寄りがたいんだよな」
「おい、よし美センセイ無視すんなよ」
「はあ? 俺よく知らねえし、あの先生そろそろ結婚するんじゃなかったか?」
「なんだと!? おい茶籐、それ詳しく聞かせろ! 俺よし美センセイに罵られるのが夢なんだよ、それが結婚だなんて聞いてねえぞ!」
「だから俺よく知らねえって言ってんだろこの変態マゾ野郎。おいコシロー、俺にも庚渡紹介してよ」
「やっ、やだよ」
何が楽しくて彼女を僕以外の男と近付けさせなければならない。付き合って余裕ができれば可能なのかもしれないが、今は師泰の申し込みを強く断った。
丞と師泰が話題にした田名河とは、名前を
ショックから立ち直った丞が師泰に忠告する。いや、別にショックなど受けていないだろう。丞はウケを狙うためか大げさに吹く癖が度々ある。
「茶籐、お前が庚渡は絶対無理だよ。お前あいつと付き合える自信あるか?」
丞がそのサルっぽい顔を皮肉っぽく緩ませて師泰をたしなめる。
訊き返す師泰。丞が上から目線で問うため、ほんの僅かに眉根を上げて。
「は? どういう意味だよ?」
「だって庚渡、クラスで浮いてんじゃん。いつも一人ぼっちでさ」
「確かにな」
「休み時間も昼休みも一人でずっと本読んでるし。あいつが友達と楽しそうにしてるところ、オレ見たことねーわ」
「不思議ちゃん入ってるよなー」
「だろ? お前じゃあの女もて余すと思うよ。ロリコン鈴鬼だから付き合えるんだぞ」
納得した師泰と丞が彼女を勝手に腐している。
「だから付き合ってるわけじゃないし、僕はロリコンでもない」
僕が声を少し荒げて反論し、これに二人が肩をすくめた。
だが、丞の言ったことは僕も懸念している。確かに彼女は、学校では一人ぼっちなのだ。まだ彼女と仲良くなる前、クラスの女子が彼女を「悪い子じゃないけれどちょっと変」と評しているのを僕は耳にしたことがあった。そして「鈍くさくて相手にしているとムカつきそうだから相手にしない」と評しているのも聞いた。
一人で寂しくはないか、と一度彼女に尋ねてみたことがある。しかし彼女は平然とした顔で「ぜんぜん。陽さんと美月さんがいるし」と言った。同じコスモスの先輩二人に可愛がってもらっていることはよく聞いている。でも、あの二人は他校の人だ。
僕が学校でもっと話しかけようか、とも彼女に訊いた。でも彼女は「それはやめて。学校で噂になっちゃうし、それに、鈴鬼くんは鈴鬼くんの付き合いを大切にして。私のせいで鈴鬼くんから友達が減ったら、悲しくなっちゃうから」と言って断られた。
しかし、休み時間一人で本を読む彼女に、今も一人で帰る彼女に、僕は胸を痛めている。
学校でも楽しそうにする彼女を見たい。彼女に学内で気の許せる友達ができればいいのだが、と思うことは余計なお世話になるのだろうか。
「なー、今日どこ行く?」
僕たち三人が校門を出て、頭の後ろに手を組む師泰が空を見上げながら訊いた。
空は曇っており、天気予報では夕方から雨と聞いている。
「帰ろうぜ。期末近いし」
「だなー。あーつまんね」
「じゃーなー、茶籐、鈴鬼ー」
僕と師泰が、家が逆の方向の丞と別れた。
男二人で歩く僕と師泰。水曜はどこか行くわけでもなければ大抵はこのパターンで帰る。
「なあコシロー」
「なに?」
「女と遊ぶっておもしれえの?」
「へ? な、なに言ってんだよ師泰」
不意に師泰が、実に意外なことを訊いてきたために僕が戸惑った。
師泰は、小学校からの長い付き合いだが、あまり女っ気のある人生を送ってきたとは言えない。むしろ女と遊ぶなんてチャラい野郎だ、などと蔑んでいる節がある。
女の子を拒んでいた師泰。しかし中学生になり、考えが変わってきているのだろうか。
「なんだろうなー、この置いて行かれてる感覚。俺のコシローが、大人になっちまって」
「別に僕は大人になってなんかないよ。気にしすぎだって」
「そうかなー。庚渡と話しているおまえ楽しそうだもの。なあコシロー、庚渡のどこがよかったよ?」
「うーん、どこがよかった……、って知らないよ。師泰、僕は庚渡さんと付き合ってないぞ」
危ない危ない。言ってしまったら彼女への好意を師泰に認めてしまう。
師泰のことだ、認めてしまったら絶対にからかうだろう。しかし、そんな僕の予想に反し、師泰が秘めた
いつになく憂いを帯びた面持ちで師泰が、
「コシロー。ススムには絶対に言うなよ」
丞に内緒の話を持ち掛けたため、僕は戸惑いながらもうなずいてしまった。
「俺さ、田名河のこと、好きだった頃があるんだよ」
「たなか? 田名河於市さんのこと?」
「ああ。ススムが推しとか言ったとき、俺ビクッてしちまったよ」
驚いた。僕を彼女のことでからかってばかりの師泰が、まさか好きだった女の子のことを打ち明けるなんて。
でも、なぜ今になって古い話を僕に。好きでもない子の事で動揺するだろうか。
僕が訊く。長い付き合いの師泰が秘める本音を言い当ててみる。
「師泰。びっくりするってことは、まだ田名河さんのこと好きだったりするの?」
「うーん、どうだろう。ありゃー俺にとっちゃ憧れ、ちゅーか
師泰の答えは本心を濁しているように聞こえた。諦め切れていない、といったところだろうか。
いずれにしろフェアじゃないだろう。師泰が初めて異性の悩みを僕に話してくれたのだ。彼女のことを認めよう。
「師泰」
「あー?」
「僕はね、庚渡さんの眼鏡を外したところも好きだけど、眼鏡をかけてても好き」
「…………」
「小さいところも好き。誰が変って噂していても好き。全部が可愛いんだ。いつかは付き合いたいと思ってるよ。って、告白する勇気はまだないんだけど」
「……ふっ、なんだそりゃ。おまえ庚渡にゾッコンなんじゃねえか。ハハハッ」