YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「えっと、庚渡さん」
「なに?」
「僕はなんで、マイクを持っているのかな?」
「ふふっ、なんででしょう?」
暗い一室の中で、彼女が首をかしげながら笑みを浮かべた。
僕と彼女が今いる所は、四畳くらいの狭い部屋の中。長いテーブルがあり、それを囲むようにソファー及びスツールがしつらえてある。
部屋唯一の照明となっている液晶ディスプレイには、奇麗な女の人が映っており、
「どむちゃんねる。今日わたしがおススメするイチオシのアーティストは……」
営業スマイルを浮かべて若手の歌手を紹介していた。
今日は土曜日、学校は休み。僕は彼女とカラオケボックスに入っていた。
「なーにボケてんだよスズキ君。ここはカラオケだぞ、マイク持ってて当然じゃんか」
彼女のお姉さんのアンジーさんが僕にツッコミを入れた。
分かっている、今のは現状を確認したまでだ。だからこそ僕は彼女に問い合わせたい。
今日の朝、僕は彼女に「今日こそ勉強しよう」と誘われた。それで待ち合わせ場所に着くと、彼女と一緒にアンジーさんがおり、半ば捕まった形でカラオケボックスへと連れて行かれた。
「庚渡さん。月末は期末じゃないか。遊んでる暇ないと思うんだけど」
「まあまあ。最後の息抜きだと思って。ちょっと歌うだけだから」
「はあ。そんなこと言って」
お気楽な彼女に僕がため息をついた。
しかし、僕は一週前に彼女の壊滅的な点数を見たが、全てが悪いわけではなかった。五科目のうち悪いのが数学と理科と社会で、国語と英語は救いが持てる点を採っていた。特に国語は毎日本を読んでいるからだろうか、僕より高い得点をマークしていた。
社会の点数は本当に悲惨で目も当てられない。何度も言うが一桁の点数なんて僕は生まれて初めて見た。姉のアンジーさんが言うには「歴史なんて覚えて何になるの? 一生行くことのない外国のことを知って何になるの?」と、社会に対するやる気がまったくないとのこと。けれど地理はともかく、歴史は彼女が得意な国語と親和性がある気がする。国語って歴史の積み重ねな気がするし。
彼女の成績は、とても偏っている。まずは彼女が好きな本や漫画をきっかけとし、歴史に興味を持ってもらえないか。彼女の家庭教師を務めたい僕はそう感じている。
「鈴鬼くん。まずは一曲どうぞ」
彼女が選曲するためのリモコンを僕に差し出した。
「ぼ、僕が最初に歌うの?」
僕が戸惑いながら彼女に
「いけいけスズキー。ここで決めなきゃ男がすたるぞ、気合のソングみせてやれー」
「鈴鬼くんがんばってー」
アンジーさんと彼女の姉妹が、僕の気持ちも知らずに
だが、彼女にせがまれてはやるしかないだろう。僕が覚悟を決める。ちょっと前に
「あーはっはっは。スズキくんってば歌へたくそだなー」
「やだー。鈴鬼くんおんちー」
とてもひどい姉妹だ。爆笑された。
もう一度言う。足りなければ何度でも言ってやるが、僕は歌がドレミファソラシドの「ド」が付く程の超ドヘタクソである。人前で歌うなんて罰ゲーム以外の何物でもない。くそう、カラオケなんて行きたくなかったんだ。
「おつかれスズキ君。鐘一つだがナイスファイトだ。よし紬実佳、スズキ君にいっちょ手本をみせてやれ」
「うん。鈴鬼くん、一生懸命歌うから聴いて」
代わって彼女がリモコンを持ち、曲を選んで送信した。
ディスプレイに映った曲名は知らないが、前奏には聞き覚えがあった。これは確か、小学生の頃に流行った女児向けアニメの曲だ。まだ小学一年だった頃、同じクラスの女の子が歌いながら踊っていた覚えがある。
歌詞がディスプレイに映り始め、彼女がすうっと息を吸う。
「~♪」
歌い始めた彼女の声に、僕はびっくりした。
「~♪」
聴いて、と言うだけはあった。音程をほぼ外さず、メロディに強弱が効いた声をリズム良く乗せている。
そして彼女の発する声はとても良く伸びていた。まさか背が小さくて引っ込み思案な性格で、少し舌っ足らずに話す彼女の口から、こんなにも力強い声が出ようとは。彼女の歌声は美しくも強く、僕は
彼女はまさに
程なくして曲が終了し、彼女がマイクを持ったまま僕に尋ねる。
「えへへ、 鈴鬼くんどうだった?」
「ああ、
「ふふ、よかった。歌だけなら自信があるんだ」
はにかむ彼女に、僕が気になったことを訊く。
「どうして学校では今みたいに歌わないの?」
「ええー。学校じゃ今みたいになんて絶対に歌えないよ。学校の歌って基本合唱だから、みんなと合わせるのが大事だし、一人だけ目立ってもね」
少し困った顔を浮かべて言った彼女。控えめな彼女らしい回答だった。
しかし、彼女の歌の上手さを知れば、皆の彼女を見る目が変わるのではないか。彼女が鈍くさいなどと言われていることは前述している。この素晴らしい歌唱力を皆に是非とも知ってもらいたい、なんて僕は考えた。
腕を組むアンジーさんが、目をつむってドヤッとした顔で、「うんうん」と首を縦に振りながら、
「どうだいスズキ君。紬実佳の歌はあたしと兄ちゃんが育てたんだ」
と、僕に教えた。
「そうなんですか。庚渡さんお兄さんもいるの?」
「うん。お兄ちゃんもいるよ。もう働いてるけど」
僕が尋ねると、彼女が三人兄妹の末っ子であることを明かした。
「よーし、姉ちゃんも、わぁっ! とびっくりビッグなソングうたっちゃうぞー。何にしようかなー」
アンジーさんがリモコンをぽちぽちと押しているときだった。
急にアンジーさんが止まり、液晶ディスプレイが固まっている。この時が止まったような感覚を僕は何度か体験している。
「トゥインクル! ブラックホール団が襲ってきたベエ!」
彼女の目の前に、パッと妖精が現れた。
「べーちゃん」
「サンシャインとムーンライトはもう向かっているベエ! トゥインクルも早くだベエ!」
「分かった。来て、鈴鬼くん」
「うん」