YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「庚渡さん」
武者の変身が解け、倒れた黒ずくめの男を確認した鈴鬼小四郎がトゥインクルに駆け寄った。
トゥインクルが彼に勝利を報告する。懸命に祈る彼を見なければ手を組む奇策を思い付かなかったから。
「勝ったよ鈴鬼くん。鈴鬼くんのおかげで」
「えっ? 僕、なにもしてないけど」
「いいえ、したんです。ふふっ」
いたずらっぽくほほえむトゥインクルに、彼が何の事か分からず頭をかいた。
黒ずくめの男はトゥインクルと彼を見ていた。少女と少年による甘酸っぱいやり取りを、激突した車に上半身をもたれさせながらぼんやりと眺めている。
――この二人は、きっと互いに
「フッ。素敵なものだな」
二人の初々しさに目を閉じてつぶやく。
「メテオ。あんたまだ」
「降参だよサンシャイン。戦いたくても、ムーンライトと君が壊したおかげで脚が動かない」
踏み出したサンシャインに、男が観念した顔で戦えない旨を伝えた。
険をなくした男の様子にサンシャインが戸惑う。彼女が知っている男は、自分たちを葬ろうと躍起になり、時に狂気すら見せる常軌を逸した男だった。
絶対に倒し、裁かれるべき悪人――。そんな印象を男に抱いていたサンシャインだったが、男はいま穏やかな顔を浮かべ、優しい眼差しで見つめている。とても悪人には思えず、サンシャインが迷ってしまう。
非情になれないサンシャインの一方、彼が男の素顔を見て思い出す。
「あ、この人は」
「覚えてる鈴鬼くん?」
トゥインクルが彼に
「うん。三年くらい前に、どこかの町の選挙に出馬した
詳しい説明をした彼に、
「えっ。そんなに有名な人なのスズキ君。いやあ、全然おぼえてないや」
サンシャインが男の顔を見ながら苦笑し、
「フッ。覚えている者もいたか」
その者であることを男が認めた。
「サンシャイン、トゥインクル、おつかれだベエ」
「べーちゃん、美月。あんた大丈夫なの?」
「ええ、なんとか」
妖精がムーンライトこと美月を引き連れて現れた。
足取りのおぼつかない美月にサンシャインが肩を貸す。その一方で男が、ふよふよと浮かぶ妖精を凝視する。
妖精など普通なら在り得ぬ存在だ。男が
「ウサギ? ……そうか、お前が」
「よろしくだベエ」
「べーちゃん。メテオを知ってるの?」
「そりゃ知ってるケド、顔を合わせるのはもちろん初めてだベエ」
サンシャインが妖精に訊くが、妖精は関連を否定した。
男は妖精に尋ねたかった。――が、詮無き事と諦め、目を閉じながら首を横に振る。
そして、男が語る。高き理想と許せない挫折、転じた野望と疑いの
「フフッ、この代理戦争の使者とここで出会えるとは。まあいい、私はもう長くない。見なかったことにしよう。……コスモスの戦士たち、それと少年よ。君たちは、日本の将来について考えたことがあるか?」
男が妙な問題を提示してきたため、皆が戸惑った。
この国の将来、などと中学生に言われても。妖精を除く皆が顔を見合わせ、それから男に向かって首を横に振る。そんな子供たちに男が、
「だろうな。だが、君たちはいずれこの日本を
理解されないことを踏まえた上で話を聴くよう訴え、これに「そこまで言うなら」と、サンシャインが代表して首を縦に振る。
「ありがとう。では始めよう。いま日本という国が憂うべき問題は山のようにある。過度な大卒信仰と女性の労働を前提とする社会が招来した少子化、労働力確保のための安易な移民の導入、自らを特権階級と勘違いして増長止まらぬマスメディア、インターネットの匿名性を悪用した情報工作。そしてこれら問題に目を背ける、税金を打ち出の
円安と円高、つまり円相場。男が経済の話をした。
金とは相対的な価値である。円が高ければそれだけ外国から物を安く輸入することができ、外国に物を高く輸出することができる。しかし、円高なら良いという訳ではない。
急激な円高は外国の反発を招く。いわゆる貿易摩擦である。ある物の値が急に高騰すれば、人はそれの購入を控え、代替する物、この例ならば日本以外からの輸入で補おうとするだろう。いくら円が高くても、売り手に売る気がなければ手に入らないし、逆に買い手に買う気がなければ金を手にできない。結果、円を安くする羽目となる。
「かつては円が強かったために脆くても成り立った。だが、今は円安が続き、それも成り立たなくなっている。中国を始めとする諸国に買い負けているニュースは君たちの耳にも届いているだろう? そのうえ近年は周辺各国がキナ臭いときている。他国からの輸入に資源はおろか食べ物まで頼っている今の日本は、下手に出ざるを得ない状況なのだ」
前途多難な日本の今を男が語った。
訴える男の熱心さに、コスモス三人が日本の未来を憂いていることを理解した。だが、資源や円安円高、つまり経済の話は難しくて耳を通り抜けている。
彼は男の話を理解しようとし、
「では少年よ。私が落選した選挙に話を戻すが、私が掲げた公約を覚えているか?」
かつて出馬した選挙を覚えていた男として彼を指名する。
「あ。えっと、外国の言いなりから脱した強い日本を作る、だったかな」
「覚えていてくれたとは光栄だ。先にも申したとおり、日本は円安円高に左右される非常に脆い国だ。その原因はかの第二次世界大戦まで遡る。明治維新を経て近代化を果たし、列強国に名を連ねるまで成長した日本だが、一方で自らの力を過信し、採るべき道を誤った。そして第二次世界大戦で大敗し、それまでに得た領土を全て失った日本は、アメリカを始めとする西側諸国に隷従する国に成り下がってしまった」
第二次世界大戦は、言うまでもなく日本が敗北を喫した戦争である。
日本が参戦に踏み切った訳は、様々な要因が麻のように絡み合った結果になるため、一概に原因を断定することはできないが、その一つとしては軍部にあると聞く。戦前の日本は軍人の専横がまかり通る状態で、この民の想いを嘲弄した国体は決して褒められたものではない。
日本は戦争に負けたことで米英を始めとする連合国に一時占領された。そして解放された今でも、軍事基地などの形でアメリカの介入は続いている。
「以降アメリカは、日本を金ヅルと見なしている。車にファッションにコンピューターにコーヒー、そして軍需品。メディアを操作して
植民地。できれば避けるべき、あまり良い感情をもたらさない言葉を男が吐いた。
日本の近代化は、日本が自国の社会を自ら植民地化した過程だ、という観点もあるが、それはさておき男が続ける。
「そんなアメリカの支配を嫌って中国を利用する者もいた。まあ、気持ちは分からんでもない。アメリカは湾岸戦争で多額の支援をした日本を〝人的支援がない〟と逆に非難する国だからな。だが、中国は戦勝国で、資源を抱える大国、結果は君たちも知る有り様だ。自由こそあれど隷従を強いるアメリカと、一部の肥えたエリートが貧しい国民を監視する共産とは名ばかりの独裁国家中国。この対立する二大国のエゴに翻弄されているのが今の日本であり、私は大国に
出馬した理由を明かした男だが、これに妖精が短い腕を組んで首を
男は大国への反抗心をむき出しに語っている。これを妖精は私怨と思い、共感せずにいる。
妖精が肩入れすることなく元の問題を指摘する。
「今の話と資源はどうつながるベエ?」
「よくぞ聞いてくれた、これから話そうとしていたところだ。アメリカと中国は対立こそしているものの、日本という
男の回答に妖精が一応の納得を示した。
妖精を除く皆は話を黙って聞いている。そもそも中学生が政治という大きな話に口を挟める訳がない。今の男に口を挟めるのは妖精だけと言える。
妖精の納得を確認した男が、話を戻して選挙の結果を語る。
「私は選挙で熱心にこの国の弱さを人々に訴えた。地道なドブ板営業をひたすら重ねてな。その結果わたしを応援してくれる人が現れ、当選まであと少しだったんだ」
「…………」
「だがな、
スキャンダルと聞いた彼が思い出し、つい口走ってしまう。
「確か、ニュースキャスターと不倫とか」
「そんな訳ないだろう。私は別れてしまった今でも妻と子供を愛している。だが、フェイクで十分なんだ。私が不倫した、この不倫という忌みすべきキーワードが私と結びついたら、いくら私が潔白を訴えたとて私に投票するのをためらうだろう?」
確かにそうかも、と彼が男の問いにうなずく。
例えば「陰でイジメしている」と
情報とは
「いいか? 有権者を操るのは知名度と印象だ。君たちも無名の人よりは有名な人間に期待するだろう? また、私の名を聞けば今の少年のように不倫を思い出すだろう? 民主主義の社会においては、この二つを制する者こそ選挙を制すると言っても過言ではない。それにしてもこんな汚い手に平然と乗るマスメディアに、当時の私は怒りを隠し切れなかったよ」
彼が男の言い分を聞き、三年前に男が口を荒げていた報道番組を思い出した。
マスメディアが真実を伝えるとは限らない。伝達して人々の耳目に届ける以上、そこには何かしらのバイアスがかかる。伝言ゲームでも中継する人が増えれば増えるほど正解から遠くなるだろう。
男が宙を見上げ、遠い目をして無念の結果を語る。なお、彼が三年前に観た報道番組について補足すると、男はスキャンダルを事実無根とテレビカメラに向かって潔白を弁明している。だが、これはテレビ局が男の醜い場面のみを抽出し、視聴者が男に対して悪印象を抱く映像に編集した上でお茶の間に流しており、彼はそれを観ていたという訳である。
「おかげで私は落選さ。だが、当選したあのタレント議員に、しかとした信条があれば私もそこまで不満は抱かなかった」
男が吐いた未練の先を妖精が察する。
「議席数確保のためだベエ?」
「そうだ。国会に議案を提出するためには、議員の一定数の賛成が必要なのは知っているだろう? あのタレントは、己が所属する政党が議案を通しやすくする
よほど悔しかったのか、男が恨みのこもった口調で語った。
理念を大きく
信条がないくせに出馬する候補者は詐欺師同然だが、有権者も公約が現実的かどうか見極められるくらい賢くなるべきだろう。そうでなければ「宿題をなくしてやるぅ」「授業中にお菓子を食べてもいいことにするわよ~」「学校にマンガやゲームを持ってきてもいいことにするオニー」と言われて喜ぶ子供が投票しているのと変わらない。
話が
「あんなタレント議員が当選する日本に失望していたときだった。私の前に、あの方が現れた」
今まで口を挟めなかったサンシャインだったが、
「あの方?」
気になる名詞が現れたため、これについては訊く。
「あの方は私に言った。この世にはコスモスと呼ばれる戦士がいる。これを見つけ、息の根を止めれば、
しかし男は、問うサンシャインを無視した。
「ちょっと待ってよメテオ。あの方って誰?」
「フッ、サンシャインよ。それについて私からは明かせん。知りたければそこのウサギに訊くか、戦いの末にたどり着くのだな」
無視されたサンシャインが再度問うが、これに対する男の回答は拒否だった。
釈然としない顔のサンシャインを
「あの方は本当に望む物を何でも
崇拝するが
男が望む物とは。順当に考えれば議員になることだろう。この男の場合それしか考えられない。
「だが、私は望む物に直面し、大いに迷った。議員になることを考えたが、今の日本には
落選した選挙をまた思い出したのか、男が少し恨みがましい声で話した。
男は既に諦めていた。腐った議員に、それを裏から操る既得権益に執着した官僚。今さら議員になったところで何も変わらない、と。
日本を変えるべく選挙に立候補し、そして敗れた男が望む物とは――。
「だからだ。私は核兵器をあの方に訴えた。いつでも撃てる核兵器の配備と、その核兵器を世界に公表することを」
議員を捨てて考えた、強硬で過激な願いを男が吐いた。
核。第二次世界大戦で広島ついで長崎に落とされた事は誰もが知っており、東日本大震災から引き起こされた福島第一原子力発電所の惨状もある。
核は唯一の被爆国である日本に住む者なら誰もが警戒する言葉。当然のようにサンシャインが反対する。
「核、兵器って。ちょっと、そんなの絶対にダメよ」
「サンシャインよ、果たしてダメと言い切れるか? いま君たちが享受している平和、安寧。これらはアメリカという強大な傘の下に成り立っているのだ。しかし、アメリカ大統領の世界の警察官を否定した発言、北朝鮮の核保有など、今やアメリカが持つ力もほころびが生じている。加えてアメリカは己こそがナンバーワンと自負しており、そのおごりからか脇の甘い国家だ。日本の
今の日本においてアメリカは盾にならない。そう男が持論を展開した。
中国、ロシア、北朝鮮。日本は海を挟んでこの東側陣営の三国と接しており、特に前者二国は言わずと知れた大国だ。もし西側と東側の第三次世界大戦が起ころうものなら、日本は最前線となる。
戦争とは人殺しではない。国家間のビジネスだ。誰とて無益な殺人など犯したくなく、そんなサイコパスは国家の長にふさわしくない。それでも国家の長が戦争に踏み切る訳は、武威を示して敵対国を屈服させることで自国が潤うからである。
戦争の勝者は権利を得ることができる。敗者に罪を背負わせる権利を。したがって戦争で大事なのは勝敗となる。勝った方が利益にありつけ、負けた方は賠償を強いられる。そして負けた方の国民は、それまで大切に守ってきた土地を、誇りを、人を、全てを奪われる。
条約、法律、警察。勝者はありとあらゆる手を使って己が正義たらんとする。そんなおためごかしの正義だからそこに人権などはなく、敗者は凄惨な拷問を受けようとも、妻と娘が
「だから日本は核兵器が必要なのだ。自分の国は自分で守れなければいかん。核兵器があれば、日本を
核兵器による自衛こそが肝要、と締めくくった男に、
「メテオ。あんた被爆者の気持ちを考えたことあるの?」
「あるさ。もしそうなったら、私が命に代えても説き伏せてみせる」
サンシャインが感情から反論したが、それを踏まえた男が即座に覚悟を吐いた。
男の気迫ある眼差しにサンシャインが黙る。しかし、そんな目を見せる男が視線を下げ、
「だがな、未来など、どう転ぶか分からない。私があの方に願いを問われ、導き出した結論だが、この願いの成就が果たして日本を守れるかは分からないんだ」
覇気みなぎる主張の先とは一転し、頼りない口調で迷いを吐露した。
「国際社会から非難されることは必定だろう。そもそも原子力発電所の核を核兵器に転用することだって可能だと聞く。私の願いなど叶えたところで、日本は何も変わらず外国の言いなりなのかもしれん」
所詮は議員になれなかった男の考え。机上の空論であることは男自身が分かっていた。
男が妖精に顔を上げる。教えを乞うように。
「なあウサギよ、答えてくれ。何が正解か分からないんだ。私の考えは、未来で正しい選択になりえただろうか」
「それは、ボクにも分からないベエ」
「……そうか」
妖精の答えに、男が諦めて顔を下げた。
そして、遂に訪れる。迷うことに疲れ果てた男が、真に望んだ結末を。
「……ごっ、ゴフッ! ゴホッ、ガハッ!」
「メテオ!」
サンシャインが声を上げる。男が多量の血を吐いたのだ。
精霊が人の寿命を食らうことは前述している。男は今までの戦いで精霊を行使し過ぎた。
しかし、吐血したというのに、男が安らかな顔を浮かべ、
「ハハッ。コスモスの諸君よ、お迎えが来たようだ」
と、微笑しながら告げた。
「メテオ、あんた、だから直接」
「フフッ、申していただろう? たとえ君たちに勝てたとしても、私は死んだのだよ。……なあウサギよ、本当は私も、コスモスの戦士になりたかった。人を守りたかった。こんな私でもコスモスになれたか?」
「……お前は無理だベエ。コスモスの力は、ごく僅かな少女の
「そうか。……サンシャイン、ムーンライト、トゥインクルスター。今まですまなかった。君たちのような強い若者と戦えて、とても、うれしかった」
「メテオ」
「これからは君たちを陰から応援しよう。迷い続けていた私に、これ以上とない死に場所をあり、がとう……」
「メテオ!」
サンシャインが叫ぶが、もう男からの返事はなかった。
宿敵メテオを倒した。だが、コスモス三人と彼の心には、今にも雨が降り出しそうな重苦しい雲が垂れ込めていた。