YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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朽ちる命が託した親愛のサクリファイス


 コスモスの三人が黒ずくめの男、メテオと死闘を繰り広げた日から二週ほど遡る――。

 

「〝ティターニア〟!」

 

 夜の闇を、悲痛な叫び声が切り裂いた。

 時刻は夜の八時。雑居ビルの屋上にて、白を基調とする華やかなドレスに身を包んだ一人の女の子が、血にまみれた姿で伏せている。

 

「ティター、ニア……」

 

 心を絞るような泣き声が、夜の闇に(むな)しく霧散する。

 ティターニア、と呼ばれている女の子は、誰からも好かれそうな顔をしていた。丸顔の垂れ目で万人が認める美少女ではないが、どこか安心できる親しみやすさを兼ねた可愛らしさを備えており、花で例えればヒナゲシのような()(れん)(あい)(きょう)のある顔立ちをしていた。

 一部の男から「自分だけがあの子の可愛さに気付いている」といった人気を博していそうな女の子。しかし、そんな子の肌が赤みを失い、左腕と右脚があらぬ方向に曲がっている。まるで事故に遭ったような姿で伏せており、まとう白を基調としたドレスは鮮血に染まっている。

 

「アハハッ! どうしたんですかぁ? 私を許さないんじゃなかったんですかぁ?」

 

 息も絶え絶えな伏せる女の子の背を、特徴的な仮面をかぶる少女が上から踏み付けた。

 履いたパンプスで(たの)しそうに踏みにじる少女は、黒いフリルを飾ったゴスロリ調のドレスを身にまとい、舞踏会でかぶるような目を覆う仮面(アイマスク)をしている。

 仮面に黒い衣装。()しくも少女には、あの黒ずくめの男と共通点があった。

 

「もうやめてよ! それ以上痛めつけたらティターニアが死んじゃう!」

 

 そして、紫を基調とするドレスを身にまとった妙な装いの女の子が、黒い衣装の少女に制止を訴える。

 (ぼう)()の涙を流す紫の子。「ティターニア」と先から呼ぶ声は、この紫の子が絞り出している。

 

 ――東京都(しん)宿(じゅく)区。東京二十三区でも指折りの繁栄を誇り、見上げんばかりの超高層ビルが林立する副都心である。

 ここは信宿区が擁す日本最大の歓楽街・(かぶ)()(ちょう)。様々な飲食店に居酒屋、ディスカウントショップなどがひしめくように並び、少し足を伸ばせば映画館にインターネットカフェ、パチンコ屋にガールズバー等々(などなど)、様々な娯楽が訪れた者を飽きさせぬように詰まっている。

 今日も傾奇町の通りは人であふれかえっているが、不思議なことにみな止まっていた。背広姿のハゲたおじさんが、見栄えの良い男が映ったアドトラックが、鮮やかに光るカードローン会社のネオンが止まっている。まるで時が止まったように。

 

「うるさいですよ」

「うああっ!」

 

 傾奇町の一画に立つ雑居ビルの屋上。そこで黒い衣装の少女が手をかざすと、紫の子が苦しみ始めた。

 苦しむ紫の子の背後には、黒い衣装の少女と全く同じ装いのマネキンがいる。このマネキンが紫の子を捕まえ、左腕を強くひねって苦しめている。

 マネキンは人のように精巧な顔立ちをしていた。故に無表情で紫の子を苦しめる様に不気味さを感じる。

 

「あなたさぁ? この期に及んでやめてとか、虫が良すぎませんかぁ?」

 

 黒い衣装の少女が(きょう)(まん)な口調で紫の子に言い渡す。

 (うれ)しそうに口元を(ゆが)める少女。その仮面から(のぞ)く目を大きく開いて続ける。

 

「あなた今まで私のこと、散々に罵ってくれましたよね? 悪人とか、人の気持ちが分からないの? とか」

「それは、あんたが、その力を使って悪いことをするから」

「しょうがないですよぉ、生きてくためですからぁ。こいつやあなたみたいな、何でも思い通りになると思ってる恵まれた女にはー」

 

 黒い衣装の少女が右足を高く上げ、捕らわれている紫の子が、

 

「やめて!」

 

 足下の伏せる女の子をこれ以上いじめないよう止めるが、

 

「アハハ!」

「ああっ! ああ、う……」

「私の気持ちなんて、ぜーったいに分からないですよー」

 

 少女は伏せる女の子の頭を(わら)って踏み抜き、これに紫の子が嗚咽(おえつ)を漏らした。

 そして私刑(リンチ)は止まらない。既に虫の息の伏せる女の子を、黒い衣装の少女が痛め続けている。わき腹を蹴っては背を強く踏み、ありえない方向に曲がった左腕を更に痛め付け、目をふさぎたくなるような拷問を加えている。

 マスクから覗く少女の目は狂っていた。伏せる女の子を殺そうとしている。

 

「もう、やめて。おねがい、お願い、だから……」

 

 許しを乞う紫の子に、黒い衣装の少女が足を止め、

 

「イーヤでーす。だってコイツ生かしておいたら、またあなたたち二人一緒に仲良く襲い掛かってくるんですよねぇ? それって私に何のメリットがあるんですか? ぜっんぜんないですよね、ねえ?」

 

 ひょうげた口調で痛切な願いを笑って突き放した。

 今の状況が可笑(おか)しくて仕方がない黒い衣装の少女。捕らわれている紫の子と伏せる女の子の二人は、少女にとって幾度となく争った敵であった。争いとは大抵が両者それぞれ譲れない思いあって繰り広げるものであり、何度か対決していれば友情や相互理解などスポ根漫画で見られるような展開があるものだが、二人と少女の間にそんなものはなく、代わりに憎悪が少女には芽生えていた。

 少女にとって二人は八つ裂きにしても足りないくらい憎い女だった。そんな女二人が片や死にかけ、片や無様に泣き付いている。

 

「それにですね、私はあの方から、世間知らずで正義の味方気取りのあなたたちの抹殺を命じられているんですよ。残念ですけどこれが現実ってヤツです。……ふふっ、私は殺しますよ。こいつも、あなたも」

 

 紫の子に言い放った黒い衣装の少女が私刑(リンチ)を再開した。

 何を言っても無駄、もう助からない。紫の子がガクリと(こうべ)を垂らす。その一方で黒い衣装の少女も下を向き、

 

「やっと。やっと、コスモスを殺せる……」

 

 伏せる女の子を痛めつけながらブツブツとつぶやいている。

 絶望する紫の子。だが、その耳に、

 

「……アーク。……ットアーク」

 

 己を呼ぶかすれ声が聞こえ、この声に顔を上げると、今も踏まれている女の子が同じく血にまみれた顔を上げていた。

 見つめ合う二人。伏せる女の子の痛ましい顔に、

 

「ティターニア!」

 

 紫の子が居ても立っても居られずその名を叫ぶ。

 

「逃げて……」

「なに言っているの!? あたしたちはいつも一緒でしょ!? あたしがあなたをおいて逃げられるわけないじゃない!」

「いや、もうわたしは、ダメ……。お願いだから逃げて……」

「やだよティターニア! しっかりして! 死んじゃだめ、死んじゃだめだから!」

 

 紫の子がわめく。伏せる女の子が促す逃亡を認めなかった。

 声が聞こえたために一旦足を止めていた黒い衣装の少女が、また女の子を踏んで黙らせ、

 

「お別れの言葉は済みましたぁ? 安心してください、あなたも一緒に殺してあげますから」

 

 号泣する紫の子に口角を上げて言い渡す。

 伏せる女の子は、いつ如何(いか)なる時も紫の子と一緒だった。たまにケンカしてしまうときもあったけど、いつも二人で喜びを分かち合い、いつも二人で困難を乗り越えた掛け替えのない仲だった。

 親友という言葉すら生ぬるい二人の(きずな)。その思い出が走馬灯のように来去している女の子は、もう自分が助からないことを自覚している。

 死を受け入れた女の子。意識が混濁とし、顔を上げることすら辛いが、残された力を使って息を吸い、

 

「逃げて! あなたは逃げて、いつか私の(かたき)をとって! 〝リングレットアーク〟!」

 

 愛する友人に(おも)いを訴える。

 

「ううっ!」

 

 急にうめいた黒い衣装の少女。伏せる女の子が右手をかざし、紫の子を捕らえるマネキンに光線を放っていた。

 紫の子がマネキンから解放される。光線を食らったのはマネキンなのだが、なぜか黒い衣装の少女がうめいていた。

 黒い衣装の少女が怒りを(あら)わにする。先までの驕慢な言葉遣いから一転し、

 

「この死にぞこないがぁ! 早く死ねよ! 早く脳ミソぶちまけて死んじまえよおまえ!」

 

 伏せる女の子を口汚く罵りながら何度も踏み付けるが、

 

「……あっ! しまった、逃げやがった!」

 

 その興奮で我を忘れ、紫の子を逃してしまった。

 空高く飛び立った紫の子。その体にまとった「()」が、夜空の彼方(かなた)へ消え去ろうとしている。

 環が星のごとく明滅し、程なくして夜空の中に消失する。それを見届けた伏せる女の子が満足した笑みを浮かべる。

 

「〝(たまき)〟、仇なんてとらないでいいよ。幸せに生きて……」

 

 私の仇を。そう伝えれば逃げると信じて女の子は訴えていた。

 そして、目を閉じる女の子。この可愛らしい女の子が二度と目を覚ますことはなかった。

 

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