YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「おにい、来てやったぞー。着替えここ置いとくよー」
「うん。ありがとう」
妹が現れ、病室の隅に僕の着替えを置いた。
いま腕に点滴を刺されている僕は、市内に立つ病院に入院している。
僕の名前は
無味無臭。友人にそう言われる程パッとしない。趣味なんて言えるものは特になく、強いて挙げるならゲーム、だろうか。
自分を上中下の更に上中下で表すと、勉強は中の下くらいだった。最近は勉強をしているおかげか、中の中くらいには成り上がったかな、と思っている。でも、運動は下の中、おまけに背はクラスの男で前から並べば二番目に低い。
「まさかおにいが、女の人をかばって入院なんてねぇ」
小学六年生の妹が、ニタリと口角を上げて僕をからかった。
妹とは四日ぶりに顔を合わせる。その四日前の日曜、箱根山中の千殻原にて僕は暴行を受けた。血を吐いたあたりで気を失ってしまい、その後は覚えていないのだが、ここの病院に運び込まれて集中治療室に入れられたらしい。
医者の先生が僕の体を検査した結果、内臓から出血していた。それで直ちに手術の運びとなり、少し遅れていたら出血多量で命が危なかったそうだ。
目が覚めたら病室に寝かされており、腹を見ると手術の痕が残っていた。手術は初である。まさか僕の人生に、手術を受ける事故が待ち受けていたとは。
「やるじゃんおにいー。見直したぞ」
「こら、
「あ、そっか。ごめんごめん。てへへ」
妹がはしゃぎながら僕を褒めたが、とても喜ぶ気にはなれない。僕は暴漢から彼女をかばって
僕は、情けないくらいに弱くて無力な男だ。彼女が汚されそうとしているにも関わらず、うずくまって泣いていただけだった。自分で自分が嫌になる、褒められても
悔しさと惨めさが僕を責め立てる。そんな僕の内心など知らぬ妹が
「おにい。そのかばった女の人、庚渡さんだっけ? 昨日会ったよ」
「…………」
「ちっちゃい人だね。下級生と間違えちゃったよー。ねえねえ、おにいあの人と付き合ってるの? ゲームばっかしてたおにいが最近勉強し始めたのもあの人の影響?」
妹がやかましい。思い出したくないのにほじくり返しやがって。
「うるさいな。あの子は友達だよ」
「えー。でも毎日来て、看護師さんにおにいの様子を
「うう、もう、しつこいぞ。僕は病人なんだ、用が済んだなら帰ってくれよ」
いらだちが募った僕が、つい妹に強く当たると、
「……はーい。じゃあ帰りまーす。おにいがイライラしてたって、お母さんとお父さんに言っとくからね」
妹がムスッとした顔で病室を後にした。
言い過ぎたか。しかし、僕が千殻原でどれだけ悔しい思いをしたと思っているんだ。何も知らないくせに好き勝手はやしやがって。
何もできなかった故に腹が立つ。もし日曜、陽さんと美月さんが来るのが遅かったら――。
(……ううっ、うううっ!)
腹の内から湧いた惨めな衝動に、僕がベッドを叩いてしまった。
涙が止まらない。僕は宇宙海賊からすれば
そもそも彼女との間に、隔絶とした差があることを突き付けられている。転校生の坎原さんに「男として好きな子に戦わせて恥ずかしくないの?」と言われ、その後あらわれた暴漢の男に「何の力もないザコは指でもくわえて見てろよ」と嘲られた。これは僕が彼女のそばにいる資格なし、と押された
住む世界が違っていた。何の取り柄もない僕が彼女のそばにいるなんて。今更ながらに僕は、彼女にふさわしくないことを知ってしまった。
しかし、資格なしの僕が彼女のそばにいる、僕以外の大勢にとっては迷惑な希望が一つだけ残されている。
希望とは、彼女をコスモスから降ろす。そうすれば彼女はもう危険な目に遭わなくて済み、僕も惨めな思いから解放される。
世界が危機にさらされても仕方がない。僕にとっては彼女こそが世界だ。彼女が傷付かないなら誰が傷付こうが構わない。世界など、どうなってもいい。
(……はぁ)
我ながら情けない。そう息をつきながら病室の時計に目を向けると、時刻は午後四時半を過ぎていた。
僕はまだ彼女と会っていない。手術後ということで親族以外の面会は病院が断っていた。しかし今日、それは解除された。
学校は四時に終わる。妹は毎日来ていると言っていた。学校から直行すれば今くらいの時刻に来るだろう。
(今日も、来てるのかな……)
会いたいような会いたくないような気持ちで僕がうつむいていると、病室の扉が開かれ、
「鈴鬼くん」
「庚渡、さん」
彼女が現れた。
庚渡紬実佳さん。コスモスという光の戦士の一人で、小さくて愛らしく、彼女が変身して宇宙海賊と戦っている秘密を僕だけが知っている。
彼女とは夏休みが終わったくらいの時期に友達になった。今の眼鏡をした顔も可愛いが、眼鏡を外すと更に可愛い、僕が世界で一番好きな女の子だ。
好きな子に泣いていた顔なんて見られたくない。僕が急いで涙をぬぐうが、
「ううっ、うああっ、あああぁ……」
彼女が膝を突き、両手で顔を覆う。なんと彼女の方が泣き出してしまった。
不意を突かれた僕が急いで慰める。
「か、庚渡さん」
「無事でよかった。ああぁ……」
「庚渡さん。僕は大丈夫だから、泣かないで」
「だってぇ。手術までしたじゃない。鈴鬼くんが目を覚まさなかったらとか、一生消えない傷が残ったらとか、今までずっと考えてて……」
彼女が泣き止むまでに三十分ほど必要だった。
落ち着いてから話をした。彼女は彼女で、僕を守れなかったことに責任を感じていたようで謝られた。
そして、彼女は「明日も来る」と言った。こんな調子なので今日は「コスモスをやめてくれ」とは言えなかった。