YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

50 / 143
人はエビを繁殖させるために片目をもぐ

(リンゴは、風邪の定番ね)

 

 制服姿の巽島美月が、手に取ったリンゴを買い物かごに入れた。

 美月は今、スーパーで風邪を治すための食材を選んでいる。

 

(陽ったら、終業式の日に風邪をひくなんて)

 

 今日は美月が通っている中学校・白山(しろやま)学院(がくいん)の二学期終業日。就学からの解放感に満たされる(ほとん)どの学生にとって祝うべき日に、腐れ縁にして親友の乾出陽が風邪をひいて学校を休んだ。

 学校は午前中に終わり、美月はこれから陽の家へ出向いて看病しようとしている。部活動で料理部の部長を務め、板前の親から料理の腕を鍛え続けられている美月は、食事に対する造詣(ぞうけい)が深く、消化に良い料理も心得ている。

 

(食材はそろったわね。薬はあるって言ってたし、陽の家へ向かいましょう)

 

 買い物を終えた美月が陽の家へ足を向けた。

 ところが、光の戦士に予定調和はあり得ず、急な襲来が美月に降りかかる。

 妖精が美月の前に現れ、美月が即座にその訳を察する。

 

「べーちゃん。何か出た、のね?」

「そうだベエ。ムーンライト、今すぐ時を止めて、異変を探し出して欲しいベエ」

「分かったわ」

 

 美月が懐から銀色の懐中時計に似たオブジェを取り出した。

 そして、銀色のオブジェ・ユニヴァーデンスクロックを美月が作動する。すると、エコバッグを提げたおばさんが、スーパーの前で焼き鳥を売るおじさんが、餌をくわえて空を飛ぶカラスが停止する。

 周りが止まったことを確認した美月が、続いて丸い手鏡を取り出し、ふたを外して鏡に己の顔を映しながら、

 

「シンダーエラ、ターンイントミスティカル!」

 

 口上を述べると、手から鏡がひとりでに離れ、レーザーに似た幾条もの光線を美月に向かって放ち始めた。

 光線が美月の体に戦士としての衣装を描く。それはコンピューターが3Dモデリングを施すかのように。

 間もなくして、描き終えた鏡が最後に鮮烈な光を放つ。そうして光の中から、

 

「希望に満ちた日々を未来に! 光の戦士ムーンライト!」

 

 銀色の着物を羽織り、両手に大きな籠手をはめ、黒いゴーグルを付けた戦士が現れる。変身するための鏡・ハロウィンズミラーをつかんだ美月が戦士ムーンライトに変身した。

 

「ハァッ!」

 

 ムーンライトが()(しょう)し、高度から異変を探す。ゴーグル越しに映る視界をつぶさに精査する。

 程なくして、駅から少し離れた商店街の一区画。そこから異様で不穏な気配を察知したムーンライトが、

 

「あそこね!」

 

 両腕を翼のように広げて現場へ滑空する。

 空を切るように疾駆するムーンライト。そして着地するが、

 

(これは……)

 

 そこで目の当たりにした惨状に思わず眉をひそめてしまう。

 四人の女が、おびただしい量の血を流して倒れている。一人は顔が(あざ)だらけで元の顔が分からないくらいに変形しており、もう一人は髪の毛が(むし)られて頭皮が(さら)されている。更に一人は歯が周りに散らばっており、残る一人は股が赤黒く染まっている。

 今は時を止めているが、早く手当てをしないと命に関わるだろう。そして、倒れている女四人の中心では、黒い衣装の少女が背を向けて立っており、この少女こそが女四人を暴行した者で間違いないだろう。

 

「そこのあなた、お覚悟はよろしくて?」

 

 ムーンライトが手のひらを上に人差し指を立て、少女に問いただした。

 振り返る敵の少女。この姿にムーンライトが目を見開く。

 

「現れましたね、コスモス」

「あなたは、この前の」

 

 敵の少女は、黒いゴスロリ調の衣装をまとい、舞踏会でかぶるようなアイマスクで目を覆っていた。

 忘れもしない。今月初めの日曜、千殻原に突如として現れた女である。環と因縁ある少女の登場にムーンライトが息を()む。

 少女が血にまみれた両手でスカートの裾をつまみ、口角を上げて挨拶する。

 

「改めて自己紹介しますね。私は〝ヘイズ〟の〝イオン〟」

「…………」

「この街で暴れていれば来ると思ったんですよぉ。メテオさんの(かたき)、とらせてもらいますよ」

「メテオ? あなた、メテオを知ってるの?」

 

 少女の言にムーンライトが()き返した。

 メテオとは、コスモスの美月、陽、紬実佳が死闘を繰り広げた、三人にとって因縁浅からぬブラックホール団の男である。今は故人であり、この男の死は美月と陽の心に深い傷を負わせている。

 

「知ってるも何も、敵のあなたに、あの人の何が分かってるんですか?」

 

 少女が訊き返し、この怒気をはらんだ詰問にムーンライトが身構える。

 

「いいですか? 私たちヘイズは、みんなから蔑まれ、(うと)まれ、世の中から捨てられた人の集まりなんです。幸せそうなお前なんかに、あの人の何が分かってるんですか」

「……あなた」

「あなたですって? 何を気にしてるんですか? この私に同情でもしてるんですか? いいですねえ幸せな女は。人を見下せる余裕があって」

「そんなつもりは」

「そんなつもりがないなら私にかまうなぁ! あの人だけが信頼できる大人だった。私を利用し、弄ぶクズなんかとは違って……。ムカつくんだよお前らコスモスは! 幸せそうな顔して、あの人を語るなぁ!」

 

 会話が成り立たない。情緒不安定な少女に対し、ムーンライトは何を言うのも諦めた。

 メテオという男、先月、コスモスとの戦いにおいて、人の寿命を食らう力「精霊」を行使し過ぎたために命を落としている。つまり、ムーンライトが殺したわけではないのだが、彼女は自分が殺したと同義と捉えているので反論しなかった。

 少女の(たか)ぶりにムーンライトが察する。この子はメテオに恩があるのだろう、と。

 

「なんでメテオさんは、こんな女なんかを気に入って……」

 

 少女がムーンライトを()めつけながら、懐から小型の端末機器を取り出し、

 

「分からせてやる、私のこと上から見下ろしやがって……necroi(ネクロイ), ikikuchi(イキクチ), artificial(アータフェシャル)... 来なさい! 〝蟹座(キャンサー)〟!」

 

 呪文のような言葉を唱えて掲げると、機器の液晶にあたる個所が黄金色に光り出した。

 無線呼び出し。俗にいう「ポケベル」。我が日本では個人向けサービスが終了して久しい受信端末機器だが、それに似た機器が少女の手元で輝いている。

 機器が少女の前に二重の丸、つまり円環を描く。円と円の間には、図形、記号、解読不能な文字がきめ細かく映写されており、それはさながら怪しげな何かを召喚する魔法円のよう。

 間もなくして、円の中心から誰もが知っている甲殻生物が姿を現す。殻に覆われた二対の大きな(きょう)(きゃく)(かぶと)のような頭部から飛び出した黒い目と触覚、そして、(かっ)(ちゅう)(ごと)き装甲をまとった長い尾。

 

――ヤクサァァイッ!

 

 ()(たけ)びを上げた巨大な甲殻生物にムーンライトが、

 

「これはザリガニ、いや、ロブスターね。べーちゃん」

 

 そばにいる妖精を呼ぶ。

 

「紬実佳と環を呼んで」

「分かったベエ。サンシャインは呼ばないのかベエ?」

「陽は風邪ひいてるの。頼んだわ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。