YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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絶望と暴戻のリジェネレーション

 黒い衣装の少女が召喚した巨大ロブスター。この横に素早く回り込んだムーンライトが、

 

「はああっ!」

 

 右の籠手を払う。裂帛(れっぱく)の気合いと共にロブスターの胴体を斬った。

 しかし、効いていない。瞬く間もない速き一閃(いっせん)だったが、引っ()き傷が付いたのみでロブスターの腹甲を破るには至っていない。

 やっぱり硬い、と下がったムーンライトに対し、ロブスターが五対の歩脚をクモのように動かして向き直る。そして、その黒くて丸い()でムーンライトを凝視する。

 

「あの子、キャンサーって言ってたわね。やはり黄道の精霊かしら」

 

 ムーンライトがつぶやいた「あの子」とは黒い衣装の少女で、「キャンサー」とは(かに)座。言わずと知れた黄道の星座であり、甲殻生物であることが合致する。

 同じ黄道の精霊・山羊座(カプリコーン)を宿すムーンライトが、黄道には黄道、と考えるものの取り下げる。理由は敵がロブスターだけではないからだ。ロブスターの後ろには黒い衣装の少女が控えている。一度使ったらそれまでの精霊の力、どんな力を持つのか不明な少女が後に控えていることを考えると軽々には使えない。

 

「ヤッ、クサァァイッ!」

 

 ロブスターが右の(はさみ)を振り上げ、ムーンライトに振り下ろした。

 ずんぐりとした大きな鋏を、ムーンライトが左に跳んでかわす。そして、腕と鋏の節目を狙い、

 

「そこっ! 〝マッソルカッティング〟!」

 

 籠手を振り上げ、鋭い縦の弧を下から上へと描く。

 斬れた。ツバキが花を落とすように、鋏がアスファルトの上へと落ちる。

 

「やったわ。関節を狙えば」

 

 ムーンライトが勝機を見出し、次は左の鋏を狙った。

 しかし、敵は黄道の精霊、そう易々(やすやす)とは斬られない。ロブスターが体を「く」の字に折り曲げると、まるでバネに弾かれたような速さで後ろへ下がった。

 ロブスターは巨体だ。それこそ(さば)いて焼けばしばらくは食うに困らないくらいに。そんな巨体の俊敏な回避にムーンライトが目を瞬かせると、ロブスターが左の鋏を突き出すため、これをムーンライトがかわす。

 

「そういえば、エビって食べられそうになると後ろに逃げるのだったわ」

 

 敵が広義のエビであることから一応の納得をしたムーンライトに、ロブスターが体を反り上げ、左の鋏を掲げた。

 掲げた鋏は広げており、威嚇する格好のロブスター。だが、それだけで何もしない。不審に思ったムーンライトに意外な攻撃が迫る。

 エビやザリガニの口は、眼から離れた腹の方にある。その口から泡が吹き、ロブスターが無数の泡をバブルガンのごとく噴射する。

 

「あわ!? ……くっ!」

 

 泡を吹く甲殻生物はカニである。ロブスターは泡を吹かない。そのロブスターが泡を吐いたためにムーンライトが驚いた。

 ムーンライトが泡を浴びる。風船が割れるような炸裂(さくれつ)音が次々に鳴り、弾ける衝撃に己をかばう。泡の衝撃は致命傷にこそならないが、中々に痛くて体を丸めざるを得なかった。

 泡の痛みを耐えたムーンライトが顔を上げると、ロブスターが「V」に広げた鋏を掲げている。

 

「このザリガニ、ヴィクトリー、って言いたいのかしら」

 

 (あお)るロブスターにムーンライトが憤るが、ロブスターの攻勢は続く。

 ロブスターが戦法を変える。左腕を縮め、まるでうらめしやの幽霊、あるいはカマキリのように構える。

 鋏を下げた格好のロブスターに、ムーンライトが両腕を交差して身構えるが、

 

「あうっ!」

 

 高速の打撃を食らう。目では捉え切れない速さで突き出された鋏に吹っ飛ばされた。

 打撃を受けてアスファルトの上を滑るムーンライト。体を起こしながらエビに似た甲殻生物を思い出す。

 

「そんな。今のって、まるでシャコのパンチじゃない」

 

 寿司ネタにも使われるシャコは、貝を捕食するために殻をパンチで破壊する。その威力は水槽を壊したり、人に怪我(けが)を負わせることもあると聞く。

 やはり敵は黄道の精霊、一筋縄では倒せない。鋏を見切れなかったムーンライトが力を温存できる相手ではないことを思い知った。

 空を見回すムーンライトだが、紬実佳ことトゥインクルスターと環ことリングレットアークはまだ現れない。いま頼れるのは自分だけ、と決心したムーンライトの胸が黄金色に強く輝く。

 

「〝やぎ座(カプリコーン)〟! 私に力を!」

 

 ムーンライトの頭に、二本の対となる湾曲した角が生まれた。

 続いて閉じた両脚が人魚さながらな()(びれ)と化す。精霊・山羊座を発現したムーンライトが銀色の人魚へと変身した。

 尾鰭を掻いて浮かび上がったムーンライトに、ロブスターが再度シャコパンチを繰り出す。だが、山羊座を発現して動体視力を強化したムーンライトがパンチをすり抜けるようにかわす。

 

「ええいっ!」

 

 そして、ムーンライトが腕と鋏の節目に籠手を払い、左の鋏を切り落とした。

 鋏という障害は消えた。残るは本体だけ。合掌したムーンライトが宙を泳ぎ、ロブスターの胴体を貫きにかかる。

 泳ぐムーンライト。刺す魚として恐れられるオキザヨリのように。だが――。

 

「あぐっ! ……なっ、なんで!?」

 

 ムーンライトが尾鰭をつかまれ、その泳ぎを止めた。

 ありえない事態に動転するムーンライト。右の鋏を落とした。左の鋏も落とした。だが、なぜか落としたはずの鋏がロブスターの右腕にあり、尾鰭を握り締めている。

 ロブスターが右腕を振り上げ、ムーンライトを(たた)き付ける。この強打がアスファルトに亀裂を走らせ、その上にムーンライトが力なく倒れる。

 

「ぐうっ。なんで、どうして……」

「あはははっ! エビとかカニって再生すること知らないんですか? 蟹座(キャンサー)は再生するんですよ、惜しかったですねえ!」

 

 ロブスターの後ろから少女の下卑た笑い声が聞こえた。

 伏せるムーンライト。叩き付けられたダメージは深刻だった。右腕と尾鰭が全く動かず、山羊座の変身まで解けてしまう。

 ロブスターが鋏を振り上げ、避けれぬ被弾にムーンライトが目をつむる。――が、どうしてか無事であった。それで目を恐るおそる開くと、黒いビキニ姿の親友が両腕を広げて鋏を受け止めている。

 

「ぐぐぐ……」

「サンシャイン! どうして」

「ムーンライトが戦っているのに、寝込んでなんかいられないよ! はああっ!」

 

 乾出陽ことサンシャインが鋏を押し返した。

 だが、両膝を突き、四つん()いになるサンシャイン。38度を超す熱を患っている。

 頭がふらふらする。体が自分のものではないみたいに重い。気を抜けば倒れそうなくらいに無理をしているサンシャインだが、それでもロブスターをにらみながら妖精を呼ぶ。

 

「べーちゃん。動けるうちに勝負を決めたい。あたしにあれを」

「分かったベエ。黄道の精霊・〝獅子座(レオ)〟、サンシャインに力を貸すベエ!」

 

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