YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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かつてトルエン今はODキマる姿は悪の華


 東京都(しん)宿(じゅく)区。東京二十三区内でも指折りの繁栄を誇り、見上げんばかりの超高層ビルが林立する、誰もが知る副都心である。

 信宿の駅の東口を出て真っ()ぐ進み、大通りを二つ横断した所に、日本最大の歓楽街・(かぶ)()(ちょう)が所在する。その傾奇町に立つインターネットカフェに、黒い衣装の少女が駆け込むように入店した。

 午後九時を過ぎ、普通の街ならシャッターを下ろす時刻だが、ここ傾奇町では営業を表す電灯やネオンがまぶしく光っている。加えてダウンジャケット姿の元気な若者が、いかがわしいことを考えている髪の薄いおじさんが、派手なコートを着た水商売風の女性が往来を練り歩いている。

 (あか)抜けない格好をした女の子数人が、歩道の隅に腰を下ろしてくっちゃべっている。そんな女の子たちに目もくれず入店した黒い衣装の少女は、赤色の派手なウィッグを垂らし、フリルを飾ったゴスロリ調のドレスを身にまとっていた。

 

「ううっ、ぐっ……」

 

 受付のロビーチェアに腰を下ろした少女が、苦しみに顔をゆがめながらスマートフォンの発信アイコンを押下する。

 そして、少女が顔を伏せる。胸の奥、心臓と両の肺が絞られるような痛みに苦しんでいる。

 少女は力を侮っていた。その体に植え付けた救済にして導きなる力を。

 

「モナー、おかえり~」

 

 痛みを(こら)えながら少女が待っていると、顔を赤らめたほろ酔い気分の女の子が迎えに現れた。

 立ち上がる少女。このネットカフェは、エントランスとフロアが自動扉で区切られており、受付が配るカードで認証を済ませないと、自動扉が開かずフロアに入ることができないシステムとなっている。つまり、利用するには受付で料金を支払ってカードを受け取る必要があるのだが、少女は既にフロア内にいてカードを持つ女の子に電話することで自動扉を開けさせ、金を払わずフロアに侵入した。

 少女が受付を潜り抜ける訳は後に説明する。フロア内は防音完備のブースがホテルの部屋のごとく並んでおり、「042」のプレートが貼られたブースの前でほろ酔い気分の女の子がカードをかざす。

 開錠の音が鳴り、カードを持つ女の子、次いで黒い衣装の少女が入室する。

 

「モナカ。遅かったじゃん」

「おかえりー。どこ行ってたのー?」

 

 四畳一間の、ネットカフェの個室にしては広めなブース内では、二人の女の子がくつろいでいた。

 ほろ酔い気分の女の子が二人のそばに腰を下ろす。この黒い衣装の少女を含めた四人は、042号室をシェアしていた。一時的な利用ではなく、四人で金を出し合って共同で暮らしている。

 

「ねえモナカー、今日は朝早くからどこ出かけてたの?」

 

 腫れぼったい唇を持つ女の子が、缶チューハイを片手に少女に()いた。

 ごまかす少女。痛みを気取られぬよう、できる限りの平静を装って。

 

「大した用ではありませんよ」

「またまた~。あたしらに隠し事ってないんじゃなーい?」

 

 酔っぱらった笑顔で訊く女の子に他の二人が「うんうん」「そうだよ~」と同意した。

 少女はルームメイト三人に対して弱みを見せなかった。基本他人を信用しておらず、自分以外の人間を全て敵と見なしている。

 酒盛りする三人の女の子と黒い衣装の少女は、古い言葉で言えば「家なき子」、カナで表せばストリートチルドレンである。今のネットカフェはシャワー室を完備しており、宿泊を目的とした低料金プランも用意されている。お世辞にも良い環境とは言えないが、暮らそうと思えば暮らすことも可能である。

 四人は傾奇町で出会い、低料金プランを利用して042号室で生活していた。だから金を惜しんで受付を潜り抜けたのであり、四人は家に帰れない事情をそれぞれ抱えている。

 

「やめてください。私がどこに行ってたっていいでしょう」

 

 少女が語気を荒げ、ルームメイト三人に回答を拒否した。

 いま少女に余裕はない。絞られるような痛みが更に増しており、それを表に出さまいと無理をしている。

 今日、自分の体が(むしば)まれていることを知った少女。突如として知らされた死の運命に恐怖している。だが、そんな少女の強がりを見抜けるほど仲は良くなく、ルームメイト三人が、

 

「あっそ。カンジわる」

 

 少女を放っておいて酒盛りを続けた。

 

「けーにゃん、最近パパとはどう?」

「パパ? ろー氏、パパって?」

「ほら、前に銀座でセレブ相手に料理人やってて、めっちゃ金もってるって人のコト言ってたじゃない? まだ会ってるの?」

「ああ、タリウムマンのこと?」

「ちょっ、なにタリウムマンって」

「いや、これが笑い事じゃなくてさ、タリウムマン捕まったのよ」

「ええっ? 捕まったってどういうこと?」

「アイツJDにも援助してたみたいでさ。でもしつこかったんだろうね、JDにタリウム飲ませて殺したんだって」

「ええっ。それって一歩間違えてたら超ヤバかったじゃん」

「うん、超ヤバかった、あのまま付き合ってたらあたしがタリウム飲まされるところだった。まあ、あたしはコイツやべーなって薄々勘付いてたから、ちょっと前に別れたけど」

「ほんとー? けーにゃんガチャSSR引いた、とか言ってたよねー? んで、タリウムってなに?」

「ろー氏しらないで言ってたんかーい。んーと、たぶんヤベー薬」

 

 腫れぼったい唇を持つ子ともう一人が、度の強い安酒をあおりながら談笑していた。

 042号室に住む四人はみな未成年である。未成年の飲酒は法律で禁じられている指摘はさておき、そんな女の子たちがどうして生活費を得ているかと言うと、あまり人には言えない手段で金を稼いでいる。

 手段とは、ある時はSNSで面識のない男と連絡を取り、性的な奉仕と引き換えに報酬を得ている。またある時は、怪しい男からサクラや詐欺など所謂(いわゆる)「闇バイト」と呼ばれる仕事を(あっ)(せん)してもらっている。

 もう一度述べるが彼女らは未成年だ。この東京で誰にも頼らず生きるなら違法な仕事に手を染めざるを得ないのである。それとこれは余談だが、タリウムとは水に溶けやすい重金属である。

 

「ろーちゃーん」

「なにエリコ―? ……あっ!」

「えへへー」

「エリコ、またクスリ()んでる。呑みすぎじゃない?」

「今度はヘーキヘーキ。もう慣れたしー」

「んなこと言って、このまえ急にリストカット始めたじゃない」

 

 部屋のカードを持つ女の子が、気持ち良さそうにまどろんでいた。

 そして「ギャハハハ!」と、急に品のない大声で笑いだす。そんな不安定な女の子の周りには、風邪(かぜ)薬の包装シートが散らばっている。市販の薬を大量に服用すると一時的に高揚感や多幸感を得られる。これを「オーバードーズ」と言うが、もちろん勧められていない、禁じられている。だが、いま笑い出した女の子は、度々この禁じられた行為を犯しており、もう癖になっていた。

 親元を離れた未成年、しかも女の子が一人で生きるのは並大抵の苦労ではない。辛い体験など指では数えられない程に味わっている。そんな過去を少しの間でも忘れるために、女の子は薬の過剰摂取(オーバードーズ)の常習に陥っている。

 それにしても、昔はシンナーやトルエンの蒸気を吸って快楽を得ていたと聞く。人はいつの時代も快楽にはあらがえないものである。

 

「ねえモナカ―。あたし今月ピンチでさ、部屋代立て替えてくれない?」

 

 腫れぼったい唇を持つ子が少女に訊いた。

 しかし、部屋の隅でうずくまっている少女に返答はできなかった。力の代償が少女を内から食い荒らしており、肺が有刺鉄線で締め付けられるような痛みに悲鳴を上げている。心臓が握り潰されるような圧迫感に警鐘を鳴らしている。

 

「……ぐぇっ!」

 

 そして、堪え切れなかった少女が(つい)に発作を起こし、口から多量の血を吐いた。

 

「きゃあっ!」

「ちょっとモナカ!? あんたなにしてんの!?」

 

 何の前触れもなかった吐血に、腫れぼったい唇の子ともう一人がうろたえた。

 少女の止まらぬ(せき)と室内を汚す生々しい血に、女の子二人の酔いが一気に覚めてしまう。

 

「ね、ねえ、これって、ヤバない?」

「ヤバイよ、ゼッタイやばいよ。ねえ、どうしよう」

「この子、変なビョーキもらってきたんじゃ」

「病気? それじゃ、あたしらにもうつるかも……」

 

 不穏なる異変は恐怖へと変わる。得体の知れない災いが自分たちにも降りかかるのではないか、と。不特定多数と関わった経験のある女の子二人が、梅毒に(りん)(びょう)といったワードを連想して青ざめた。

 たとえ性病ではなくても(かか)ってしまったら死活問題だ。彼女らは家から逃げ出した身であり、保険証などある訳ない。生活費も稼げなくなってしまう。

 選ぶべきは危険の排除。腫れぼったい唇の子が端を発する。

 

「おっ、追い出せえ!」

 

 恐慌へと駆られた女の子二人が、少女を追い出しに掛かった。

 

「な、なにするんですか!」

「うるさいしゃべんなボケ! あたしらにうつるだろ!」

「誰とヤってきたんだよ! 変なビョーキもらってきやがって!」

 

 牙を剥いた女の子二人に、少女がその身に宿す力を解き放った。

 恨み、憎しみ、(ねた)み、悲しみ。少女から湧き上がる禍々(まがまが)しい魔の気に女の子二人が戸惑う。その隙に少女が腫れぼったい唇の子の首をつかみ、そして握り締める。

 締め上げる少女。この万力のごとき圧迫感に腫れぼったい唇の子が酸欠に陥り、もう一人が「何してんの!」と騒ぎ立てながら止めるが、押しても引っ張っても少女が動かないために止めること敵わない。

 やがて、息が完全に止まる。今の今まで一緒に酒を飲んでいたルームメイトが、舌をだらりと出し、白目を剥いて死んでいる。この事実にもう一人が(おび)えて逃げ出そうとするが、その背を少女が捕まえて首を絞める。

 

(殺して、しまった……)

 

 程なくして我に返った少女が、ルームメイト二人を絞殺した事実に驚いた。

 動揺はそれほどしなかった。少女は元々仲間とは思っていないから。「あの方に救われた私はこんなドブネズミ達とは違う」。このような蔑みを少女は一緒に暮らしながらも常に心の中で抱いていた。

 残る薬物中毒の一人も少女が絞め殺し、三つの死体とその私物を(あさ)る。金と金目の物を懐にしまってから平静を装い、ネットカフェを後にする。

 

「……がはぅっ!」

 

 人気の少ない裏路地で少女がまた血を吐いた。

 苦しむ少女が、とある雑居ビルの非常階段を上る。このビルの屋上は、少女が熟知する傾奇町内で一人になれる唯一の場所である。

 胸を押さえて手すりに寄りかかりながら階段を上がる少女。そうして屋上にたどり着いた少女が腰を下ろし、星一つない暗黒の夜空を見上げる。階下からは都会の喧騒(けんそう)が聞こえ、自動車が鳴らす排気と振動の音が響いている。

 

――〝クルシソウダナ〟――

 

「あ、あなたは」

 

 不意に止まったその存在に少女が目を見開いた。

 その存在が呼びかける。「貴様は既に一人殺している。それを使って苦痛から逃れるか?」といった旨を。

 少女には夢がある。故に悩んだ少女だが、背に腹は代えられなかった。今は何よりも痛みと死から逃れたい。

 

「お願いします、この体を治してください」

 

 少女が乞うと、体に植え付けた黒き力が活発に(うごめ)いた。

 血が少女の体内を巡る。それは指の先まで温まるような心地よさで、少女が陶酔した顔を浮かべる。

 間もなくして、少女を苦しめていた痛みが霧散したように消えた。代わりに湧き上がるような活力を感じる。この世の全てが思うままになるような力を。

 

「ありがとうございます」

 

 力を取り戻してすっきりした顔の少女が、唯一信じているその存在に深く礼を述べた。

 その存在が口を開く。「貴様は働き者だ。(あだ)を感知する力をついでに与えよう」といった旨を。

 下り立つその存在。これに立ち上がった少女が、スカートの裾をつまんで意気を示す。

 

「お任せください。貴方(あなた)が壊せと(こいねが)うこの国、この日本。私が壊してみせましょう」

 

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