YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「あっ、あそこだよ、鈴鬼くん」
片側三車線の、中央分離帯を備える幅広の道路。その道路を挟んだ所に立つ赤いアーチを彼女が指した。
アーチには「傾奇町一番街」と、誰もが分かるように描かれている。いよいよ着いた、着いてしまった。日本最大の歓楽街にして僕たちのような子供が行く場所ではないオトナの街、傾奇町に。
程なくして横断歩道の信号が青を示す。信号待ちしていたあふれんばかりの人たちが一斉に歩き始め、僕たちも歩き始める。僕がワクワクと目を輝かせる彼女を横目に気を引き締め、彼女と共にアーチの下へ足を踏み入れる。
「見てみて鈴鬼くん」
「どうしたの?」
「これ、ドリアンだよ。わたし実物って初めてみた」
「へえ。ドリアンってこんな形してるんだ」
踏み入れた先の青果店店頭には、ごつごつとしたトゲいっぱいの皮で覆われた丸い果物が売っていた。
ドリアン。とても美味で「果物の王様」と呼ばれているが、併せてとても臭いで評判な熱帯の果実だ。おそらくは輸入品なのだろう、中々に値が張り、これを中学生の僕たちが購入する勇気と余裕はない。
さすがは日本最大の歓楽街、地元ではまず見られない物が売っている。と言うか、ビルが建ち並んでいる中でも八百屋のような青果店があるとは。僕が変に感心してしまう。
「あとはパパイヤにパッション。そこまで珍しい物はないね。……えっ、なんだろうこれ。〝ヤナオニの実〟?」
彼女がクルミに似た、透明の殻に覆われたマゼンタ色の実に興味を示している。
「行こう庚渡さん。あまりじろじろ見てると、店の人に客って誤解されちゃうから」
「そうだね」
青果店を立ち去った僕たち。続いて妙な販売機を見つける。
「うわぁ。ねえ鈴鬼くん、おしるこソーダだって。どんな味するんだろ?」
「ハバネロスカッシュなんて物もあるよ」
聞いたことがないメーカーによる自動販売機があり、それには目を疑う名の飲料水が売っていた。
甘ったるい汁粉のソーダ。あるいは、とても辛い炭酸飲料。味が全く想像つかないが、これだけは断言できる。口に入れた途端に「ブホッ!」と吹き出すだろう。
誰が買うのか。しかし、売りに出しているからには一定の需要があるのだろうか。また僕が変に感心してしまう。
「陽さんと美月さんに買ってったらどうだろう。美月さん二十八日誕生日だし」
彼女が先輩への土産として買うか考えている。
「やめなよ。いくら何でもこれは喜ばないよ」
「うーん、でも陽さんなら飲んでくれそう。ノリと勢いで生きてるような人だし」
「もっとマシな物買ってあげようよ」
僕たちが自動販売機の前から立ち去った。
実は美月さんの誕生日と聞いて内心で焦っている。彼女のクリスマスプレゼント、早く見つけなければ。
それにしても、意外と平和だった。危ないイメージが僕の中で刷り込まれている傾奇町は、からまれこそしないだろうが人相の悪い人にエンカウントするものと思っていた。
犯罪者の巣窟。そんなイメージすら僕の中では生まれていたが、威嚇するような男たちの群れや怪しい外国人などを見かけず、むしろクリスマスイブのおかげか仲良く歩くカップルをよく見かける。今は昼間だからか呼び込みや酔っ払いも見かけず、僕が恐れていた傾奇町は人が多いくらいで穏やかだった。
心配して損をした。しかし、そんなのん気に構えた僕の前に異変が現る。正面約100メートルくらい離れた場所に人だかりができている。
「鈴鬼くん、なんだろうあれ」
「イベントでもやってるのかな? 人が集まってる」
気になった僕と彼女が近づいてみると、そこは地元にも系列がある有名なインターネットカフェだった。
だが、ネットカフェの入口には黄色と黒の規制線が敷かれており、中に人が入らぬよう警察官が見張っている。ただ事ではない物々しさに僕と彼女が目を見合わせる。
周囲では見物人が話をしており、これに僕が耳を傾ける。
「ねえなにこれ~。何が起きたの?」
「女が三人絞め殺されてたんだってよ」
「うっそー。やばくね? ちょーやばくね?」
「一人クスリをガブ
「あー知ってるー。最近はやりのオーバー坊主でしょ? バカじゃーん」
「オーバードーズな?」
「ケッ、まーたドウ横キッズかよー。あいつらマジで死んでくれね? 商売のジャマだしよ」
「チャリンコでコンビニ入るとかクソ迷惑だし。まじジコチューだよな」
冷や水を浴びせかけられたような気分に陥る。まさか、このクリスマスイブに殺人現場を前にしてしまうとは。
規制線がもたらす非日常。だが、好奇心など起きず、むしろ恐怖心だけを抱く。
「行こう、庚渡さん」
「まさか、東京に来て、殺人現場に出くわすなんて」
「あの、鈴鬼くん」
「えっ。……うわぁっ」
僕は彼女の手を握り締めていた。
慌てて放す。つかんでしまった、初めて、彼女の小さな手を。それは僕にとって何よりも神聖で大切なもの。
心拍が急上昇する。カッと立ち昇った熱が僕の頭を支配する。強引だっただろうか。付き合ってもないのに厚かましかっただろうか。
「……てもいい……。でも、そう……ところも可愛くて大……」
彼女が何かつぶやいたが、声の小ささと街の
「え?」
「なんでもありません鈍感鈴鬼くん。でも、あんな現場を見ちゃうなんて思わなかったな。ごめんね鈴鬼くん、私が傾奇町行きたいって言ったばかりに」
「えっ、いいよいいよ、庚渡さんが謝らなくても。僕も傾奇町がどんな所か、って興味あったから」
彼女に謝られ、僕は申し訳ない気持ちに駆られた。
そして、僕の
冷めぬ興奮と申し訳なさが僕を狂わせる。そしてその焦りが、血迷ったことを僕に口走らせてしまう。
「えーと、今の人だかりにさ、犯人いたりして」
「えっ、どうして?」
「ほら、よく探偵ものじゃ、犯人は必ず現場に戻る、って言うよね?」
苦し紛れに話題を切り替えたのだが、こんな話して誰が喜ぶんだろうと、僕が言った後になって後悔した。
迷探偵もびっくりだ。だが、僕の苦し紛れが思わぬ事態を呼ぶ。人だかりの方に目を向けた彼女が、
「……あっ」
何かを見つけたのか声を上げた。
そして僕に伝える彼女。その視線は人だかりから僅かに
「犯人かどうかは分からないけど、鈴鬼くん、ほんとにいたよ」
「えっ?」
「あのゴスロリな服に赤いウィッグ、二日前と同じだ。あの子、間違いない」
「どうしたの庚渡さん、急に」
いつも能天気な彼女が、珍しく険しい顔をして僕に振り向いた。
眉根を寄せた彼女の顔に僕が息を呑む。そんな戸惑う僕に、彼女が今日東京に来た真の目的を告げる。
「鈴鬼くん。私とたまちゃん、東京に戦いに来たって言ったよね?」
「うん」
「その探してる子が今いたの」
「えっ」
「追いかけなきゃ」
「ちょっと待って庚渡さん、一人で行く気?」
「鈴鬼くん、あの子すっごく悪い子で、あの子にたまちゃん友達を殺されたの」
「…………」
「傾奇町に行きたいって言ったの、あの子を探すためでもあるの。美月さんと陽さんも襲われてるし、絶対に許せない」
再び人だかりの方へ歩き始めた彼女だが、僕がその手を強くつかんだ。
照れなんか感じていられない。こればかりは譲れない。振り返った彼女に僕が、
「待てよ庚渡さん。坎原さんの友達だって言うなら、なおのこと坎原さんが来るまで待つべきだろ?」
強い意志をもって訴える。
「でも」
「怒りに燃える気持ちは分かるけど、そういうときこそ冷静にならなきゃ。一人で突っ走ったところで誰も付いてこれないよ」
更に続けた僕。分かってくれるだろうか。
反対されることを覚悟で止めた。だが、彼女が驚いた顔を浮かべ、険しかった表情を和らげた。
そして彼女が柔らかな笑みを浮かべる。この笑みは僕が最も好きな顔であり、いつもこの顔でいて欲しい。
「そうだったね。たまちゃんの
彼女が思いとどまってくれたので僕も笑みを返した。
一息ついた僕。一人で戦うなんて危なすぎる。坎原さんという仲間がいるのだ、できる限り危険は避けて欲しい。
「す、鈴鬼くん。もう手、放していいよ」
「えっ。わぁ、ごめん!」
「ほんとはもっとこうしていたいけど。……鈴鬼くん、たまちゃんに電話するね」
彼女がケータイを取り出し、坎原さんに電話した。
僕が人だかりの方へ首を向けるが、彼女が先に述べた特徴の子は見当たらない。本当にいたのだろうか、首をかしげてしまう。しかし、彼女の見間違いではなく、倒すべき敵は確かにいた。
敵は既に気付いていた。僕と彼女はこの後、窮地に陥る。
「あの、あなた、コスモスですよね?」
「……えっ?」
驚く彼女。通話を終えてケータイをバッグに収めると同時だった。
突如としてコスモスと言う、ごく一部の人間しか知らない単語で呼ばれたために僕と彼女が振り返る。
「追いかけてきてくださいよ。誘ってたんですから」
すると、ゴシック調の黒いロリータファッションに身を固め、赤いウィッグを垂らす女の子が、僕と彼女の前に立って
※彼が聞き取れなかった彼女のつぶやきは「放さなくてもいいのに。でも、そういうところも可愛くて大好き」になります