YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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黒のイデア 明かされるアンラマンユの識別証

 彼女の光を浴びた悪魔が仰向けに倒れた。

 悪魔の衣服に破れこそないが、その体は異状を呈している。胸を苦しそうに上下させ、汗で黒の衣装がぴっちりと張り付いており、体のラインが浮かび上がったその姿に僕が目を()らしてしまう。

 アイマスクがずれ落ちる。さらした悪魔の素顔は幼さを残しており、素直に評するなら可愛いと思う。そして、この子自身が言っていた十三歳の顔だった。僕と同じ(とし)の異性が僕にイヤらしい真似をして迫ったのだ。僕が今更ながらにショックを受けてしまう。

 

「…………」

「リングレット」

 

 呼んだ彼女。倒れた黒衣装の女の子を、坎原さんは険しい顔つきで見つめていた。

 坎原さんは友達を、いま倒れている女の子に殺されたと聞いている。それがあってか坎原さんは右の拳を震えるくらいに固く握り締めており、その様は今にも暴れ出しそうな衝動を押さえ付けているようだ。

 目には目を歯には歯を、と()う。殺す気なのか。しかし、友達を失った怒りを僕なんかが推し量れるものではない。

 

「リングレット!」

 

 坎原さんが飛び出すようにしゃがみ込んだため、親友の彼女が止めるように呼んだ。

 しかし、誤解だった。坎原さんは、

 

「心配しないでトゥインクル。あたしは大丈夫だから」

 

 女の子のまとう黒衣装の中に手を突っ込みながら落ち着いた声で彼女に答えた。

 

「う、や、やめろ」

「…………」

 

 女の子が息を切らしたかすれ声で止めるが、坎原さんは聞かずに続ける。

 坎原さんは女の子の服の中を、隅から隅まで調べるように右手を()わしている。その手つきは何かを探しているようだが、これにイヤらしさを感じてしまった僕は不純だろうか。

 いずれにしろ血を見ることはなさそうだ。僕が胸をなで下ろす。

 

「……あった」

 

 程なくしてソフトボールのような大きさの黒い物体を、坎原さんが服の中から引っ張り出した。

 

「リングレット、それが」

「うん。これが闇の力の供給源、〝アリマニド(Ahriman‐ID)〟」

 

 尋ねる彼女に坎原さんが首を縦に振って答える。

 坎原さんが手にした黒い物体は、闇と言うにも生ぬるい程に暗い。物質、光、音。それらありとあらゆる事象を取り込みそうな程に黒く、もうこの世の物とは思えない。

 宇宙海賊をブラックホール団と呼んでいるが、黒い物体を目にするとそのバカバカしい呼称もどこか(うなず)けてしまう。そして、黒い物体が何十、いや、百はあろうかという数の黒糸で女の子とつながっている。

 

「庚渡さん、あれって」

「あれが、ブラックホール団に力を与えている物なんだって」

「あれが」

「あれを壊せば、ブラックホール団は力を失って普通の人に戻るの。って、私も初めて見るんだけどね」

 

 彼女の説明に僕が目を見張った。

 いや、吸い込まれるような黒さに引き込まれているのか。僕が闇よりも暗い物体に目を凝らしてしまう。

 

「やめろ! それがなかったら、私は」

 

 手を伸ばす女の子だが、これに対して坎原さんが握る黒い物体に力を込める。

 そして、――パキンッという軽い音がする。女の子とつながる黒い物体を坎原さんが握り壊した。

 砕けた黒い物体は粉となり、風に舞うようにして消えてゆく。

 

「あっ、ああああぁっ!」

 

 女の子がまるで世界の終わりを目にしたような絶叫を上げる。

 断末魔と言うべき叫びが僕の耳をつんざく。やがて、声を出すことに力尽きた女の子に、

 

「あんたのことは、殺したいくらい憎い」

 

 坎原さんが静かに告げる。

 

「ならっ、殺せよ! 私のことが憎いんだろう!?」

「でも、あんたに殺されたあたしの友達はね、ブラックホール団に悪いことをやめさせる、って気持ちで戦ってたの」

「……ううっ」

「だから殺さない。殺したら、友達の(おも)いが全て無駄になっちゃうから」

 

 恨みがましく(にら)む少女に対し、坎原さんはその()をしかと見て伝えた。

 見ていてハラハラした。何度も言うが坎原さんは友達を殺されている。怒りに駆られて女の子を殺してもおかしくないのだが、亡くなった友達の尊厳を第一に踏みとどまった。

 坎原さんの理性に僕が(あん)()し、感心する。さすがは光の戦士だ。

 

「お疲れだベエ」

「べーちゃん」

 

 妖精が現れ、彼女が呼んだ。

 坎原さんが妖精に振り向く。

 

「妖精、終わったよ。トゥインクルがティターニアに似てたりとか、鈴鬼くんがあたしとトゥインクルの場に現れたりとか、色々思うところはあったけど」

「古い話をよく覚えているベエ」

「まだ今月じゃない。ま、終わり良ければ(すべ)て良し。世話になったよ、ありがとう」

「どういたしましてだベエ」

「それとさ」

 

 坎原さんが妖精から目を逸らして()く。

 

「あたしも、べーちゃんって呼んでいいかな? ほら、トゥインクルが呼んでるし」

「かまわないベエ」

 

 照れくさそうにする坎原さんにほほえむ彼女。これにて一件落着か。

 だが、終わりとはならなかった。

 

「意味、分かんない……」

 

 背を丸めて座り込んでいる女の子が恨みがましくつぶやいた。

 そして、女の子が顔を上げる。その瞳からは涙が流れている。

 

「なに殺さないって! カッコつけやがってクソが! 殺してよ! 私は力を失ってこれからどう生きて行けばいい!? くそっ、おまえらコスモスは、いつも高い所から私を見下しやがって……」

 

 女の子が地団駄を踏むように、拳を何度も(たた)きつけて悔しがった。

 顔を伏せて号泣する女の子。「高い所から私を見下す」。この言に僕は違和感を覚えた。別に彼女も坎原さんも女の子を見下したりしていない。何か、コンプレックスを抱えているのだろうか。

 

「私は親ガチャに失敗した。家に帰ればいつも酔っぱらったクソ親父にボコボコにされて、母親はそんな親父に愛想つきて、男つくって私を置いて逃げて。私を守ってくれる人なんて誰もいなかった。だから去年の夏、ありったけの金を盗んで逃げて、このドウ横にたどり着いた……」

 

 女の子が顔を伏せたまま続ける。

 

「でも、あっという間に金がなくなって……。生きるために残飯だって食べた、金を得るために人を何度も(だま)した、ロリコン野郎に何度も何度も、何度もヤラれた! ……ちょうど一年前の冬の寒かった日、ビルの屋上で泣いていた私の前にあの方が現れ、凍死寸前だった私に力を授けてくれた。私はあの方に会うまで、生きるのに必死だったんだ……」

 

 すすり泣く女の子。その悲惨な吐露に僕が絶句してしまう。

 そして、女の子が願いを吐く。女の子の凄絶な過去を聞いてしまった今、その願いは聞くに痛ましく、聞くに悲しい。

 

「私は白馬の王子様を願ってた。こんな汚れた私を愛し、幸せにしてくれる……。もう、あんなドブネズミみたいな生活には絶対に戻りたくない……」

 

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