YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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理解のある彼くん 指折り数えて待てど一向に現れず

 ドウ横とは、詳しいことは分からないが、ここ傾奇町に立つあるビルの周辺を指すらしい。

 ビルには特徴的なモニュメントがあり、自撮りを趣味とする若者たちが、そのモニュメントの撮影を目当てで集まって来たのが始まりと聞いたことがある。だが、いつしか学校に居場所がない子や家を飛び出した子がたむろするようになり、世間はそんな子たちを押しなべて「ドウ横キッズ」と呼び始めた。

 未成年の援助交際や、薬物中毒による飛び降り自殺など、ドウ横キッズの悪評は田舎者の僕の耳に届くくらいに鳴り響いていた。近年社会問題となっており、都が撲滅に向けて対策に取り組んでいる。

 

「ああっ、どうして私ばかり。……あと、少しだったんだ。お前らを殺せば、白馬の王子様が現れて私を迎えに来たんだ。何もかもが上手(うま)くいかない、私にはなんでカスなガチャしか回ってこないの……」

 

 顔を伏せてむせび泣く黒衣装の女の子に、僕と彼女は何も言えなかった。

 だが、坎原さんは違った。泣く女の子につかつかと歩み寄る。そして、女の子の襟元をつかんで無理やり立たせ、

 

「このおっ! 自分のことばかり言って!」

 

 まるで恫喝(どうかつ)するように怒鳴ったため、僕と彼女が驚いた。

 目を見開く女の子を坎原さんが続けて責める。

 

「どうして、どうしてそんなに自分のことばかりなの!? あんたのこと同情はするよ。でもさ、それが人を傷付けていい理由にはならないよ! 独り暮らしのおばあちゃんからお金取り上げたりさ、赤ちゃんが乗ったベビーカーを幸せそうだからって理由で母親からひったくって川に落としたりさ、ビルの上からヒト突き落として下を歩く人に当てて笑ってたりさ。あんたその闇の力を使って、いったいどれだけの人を傷付けたと思ってるの!?」

 

 訴える坎原さんの声は、悔しさと悲しさに満ちあふれていた。

 流されるところだった。女の子の辛い身の上を聞いて僕は同情してしまったが、坎原さんの言うとおり、それが罪のない人を傷付けていい理由にはならない。

 彼女に視線を向けると、彼女も顔を引き締めている。そして坎原さんが更に罪を責め立てる。

 

「自分さえよければいいの!? 傷付けられた人の気持ちなんてどうだっていいって言うの!? 今だってそう、あそこでドミノ倒しになっている人たち、あんたの仕業でしょう!」

 

 女の子がバイクを召喚し、その暴走に巻き込まれた人々を坎原さんが指して言った。

 停止している人たち。時が止まっているために映画のワンシーンが(ごと)く切り取られているが、それがかえって悲惨な様を如実に映している。誰もが(おび)えた顔を浮かべており、中には血だらけで倒れている人までいるため、僕が目を背けてしまう。

 しかし、女の子は悪びれなかった。自分は悪くないと言わんばかりに開き直り、

 

「は!? 別にいいだろう! あんな(やつ)らなんてどれだけ死のうが!」

 

 坎原さんに向かって言い返す。

 

「この世界は弱肉強食だ、強い奴が弱い奴を食って世界は成り立っているんだ! 弱いヤツなんて、いくらでもいたぶっていいんだよ!」

 

 女の子の言に僕がショックを受ける。今の力を失った君がそれを言うのか、と。

 坎原さんが手を放す。それで尻もちをついた女の子が、敵愾心(てきがいしん)(あら)わににらんでいる。

 反省など欠片(かけら)もない女の子。手を下ろした坎原さんの拳は、弾け飛びそうな衝動を(とど)めるが如く震えており、これを代替すべく坎原さんが、

 

「よくないよ! 都合のいいときばかり被害者みたいにいわないで!」

 

 思いの丈を洗いざらいぶちまけるように女の子を否定する。

 

「ハッ! 頭の弱いシンショーなのかよお前! 私は被害者だよ!」

「どこが被害者よ!?」

「どこからどう見ても被害者だろうが! おまえ親に毎日ブン殴られ、三日三晩水しか口にするものなくて、触られるのも嫌なロリコン野郎の前で服ぬいだことあるのか!?」

「……っ!」

「ねえだろうがクソが! ぬくぬくと育ったお前には分からないよ、ガチャに失敗した者の気持ちなんて! 自己満足で押しつけがましいことばっかぬかしやがって。お前こそ弱い人間の気持ちを分かろうともしない、弱い者いじめしかできない最低最悪な女だ!」

 

 激しく面罵する女の子に対し、坎原さんが言葉を詰まらせた。

 言い負けてはダメだ。そう思う僕だが、これは坎原さんの戦いなので我慢する。その一方で彼女が先から憂う声で呼びかけているが、坎原さんの耳には届いていない。

 黙った坎原さんを女の子があざ笑う。そして次に女の子の口から飛び出した言葉が引き金となる。

 

「お前の友達もバカじゃないの。なに、悪いことをやめさせるって? ハハッ、恵まれた女は言うこと違うねえ。チエ遅れかっつーの」

 

 坎原さんの拳から震えがピタッと止まった。

 そして坎原さんが、ゆっくりと拳を振り上げる。今まで(こら)え続けた破壊衝動を、その拳に全て注ぎ込むようにして。

 

「ダメだよリングレット!」

 

 彼女が止めに駆け寄るが、もう遅かった。

 

(たい)()のことを悪く言うなぁ!」

 

 振り下ろした坎原さんの拳が、女の子の顔面を打ち抜く。

 ――が、矛先はわずかに()れていた。仰向けに倒れた女の子の顔のすぐ横を、拳は打ち抜いていた。

 アスファルトが拳によって(くぼ)んでいる。周りには亀裂が走っている。

 

「ひっ、ひいいっ!」

 

 先に殺せと言っていた女の子だが、人を超えた者の容赦なき力に恐れたのか。坎原さん、言い換えれば光の戦士の激怒を目の当たりにし、ただの人に戻った女の子が恐怖に駆られた。

 女の子が尻もちをついた体勢のまま後ずさる。そして立ち上がり、足をもつれさせながら逃走する。

 悲鳴を上げながら逃げる女の子。坎原さんが膝を突く。

 

「リングレット」

「トゥインクル。あたし、我慢できなかった」

「…………」

「絶対に怒らないって決めてたのに。あたし、これじゃ泰子に……」

「ううん、ガマンした、我慢したよ……」

 

 手で顔を覆って泣く坎原さんの背を、彼女が優しく抱き締めた。

 走り去った黒衣装の女の子。その性状は身勝手に尽きるだろう。坎原さんが憤るとおり、終始自分のことばかりを吐き連ね、自分が良ければ他は知ったことか、という極めて利己的な子だった。

 論理も破綻している。弱肉強食と言うのなら光の戦士である坎原さんを認めなければならない。だが、言い換えれば未熟と言える。それに自らを十三歳と言っていた。僕たちと同じ年齢の子が、口にするのも(はばか)られる不遇な人生を強いられたのだ。同情する余地は十分にある。

 身に余る不相応な力に溺れ、踊らされ。力を失った今どのようにして生きるのだろう。彼女や坎原さんに比べるとあまりにも弱い僕は、その弱さゆえに共感を覚え、(あわ)れんでしまった。

 

「なぜ、戦わなくちゃならないんだろう」

 

 つい(つぶや)いた僕に妖精が()く。

 

「スズキ、何を悩んでいるベエ?」

「いや、なんて言うかな。宇宙海賊はあんな未熟な子に力を渡して、何がしたいんだろう、って」

「…………」

「おかしいじゃないか、あんな子に力を渡したところでろくな使い方しないことは分かるだろう? なあ、君はなんで庚渡さんや坎原さんに力を授けたんだ? 今の子と(とし)なら変わらないのに」

 

 僕が抱いた疑問に妖精が短い手を組んで答える。

 

「スズキ。実を言うと、コスモスの素質を持つ女の子は割と存在するベエ」

「えっ?」

「でもボクは、コスモスがもたらす力に溺れない子を選別してるベエ。これが中々に見つからなくて苦労しているベエ」

「じゃあ、庚渡さんや坎原さんは」

「そうだベエ。トゥインクルやリングレット、サンシャインやムーンライトは、力に溺れない心を備えているからこそコスモスに選んだベエ」

 

 感心した。彼女と坎原さんは借り物の力に溺れていない。ただ力を宇宙海賊打倒のためだけに使っている。

 妖精の人を見る目は確かのようである。そんな目を丸くする僕に妖精が続ける。

 

「まあトゥインクルはコスモスの力を一度自分のために使ったベエが、それはさておきブラックホール団にそんな選別はないんだベエ。素質があれば誰かれ構わず力を渡しているベエ」

「そうなのか。でも、なんで力なんだ?」

「力、とはどういう意味だベエ?」

「だって、戦うなんて野蛮じゃないか。交渉っていうか、話し合いで解決ってできないのか、って」

「スズキ、それはヘソで茶が沸く甘い理想論だベエ。対話とは両者の力が対等でないと成り立つものではないベエ。相手と対話するためには、まずは相手以上の力を備えることが肝要だベエ」

「そんなことは」

「あるベエ。スズキ、今月の初めを思い出すベエ」

 

 今月の初めと言われ、千殻原での一件を思い出した。

 悔しくて泣いてしまった。惨めなトラウマに僕が閉口する。

 

「力があってこそ初めて生物は耳を傾けるようになるベエ。力のない者の意見など、いくら正論でも力で踏みにじられ、負け犬の(とお)()えと笑われるのがオチだベエ」

「…………」

「だから僕はハロウィンズミラーを渡し、正義を貫ける傲慢な力をコスモスに与えているベエ」

「傲慢って。そんなこと」

「スズキはさっきのリングレットを見て何も思わないベエ? 今の逃げた子が言ったとおり、果てしなく自己満足で押しつけがましい意見だったベエ? それにあんな言い方をすれば誰だって反感を抱くベエ」

「…………」

「でも、人間なんてそんなもんだベエ。エゴとエゴがぶつかり、時に反発して時に妥協してこそ人間なんだベエ。ちなみに力とは直接的な力だけを指すわけではないベエ。権力や人脈、徳や自信など、それら背景も力の一部として成り立つベエ。スズキも早く一人前の男になりたいなら、それらを身に着けることをお勧めするベエ」

 

 妖精は謎な生き物だが、僕は謎がした話に(うなず)かざるを得なかった。

 今回もピンチを招いた。まさか、あんな女の子が宇宙海賊で、しかも彼女の前で僕を辱めようとするなんて。

 僕が思い出す。確かコスモスは、妖精に呼ばれて時間を止めると彼女から聞いている。

 

「そうだ、君は宇宙海賊が現れたらすぐ呼びに現れるんだろう? なんで今回は教えてくれなかったんだよ」

「無茶を言うなベエ。ボクとて万能ではないベエ。ブラックホール団が闇の力を発現しなければボクだって分からないベエ」

 

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