YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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聖夜を過ぎて 尽くした祈りと下ろした十字架

 日は変わって二十五日。聖夜を過ぎてクリスマスを迎えた。

 昨晩、僕はホテルに泊まった。と言ってもビジネスホテルなのだが、それでも一泊一万円を軽く超すような値段のホテルで、もちろん子供の僕がそんな金など持っている訳がない。

 ホテル代は言うまでもなくスポンサーの御厚志である。坎原さんが用意してくれており、いやはや、本当にとんでもない子とクラスメートになったものだ、頭が上がらない。

 ただ彼女は坎原さんの実家に泊まった。まあ、僕たちは中学一年だ。一緒に居たくもあったが女の子同士が健全であろう。

 

 信宿区傾奇町に突如として現れ、そして暴走した謎のバイク。人々がドミノ倒しになる酸鼻を極めた被害だったが、あれはなかったことになっていた。

 彼女が時を戻す前、僕は信じられない光景を目の当たりにした。被害に遭った人々が全て元に戻ったのだ。まるで魔法みたいに元の状態が復元され、それは夢でも見てたのか、と疑うほどだった。

 妖精は戦いで生じた被害を、なかったことにすることができるらしい。そんな話を僕は以前彼女から聞いたことがある。全てをなかったことに出来るわけではないようだが、少なくとも昨日の被害に関しては元通りとなった。

 ただし、坎原さんが殴った跡だけは戻らなかった。昨日の場所にいま戻れば、拳の形に(くぼ)んだ跡とひび割れた路面が確認できるだろう。

 

 昨日、僕と彼女を襲った宇宙海賊の女の子。あの子は亡くなった。

 昨夜遅く、寝床に着こうと()けていたテレビを消そうとした時だった。傾奇町に立つビルの屋上で、身元不明の死体が発見されたニュースを僕は目にした。

 まさか、と思った僕だが予感は的中した。報道キャスターが死体の特徴を報じていたのだが、それは昨日の子の特徴と見事なまでに一致した。死因は薬の過剰摂取と(しら)せ、オーバードーズという近年よく(ささや)かれる横文字について専門家とコメンテーターが解説しており、それを観ながら僕は何とも言えぬやりきれなさを感じてしまった。

 

 ――昨日の子は、どうしたら救うことができたのだろう。

 坎原さんには悪いが、坎原さんでは無理だろう。坎原さんが水ならあの子は油だ。相性が悪すぎる。

 では、彼女はどうだろう。坎原さんよりは脈はあるだろうが、それでも無理な気がする。あの子は彼女や坎原さんのような子にコンプレックスを抱いていた。素直に聞くとは思えない。それに、昨日の剣幕でまくし立てられたら彼女は何も言えないだろう。

 すると僕、と思うのはうぬぼれているだろうか。でも、あの子は()ぐに舌を出したが、僕の体にしなだれた時に吐いた弱音は(うそ)じゃないように感じられた。それに僕のことを好みと言っていた、真剣に話せば耳を傾けるかもしれない。

 何よりも可哀そうだった。僕と同じ(とし)の女の子が、口にするのも(はばか)ってしまうような(ひど)い目に遭い続けていたなんて。――と思ったところで僕は気付いた。僕でもあの子は救えない、と。

 

 あの子を救うには、あの子の全てを受け入れる覚悟が必要になるだろう。

 僕は彼女が好きである。だからあの子を受け入れるなんてあり得ない。覚悟もなしに救おうなんて失礼な話であり、偽善者と罵られてしまうだろう。

 また、たとえ救ったとしても罪を償うだろうか。あの子は坎原さんの友達を始めとした残酷な罪を山ほど重ねている。昨日の利己的な性格から償う気なんてないだろう。それを(かんが)みると言い方が悪いが、救う価値を見出せなかった。

 救えないことに気付いた僕は考えるのをやめた。しかし、それでも可哀そうだ。自分の身に置き換えると居た(たま)れなくなり、僕は昨晩ベッドの中で一人悶々(もんもん)と考え込んでしまった。

 

 そして、クリスマスの朝を迎える。

 

「寒いね、鈴鬼くん」

「そうだね」

 

 コートのポケットに手を突っ込んで寒がっている彼女。僕と彼女は、墓地の入り口で待っていた。

 クリスマスの日になぜ墓地か。それは、坎原さんが亡くなった友達の墓参りをしているからである。

 物憂げに下を向く彼女が僕に()く。

 

「ねえ鈴鬼くん。昨日の夜、ニュース見た?」

「うん。あの子、亡くなったね……」

 

 昨日の子が亡くなったニュースを彼女も観たようで、彼女がうつむきながら僕に尋ねた。

 身に余る借り物の力を失った子の末路。自業自得と言えばそれまでであるが、人が一人死んでいる。

 追い込んだのは彼女と坎原さんになる。やはり彼女は気にしている。

 

「ブラックホール団に勝つって残酷なんだね。私あの子を、結果的に」

「そんなことない。だからと言ってあの子を野放しにしてたら、罪のない人がたくさん傷付いて、罪のない人がたくさん死んじゃうじゃないか。庚渡さんは気にすることない、むしろ正しいことをしたんだよ」

 

 僕は即座に否定し、落ち込む彼女を励ました。

 間違っていない。彼女も坎原さんも直接手を下したわけではない。あの子が死を選んだのだ。

 繰り返すが、自業自得と言えばそれまでだ。僕たちはあの子がバイクを召喚し、罪のない人々を傷付けているところを見ている。あの邪悪な行為は如何(いか)なる手を講じてでも止めなければならない。

 

「ありがとう鈴鬼くん。私ね、今まで中途半端な気持ちで戦ってた」

 

 下を向いていた彼女が、寒い朝の空を見上げて言った。

 急に吹っ切れたような顔をした彼女に、僕がいささか驚いてしまう。

 

「悪いやつが現れたから、とりあえず戦わなきゃって気持ちで戦ってたの」

「庚渡さん、それのどこがいけないの?」

「いけなくはないんだろうけど、……なんて言えばいいのかな。ええっと、鈴鬼くん。私ね、たまちゃんって強いなって思うの」

「坎原さん?」

「うん。たまちゃんだけじゃない、陽さんも美月さんも」

 

 彼女が僕に振り向いて続ける。

 

「たまちゃんも陽さんも美月さんも、勝つ辛さが分かっていて、その上で自分は正しいって貫いているの。コスモスである以上つよくなくちゃいけないのに、私、あの子に同情しちゃってた」

「庚渡さん」

「上辺だけの同情がかえって人を傷付けるのにね。だから私、これからは鈴鬼くんが言ったとおり自分が正しいって思うことにする。それと、たまちゃんの友達を見習って、ブラックホール団に悪いことをやめさせるって気持ちで戦うことにするよ」

 

 また上を向いて宣言した彼女に、僕が(きっ)(きょう)してしまう強さを感じた。

 上辺だけの同情がかえって人を傷付ける。これは僕が昨日ベッドの中で考え込んでいたこととほぼ同じである。彼女も僕と同じく、昨日のニュースを見て悩むところがあったのだろう。

 しかし、コスモスの彼女は答えを見つけた。それは妖精が言うところの傲慢な正義を貫く気持ちと、亡くなった坎原さんの友達の意思を引き継ぐ気持ち。僕にはそんな強さも力もないため、彼女を少し羨ましく感じる。

 

「鈴鬼くん。たまちゃんってね、引っ越す前は今までに二人、昨日の黒い玉を友達と一緒に壊して改心させてるんだって」

「そうなんだ。分かってくれる人もいるんだね」

「うん。だからね、昨日のことがあっても私、くじけない。分かってくれる人もいるって信じて戦うよ」

 

 柔らかな笑顔で宣言した彼女がとても(まぶ)しくて、僕はしばし見()れてしまった。

 本音を言えばコスモスを降りて欲しい。でも、僕が彼女を好きになったきっかけは、戦う彼女の姿に惹かれたからであった。

 まだ複雑な気持ちは(ぬぐ)えないけど、今は応援しよう。眩しい彼女が僕は好きなのだ。「好きになった時点で負け」。以前坎原さんに言われたセリフを僕が顧みる。

 

「ねえ鈴鬼くん、それはそうと、手、冷たくない?」

 

 彼女が僕のぶら下げている手に視線を向けて尋ねた。

 

「え。別に、そんなことないけど」

 

 確かに今日の空気は冷たいが、手がかじかむ程でもなかった。

 この程度の寒さなど、と問題ない旨を伝えた僕。ところが、これに彼女が首をプイッと()らす。

 彼女が頬をわずかに膨らませ、変な表現になるが口を「3」の字にとがらせている。

 

「はっぷっぷー。なんで気付かないかなー、ずーっとポケットに手を入れて準備してるのに」

「えっ?」

「……はい、どうぞ。ポケットにカイロ入れてるから、ほかほかのほかほかハートだよ」

 

 彼女がポケットから両手を抜き出し、僕に差し出した。

 これは――。僕の心臓が否応がなしに高鳴ってしまう。だが、ここで断るなんてありえない。彼女の白くて小さな神聖なる手を、僕がどきまぎと心迷わせながら手に取る。

 

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。ふふっ」

 

 握った彼女の手は、炊いたご飯のように温かった。

 程なくして、墓参りを済ませた坎原さんが戻って来たため、僕と彼女が慌てて手を放す。

 

「おまたせ。邪魔しちゃったかな」

「たまちゃん」

 

 すっきりとした顔で帰って来た坎原さん。見ていたのだろうか。

 ところが、ネコのようにパッチリとした瞳から(しずく)が垂れる。突如として坎原さんが涙を落とした。

 止まらぬ涙。整った顔からぽろぽろと滴り落ちる雫に、僕が動揺してしまう。

 

「え、やだ。あたしってば、なんで泣いて」

「たまちゃん」

 

 彼女が呼ぶと、坎原さんが飛び込むように彼女に抱き付いた。

 そして、彼女の顔のそばで坎原さんが、子供のように泣きじゃくる。

 

「紬実佳、つみかぁ。あたし、やっと泰子に……」

「うん」

「怖かった、不安だった。(かたき)とれなかったらどうしようとか、忘れてしまったらどうしようって、ずっとずっと考えてた。ううっ、うっ、ほんとに、ほんとによかったよぉ……」

 

 本懐を()げるとはこのことか。今まで坎原さんは、ずっと亡くなった友達のことで悩んでいたのだろう。

 だから、彼女に辛くあたったり、戦ったりもした。そんな十字架を下ろした坎原さんが鼻水をすすり、彼女は優しく抱き締めていた。

 

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