YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

70 / 143
ドカベン! 花は桜木、男はアンタがスキー!

 今は一月。一年で最も寒い時期だが、僕の体は寒さなど忘れるくらいに火照っていた。

 ワックスのかかったツヤのある床に、僕の頭から垂れる汗がポタポタと落ち、バッタの脚のように曲げる僕の腕が悲鳴を上げている。先から腕を伸ばすべく力を込めているのだが、肩と肘の間にこもる熱さと()(だる)さが伸ばす意思に抵抗している。

 とうに限界を迎えている僕の両腕。このまま突っ伏そうか考えてしまう。

 

「あと四回! さあ、頑張るんだ!」

 

 顧問の先生の激励に、僕はやっとの思いで腕を伸ばした。

 そして、また腕を曲げ、腹を浮かせつつも床に()う。部活動に入った僕は腕立て伏せをしていた。

 

 ――僕と小学校以来の友人・()(とう)師泰(もろやす)は、三学期が始まって柔道部に入部した。僕と師泰はこれが初めてのクラブ活動となる。

 普通なら部活動の入部届は、入学して間もなくの時期に提出する。したがって僕と師泰は、時期外れの提出となり、入部届を出すときは(いた)く緊張した。

 それにしても、彼女に友達を申し込む前の四か月前は部活なんて自信なかったのに、まさか自ら申し込むことになろうとは。

 

「よし、よく頑張った。鈴鬼、茶籐、少し休憩しろ」

 

 顧問の先生が命じ、腕立て伏せ三十回を終えた僕と師泰が暫しの休憩に入った。

 腕が重い。疲労が()まってパンパンに張っている。だが、トレーニングをやり切った充実感がモヤシの僕を満たす。

 僕が熱い頭を振ってからあぐらをかき、柔道部の稽古場である格技場を見渡す。

 

「いくぜセニョリータ!」

「ボッ、ボクやっちゃうもんねー!」

「ウワッハッハッハ、どこへ逃げようともムダだ」

 

 格技場の一画では、柔道着姿の上級生たちが組み合っていた。

 組み合う上級生二人が、足技を仕掛けるべく足を打ち合っている。また、別の上級生が寝技に持ち込まれて首を絞められ、また別の上級生が投げられて床に(たた)きつけられる。明倫中の柔道部は強豪で知られており、全国大会の切符を度々手にしている。そんな()りすぐりの部員が取り組む練習は、熱がこもっていてかなり痛そうであった。

 そして意気盛んな上級生の練習を見守る、体育教師にして柔道部顧問の()()(もと)先生。師泰が先生に()く。

 

「先生。俺たちがあの練習に交じるのはいつになるんでしょうか?」

「何を言っている。お前たちはまだ体ができていない。まずは体を鍛え、怪我(けが)に強い体を作ることが先だ」

 

 八馬本先生がハンドグリップで自身の握力を鍛えながら師泰に答えた。

 ツーブロック、というよりはもうサイドを()っている、頭頂部にだけ角刈りの髪形を残したダンディな口ひげを蓄える八馬本先生は、とても怖い先生で知られている。

 先生は身長が190cmを超し、鋼の(ごと)き肉体を備えている。やんちゃな人たちも先生の前では借りてきたネコのように大人しくなり、「ヤ」のつく人が(きびす)を返して逃げた伝説まで持っている。そんな先生の陰で呼ばれているあだ名が「(おに)()()(もと)」だが、実際に接してみると怖い評判とは裏腹に、厳しいことは厳しいが思いやりのある先生だった。

 僕と師泰は時期外れの入部だ、そして素人だ。だが、先生はそんな僕たちを邪険にすることなく丁寧に指導している。他、部員が体を痛めれば()ぐに応急処置を施し、自ら保健室まで連れて行く。また、上級生によると、試合の後はこの街で有名なラーメン屋「はんだ軒」にポケットマネーで連れて行ってくれるらしい。

 明倫中の柔道部が強豪な訳は、八馬本先生の指導の賜物だ、と言われている。あとチョココロネが好物で、よく食べているところをみかける。それと意外に絵心があり、柔道の技を教えるときホワイトボードに絵を書いて説明するのだが、それが上手(うま)いうえに分かりやすくて僕と師泰は驚かされている。

 

「茶籐、(はや)る気持ちは分かる。若者は常に走り続けて行くものだからな。だが、今のお前があいつらの練習に交じったら間違いなく怪我をする。体ができあがって受け身を覚えるまでは我慢しろ」

「はい」

 

 先生が視線で組み合う上級生たちを指し、これに師泰が返事した。

 上級生の元へ赴く先生。だが、師泰は不満みたいで僕だけにそれをつぶやく。

 

「ちぇ。早く強くなりたいってのによ」

「まあまあ師泰。体を鍛えるだけでも見直すかもしれないよ?」

「お、おいコシロー。誰が見直すってんだよ?」

「ふふっ」

 

 ごまかす師泰に、僕はつい笑ってしまった。

 いまだに認めようとしない師泰は、好きな女の子が「強い人が好き」という(うわさ)を聞いて柔道部に入部した。師泰としては早く強くなり、それが噂となって好きな子の耳に届いて欲しいのだろう。柔道に真剣な人が聞いたら「なんて不純だ」と思うかもしれないが、似たような思いの僕はとても良い動機と思っている。

 そして僕は、彼女に少しでも近付くために強くならなくてはならない。いまだに忘れられない、先月初めに起きたあの千殻原(せんごくばら)での一件を。僕の目の前で彼女が、とても危険な目に陥った。

 一般人の僕が鍛えたところでコスモスの戦いをどうにかできる訳ではない。だが、それでも強くなることで人知れず戦う彼女に近付きたい。それと、先月クリスマスに妖精が告げた、「一人前の男になりたいなら」という言葉が僕の胸に深く刻み込まれている。妖精は理解不能な謎の存在だが、あの助言に間違いはないだろう。

 

「鈴鬼、茶籐。休憩は終わりだ。次は腹筋五十回、いくぞ」

「はい」

 

 戻った先生が命じ、僕と師泰が仰向けに寝転がった。

 上体を起こしては寝転がる反復運動を始める。強くならなくてはならない。だが、強くなるというのはやはり辛い。四十回を超えたあたりから腹が僕の意思に逆らい始めている。

 今は腹筋四十七回目。いくら力を込めても上体を起こせない。隣に目を向けると、師泰が顔を真っ赤にしながらも腹筋運動をこなしている。僕はこんなにも弱いのか。

 

「どうした鈴鬼。お前の(おも)いはそんなものか!」

「い、いえ! 頑張ります!」

 

 僕が声を張り上げて自分を鼓舞し、なんとか腹筋五十回を達成した。

 

「よし、次は背筋だ!」

 

 トレーニングは続く。僕と師泰が腹這いに寝て、エビのように上体を反る。

 背筋が終わったらスクワット、そして暫しのインターバルを挟んだ後に走り込み。僕と師泰の体からは、まるで風呂から上がったばかりのような湯気が、部活中もくもくと立ち昇り続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。