YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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夜道に語る 上を向いて歩こう翌桧物語

 午後六時を過ぎ、日が暮れた冬の帰り道を電灯が照らしている。

 辺りはすっかり暗い。部活を始めてからは日没後に帰るようになった。とりあえず腹が減った、今日の夕飯は何だろう。

 僕が部活で疲れた体を引きずるようにして歩いていると、

 

「あ゛ー、づかれだー」

 

 隣を歩く師泰が疲れを濁声(だみごえ)で表した。

 

「ハラ減ったなー。なあ、〝PPP〟に寄ってかね?」

「我慢した方がいいよ師泰。いま食べたら夕飯食べれなくなるし、第一金がない」

「そうかー、そうだなー。でもさぁ、チョココロネ食ってる八馬本先生思い出すと、寄りたくなっちまうんだよなー」

「そうだね。私の体がこれを欲している、なんて言っていつも美味(うま)そうに食べてるからね」

 

 パン屋に寄ることを師泰が諦めた。

 通学路の途中にあるパン屋「パンパカパーン」。とても美味いと評判の店である。県外から買いに訪れる客までいる人気店で、SNSで有名なインフルエンサー「ちゅるちゅるりんりん」に紹介されたこともあると聞く。

 パンパカパーンだから「PPP」。この街に住む僕たちはそう呼んでいる。なお、平日の朝に訪れると、高確率でチョココロネを買っている八馬本先生と出くわすらしい。

 

「おい鈴鬼、茶籐。おまえら肉、ちょっと付いてきたんじゃねえか?」

 

 後ろを歩くクラスの友人、野球部に所属する(たか)()()(すすむ)()いた。

 野球部は当たり前だが野球をするクラブである。だが、日没が早い冬の今はバッティングやノックなど球を使った練習をしていない。主に走り込みなどのフィジカルなトレーニングに励んでいる。

 隣の師泰が歩きながら首を振って丞に訊き返す。

 

「マジ? ススム」

「おう。前に比べると体ガッチリしてきたぞ」

「そうか。へへっ、そうだよな。俺とコシロー超きたえてるしよ」

 

 成果を人に認められた師泰が喜んだ。だが、

 

「ま、長くやってる俺には敵わないけどな。ほれ、触ってみな、この俺の上腕二頭筋」

 

 丞が力こぶを作り、それに僕が触れてみると確かに硬かった。

 触発された僕が力こぶを作ってみる。が、丞に比べると貧弱で情けなく、()ぐに腕を下ろしてしまう。

 僕と丞の差は仕方がないと言える。僕と師泰は最近部活を始めた。対して丞は入学して直ぐ野球部に入部している。そんな僕と師泰が丞に追いついたら、真夏の炎天下も部活動に励んだ丞の立つ瀬がない。

 暑い日も寒い日も丞は体を地道に鍛え続けた。筋トレに関しては先輩の丞が、鼻をピノキオのごとく伸ばし、

 

「筋肉つってもただ付ければいい訳じゃないからな。俺が目指してる体は、たくましくともしなやかな筋肉でよ。そう、あそこにいるネコちゃんのような」

 

 筋肉に対する持論を得意げに展開した後、塀の上で香箱座りをしているネコを指した。

 確かにネコは古くからネズミを捕らえるハンターとして知られている。輸入の概念がなくて豊作凶作に食糧事情が左右されていた古い時代、ネコは米を食い荒らすネズミを退治する益獣として尊ばれていた、と歴史の先生が授業の余談として話していたことを覚えている。

 すばしこいネズミを捕らえるためにはしなやかな筋肉が必須だろう。だが、納得がいかない。本来ネコは警戒心がとても強い生き物だ。

 

「ねえ丞」

「なんだ?」

「あれどう見ても筋肉ダルダルの飼い猫でしょ。丞がゆび指しても逃げないし」

 

 人が近寄ろうものなら即座に警戒して逃げ出す。そんな野生を忘れたネコに理想の筋肉などある訳がなかった。

 しかし、丞は譲らない。僕の指摘など聞き流すがごとく、

 

「フッ、いい面構えだ」

 

 と、休むネコの顔を見つめながら褒めた。

 熱い視線を送る丞にネコが尻を向け、塀から飛び降りる。そんな面白いのか面白くないのかよく分からないコントを一人で繰り広げる丞に、

 

「ケッ、ちょっと筋肉あるからってチョーシこきやがって。待ってろよススム、最後に勝つのはウサギじゃねえ、ウサギはカメに抜かれるもんだ。鍛えまくってそのうち()え面かかせてやるよ」

 

 師泰が鼻息を荒くして負けん気を示す。だが、

 

「おいおい茶籐。お前にとってのウサギは俺じゃなくて田名河(たなか)だろ?」

「うっ。な、なんのことだよ?」

「テメーこの期に及んでまだシラ切るつもりか? いい加減〝オレ田名河がスキー〟って認めやがれ」

「な、なんだそりゃ! うるせえぞススム、ちょっと黙れや!」

 

 いなすように丞がからかい、図星の師泰が声を荒げた。

 師泰は顔を赤くしている。丞の言う「田名河」とは、本名を田名河(たなか)()(いち)と言う。師泰が片思いしている他組の女子であり、前述の「強い人が好き」という子はこの田名河さんである。

 僕と師泰は異性のために体を鍛えている。そんな僕たちに丞が告げる。

 

「でもよ、カラダ鍛えるのもいいけど、それだったらオシャレ極めた方がいいんじゃねえか?」

 

 おしゃれ。つまりファッションセンスに秀でた者を表し、この単語を聞いた師泰が丞に訊き返す。

 

「おしゃれ?」

「ああ。さすがにジャージや、親が買った服でデートするわけにはいかねえだろ?」

「そりゃそうだな」

「女ってさ、服いっぱい持ってんじゃん。女が〝おべべがホッシーワ〟なーんつって一緒に服屋に行くとするだろ? そのときセンス悪いの選ぶと幻滅されちまうじゃん。おしゃれじゃなきゃカッコつかねえって」

 

 丞はお調子者だが、この言ばかりは(うなず)かざるを得なかった。

 思い返せば彼女の私服姿はバリエーションに富んでいた。会うたび違う装いの彼女に、僕は「服をたくさん持ってるな」程度の感想しか思い浮かばなかったが、これは彼女が服に気遣っていると見るべきであろう。

 おしゃれなんて考えたことがなかった。せいぜい奇抜な格好をしないように心がけていたくらいだ。もしも彼女と付き合ったら、彼女に恥をかかせないためにもおしゃれに気を遣うべきだろうか。

 

「鈴鬼。庚渡と遊ぶときってどんなカッコーしてんの?」

 

 考え込む僕に丞が訊いた。

 見栄を張ってもしょうがない。正直に話そう。

 

「おしゃれなんて考えたこともなかったよ。ありがとう丞、これからは考えてみるよ」

「あ、いや、なんとなく言っただけなんだけどな。真面目に受け取られるとは思わなかったわ」

「いや、丞の言うとおりだ。これは真面目に受け取らないと」

「そうか。まあ、服って金かかるしなぁ。……あ、もう分かれ道か。じゃあな、鈴鬼茶籐」

 

 僕と師泰が丞と別れた。

 三人で帰ると、先に別れるのは丞となる。僕と師泰は小学校から一緒だが、丞とは中学で知り合った。

 夜道を歩く僕と師泰。師泰が暗い空を見上げながら僕に訊く。

 

「オシャレかー。オシャレってなんだろな、コシロー」

「僕に言われても」

「俺オシャレってよく分からねえんだよなー。原色ましましで頭イカれてんだろ、なんて思うカッコーをよ、女ってカワイー、なんつってもて(はや)したりするしよー」

「うん、とても分かる。ちょっと変わった格好しただけでも変って言うし、かと思って無難な格好すれば地味って言うし。どうすればカッコいいんだろうね」

「ファッション誌って見たことあるけど、あれに載ってる服すげー高いし、全然理解できねえんだよな」

「僕も妹が買ってる〝cobradja(コブラージャ)〟って雑誌ちょっと読んだことあるけど、全然理解できないよ」

 

 僕と師泰が帰り道を歩きながらオシャレについての問答を繰り返し、

 

「じゃーなコシロー」

「うん。また」

 

 師泰と別れた。

 一人になった僕が帰りながら考える。部活動、勉強、そしておしゃれ。考えるべき課題がまた増えた。今度のおしゃれはとても難解だ。いささか気が滅入るが、彼女に男として認めてもらうために手探りで進むしかないだろう。

 丞には感謝せねばなるまい。おしゃれについて気付けた僕は、ほんの少しだけ大人になった気がする。師泰も同じ気持ちだろう。

 

(……そういえば)

 

 暗い帰り道。部活を始めたせいで、最近は彼女と一緒に帰っていなかった。

 今の彼女には坎原さんという友達がいる。だから彼女が一人ということはない。だが、今の一緒に帰っていない状況を彼女はどう思っているだろうか。

 僕は、彼女と一緒に帰りたい。――と思ったところでケータイが震え出す。ケータイを取り出して確認すると、発信者は彼女だったため、僕が急いで応答のアイコンを押す。

 

「もしもし、鈴鬼くん?」

「庚渡さん。どうしたの?」

「部活終わった?」

「うん。今日も疲れた、もうくたくただよ」

「ふふっ、お疲れさま」

 

 彼女のちょっと舌っ足らずな優しい声に、僕の心が満たされた。

 しかし、通話とは何の用だろう。僕も彼女も親にケータイの料金を支払ってもらっており、長い通話は許されない。いつもならメールかアプリで連絡する。

 毎日でも彼女の声を聞きたいが、それを許さぬのが中学一年生である子供の事情。そんな(おきて)を破った彼女が、

 

「ねえ鈴鬼くん、日曜ひま?」

 

 僕を誘ってくれた。

 

「日曜? うん、暇だけど」

「よかった。あそびにいこ? ここんところ一緒に帰れてないし」

 

 いつもいつも僕は思っている。主体性がない、常に受け身だ。

 男としてリードしなければならないのは分かっている。だが、それをいま論じる必要はない。もちろん了承した。

 

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