YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「私のオークタントが倒されるなんて。侮ってたわ」
鼻のとがった仮面をかぶる黒スーツ姿の女性が、陽さんと美月さんに視線を向けて言った。
宇宙海賊の女性は、ウェーブのかかった長めの髪を垂らし、着用する黒のスーツには
女性が口にした横文字について陽さんが尋ねる。
「おーくたんと?」
「
知る人ぞ知る星座について話した女性に、代わって美月さんが尋ねる。
「八分儀座って、日本からは見えない南天の三角の星座の?」
「そうよ」
「八分儀座がカボチャなんて聞いたことないわ」
「うふふ。八分儀座は英語で
言葉遊びからカボチャのようだが、カボチャに腕と脚を生やし、更に網タイツを履かせるなんて趣味が悪い。なんて思った僕だが、口を挟める訳がないので黙って聞く。
女性が自己紹介する。顎をしゃくり、正面に立つ陽さんと美月さんを見下すようにして。
「私はヘイズの〝ウルカ〟って言うの。名紙を差し上げたいところだけど、これから戦う相手にそんな物は不要かしら」
右手を腰に当てて余裕を見せつける女性に、
「うーん」
「どうしたの、サンシャイン?」
「ねえムーンライト、あの人の声って、どこかで聞いたことない?」
後ろ姿の陽さんが腕を組んで首をかしげていた。
右のつま先を上下に動かしてもどかしさを表す陽さんに、女性が口元をニヤリと曲げる。そして、女性が正体を明かす。
「あら、知ってるなんて。いいわ、私のこと教えてあげる。私の本名は
「ああ、思い出した。この前テレビに出てたよね? えすでぃーじーずの」
「そう、
テレビに出ている有名人の登場に皆が驚いた。
だが、僕は知らない。彼女に顔を向けると、彼女も首を横に振っている。僕と彼女は有名人の登場よりも陽さんの「テレビに出てた」の発言に驚いている。
お堅い評論番組などに出演しているのだろうか。いずれにしろ彼女いわく、ノリと勢いだけで生きている陽さんがそんな番組を観ているなんて。
「ムーンライト。この人が本当に那家村美也子なら、あたしたちとんでもない人と戦うよ」
「そうね。〝今をトキめく時の女性十選〟なんていう題で、紹介されてた雑誌を見たことがあるわ」
「それだけじゃないよ。この人って、あたしらが生まれた頃はニュースキャスターだったみたいでさ、その学歴は東大卒業、五か国語を話すマルチリンガル美人キャスターって、当時写真集が発売されたくらい人気あった人なんだって」
「なにそれ。本当にとんでもない人ね。サインねだった方がいいかしら?」
「いや、それには及ばないかな?」
「どうして?」
「うーん、なんて言うかねー、テレビ観たかんじ言ってることは正しいんだけど、言い方がどこか押しつけがましくて鼻に付くんだよね」
「そうなの?」
「うん。SDGsと言えば何でも許される、みたいな?
陽さんがテレビに出るような著名人を
だが、上手く言い表せない
自信をいまいち持てない陽さんに、女性が顎をしゃくって言い渡す。
「あらあなた、国連が採択したSDGsに逆らうつもり?」
「そんなこと言ってないよ」
「ならば粛々と従いなさい。時代はSDGsなんだから」
「そう、その文句。あんた事ある毎に〝時代ジダイ〟ってテレビで連呼してたよね」
陽さんが女性の口癖を指摘すると、
「……ふふっ。あなた、頭悪そうに見えて考えられるのね」
女性が驚いたように一瞬だけ止まった後、口を押さえながら笑い声を上げた。
楽しそうな女性に陽さんが言い返す。
「〝イヌも歩けば?〟って
「あははっ、これは失礼したわ。子供と思って侮ってたかしら。いいわ、態度を改めてあげる」
僕には何が気に入ったのか分からないが、女性が陽さんを認めた。
口角を上げている女性。反論した陽さんを
「ねえあなた、SDGsって何だと思う?」
侮るようだった先の顎をしゃくる癖を改めて問いかける。
「え? えーっと、なんだっけムーンライト」
「持続可能な開発目標」
「そう、それ。ジゾクカノーなカイハツもくひょー」
「それを訊いてるわけじゃないでしょ」
指をさして的外れな回答をした陽さんに、美月さんが
「うふふっ。あなたって、とっても面白いわね」
対する女性は上機嫌に笑う。
「いやー、それほどでも」
「ますます気に入ったわ。あなたが大人なら一緒に
「へっ? あんた、自分の団体が推す目標をくだらないなんて言っていいの?」
「いいのよ。SDGsなんて国連が言ってるだけの無理難題なんだから。例えば〝
「へえ。それで?」
「飢餓を失くしたら死ぬ人がいなくなり、死ぬはずだった人が子を産む訳だから、それだけエネルギーが必要になるわ。人が増えるのに安価で信頼できるエネルギーを皆に満遍なく、なんて矛盾してない?」
「へー、なるほど。エネルギーって限られてるからね」
「あれもこれもって、相反する目標ばかり立てて現実を全く見ていないのよ。今日び子供でも言わない理想論だわ。だからどこの企業も自治体も、SDGsをイメージアップか金を稼ぐ
女性が肩をすくめて国連の掲げる目標を腐した。
無学の僕に難しい問題は分からない。でも、レジ袋の有料化。不便を性急に強いたこの施策にはみな反発を覚え、女性が非難めいた言及をするのも理解できてしまう。
国連という権威がぶち上げた課題。黙って聞く美月さんの隣で陽さんが私見を述べる。
「ま、レジ袋は同調するよ。効果ないって言われてるくらいだし、意識付けしなければならないほど日本人にエコ意識がないとも思えないし」
「そうでしょう?」
「確かにSDGsって、国連の権威を
「へえ。子供のくせに意見する気?」
「うん、意見させてもらうよ。あんたの言うとおり無理難題な言うだけ番長なのかもしれないけど、それでも一人ひとりが人に押し付けることなく心がければ、やがて差別や不平等がなくなってみんな優しくなると思うんだ」
「…………」
「みんなが優しい気持ちになったら、きっとステキだよね?」
「うふふっ、世の中を知らない子供の意見ね」
「あたしは子供だからね。ま、あたしみたいな子供はご飯を残さずに食べるくらいが精一杯なんだけどさ」
真っ
だが、女性の口元がにんまりとしている。「子供の意見」と吐いた割にはとても嬉しそうである。
話は続く。今度は陽さんが疑問をぶつける。
「ねえ。あんたが本当に那家村美也子なら、なんでブラックホール団に入ってるの?」
「つまらないことを訊くわね。この日本は変わるべきだからよ」
「変わるべき?」
「ええ。見ての通り私は女よ。女というだけで社会から軽んじられ、女というだけで男から奇異の目で見られる。今までに遭ったセクハラなんて数知れないの」
「なるほどね」
「忘れたくても忘れられないわ、あの、受けた屈辱は……。だから私は無理難題って分かっていてもSDGsを推してるの。〝
女性の問いかけに陽さんのみならず美月さんも
SDGsの目標を挙げられない無学の僕だが、目標の一つのジェンダーの平等なら知っている。日本における男女間の格差は著しいと聞き、数値にするとヨーロッパの各国に比べてかなり劣っているらしい。
女性というだけで尊厳が汚されてはいけない。男の僕ですら首肯してしまう。だが、ここから女性が本性を現す。そのきっかけは更にぶつける陽さんの疑問。
「でもさ、だったらどうしてブラックホール団なんかに入ってるのよ。あんた頭がいいんだもの、その頭の良さでジェンダーの平等を
「…………」
「どうして、戦ってまで」
「私が叶えたいのはそれだけじゃないの。あなたの身の周りにもないかしら? 女性のセックスシンボルを強調した気持ち悪い絵」
「絵? もしかして萌え絵のこと?」
「そう。男の醜い欲望を表した低俗で気持ち悪い絵。あんな女いるわけないじゃない」
「えっ。それは、関係ある?」
「関係あるわ。あんな絵があるからこの国では女性が軽んじられるの。それと、一度も彼女ができたことないような独身の中年男。あれがのさばっている以上この国はダメね」
「…………」
「女のことが分からないから気持ち悪い絵に夢見て、現実の女性をおとしめているのよアイツらって。アイツらから人権を奪えば、おのずと女性の地位向上につながってこの国が変わるわ」
持論なのだろうか。急に怖いことをぬかす女性に僕は
世の中にはたまにいる、自分の気に入らないものを徹底的に排除しようとする人間が。ヒステリックだと思うし、普段なら鼻で笑って聞き流せる主張である。
だが、女性はテレビに出るような有名人で、しかも宇宙海賊から力をもらった人間だ。つまり、先に述べたヒステリックな主張を実際に施行できる力を持っている。しかも一応の正当性を図っており、女性のため、と謳っているのが悪賢い。
因果応報と言う。老いたりして自分が排除される側に回ったら、などと考えないのだろうか。僕はある程度なら寛容でありたい。
「あんた、そんなことのためにあたしたちコスモスと戦おうって言うの?」
陽さんがヒステリックな主張のために戦うのか女性に尋ねる。
「ええ。あなたたちみたいな子、もう何人も殺したわ」
「…………」
「止まれないの。一つ変わる度に、嬉しくって仕方がないのよ。タバコ、ギャンブル、漫画、ゲーム。有害なコンテンツは全部禁じて、この国を清くしなくっちゃ」
「…………」
「あなたたちを殺せば、この国は更に変わる。私はあの
気味悪く話す女性に、陽さんが息を吐いた。
そして、陽さんが決心する。
「アリマニドがあるからそんな考えを。……決めた。あたし、あんたを倒す」
「倒す? うふふっ、本当に面白いわね。あなたみたいな子供が私を倒そうなんて」
「子供だから止めるの。あんたみたいな力に溺れてる人を」
「思い上がってないかしら?」
「うん。思い上がってるよ。どっちの思い上がりが上か、勝負しよう」
陽さんが構え、美月さんも構えた。
女性の胸が黄金色に輝く。
「ヘイズ随一と呼ばれる母の力、見せてやるわ。〝
坎原さんが転入する前の去年の十一月。メテオという人が武者と化した変身には驚いたが、今回はそれ以上の衝撃を受けた。
女性の下半身が巨大な四角に変わっており、その左右にはブルドーザーよろしくな履帯が備わっている。そして正面には、長い砲身が座っている。
下半身が戦車と化した女性。陽さんが彼女に告げる。
「トゥインクル」
「はい」
「環ちゃんとスズキくんを連れて離れて。この人は、あたしたちが倒すから」