YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー 作:豚煮真珠
「ただいまー」
「おにいお帰りー」
山梨に行ってから一週間が過ぎ、僕が特に用もなく外出してから帰宅すると、玄関で小学六年の妹と鉢合わせした。
妹への返事もそこそこに部屋へと戻る。今日は二月十二日の月曜日。昨日建国記念日で日曜だったため、今日は振替休日だ。
僕は男であり、誘われるばかりではいけないと思っている。だから
勇気を出したのだが撃沈した。だから今日僕はしょぼくれている。しかし、坎原さんということはコスモスが絡んだ用事だろうか。一週前の山梨の件が僕に不安を抱かせる。
最近彼女と話せていない。山梨へ行ったときから距離を感じている。
彼女はあの妖精に選ばれたコスモスである。そして、山梨で会ったあの集まりには、伊井兌という人とサンバイザーの子、コスモスの女の子が二人いた。
山梨からの帰り、彼女は「どうしよう」と迷っていた。満更でもないのだろうか。
だが、山梨で食べた食パンは、僕にパンの概念を覆させる程おいしかった。
食パンを作った望搗という人。あの人は敵だが、今まで遭った敵とは違う。賢くて理性があり、暴力に頼らず国を変えようとしている。ついでにイケメンだ。
僕はいじけた男だ。背が低くて顔も頭も良くない僕は、正反対の人を前にしてコンプレックスを感じると、表に出さないよう努めているけれど心の中ではねたんでしまう。でも、あの望搗という人には悪い印象を感じない。むしろ憧れ、「あんな大人になりたい」と僕に思わせた。そしてそんな人に「仲間になることを検討してくれ」と誘われたことは純粋にうれしかった。
僕がコスモスないし敵だったら、あの望搗という人に間違いなく付いて行っただろう。彼女があの集まりに入る気なら僕も追従するべきだろうか。望搗という人が夢見る未来を、そばで見てみたい気持ちが僕の中で芽生え始めている。
「……はぁ」
山梨での集まりはともかく彼女だ。また述べるが、このごろ距離を感じている。
いま彼女は何をしているだろうか。あぐらを
「スズキ、なにしけた顔してるベエ」
「うるさいな、ほっといてよ」
つい悪態をついてしまったが、――ベエ?
いやまさか。声のした方に慌てて振り返る。すると、
「はあっ!? ど、どどっ、どうしてお前がいるんだよ!?」
その姿に驚くしかなかった。
信じられない。
「お前とはなんだベエ。スズキにお前なんて言われる筋合いはないベエ。いいか、よーく耳をかっぽじって聞けベエ。ボクの名前はアイテール・バラーハミヒラ・レギオモンタヌス・クドンシッタ・ジョン・ラザファード・チューシロー・ヴィレプロルトと言って」
「それは分かったよ!」
僕が動転のあまり声を荒げてしまう。
「おにい、誰かいるのー?」
すると妹が部屋の外から呼びかけた。
どうしよう。この不可解きわまりない自称未来のプログラムを、妹に見られるのは絶対にまずい。
どうすれば。そうだ電話だ、電話ということにしよう。
「だ、誰もいない、電話だよ」
「ふーん。うるさいから静かにしてねー」
部屋から遠ざかる妹の足音に僕が息をついた。
助かった。僕が床に尻をつける妖精に振り向くと、
「おいスズキ、ボクは客だベエ。少しはもてなしてもいいんじゃないかベエ?」
妖精は図々しくも僕に接待を要求した。
「お前、急に現れといて」
「お前とはなんだベエ。何度も言うケド、スズキにお前なんて言われる筋合いはないベエ。いいか、よーく耳をかっぽじって聞けベエ。ボクの名前はアイテール・バラーハミヒラ・レギオモン」
「もうそれは分かったよ。じゃあ、何て呼べばいいんだよ」
「スズキが決めろベエ」
決めろ、と言われて僕が考える。
妖精の彼女たちからの愛称は「べーちゃん」だが、これを男の僕が呼ぶのは少し恥ずかしい。いや、それよりも
正直、妖精の呼び名などどうでもいい、と言うか何でもいい。あの伊井兌という人とかぶるがしょうがないだろう。
「じゃあ、〝忠四郎〟でいいかい?」
「ブルーマリンとかぶるケド、まあ、いいだろうベエ」
妖精がケチをつけながらもふんぞり返って認めた。
「スズキはボキャブラリーが皆無だベエ」
「そんなもの僕に期待するなよ」
「スズキ、外は寒いから温かい緑茶が飲みたいベエ」
「……本当にロボットかよ」
僕が仕方なく妖精のわがままを聞き入れ、台所で茶を沸かす。そして、茶と申し訳程度の菓子を部屋に運ぶ。
「菓子も持ってくるとは、スズキのくせに中々気が利いてるベエ」
「それはどうも。で、なんでコスモスじゃない僕の前に来たんだよ」
僕の問いに妖精が菓子を頬張りながら答える。
「スズキ。オマエの目から見てあの集まりはどうだったベエ?」
「集まり? 山梨に行ったときの件でいいんだよな?」
「それ以外に何があるベエ?」
「うーん、羨ましいなって思ったよ」
「羨ましいだベエ?」
「うん」
僕が望搗という人に魅力を感じたのも事実だが、それ以上に印象深かったのは、枯林という男が彼女と坎原さんを誘ったときに見せた目だった。
夢を語る男の瞳は輝いていた。あの瞳は未来の使者に選ばれた者だからこそ見せられる混じり気のない瞳。望搗という頼れる大人の下で夢を追いかけられる喜びを、僕は羨ましいと感じた。
そして、僕はコスモスでも敵でもない一般人だ。望搗という人が誘ってくれたが、未来の使者に選ばれたという資格はない。
「あそこで未来のパン食べたけどさ、あの味をまずいなんて言う人はいないよ。あれは絶対に成功する。そんな成功が約束されたような事業の下で働けるなんて、羨ましいとしか」
「ふふん、スズキらしい答えだベエ」
妖精が僕を鼻で笑い、この態度に僕が思わず
「なんだよ、僕らしいって」
「ごまかしにしか聞こえないんだベエ。どーせ内心は、コスモスでもブラックホール団でもない自分は、っていじけてるんだベエ?」
「うっ、なんで分かるんだよ」
僕が感じたコンプレックスを妖精は見通していた。僕は、彼女を誘う枯林という男に気後れしつつも
印象深かったのも嫉妬の
「それじゃ逆に訊くけど、忠四郎の目から見てどう映ったんだよ? どうせあの集まり、陰から見てたんだろ?」
少し投げやりに訊いた僕。妖精は山梨での集まりが、彼女と坎原さんを誘うことが分かっていた。
全てお見通しなのだろう。そもそもどんな場所にも妖精は突然現れる。妖精の目が届かない所なんてあるのだろうか。
僕の問いに妖精が答え、これを聞いた僕が耳を疑う。
「悪だベエ。それも、とびっきりのだベエ」
「悪?」
「うむだベエ。スズキ、オマエを誘ったあのエクリプスという男、野放しにするワケにはいかないベエ」