YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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人を祝わば愛二つ

 本日は、女性が気持ちをチョコレートに乗せて伝える日。バレンタインデーである。

 バレンタインデーはクリスマスやハロウィンと同じく西洋のイベントだ。そもそもチョコレートの原料であるカカオは中米が原産である。そんなイベントが日本で普及した原因としては、昭和中期にチョコレートを売り出したかった製菓業界による販売戦略と言われているが、令和になった今それを論じても詮無きことだろう。

 ある女の子は(はかな)い片思いを伝えるため。またある女の子は日頃の感謝を伝えるため。また、よく男子に間違われてしまうボーイッシュな女の子は、離れて暮らす体の弱い妹にお見舞いとして贈るため。そんな女の子におけるイベント日に庚渡紬実佳もチョコレートをしたためていたのだが、

 

(渡せなかった……)

 

 彼・鈴鬼小四郎にチョコを渡せず落ち込んでいた。

 二月十四日水曜日。紬実佳が部屋の隅で三角座りをしてうつむいている。

 

「はー。紬実佳ー、どーすんのこれ?」

 

 椅子に座って足を組む親友・坎原環が、チョコの入った箱を手に()いた。

 箱をカラカラと振って弄ぶ環。中に紬実佳お手製のチョコが入った箱は、ハート柄のピンクの包装紙にてラッピングし、リボンまで付けた気合の一品である。

 ここは環の部屋。日本を代表する大企業のお嬢様である彼女だが、広さにして八畳の自室には、エアコンにテレビに勉強机、テーブルの上のノートパソコン等々(などなど)、普通の女子中学生の部屋にもありそうな家具や器具を(しつら)えた庶民より僅かにグレードが上がった程度の内装ではあるが、唯一違う点として環が大好きな変身ヒーロー「()(めん)ライダー」のフィギュアやタペストリーが所狭しと飾られている。

 

「せっかく巽島さん()まで行ってレッツ・ラ・クッキングしたのに」

 

 ぼやいた環。昨日紬実佳は、同じコスモスの巽島美月の家に行ってチョコを作成した。

 二月十四日のバレンタインデー。二月に入って紬実佳は、自らの愛が詰まった手作りチョコを彼に渡そうと意気込んでいた。だが、実際に作ってみると全然上手(うま)く作れず、とても苦悩していた。

 彼が紬実佳に対して「距離を感じる」と思っていたが何のことはない。「このままではチョコを渡せない」と焦った紬実佳が、一人ビビッて避けていただけである。まあ、その彼も今まで縁がなかったためにバレンタインデーを喪失していたのだが、そこで紬実佳は料理に精通している美月に泣きつき、やっとのことで「おいしい」と言ってもらえるくらいのチョコ作りに成功した。

 なお、紬実佳には環が付き添い、美月の家に着いたら美月の腐れ縁にして親友・乾出陽がいたことは言うまでもない。

 

「だってぇ、今日水曜で部活ないから、鈴鬼くん、()(とう)くんと(たか)()()くんと一緒だったし……」

「まあ、あいつら邪魔だよねぇ」

 

 紬実佳の恋路を邪魔する彼の友人二人に環が悪口を垂れた。

 茶籐とは本名を()(とう)師泰(もろやす)と言い、高波市は(たか)()()(すすむ)と言う。クラスメートで彼の友人である。

 断っておくが、彼の友人は別に紬実佳の恋路を邪魔しているわけではない。邪魔と言うのは環の主観である。

 

「でも紬実佳ってすごいね。あの怖い巽島さんと調子よく話せるなんて。あたしあの人の前だと(いま)だにビビっちゃうのに」

「美月さん褒めれば大抵は喜んでくれるから。って、今は美月さんはいいの。どうしようたまちゃん、こーしてる間にも、鈴鬼くんが()(ぎつね)からチョコもらって」

「メギツネって」

「そんでもって女狐から告白されちゃったりして。鈴鬼くん人が良いから断れなくて、そのままずるずると付き合うことになって……。ああ、しょんなことになったら私もう生きてけない、お父さんお母さん、お兄ちゃんお姉ちゃん、先立つ不幸をお許しください」

「そんなわけないでしょ」

 

 彼のことになると()ぐ悲観的になり、今日もチョコを渡せなかった臆病な紬実佳に、環がため息を吐いた。

 環は紬実佳を不思議がっている。クリスマスの日に無断で彼を誘ったり、何かを口実として彼とイチャつく厚かましさはあるくせに、チョコはどうして渡せないのか分からずにいる。

 そして環は気になった。ちょうど良い機会だったので、

 

「ねえ紬実佳」

「なに?」

「鈴鬼くんのどこが良かったの?」

 

 どうして彼に執着するのか、環が紬実佳に訊いた。

 紬実佳は眼鏡を外せばきっとモテるだろう。そう環は親友を評しており、そんな親友が背が小さくて特段イケメンという訳でもない彼を好きな訳が分からずにいる。

 とは言え、理解できない訳でもない。環が彼に感心したことを挙げて紬実佳に問う。

 

「あの望搗って人に麦のことで訊いたときとか、あたし達のことで乾出さんと巽島さんに土下座してくれたりとか、確かに男らしいところあるって思ってるけど」

「でしょでしょでしょー? そうなのー、わたし頑張ってる鈴鬼くん見ると、胸がキュンキュンしちゃうの。あっ、でもダメだよたまちゃん、鈴鬼くんは私のだから」

 

 目を輝かせて(のろ)()たと思えば(くぎ)を刺しに来た紬実佳に、環が我慢することなく億劫(おっくう)さを表す。

 

「この世界一可愛くて知的で美人なあたしが、紬実佳みたいなめんどくさい子と張り合う訳ないでしょ」

「どこから来るのその自信」

「で、どうして鈴鬼くんがそんなに良いの? 昔あぶないところを助けられたりとか、捨て猫を拾ったところを見たりとか、そんな彼にまつわるエピソードが紬実佳の中ではあったりするの?」

 

 もし思い出があるなら合点がいく。恋に落ちてしまった原因があるのか環が尋ねた。

 興味なさげに訊いた環だが、実は期待している。コスモスにある種の生き甲斐(がい)を感じ、変身ヒーローが大好きな環は、恋に落ちても仕方がないと思えるような答えを聴きたがっている。

 だが、紬実佳が上を向き、顎に人差し指を当て、

 

「うーん、そういったのはないかな?」

 

 苦笑いを環に浮かべる。

 

「えぇ、ないの?」

「うん。出会ったの、中学に入ってからだし」

「じゃあ、どうして鈴鬼くんを」

「一目ぼれ、というか本能なんじゃないかな? 初めて会ったときにキラッとひらめいたの、私この人とゼッタイ結婚するって」

 

 紬実佳のあっけらかんとした答えに環が()(ぜん)とした。

 もう一度述べるが、環はコスモスに生き甲斐を感じ、変身ヒーローに夢中な女の子である。そんな環だからドラマティックとかロマンティックとか、そういった話を紬実佳から聴けることを期待していた。

 恋に落ちるきっかけなど人それぞれ。頭では分かっている環だが、経験がない故に分からない。だが、環が妖精から紬実佳を紹介されたときを思い出し、妖精は紬実佳を金星モデルの戦士で、金星は愛の象徴、と紹介した。このことから環が「愛の戦士ってこういうものなのか」と無理やり納得することにする。

 そして環が顧みる。一人と多人という違いはあれど、紬実佳と重なる恋多き(ばく)(ぎゃく)の友を。

 

(男を能天気に好きになって。(たい)()、紬実佳は本当によく似てるよ……)

 

 亡くしてしまった友人を環が振り返る。

 チョコ作りを手伝った者として権利はある環が、椅子から腰をおもむろに上げ、

 

「はい、紬実佳」

「え?」

 

 テーブルの上に置いてある紬実佳のスマートフォンを手渡す。

 

「電話して今から会ってきなよ。勇気リンリン直球勝負、もう当たって砕けるしかないでしょ」

「砕けたくないよ! 他人(ひと)事みたいに言って。チョコ渡しちゃったら、今の関係が変わって気まずくなっちゃうかもしれないの、たまちゃん分かんないの?」

「……そりゃ、分かるけど」

 

 紬実佳の抗議に、環がチョコを渡せない理由を理解した。

 今の紬実佳と彼の関係は、友達以上恋人未満だ。俗に言うこの関係は、お互いが「好き」を感じるだけで幸せな気分になれ、熱くなくぬるくもない湯船に()かるような居心地の良さに浸れる。

 友達以上恋人未満に甘んじるのは楽だろう。勇気なんて必要なければ振り絞りたくないものである。しかし、所詮はぼんやりとした関係であり、それでは紬実佳の目指す関係にたどり着くこと敵わない。両者の友人として環は紬実佳の気持ちを彼に表す必要性を感じていた。

 環は彼が紬実佳を好きなことを彼の口から聞いている。客観的な分だけ環の方が彼のことを分かっており、必ずや彼がチョコを受け取ることを確信している。だから紬実佳に勇気を出して欲しいと願っている。

 

「うう、ごめんねたまちゃん、怒鳴っちゃったりして。私が、チョコ渡せなかったばかりに」

 

 泣いて謝りだした紬実佳に環がしゃがみ込み、

 

「ねえ紬実佳」

 

 手を取って紬実佳の目を見つめながら呼びかける。

 

「紬実佳が怖いの分かるよ。でも、付き合いたいんでしょ?」

「…………」

「結婚するんでしょ? それに、鈴鬼くんが紬実佳のチョコ、待ってるかもしれないじゃん?」

「たまちゃん」

 

 環が紬実佳の小さな右の(てのひら)に手を合わせ、それから指を絡める。

 祈る環。絡め合った指を通して親友の幸せを願う。

 

「勇気を出して。あたしと巽島さんが一肌脱いだんだし」

「…………」

「乾出さんは、〝甘い匂いがするモフ~〟って味見してただけだけど」

「……ふふっ。昨日、楽しかったね」

「紬実佳、頑張れ。未来は無限大、なんでもできる、なんでもなれる。フレッフレッ紬実佳。絶対うまくいくって、あたし信じてる」

「たまちゃん」

 

 見つめ合う環と紬実佳をよそに、紬実佳のスマートフォンが着信を告げた。

 紬実佳が液晶を見る。すると、発信者はなんと彼。急いで手に取り、震える手つきで着信を押す。

 

「も、もしもし」

 

 まさか彼の方から連絡があるとは思わなかった紬実佳が緊張した声で応答する。

 

「庚渡さん。えっと……」

「……なに?」

「あ、いや。いま何やってるかな、って思って。何でもないんだ。それじゃ」

 

 紬実佳と彼の会話に耳をそばだてる環が、

 

(チョコをくれとは言えないよなぁ)

 

 と苦笑した。

 紬実佳が勇気を振り絞る。彼の声をもっと聞きたくて、彼の心ともっと通じ合いたくて、

 

「待って」

 

 彼を引きとめ、通話は続行する。

 

「鈴鬼くん、これから会える?」

「え? うん」

 

 そして紬実佳が、これから彼と会う約束を取り付けた。

 紬実佳が決心した顔で立ち上がる。

 

「たまちゃん、私いってくる」

「一人でだいじょうぶ? 付いて行こうか?」

「ううん、一人で頑張るよ。たまちゃん、励ましてくれてありがとう。たまちゃんがいてくれたから、私、頑張れそう」

 

 こうして紬実佳がチョコをバッグにしまい、環の部屋を後にした。

 一人残された環。彼に大好きな親友を奪われてしまって一抹の寂しさを覚えるが、親友の幸せいっぱいに喜ぶ顔を明日の楽しみとして一人ほほえんだ。

 

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