ワイツタイガ――そのプロジェクトはゾイテック社長肝入りであり、そしてその航路はフェイに託された形だった。
飽くまで表向き体面としては次世代のゾイドのフラッグシップモデル、組み込む躯体を選ばない万能型ゾイドコアの研究、といったものだった。
だがその実は、白い伝説のトラ型ゾイドの開発にあった。
フェイが選ばれた理由はコアゲノム研究における若き第一人者であった事、そのほかにもゾイテックに所属する他の研究者達を圧倒する知見と知識であった。
事実、フェイを選んだことについてそれが誤りではなかったことは、完成品のワイツタイガーが証明している。
同時にフェイは社長からプロジェクトを持ち掛けられた際、一つの条件を出した。
それは実に単純で、ワイツタイガーとそのゾイドコアを絶対に軍事転用せず、如何なる国家や個人の暴力装置としてもならないという事だった。
そのフェイは今、法廷に立っている気分だった。
ゾイテック本社ビル、その最上階の会議室に彼女は一人立たされている。
ぐるりと見渡す限り、そこに顔を連ねていたのは底意地の悪そうな笑みを浮かべるゾイテックの重役たち。
……非常に折り合いが悪い時期を意図的に選んだかとフェイは嘆息する。
今、ゾイテック社長はガイロス帝国への訪問の真っ最中だったのだから。
テラガイスト襲撃と、現場に残されていたエナジーチャージャーについての見解、それが議題ではあった。
だがいっそ意図は明らかだった。
重役の八割はへリック出身者及び親へリックの態度をとる人物たちだった。
少なくとも、ゼネバス派の人物――端的にフェイに対して同情的である人物はいないとみてもいい。
孤立無援、四面楚歌という奴であり、歴史的にもネオゼネバス帝国から恫喝的な要求をされた過去がある以上ゼネバス人やゼネバスという国家への当たりが苛烈になるのは致し方のない事なのだろう、と割り切る事にした。
「役員の皆様方、本日はご足労頂き誠にありがとうございます。では、これからテラガイスト襲撃事件とその顛末につきましてご報告をさせていただきたいと思います」
そう粛々と頭を下げながらスライドショウ形式でシアターに映す。
そこには難解な方程式やエナジーチャージャーの残骸が映し出されている。
「まず襲撃に際してテラガイストを名乗った組織についてですが、今の議題には適切ではないので次の章で話を致します。テラガイストを名乗ったサーペントという人物が搭乗していた機体ですが、こちらに搭載されているエナジーチャージャーの分析結果が以下の通りとなります」
「なるほどフェイ君。制御プログラムはネオゼネバス帝国のそれとほぼ同一、性能値も計測出来得る限りではエナジーライガーと同等……とは。つまり開発元はネオゼネバス帝国とみていいのかね」
人の言葉を聞く時、その裏を聞かなければならないとは母から教わったものの、眼前の重役たちの言葉は聞くまでもなかった。
お前の母国がこのような事をしでかしたのではないのかと暗に言っている。
ネオゼネバス帝国の出身者のゾイテック社員というのは珍しいとまで言えるものではないが少数派である事に変わりはない。元々少数派な上、ほとんどは別のある会社に移籍してしまったからだ。
そのような出自故に嫌がらせを受けたことは多々あったためにそれほどフェイは気にしたことはなかった。
だがそれでもいざ大人数を――しかも重役たちを相手にするとなると顔には出さずとも心労がたたる。
「リヒタースケールに属し、そして今は収監されているピアーズ博士の前例があります。彼はネオゼネバス帝国から流出した設計図を下に独力でエナジーライガーと限りなくオリジナルに近いエナジーチャージャーを創り上げた事を。故にエナジーチャージャーだけで事態の全容を把握することは適切であるとは思えません。リヒタースケールに相当するような別の地下組織の可能性も考えるべきでしょう」
「だがその原案はネオゼネバス帝国が持っていたものだ。ピアーズ博士がネオゼネバス帝国と通じていた可能性を――」
「話を元に戻していただけますか。私はネオゼネバス帝国の関与しなかったエナジーチャージャーの開発者の例としてピアーズ博士を提示しただけです。ピアーズ博士の事績と罪状については治安局にお問い合わせください」
……フェイは内心で眉間に皺を寄せたくなった。
言葉の節々からネオゼネバス帝国への不信感――と同等にフェイ当人の出自へのあてつけが伺えた。
確かに出身地による差別はあったろう。だが、ここまで人の悪意を叩きつけられると決して顔にこそ出しはしないが辟易しそうにさえなった。
そのままある事ない事疑惑をでっちあげるだけであればそもそもゼネバス出身者のフェイにエナジーチャージャーの解析など任せなければいい。
直接的な関係者であるとはいえ、わざわざフェイに解析させるという事も一種、踏み絵のようなものなのだろうとフェイは考察している。
「まず第一に、ここで状況を整理しましょう。テラガイストはかつてガルド・クーガルが組織した反へリック・ガイロス組織であったとされています。詳しいレポートについてはザン氏やアルバーン・ニンバス氏に尋ねると良いでしょう」
「……だが、知っているだろう。テラガイストは終わった。亡霊は死んだのだ。亡霊のそのまた亡霊等が生まれる所以は知れておろう」
「詩的な語彙は結構ですが、この場は弁論コンクールではありません。今私が申しあげたいのは現時点ではエナジーチャージャーの開発元はネオゼネバス帝国である確率そのものは非常に高いという事です。しかしこの襲撃事件にネオゼネバス帝国が関与していると言い切れる証拠は有りません。もっと言うのなら、ゾイドの窃盗犯がネオゼネバス帝国から奪取して乗り回していただけでネオゼネバス帝国そのものは無関係である――つまり開発元と主犯は全くの別、という可能性も十二分にあり得るでしょう」
「可能性、というだけだろう。否定も肯定もされていない」
「可能性、というだけでネオゼネバス帝国に確定してもいない嫌疑を着せる行為についてはどうお思いですか」
「――」
……その言葉に役員たちは眉をしかめた。
フェイの言葉には少なからず、怒気が混じっていたからだ。
「フェイ君。君の示したデータに偽りはないだろう。アルゴリズムも品質も、ネオゼネバス帝国のそれである事に疑いようはあるまい。……もういい、フェイ君。結論は出ただろう。君を私達は信頼しているからね」
「貴方方の中で初めから結論が出ているのなら、この査問もその信頼も何の意味がございますか。失礼させていただきます。率直に述べて、私の先祖とその故郷の言葉を借りるのならば人はそれを徒労、と呼ぶのです」
淡々と、フェイは皮肉交じりにそう返すだけだった。
考えが変わると期待したわけでもない。
元々ゾイテックはその経緯から反ゼネバスに近い姿勢がある。フェイへの当てつけじみたこの査問も、その延長線上にあるモノだろう。
……今だけは、例え一抹でもZi-ARMSに参画したい気分が浮かんでしまった。
何が何でも、言外にネオゼネバス帝国とこの事象を結び付けたい意図が透けて見えただけに、徒労という言葉への役員たちの動揺が伺えた。
「私の言葉はもはや貴方方に届かないと承知の上で言わせて頂きます。……ネオゼネバスと直接の関与があるかはいったん置いておくとして、それでもネオゼネバス帝国の技術を継承している組織ならあるでしょう。……貴方方がよく知る、Zi-ARMSです」
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はぁ、とため息をついた。
仮にも重役陣に対して、皮肉染みた言葉を浴びせた以上はそれなりに問題となるだろう。
Zi-ARMSの名を出した時、彼らは確かに息を呑んだ顔をしていた。
それで言わんとしていることが伝われば――母国が謂れもない疑惑を向けられているという事が伝わればいいのだが。
「……私もまだ、子供らしい。この手の感傷には慣れたものだと思っていたのだが」
更衣室のロッカーを背もたれにしながらも、メールの通知を確認する。
フェイの手掛けている仕事はワイツタイガーの開発が主ではあるものの、そのほかにはゾイドに関する遺跡の調査や野生ゾイドの生態研究等もあった。
ワイツタイガーのプロジェクトは現状一時的に社長預かりとなり、フェイは他の仕事に移る事となった。
……テストパイロットは、文字通り機体のテストを担うわけだが、同時にテスト機を万が一のスパイや外敵の襲撃から護るためという側面も持っている。
この点に関して、フェイはゼーガに対しこの上なく感謝していた。
ゾイド研究企業はいくつかあれど、その中でもテストパイロットの質と量共にゾイテックはその先端を行く。
これがしばしば軍事力と同等と見なされ問題視されがちな側面はあるがゾイテックの主張としては一貫してゾイド研究のため、という形で留まっている。
微妙な立場とも言えなくはないだろう。
「すまないな、ゼーガ。だがワイツタイガーを完成させるという約束は守った。……君は文句を言うだろうか」
ただ、ロッカーに向かってそうつぶやくだけだった。
「フェイ博士、お疲れ様です」
「……キャシー」
下を向いていたフェイに対して、唐突に声をかける人物がいた。
同じプロジェクトに所属していたキャシーだった。
「大丈夫でしたか、あの人達にその、いじめられたりとかは……?」
「……彼らの疑問は感情を抜きにしても、理論理屈としては現状考え得る中では尤もな意見だ。むしろ私はネオゼネバス帝国を庇い立てているようにさえ映っているだろうし、その側面があることは否定はしない」
「そんな、博士がゾイテックに今まで貢献してきたのにこんなことは……」
「いや、私の貢献と事態の考察には何の相関も関係もない話だ。……ヴォルフ陛下がこのような愚かなたくらみを許すはずがない、そう思っただけだ。――今でも私はゼネバス人だからな」
ロッカーに粛々と白衣を仕舞いながら私服に着替えるフェイに、キャシーは不安そうな顔を隠せなかった。
それから突然、ぎゅっとフェイの手を掴んでフェイを真正面から見据えた。
面喰ったフェイに、キャシーは言葉を続ける。
「フェイ博士に何があっても、どんな人でも、私はフェイ博士の味方です」
「……君はそう言えば、私の推薦状でゾイテックに入社したのだったな」
キャシーはブルーシティの大学からのインターンという形でフェイと出会った際、その論文や研究分野からフェイに眼鏡に止まった形となる。
ゾイドの研究者は昔からいればいるだけ損はない。むしろ他の企業や組織に優秀な人材を取られることを憂慮して破格の報酬を提示して囲い込みをかける場合もある。
キャシーもまたその一例であり、フェイが引き抜いた際には「私が鑑みるに、三顧の礼に値する人物かと思います」と述べたという。
「はい、博士が私を認めてくれたからです。それに、多分ゼーガさんも味方です」
「そこでなぜゼーガの名前が出てくる。……彼は有能だ、Ziファイターの中でも特筆に値する器だろう。ゾイテックが有するあらゆるテストパイロットと比してさえ、それは保証できるとも。だがそれだけだ」
「それだけじゃありません、だってゼーガさんがワイツタイガーを褒めるとき、一番はワイツタイガーですけど、その次に名前が出てくるのが博士なんです。博士の設計はすごいだろって」
「……」
少しだけ、頬が緩みそうになった。それから頭の中からゼーガの顔を追い出すようにぶんぶんと横に頭を振るうと、またため息をつく。
その様に少しだけキャシーは笑っていた。
博士にもちゃんと子供らしいところはあると。