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ワイツタイガーのプロジェクトを一時凍結とされ、さりとてゾイテックでも一位二位を争う研究チームを遊ばせるわけにもいかず、フェイの研究チームは一時別のゾイドの開発に回されることとなった
ゾイテックの情報漏洩、新生テラガイストの襲撃という事態を重く見た上層部の判断だった。
新型ブロックスの開発、という事で難易度はそれほどに高くはないという事もあり、研修代わりの題材としてちょうどいいと判断しフェイはキャシーをリーダーにした。
だが事態はそう単純ではなかった。
ゾイテックは最新ゾイドを数多く取り揃えている。こと軍事力という点においてはあらゆる企業・組織体の中でも最上位に君臨する。
それだけに昨今ではお得意様であったはずのへリック共和国からも慎重論と法改正の是非が問われている。
そんな中でワイツタイガーの存在を漏洩することとなったのだ。世論は少なからずゾイテック脅威論を唱え始めている。
彼女が頑なに重役陣のネオゼネバス帝国への嫌疑に対して疑義を糾し続けていたことは決して無関係ではないのだろう。
フェイは結果としてワイツタイガーのプロジェクトの凍結を迎えるとともに、ブルーシティ学園都市大学の臨時講師として派遣されることとなった。
そこキャシーの母校でもあり、ブルーシティの学園都市計画の一環として設けられた研究教育機関でもあった。
彼女の処遇は事実上の謹慎処分、或いは報復人事と何も変わらないが、しばしばゾイテックの研究者はこうして大学の講師として派遣されることがある。
それそのものは立派な業務ではあるものの、対象者とは概ねゾイテックの社内政治における敗北者や謹慎を食らった者達であり、フェイもまた数あるその一例となった。
「――して、ゾイドブロックスの歴史は人工ゾイドコアの研究の歴史と同義であるともいえるだろう。古くは予備ゾイドコアの採用による継続戦闘能力を高めたクァッドライガーがその採用例だ。質疑があるものはいるだろうか」
粛々と彼女は講堂で学生たちの前でそう講義を続ける。
手元の資料をぺらぺらと捲る。講義の名前は人工ゾイドコア工学特論であり、未だエキスパートと言える人物の少ない研究分野でもあった。
かつては現役の研究者であり神童ともうたわれた彼女が講師を務めている、と噂になったこともあり講義は満員御礼となった。
フェイの出身に対する偏見は今の学生層にはあまり存在しないと言ってもよく、それに関してはフェイは気が楽だった。
「フェイ教授、人工ゾイドコアとクローニングしたゾイドコアの違いって何ですか?」
「いい疑問だ。クローニングされたゾイドコアは基本的には一般的にはオーガノイドシステムによる金属細胞の強制活性化という過程を経る。その過程において著しくゾイドコアの寿命を消耗したり生態機能を喪失することがある。対して人工ゾイドコアは高出力品の製造は難しいが画一的な規格で工業的な量産が可能であり、今ではその出力の問題も一応の解決を見ている」
彼女はその経歴故、正規の課程で博士号を得たわけではない。論文の作法の概ねは理解こそしており博士相当の学識を持っていることも事実ではあるが、それでもやはり教授と呼ばれるのは慣れないと感じた。
「人工ゾイドコアはその性質上、自己ゲノム編集機構に意図的に制限を課さなければ無制限に自己増殖と自己進化を繰り返す性質を発現する。このような特徴を持ったゾイド群をなんと総称するか分かる者は?」
「はい、キメラブロックス、ないしはキメラユニットです」
「正解だ。現在では条約によりネオゼネバス帝国はキメラブロックス全機の即時解体を行い、また全世界規模で将来的なキメラブロックスについてのあらゆる研究と開発の禁止が成されることとなった」
今講堂に会している学生たちは、皆あまりフェイの出身について特に気にかける様子はなかった。もっとも、今は戦後から既に十年以上を経ている。戦争を体験した事のない学生たちにとってはむしろそれが自然なことなのかもしれないのだろうなとフェイは思った。
「では、本日の講義はこれにて終わろう。中間試験は課すつもりはないが、予習はしておくように。質疑がある場合については私宛ての電子メールであれば可能なものは本日中に解答しよう」
正規の教育機関で教鞭をとるという経験も、それなりに彼女の中では新鮮な経験ではあった。
教材やPCを抱えて講堂を後にすると、大学から与えられた臨時講師用の執務室に帰り椅子に座る。
そこには、彼女の秘書として宛てられた人物もいた。
「フェイ教授、お疲れ様です。本日の講義はいかがでしたか?」
「グレイ秘書官、教授呼びはやめてくれ。私は正規の課程で博士号をとった人物ではない」
「先生ったらそればかりですね。先生と呼んでも、教授と呼んでもやめろとばかり。かしこまった呼び方ができないのはそれはそれで学生さんも困るのでは?」
「フェイ、でいいだろう。元はゼネバスの辺境の出身だからな」
長い銀髪とはかなげで曖昧な笑みが特徴の彼女はグレイ・フェアフィールドという人物だった。
アーカディア王国出身者であり、そうした大学側から秘書として彼女に宛てられた人物でもあった。
「フェイ先生――ではなくフェイさんがこちらにいらしてからもう三週経ちますね」
「あぁ。少しだけ、上の人物に口答えをした。その結果がこれだ。君とて知っていると思うが――」
「――ゾイテックから派遣されてくる講師は大概何かをやらかしてしまった人物、でしたか」
「そうだ。守秘義務に当たる部分は言えないがな。……ゾイテックは未だヘリック人中心の組織であり、役員たちも概ねへリック人だ。ならば私が彼らに失言を放った理由は分かるだろう。認めたくはないものだが私は熱しやすく、激しやすいらしい」
そう言いながらフェイはノートパソコンへと向かい、グレイは彼女の講義資料を纏めていく。
「とはいえ、ブルーシティ大学もゾイテックと同じく概ねへリック人の教授が大半です。臨時講師とは言えそんな態度では生きにくいのでは?」
「研究や学術に国境はないというがやはり欺瞞だ。事実、特にゼネバス史に関する歴史認識については教授各人の裁量、という名目で大学側は不干渉という態度を取っている。空いている時間に講義資料を拝見させてもらったが、史学科のミロード教授の講義はゼネバス史においては特に亡きプロイツェン陛下の事績に関し明らかに恣意的な資料の抜粋が見られる」
「そうでしょうか……。アーカディア人の私にはあまり、難しいことは分かりません。けれど先生がどことなく怒っているのは分かります」
「ミロード氏はヘリック史研究における第一人者であり、その貢献は無視はできないだろう。しかし真実の性質とは客観的、最大公約数的であるべきだ。恣意がその慧眼を曇らせている事を私は嘆かわしく思うのみだ」
グレイは頷き事はしてもフェイの事について深く立ち入りはしなかった。
研究に国境はない――よく使い古された言葉だ。
未だにまだ大人たちは出身と学閥でせめぎ合っている。そんな軋轢に学生を巻き込むことは研究者としてのモラルが問われるであろう。
歴史研究はその最たるものである。
「たしか、先生が担当されているのはゾイド倫理学と、人工ゾイドコア工学でしたか」
「そうだ。本当であればゼネバス史を担当したかったが、そちらの博士号は私は持っていないし専門というわけでもない。慣れないものだが、しかし君がいてくれたおかげで私は助かっている」
「そんなことは有りません。できるだけの事をしたまでです」
「私の講義資料に関し君が訂正を加える事はしばしばあったが、そのいずれも相応の学識が無ければ瑕疵を指摘できない箇所だ。君は講義の内容を理解している、……君はどこでそのような教養を?」
グレイの指摘はしばしば、フェイの見落としや語彙の誤りを正すことがあった。
それは相応の教養が無ければ難しい事であるのもフェイは理解していた。秘書にしておくべき人材ではないだろう、とも内心で思った。
それこそ彼女のような人間が技術営業であれば、と思うところもあったが企業人としての価値で彼女を計るのも無礼だろうと思い口には出さなかった。
「アーカディア王国で、私はある通称ドクターT、と呼ばれるゾイド研究者に師事していました。それから私はアーカディア王国の外の世界を知りたいと思って、へリック共和国を経てブルーシティに参りました」
「なるほど、な。ドクターTは私は会ったことはないが、かつてアトレー王子がファントム騎士団を討つ際の立役者になったと聞いたことがある。以後、アトレー王子の腹心となったとも」
「概ねにおいては間違いではありませんが、あの人はそんな大仰な人ではありませんよ」
そう、彼女は複雑な表情をしながら言う。ドクターTは大変な変わり者だったらしいとも聞いたことがある。
「それはそれとして、先生の講義の中間アンケートで一番多かったコメントはなんだと思いますか?」
「……」
それから少しだけ、グレイはいたずらっぽい笑顔をする。
大学側からの義務としてアンケートを一応設けることはあったが、それを気にしたことはあまりなかった。
「話は面白いけど長い、だそうですよ先生」
皮肉にも、ゼーガによく指摘されることだった。
少しだけ、フェイは不機嫌になった。