機能停止に追い込まれたワイツタイガーのコクピットから、衰弱した状態のゼーガは引きずり出される。
どことも知れない軍事基地のハッチの中にワイツタイガーはおさめられ、ゼーガの頭には銃口が向けられて立たされる。
ワイツタイガーの操縦で奪われた体力では反抗する事もかなわない。何より今すぐにでも銃殺になったとしておかしくはないだろう。
「さっさと歩け、白のパイロット」
「……、もっと丁重に扱ってくれよ」
「口より足を動かさなければ、次は頭が動かなくなるが」
そう、言って兵はゼーガを歩かせる。
だが薄暗いハッチの中で、一人かつかつと歩を進める者がいた。
ゼーガの視界にもその男は入った。どこか見覚えのあるような、ないようなそんな男だ。
「――彼の言う通りだ。白を担える者は彼のみであり、そして彼は真のゾイド乗りだ。粗末粗相のないように扱いたまえ」
「は、申し訳ありません、レムCEO!!」
興味ありげな視線を彼がこちらに向けているのを察するとゼーガを引っ立てていた兵士たちはたちまち背筋を伸ばし敬礼しその場を辞した。
「ご苦労、君は下がり給え。そして――ゼーガ・フロイト、""白""の担い手よ。お会いできて光栄だ」
「……あんたは? さっき、CEOとか聞こえたけどテラガイストは何時から企業になったんだ?」
「テラガイスト、テラガイストか。あぁ、失礼。確かに比喩としては間違いではない。だが、事実ではない。――改めて自己紹介させて頂こうか。私はヒューイック・レム。テラガイストと"業務提携"させていただいているゾイド研究企業、Zi-ARMSのCEOだ」
「……!」
今のゼーガのぼやけた頭ですら、眼前のこの男の言った言葉の内容は簡単に理解できた。
……テロリスト集団テラガイスト、その裏で手を組んでいたのはネオゼネバス帝国ではなくZi-ARMSだったのだと。
「ゾイド乗りとして一個人として、君には興味がある。話の続きは、是非とも温かい場でさせてくれ」
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茶会、というにはあまりにも殺気に満ちていた。
身なりを整えられ、卓にはゼーガとレムのみがいる。監視の目はない。
「君は自由を行使してもいい。私を絞め殺す権利もあってしかるべきだ。その後の事態の推移は保証しかねるがね」
「断る。……命の奪い合いは御免だ、誰かと争うならそれはゾイドバトルの舞台でなければならない」
「昔は、ゾイド同士の戦いは命のやり取りを意味していたのだが、これも時代故という事だろう。いいだろう、君の意思とその善良さを尊重しよう。……その善良さは決して戦前に培えるものではないだろうしな」
食ってかかりかねない、ワイツタイガーをも彷彿とさせる鋭い目つきを向ける。
理性が殴り掛かる腕を辛うじて抑えきっている。
対してどこまでもすました態度でレムはゼーガと向き合っている。
「私はこうして、ゾイド乗りと語り合いのが趣味でね。これを逃せば君と言葉を交える機会さえ、喪失するかもしれない。それが惜しいのだよ」
「加害者が身勝手な感傷を押し付けるな。自分たちにも事情があった、とでもいうつもりか。それでした事の全てが許されるとでも?」
「ああ。そうさな。事情が計画と同義であるとするならば事情はあったと言える。……単純な事だよ、――私に戦後は訪れていないのだから」
「……」
彼に"戦後"は訪れていない。その言葉の重さが分からないわけではなかった。
だが、それを真に理解しようとするには単純にゼーガは国籍も境遇も、生まれた年代も違い過ぎたのだ。
平和な時代において教養の名の元に戦争は単なる事実の列挙として記述されるのみだ。
「君は歴史の教科書を見たことがあるかね。我等ネオゼネバス帝国はへリック共和国に屈し、和平を結んだ。そう、寒々しく黒いインクで書かれる歴史を見て、君は何を感じるかな」
「……そういう事があったんだ、ぐらいの話だろう」
「そう。多くの人間にとってはそうであるし、乱世ではなく治世においてはそれが健全だ。……そのたった数行数文にどれだけの年月が込められているなど誰も知り得はしない。その歴史は、本来は戦火の当事者たちの血によってのみ綴られるべきだと、私は思うのだがね」
手を組みながら、無味乾燥にそう言ってのけるレムの心境に、ゼーガは少しだけ理解は示す。
ゾイテックへの襲撃、古代虎ゾイドの簒奪――それらはへリック共和国への抵抗と考えれば十分に理解がいく。
「なぜ、ワイツタイガーの情報は漏れていた?」
「Zi-ARMSの前身はゾイテックのゼネバス人集団だ。ならばゾイテックに内通者を作ることは当然だろう。……まぁ、何。これでも私は嘘をつきたくはないのでね、勘違いのないよう彼女の名誉のために言うがフルーゼ・フェイはスパイではない。むしろ彼女は私がZi-ARMSの立ち上げを持ち掛けた時、交渉の余地なく拒絶した」
「……そうか、ゼネバス出身ならあんたが教授を知っていてもおかしくはない、か。俺が知ってる教授そのものだ、安心したよ。……あんたが望んでいるのは、戦争のやり直しか」
「その通りだ。概ね間違いはない」
「……ネオゼネバスはゼネバスにあらず、故に偽帝ヴォルフはゼネバスの名誉を永遠に穢した、か」
「テラガイストのスローガンだな、よく覚えている事だ。テラガイストの"宣伝"も実っているようで何よりだ」
諸悪――つまりは一連の陰謀の渦中にこの男は坐している。
「ふざけるな。お前の都合に巻き込まれる人間がどれだけいるか知っているのか。お前のせいで、白い目で見られたゼネバス人だって多い」
「それもまた何よりだ。……そのゼネバス人たちに目を覚ましてほしいと思っただけさ。考えても見るがいい、君たちが定義するところの戦後の十年余りが何をもたらしたのかを。あのブルーシティでさえゼネバス人たちはヘリック人やガイロス人の顔色を窺いながら生きているだろう。本質的に我等はヘリックともガイロスとも、相容れた存在ではないという事だよ」
「だからゼネバス人と彼らの間に亀裂を入れてでも――いや、入れてることがむしろ目的だったとでもいうつもりか。……あのエナジーチャージャーの置き土産も、サーペントとかいう傭兵も」
「そうだ。世論は割れ、ゾイテックへの非難も生じたが……思った通りにはならなかったな。孤立したゼネバス人を糾合し、我等Zi-ARMSがその旗手となるつもりだったが、ヘリックとネオゼネバス帝国の対立は険悪にこそなれ決裂まではいかなかった」
かちゃりと、茶器を皿に戻すとレムはそこで、ゼーガの目の前に手をかざした。
自分たちのマッチポンプを彼はいともたやすくばらした。
「……尤も、策略の時間も仕舞だがね。フルーゼ・フェイが心身を捧げて設計した君のワイツタイガーには古代虎の制御プログラムが眠っている。それさえ頂ければ、ワイツタイガーでさえも要済みだ」
「……どういうことだ?」
「ネオゼネバス帝国は、かつて古代虎のコアの全てを掌中に収めていたが、それを生かす手立てがなかった。戦後、そのうちの蒼と白は君たちゾイテックの管理下に移ったが、紅だけは守り抜いたのさ。そして、その紅は今我々の手元にある――そこまで言えば、分かるだろう」
「――」
背筋に、冷たいモノを感じた。
ワイツタイガー級の怪物。その一角を、今彼らは握っているのだと。
「偉大なる先人たちには感謝しなければなるまい。紅を今日のこの日まで守り抜いてきたことをな。どの国にも屈しないゼネバスの復古を望む者達が、私に託してくれたのだよ。そして、ゾイテックが古代虎ゾイドを復元しようとしているプロジェクトがあった事もまた私は知っていたさ。そして、それを為せるのは彼女しかいないと確信していたよ」
「……他人の成果物を掠め取る事だけに心血を注いでご苦労様なことだな。惑星Ziの伝説のうち二つはめでたくあんたらZi-ARMSの手の中ってわけか。何を、これからするつもりだ」
「知れた事さ。ゾイテックの持つ最後の"蒼"を頂こう、そして私は真なるゼネバスを打ち立てる。今この瞬間でさえ、その過程に過ぎない。白を手に入れたことは到達点ではないのだよ。ゼーガ・フロイト」
その目に映るものは、狂気と言うには純粋に過ぎた。
しかし、純粋というにはあまりにも空恐ろしかった。
"戦後"は訪れていないと、彼は言った。その言葉を、彼はただ実践している。ひたむきに、ただまっすぐに。
「では、ごきげんよう。ゼーガ・フロイト。暫くの間、君は軟禁させてもらおう。"紅"の目覚めまではな」