ワイツウルフに爪を顔面に叩き込まれながら、同時に弧を描くように尾を振るいワイルウルフを追い払う凱龍輝。
原始極まる白兵戦は結局どちらも制することが敵わなかった。
凱龍輝は野生体としての意地を見せた。
ワイツウルフは本来のコアの力を制限された上で尚譲らなかった。
どちらが優れていたかという話は無粋だろうが、心なしかゼーガにはワイツウルフが高揚しているようにも思えた。
所定の試験の終了後、研究用ハッチに収められた凱龍輝とワイツウルフを眺めながら、ゼーガはコクピットから降りるフェイを迎える。
額に少なからず汗をかきながらコクピットを後にするフェイの様はいつもの研究者然としたそれとは大きくかけ離れていた。
「大丈夫ですか、フェイ博士」
「問題ない、キャシー。そんなことよりデータを分析しよう。それと重ねて言うが君といいゼーガといい博士はやめろ」
くたくた、といった風な様子のフェイを気遣うようにドリンクを抱えながら駆けてきたのはフェイの開発チームの一員であり、管制塔から無線でフェイとゼーガのテストの指揮を執っていたキャシーだった。
フェイよりも一回り若い年齢であり、学術都市ブルーシティの大学を一年ほど飛び級して卒業した才媛でもある。有体に言えば、フェイの弟子――あるいは後輩分とも言えなくはない。
「ゼーガもフェイ博士も、ナイスファイトだ。あんな戦いはサベージハンマークラスのマッチアップじゃなきゃ見れないぜ」
「よせよ、ベリル。結局決着つかなかったろう。おまけにバックパックを損傷した」
がっとゼーガに肩を組んできたのは整備兵のベリルだった。
ソフトモヒカンがトレードマークであり、軽薄な口調とは裏腹にその腕は確かにフェイが認めている。
元は小さな町工場の出身であったというが、フェイの観察眼と人選に叶った結果スカウトという形でゾイテックに入社するという経緯をたどっている。
趣味はゾイドバトルの観戦と機械いじりという事もあり、その適正を遺憾なく発揮した結果「白」の開発計画に携わることとなったのだ。
「ベリル、テスト後早々に悪いがワイツウルフの整備を頼む」
「了解、博士。いつまでに仕上げれば?」
「この様子では二日だろう、急がなくてもいい。あとは凱龍輝はフューラータイプ、ジェノタイプのマニュアルに沿って整備を頼む。アルゴリズムの改修は私が担当する」
適切に指示を告げながらフェイは息を整えてハッチの一角の椅子に腰を預ける。
凱龍輝のコクピットから覗くのは、多数のキーボード類だった。
整備兵の邪魔にならない位置で凱龍輝のコクピットを覗き込むが、フェイのそれは操縦桿がある事以外まるきり通常のコクピットとは趣を異にしていた。
その様はコクピットというよりプログラミングのためのデスクを思わせた。
操縦桿だけではなくキーボードによる精密なコマンド入力による操縦を主としているのは、複雑極まる支援ブロックスの統合制御のためにそれが必要であるためであることは想像に難くはなかった。
要するに、フェイの操縦形態――あるいは凱龍輝操縦のために最適化されたコクピットなのだ。そこにフェイの技術力や先見性を見出さずにはいられなかった。
プログラミング形式による操縦するタイプのZiファイターもいないことはないし、変わり種としては家庭用ゲーム機のコントローラーを改造し操縦桿替わりにするZiファイターもいる。
だが、それでも飽くまで操縦桿による操縦の補助としての立ち位置であり、それそのものをメインとしているのはゼーガの経験上でもフェイだけだった。
「……プログラミング式操縦と専用コクピットだけじゃない。あの実践でのレスポンスの速さを鑑みるに恐らくはそれに特化した高速制御用のアルゴリズムやプロトコルを採用している」
「――目ざといですね、さすがゼーガさん」
「おわっ、キャシーさんか」
後ろから声をかけてきたキャシーにゼーガはそう答える。
肩がびっくりして、その少し後にほっと溜息をついてゼーガはキャシーへと向く。
「ゾイテックの公式のプロジェクトではないのですが次世代のゾイド操縦専用のプログラミング言語まで試作しているのですよ、博士は。……ここだけの話、そのプログラミング言語の試験も兼ねていたそうです」
「だから相手をするって言ったのかフェイ博士」
「えぇ。博士の半ば趣味みたいなものだったらしいですけど」
「多分その趣味は数年後ぐらいに実用化するかもな」
眼鏡の位置をちゃき、と直しながらキャシーは「当たり前です」と言う。
フェイの弟子という事もあり彼女への尊敬の念が伺える側面でもある。
それから階段を下り、フェイの下へ駆け寄るとゼーガは乾いたタオルをフェイの頭の上に乗せた。
彼女は熱心そうに新聞を読んでおり、一瞬びくりとしながら傍に新聞を置いてタオルを手に取る。
「博士、汗拭けばいい」
「恩に着よう、ゼーガ」
フェイは言って、顔をタオルで拭う。
その際にフェイは先ほどまで眺めていた新聞を手に取ってゼーガは眺める。
「……テラガイスト、か。あんまり愉快な話題じゃないだろう、フェイからしてみれば」
「私に限らず、ゼネバス人の多くはプロイツェンナイツや鉄竜騎兵団をゼネバス再興を成し遂げた英雄だと認識している。しかしテラガイストはそれらとはテロリズムの色が濃いという意味合いでは趣を異にする」
「首魁ガルド・クーガルはもう居ないにも関わらず、こうしてテラガイストの名前を借りたテロリスト集団が昨今現れてるんだったかな」
新聞の一面には「テラガイスト復活か」というセンセーショナルな見出しをつけられている。
ガイロス帝国とへリック共和国が相争っていた時代から暗躍していたとされる、ゼネバス帝国再興を掲げるテロリスト集団だ。
奇しくもネオゼネバス帝国が興る頃にブルーユニコン隊とロットティガー隊の共和国・帝国連合軍によりテラガイストは壊滅したとされる。
そんなテラガイスト――あるいはテラガイストを名乗る組織が今更になって声明を挙げたと話題だ。
いまの治世は偽りであり、ヘリック共和国とガイロス帝国に屈したネオゼネバス帝国はもはやゼネバスに在らず――とまで言い切っている過激派集団だ。
バックには巨大な組織があるのではとされているが実情は未だ以って不明である。
「テラガイストの活動に関する一連のレポートはへリック共和国が有している。だが、いまだにその内容の多くは公開されていない。……秘匿等級としては、ニカイドス島妄想事変や魔女山岳妄想事変といった、妄想事変と同等のそれだ。一般人がおいそれと触れられるものでもないだろう」
「……与太話、てわけでもなさそうだけど。それでも相当胡散臭い連中なのは確かだろう。何せ、鉄竜騎兵団やPK師団は別にテラガイストに関与していなかったどころか、テラガイストは全く別の思惑があったって説もあるんだったか」
「亡霊、とはよく言ったものだ。全体像は未だによくわかっていない。主要な構成員であったレザール・シャルやリバイアス・カノーネは収監され、加えて首魁ガルド・クーガルも行方不明だ」
「本当にこいつらがあのテラガイストなのか? ガルド・クーガルは死んだか行方不明だか知らないが」
「今の彼らは降伏によってゼネバス人の名誉を穢したとして、ヴォルフ陛下を偽帝として否定している。これはかなり苛烈で過激な主張だ。この傾向は以前のテラガイストにはなかったものだ」
「ゼネバス人も、複雑なんだな。この自称・テラガイスト連中に同調する人間もいそうなもんだがフェイ博士はそうじゃないのか? ……いや、悪い。これは失言だったな。別にゼネバス人だからどうこうとか、差別をしたつもりじゃないんだ」
「いや、気にするな。君と私の間に、少なくともこのゾイテックの下にいる限りは出身の頸木は存在しない。……戦争はもう終わった。人もゾイドもそれ以上の流血を望むべきではない、私はそう考えている」
意識こそはしないようにはしているものの、この手のニュースを聞くたびにそれでもゼネバス人とへリック人というアイデンティティを自覚させられてしまう。
戦後の今でさえ、微妙な距離感というものはある。むしろ敵対の度合いで言えば指導者の血筋を同じくするへリック共和国以上にガイロス帝国への反発の方がゼネバス人は強いともいえる。
こうした民族的対立を利用した反国家ゲリラはしばしば歴史上でも現れる。
「亡霊、か。……今はへリック共和国の再編ブルーユニコン隊が中心となって調査をしているらしい」
「正規軍が出るなら解決はすぐだろうさ。Ziファイターと違って彼らは作戦行動のプロだろうからな」
「ロットティガー隊は今回は不参加らしい。彼らの本分は"ガイロス帝国にとって"の脅威となる勢力の排除であるからだろう」
それきり、新聞から目を離しフェイは興味をむけることはなかった。
「君の操縦もあるだろうが、ワイツウルフの性能は端的に言って私の想像を大きく超えていた。コア出力は今の状況でも二割以上三割以下程度に関わらず凱龍輝と互角だった。……どうせこの後のミーティングでも伝える予定だったが、君には先に伝えておこう、ヴァイスタイガー、ワイツウルフの延長線上にある完成形たるゾイドを」
画面の黒と緑のマス目上に描き出される設計図に浮かび上がってきたのは、ある一機のトラ型ゾイドだった。
ヴァイスタイガーのデザインを受け継ぎながら、寄り重量感のある意匠を持つ純白のトラ型ゾイドだった。
その名を、ワイツタイガーという。