ワイツタイガー試験当日。
ゼーガとフェイ達は場所を移し、ブルーシティのはずれにある広い荒野へとホバーカーゴを走らせていた。
ゾイテック所有の敷地内で仮にワイツウルフが制御不能になった場合の事を考え、広い手つかずの荒野を試験場とすることにした。
コードネーム「白」、その結実たる二機のゾイドが今ゼーガの目の前にいる。
ワイツウルフと、その傍らにあるムササビ型BLOXであるサビンガだ。
「……かわいらしいBLOXだな」
「外見より本質を見るといい、ゼーガ。ワイツウルフは意図的にゲノム偽装を施している。その偽装を解き放ち、トラ型ゾイドとして躯体を成立させるための鍵こそこのサビンガだ」
「Ziユニゾン機ってことか?」
「Ziユニゾンは原理として二機のゾイドの合体によって新たなゾイドになる事に対し、これはあるべき姿に回帰するための機構であり合体時間に制限は科されない。原理としてはB-CASとほぼ同等だ。サビンガについては合体までは私の遠隔操縦だ」
そう、一通り説明を受けて、なんとなくだがゼーガも理解をしていた。
まずワイツウルフはそのゾイドコアの遺伝情報を意図的に偽装して封印している事。
サビンガとの合体によってその封印が解き放たれる事。
それからごてごてとしたパイロットスーツを着る事ともなった。ワイツタイガーを操るという事はG、精神力をはじめとし相当な操縦の負荷がかかる事も想定されていたためである。
「ゼーガさんの身体データは常に収集しています。もし無理を感じたらすぐに言ってください。私がゼーガさんの身体データを、博士がワイツタイガーのデータを監視します」
「サンキュー、キャシーさん。博士にちゃんと必ずデータを持って帰るって言っといてくれ」
「かしこまりました、いってらっしゃい」
ヘッドギア、それから専用のガントレットを装着しつつゼーガはキャシーからワイツウルフの起動のためのキーを受け取り、デッキに昇る。
オーライオーライと整備兵の声が響きながら、ワイツウルフのコクピットが開く。
それからゆっくり腰掛けるとコクピットが締まり、キーを差すと計器類と操縦コンピュータが画面を瞬かせながら起動音を立てていく。
低く鋼の喉をワイツウルフは唸らせる。
発進の五カウント。
ホバーカーゴ内の信号機が赤く照らす。
『総員、所定の位置に退避願います。ワイツウルフ、発進まで五秒前――五』
キャシーの館内放送が響きながらあわただしく整備兵たちは退避する。
ワイツウルフの拘束具のアームは外れていき、ゆっくりと腰を落としながらワイツウルフは構える。
『――四、三、二』
カウントが刻まれるとともに緊張が増していく。
ゼーガの操縦桿を握る手に、否が応にも力と汗がこもった。
『――一!』
信号は黄色を経て、青となる。
その瞬間、ワイツウルフとサビンガはほぼ同時に駆けた。
ブースターを吹かせながら、彼らは飛び出した。
遠ざかっていくホバーカーゴを後目に、ゼーガは操縦コンピュータへと目を移す。
「フェイ博士。今からいけるか?」
『あぁ。君の信号は確かに拾っている。問題はない、これよりサビンガとワイツウルフの合体実験を行う』
そう、フェイと通信で会話を交えながら、画面を見ると昨日見たあのトラ型ゾイドの設計図が映し出されていた。
「――コード・タイガー、アクセプト。コマンド・トリプルゼロ、アクセプト――リユニゾン・ワイツタイガー!!」
そう、フェイが高らかに宣言するとともにサビンガは自身をパーツ単位で分解し、光に包まれながらワイツウルフの装甲となっていく。
跳ね上がっていく同調係数。定格に限りなく近づいていくコア出力が伝説への回帰を予感させた。
やがて、一つとしてパーツを余さずワイツウルフはその装甲を纏うと――ワイツタイガーへと変じた。
瞬間に更に桁が跳ね上がるコア出力と共に、突如ゼーガの操縦をワイツタイガーは拒絶した。
「――っ?!」
『ゼーガ、聞こえるか!?』
珍しく、極めて強い焦燥の色を見せるフェイの声色がその異常事態を知らせていた。
ホバーカーゴの管制室でも、送信されてくるデータが解析されるとともにフェイとキャシーは慄然とした。
「……、嘘だろう。可能な限りリミッターをかけた上で、それでもコア出力はジュール換算でデスザウラークラスに肉薄している。有り得ない、単一のゾイドコアがそれだけの熱量を生み出せるのか……?」
「それだけじゃありません。操縦もこちらからの緊急停止コマンドも受け付けません……!」
キーボードを必死に叩きながら、外部からの強制操縦を試みるキャシーだがその試みの悉くをワイツタイガーは跳ねのけ縦横無尽に荒野を暴れる。
『こちらゼーガ。……全く操縦が効かない、さすがだよフェイ博士。……こりゃ伝説って言われるわけだ』
「冗談を言っている場合か! 早く君はコクピットから退避しろ、このままワイツタイガーに付き合ったら君は……!!」
『……博士』
モニター越しに、ワイツタイガーのコクピットの中のゼーガの沈黙は伝わったようだった。
ワイツタイガーに乗る事を望んだのはゼーガだが、ゼーガに可能な限りの防護を施し試験に臨ませたのはフェイだった。その責任を感じているのは言わなくても理解ができた事だから。
高らかに天に向かって吠えながら、ワイツタイガーはただただ無尽に荒野を突っ走る。
「……、応えろ、応えてくれワイツ!!」
ただただそう叫びながら振り落とされないように操縦桿を握る程度しかゼーガは出来なかった。
「フェイ博士っ、頼みがある」
『……なんだ』
「三十分だけでいい、時間をくれ……! その間に俺がコイツを乗りこなせなかったら、コクピットから強制射出してもいい!!」
ただゼーガはそう、フェイに頼み込む。
必死に操縦桿を握りながら。
「……もしダメだったら、その後始末は俺がワイツタイガーを巧く操縦できなかったからってことにしてくれ。フェイ博士の設計にはミスはなかったって俺は知ってるからな」
『馬鹿な事を言うな、このゾイド馬鹿っ!』
「いいから、どのみちワイツタイガーは強制停止コマンドも拒絶する以上、俺が乗りこなさなきゃ暴走したまんまだ。だから――!!」
砂嵐気味のゼーガの声に、意を決したようにフェイは告げる。
『分かった。……君の体力を鑑みても、私もそれが限界だと考える。君が命の危険にさらされる場合は、その時はどうか私の決断を受け容れてくれ』
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未だ縦横無尽に暴走するワイツタイガー。
激しく揺さぶられるコクピットで吐かずにいられたのは一重に防護スーツの役割が大きい。
体力の消費を鑑みるからこそ三〇分が恐らく限度だとゼーガは踏んでいたが、恐らくそれ以上の事態になるだろう。
ゼーガの言葉をまるで意に介さないかのようにワイツはただ雄たけびを上げて荒野を往く当てもなく突っ走る。
野良ゾイドを時折その爪の一撃で打ち据えながら。
「……お前も、俺を試しているのかワイツ」
その言葉に対してのワイツタイガーの返答は咆哮だけだった。
ゾイドの心、ソレを察するのは例えプロであっても簡単な事ではない。まして精神リンクに頼らないとあればなおさらだ。
乗り手を試すゾイド、その極端な例はジェノブレイカーをはじめとした前期型のオーガノイド搭載機やゴジュラスギガに当たるがワイツタイガーはともすれば恐らくそれ以上だった。
加えてワイツタイガーはゼーガの操縦を意に介していないが、足場の険しくなる進路を敢えてとっている節があった。
航法コンピュータはワイツタイガーの強靭極まる自我の前ではとっくに意味を成さないが、それでも辿ってきた経路がそうだった。
「乗りこなして見せろ、て言ってるのか?」
その言葉に対してのワイツタイガーの返答は更なる増速だった。
ブースターの出力が定格を越えている速度で、無人の渓谷に突っ込む。
ささくれ立った岸壁に足を踏み入れるその刹那に――一瞬だけワイツタイガーはゼーガに操縦を認めた。
「――っ!!」
時間にして、たったの小数点以下五秒。
その刹那にゼーガは握った操縦桿を一瞬で操り抜き、切り立った岩場を一切速度を殺さずに踏破する。
ワイツタイガーの基礎スペックは攻守遠近共に隙の無い万能型。そうフェイからは教わっていた。
そしてそれ以上に――あらゆる状況、とくに高速域での運動性を設計の念頭に入れていると言った。
その躯体性能がお気に召したのだろうか、ワイツタイガーは顔を左右に震わせながらひとしきりまた嬉しそうに咆哮を挙げる。
「……お前は、嬉しいのかワイツ。そんなに走るのが」
――その言葉にワイツタイガーは跳躍で応えた。
「おまっ、ゼロファルコンじゃないんだぞお前っ!?」
一直線に谷が刻まれた断崖。堕ちれば水場に真っ逆さま、その向こう岸を目掛けてワイツタイガーは跳躍した。
ばねのように沈みながら次の瞬間に爆発的な瞬発力で渓谷を一気に駆け抜ける
ゼーガはまたしても操縦をいきなり託されるが、今度は遅れはしなかった。
ウィングスラッシャーのマグネッサーフライト機構がワイツタイガーに浮力を与える
飽くまでもマグネッサーフライト機構を持つだけで基本的には陸上ゾイドではあるが、それでも生半可な空戦ゾイドでは歯が立たない機動性を持っていた。
今度は空を駆りながら高速で飛ぶ
「ははっ、なんだお前。……すごいじゃないか、空まで飛べるのかよ」
自然と、そんなワイツタイガーの出鱈目さに呆れもわずかに混じった笑いが浮かんだ。
コア出力はまだ四割ほどであるにもかかわらず、これだけの性能を示している。
だが、低空飛行していると、唐突にレーダーに前方から超高速で接近するゾイドの反応が表示された。
マーカーの移動速度から察するに、飛行ゾイドと推測を立てたがしかし空中にはそんなゾイドは目視では確認できなかった。
レーダーの不良のようにも思えない。
しばらくして、画面上のマーカーは動きを停止し、ワイツタイガーもゆっくりと導かれるように地上へと降り、その場に立ち止まった。
その眼前には、一機ゾイドがいたからだ。
赤く塗られた、改造型バーサークフューラーが。
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改造型バーサークフューラーの出で立ちは少々異様だった。
バックパック部に不自然に張り出したドラム型の機構、そこからエネルギー輸送の用途と思われるチューブが伸び、脚部のガトリングと二連装レールガンに接続されていた。
「……所属不明機?」
眼前に、突如として現れた深紅のバーサークフューラーにゼーガは通信を試みる。
「そこのバーサークフューラー。貴殿の識別コードを頂きたい、此処は非戦闘区域となっているはずだ」
カタカタと、キーボードでコマンドを打ち、バーサークフューラーに送信する。
それからしばらくの沈黙の後、回答が返ってくる。
だがそれは、ゼーガが予想すらしていないものだった。
「――テラ、ガイスト?」
『その通りだゼーガ・フロイト、……貴様のそのゾイド、頂くぞ!!!』
呆気にとられたゼーガに、次の瞬間にはバーサークフューラーはすさまじい速力で加速し突っ込んだ。
ワイツタイガーの喉元を突き上げるような頭突きをすんでのところでかわし切り、冷や汗を流すゼーガだった。
「……おい、そこのバーサークフューラー。このバトルはゾイドバトル連盟の管轄か? ジャッジサテライトが降りてこないという事はつまり私闘だと解釈してもいいか?」
『俺はお前のそのゾイドを知り、そして今ここにいる。それそのものが答えだと思え』
「ちっ……、聞く耳なしかっ!!!」
またしても、バーサークフューラーは尋常ならざる速力で襲い掛かる。
閃光と見まごうほどの速度。少なくとも目で追える限界の速度だ。
「……時速五五〇? 計器の誤差じゃない、フェイがそんな雑な仕事をするわけがない。だとしたらなんだこの速力は……!?」
『知る必要はあるまい。これこそ我が乗機、フュリアスエナジーだ』
バーサークフューラー――改め、フュリアスエナジーは、常軌を逸した速度で尚も駆動する。
純粋な速力、その一点に関してのみ述べた場合間違いなくワイツタイガーを越えていた
続けて緊急でフェイから連絡が入る。
『ゼーガ、そちらの情報はこちらでも追跡している。……テラガイスト、と名乗ったか?』
「あぁ、そうだ。死んだはずの亡霊の名前を名乗っているんだとよ、こいつは……!」
『……そうか。ならば今はその話については置いておこう。単刀直入に言う、今君の目の前に立っているバーサークフューラーは恐らく――エナジーチャージャーを搭載している』
そのフェイの言葉にゼーガは言い知れない事態に巻き込まれたことを静かに悟った。
「……はぁ? 嘘だろう、エナジーチャージャーはネオゼネバス帝国の秘匿技術のはずじゃないのか!?」
『そのはずだ、そしてあのバックパックの動力機構の燐光からも私に見間違いはない。陸上ゾイドであれだけの速力を生み出せる機構は、現状エナジーチャージャー以外にはないだろう』
「テラガイスト、はゼネバス復興を掲げた組織、だったか」
『私はわずかに聞いたことのある話だが、かつてネオゼネバス帝国にはバーサークフューラーを基盤とした超高速形態"Z"のCAS計画があったらしい。操縦性の問題から制式採用は見送られたと聞いているが――恐らくはその発展形か』
息を呑むゼーガもまた、予感していた。
この眼前のバーサークフューラーは旧世代のそれではないという事を。
『エナジーライガーはその素体はライガーゼロと同じものだ。……ならばライガーゼロと双璧を成す狂戦士、バーサークフューラーを素体にしてエナジーチャージャー搭載機を創り上げるという試みに至る事もそうおかしな話ではない』
「……博士、とりあえずあいつをぶっ飛ばす、でいいか? 話を聞くのはそれからにするべきだ、少なくともあの自称テラガイストは俺達を明確にターゲットにしてたんだ。しかも俺の名前もワイツタイガーのことも知っていた」
『異存はない。……存分にワイツタイガーの性能を検証してくれ、ゼーガ』
「了解、博士!!」
コクピットで腕を鳴らしながら、そう言ってゼーガは笑う。
今、ワイツタイガーのゾイドコアの昂ぶりが伝わってくる。状況に全く怯えていないどころか楽しんでいさえいる。
これこそ伝説の所以かと、笑う。
『テラガイストを亡霊、と言ったかゼーガ・フロイト。ならば覚えておくがいい、テラガイストは不滅であることをな――!!!』
そしてフュリアスのパイロットは笑って、操縦桿を握った。
●フュリアスエナジー
パイロット:????
所属:テラガイスト……?
分類:ティラノサウルス型
最高速度:550km/h
主装備:
改良型エナジーチャージャー
背部バックパック内蔵型16連装ミサイル
拡散荷電粒子砲
2連装チャージャーレールキャノン(脚部装備)
チャージャーガトリング(脚部装備)
マイクロエナジースラスター×6
エナジークロー×2
エナジーチャージャー搭載型バーサークフューラー。
従ってエナジーフューラーと呼ぶべき代物である。
ライガーゼロに対するエナジーライガーと同等の思想によって野生体T-REX型ゾイドを基に創り上げた機体であり、ある意味ではバーサークフューラーのCASとも言い換えられるだろう。
改良型エナジーチャージャーは最大出力は落ちている代わりに安定性が大きく向上している。
エネルギー供給面に関して、バーサークフューラーとはほぼ隔絶している。
総じて最高速度においてはエナジーライガーに譲るものの、T-REX型野生体を基盤としたことによる積載重量や将来的な武装の拡張性、パワーにおいてはこちらが上回る。
ただしエナジーライガーとは異なり、改良型エナジーチャージャーはジェットファルコンとの接続機能を喪失している。
なぜネオゼネバス帝国の最新技術であるエナジーチャージャーを搭載する機体をテラガイストを自称する組織が持っているのか、その謎をはかり知ることは難しいだろう。
ネオゼネバス帝国においても戦前「Z」と呼ばれるバーサークフューラーのCASを前身としT-REX型ゾイドにエナジーチャージャーを搭載する試みはあったようだが、本機との関連性は現状不明である