「いてっ………!?」
ガンッと硬い床に当たるような衝撃。まばらに草の生えた地面へ伊村が頭をぶつけた。
八雲紫の裂け目より落とされ、そこから伊村が放り出されたのは見渡す限りに生えている天を覆う程に高い樹木によって、周辺一帯が薄暗く夜のような雰囲気をした森である。
(ここは……、うわあ、全然知らない場所だ………)
頭を痛そうに摩りながら起き上がった伊村は辺りを見回して、周囲が森のような環境であるとすぐに気付き、それから自分の近所にはこのような場所はないとすぐに判断する。
そして彼はこれまでの疲労を吐き出すように大きくため息をつくと、自分はあの裂け目によって見知らぬ土地へやって来てしまったのかとそう悟った。
(………これって確実にあの目がいっぱいついた裂け目が原因、だろうな………)
(………けど、あの時言ってた『退屈しない平和な理想郷』ってどういう事なんだろう……?)
紫の裂け目によって知らない場所へ飛ばされてしまった伊村。
移動を開始するその前に、少しの間 彼女の言っていた台詞について一体どういう意味があるのかと深く思案をめぐらせる。
(………、うぅー……わからない………。そもそもここは、日本なのか? 日本のどこかにこんな不気味な森なんてあったのか?)
腕を組み熟考する伊村だったが、幾ら考察してもその意図が掴めない。
紫の作り出した裂け目によって現在の森へ落とされたというのは明白である。
だがなぜ、どんな理由で彼女が自分をこのような場所へ送り込んだのか、それについては全く見当がつかなかった。
(………、仕方ない。見たところ広い森のようだけど、歩いてみるか………)
(この森を出て早く道路に出ないとヤバそうだし)
このままでは埒が明かないと考えた伊村は、取り敢えずは森を抜けて人通りのある場所に出るべくその場から移動する事にした。
動かず冷静に助けが来るのを待とうと伊村は一度そう思考したが、辺りを見ると既に薄暗く、空も狐色に染まっていたので、やむを得ず移動を開始する決断を下した。
「………ねぇ、そこで何してるの?」
が、伊村のその行動は、年端も行かぬような少女の声が聞こえた事によって阻害された。
「…………!!」
(……え、今の声は……女の子の? こんな森の中、から?)
薄暗く昼よりも不気味な様子を見せている森に、自分より遥かに年下の幼い女の子が居るなどとは到底考えられない。
その不可解さから、動揺を心だけでなく顔にも表しながら伊村は声のした方へ目を向けた。
「あ、"人間"さんだ! しかも一人ぼっちなんだね〜」
伊村が見た先には、森の木々より広がっている漆黒色の宵闇の中からこちらへ歩いてくる金髪に赤いリボンを付けた10歳程の少女の姿があった。
その少女は何故か伊村を"人間"と呼称し、口元に手をやって珍しいものを見たとばかりに彼へ視線を注いだ。
(………ほ、本当に女の子、って、しかも小学生くらいじゃないか……!)
まさか本当に森に女の子、しかも小学校に通っているであろう年齢の幼女が居たとは信じられなかったのか、伊村は目を見開いて驚く。
そして数秒後、改めて考えた伊村はもうすぐ夜になる森の中だと子供には危険と考え、金髪の少女の方へある程度近付いて問いかける。
「……き、君は何故こんなと、ところに居るんだ? さ、さっさとお家へ帰った方がよ、よくないかな?」
伊村はそもそも家で引きこもる事が多かった為か、あまり呂律が回らないながらも、自身の目の前に現れた金髪の少女の家族が心配しているだろうと思い、少女へ自宅に帰るように促した。
「えーなんで? そんな事よりわたし今、"お腹"がとても空いてるんだ〜丁度良かったよ」
だがそれを全く気にしていないような感じで金髪の少女は伊村へ返すと、腹部を押さえて空腹を訴え、それから徐々に歩く速度を早めていく。
(こ、この子………何なんだ一体…………。こっちへ来ていきなり腹減ったとか、道に迷ってるんじゃないのーーー)
ガブッ!!
「痛っ………!?」
直後、伊村の右腕に強烈な痛みが走る。
何事かと視線を下へ移すと、そこには先程まで会話していた金髪の少女が、伊村の右腕に犬のように齧りついていた。
「あっ、ごめん。美味しそうだから、ついいきなり噛みついちゃった。へへへ」
突然の行動を軽く謝りつつも、少女は美味しそうな表情を浮かべて伊村の腕をガジガジと噛んでいる。
「うぐあぁぁぁぁーーーーーーーっ!!?」
腕から伝わる凄まじい痛みと少女のとった凶行。
伊村は恐怖で顔を歪め身体中から汗を垂らして森中に木霊す程の悲鳴を上げた。