「むぐむぐ………、あなたの血、何かちょっとドロドロしてるけど美味しいねー」
伊村の右腕に鋭い歯を立てて噛みつきながら、金髪の少女が腕から滴る血を啜りその味について感想を口にする。
(な、何で……こんな事するんだ……っ、この子、人間か……いや、確実に"人間"じゃないっ!!)
「お腹すいた」と暗い森の中で言い、ゾンビのように人の身体に噛み付く。
そんな普通の人間なら到底しないであろう狂気じみた行為を現在進行形でやっている少女を見ながら、伊村はその正体が自分と同じ人間ではないのだと悟った。
「ぐっ……くそ! こんなところで食われてたまるか……っ!!」
機嫌良さそうに腕をガジガジと貪る少女を伊村が睨みつけ身体をジタバタと動かして必死に抵抗をする。
右手を動かし、左手を動かす。
その次は右脚、左脚。
最後に頭部以外の上半身全体を揺らすように動かして金髪の少女を引き離そうと画策した。
「無駄だよー。そんな事したって、私はあなたから一ミリたりとも離れないんだから」
諦めてと言わんばかりに少女が目を細めて伊村へそう告げた後 噛む力をますます強めてその血肉を貪り続ける。
だが伊村はまだ抵抗を止めない。
両手両足、仕舞いには首と頭まで動かして少女を振り切ろうとした。
しかし全くもって効果なし。少女はどれだけ伊村が身体を振っても噛み付いた右腕から離れない。
正に無駄な抵抗………かに思われた。
ゴツンッ!!
「ぐぇっ!?」
鈍い音が周囲に響いた。
と同時に、何故か金髪の少女は伊村の右腕から口を離し、頭頂部を押さえて痛そうに悶絶している。
「………んえ?」
一瞬キョトンとした表情となる伊村。
が、すぐに自身の血が口元に付いた少女の様子を見ると、伊村は急いで周囲を見回した。
(………!! あれは、"石"か!! 結構な大きさだけど、まさかアレに頭をぶつけたのか……!!)
すると、自身の右手後方の地面にサッカーボール大の"石"があるのを見つけ、伊村はすぐに少女がその石に頭を見事にぶつけ、今のような状態へ至ったものと理解した。
(なら、早いとこ逃げないと……!!)
少女が頭をぶつけて痛がっている今が好機だと見た伊村はその場から立ち上がり、木々の間を縫うように全速力で走り出した。
「うぅあぁぁぁぁーーーーっ!!!」
森全体に響き渡る程の大声を上げながらひたすら少女の居るところから逃げる伊村。
少女に深く噛まれた右腕が痛むが、そんな事を気にしている余裕などない。
今はただ、道なき道を走り続けなければ死ぬだけだと伊村はそう思っていた。
「はっ……!! はっ……!! はっ……!!」
方向感覚もわからなくなる程に鬱蒼と木々が生い茂る森の中を伊村は息が絶え絶えになっても必死で走り続ける。
もしあの金髪の人喰い少女に追い着かれでもしたら、あっという間に自分は殺られると彼は理解しているからだ。
(…………こ、ここまで来れば大丈夫か……?)
ある程度開けた場所まで出ると、伊村が自分の走ってきた方向へ顔を向けて安全かどうかを確かめる。
だが、立ち止まったのがいけなかった。
「わはー、逃げるなんてダメだよー人間さーん! ……えいっ!!」
森の木々より彼方から、黒くブラックホールのような塊を身体に纏った金髪の少女が恐ろしい速さで伊村の方へ近付いて来るのが目に入ってしまった。
そして、その少女は掌を正面に翳すと、そこから紫色に淡く発光する球体を数個ほど生み出し、次の瞬間、伊村に向かって投げつけた。
「うぐあぁっ!?」
少女が来たのと球体による攻撃があまりに突然だった為か、運悪くそれが伊村の顔面と腹部に全弾命中し、それらは小さな爆発を引き起こした。
「うん、当たった当たった」
上手くいったとばかりに金髪の少女が頷きそう口にする。
「ああ、あぁぁァァァァ…………」
少女の放った黒い発光体に被弾した伊村は軽く弧を描きつつ空中に吹っ飛び白目を剥き口から煙を出して言葉にならない声を漏らしながら、立っていた地点から数メートル程離れた場所に仰向けに倒れ込む。
だが、それと同時に伊村の身体は後方へ転がり始め、どんどん加速していった。
「あ、待てー……ってあれ?
なんと、伊村の倒れた場所は丁度森の斜面に位置しており、運良く少女から逃げるように勢い良く森の坂道を転がり落ちる。
後を追おうとする少女だったが、ニ、三歩進んだところで何かを察したかのような顔になると、伊村は追わずに退屈そうにその場を離れた。
ドボーンッ!!
転がる途中で幾つかの木の根っこに身体を激しくぶつけたが、伊村はまだ辛うじて息がある。また、わずかにだが、視界も見えていた。
だが、急に坂道が無くなり、その代わりに広々とした川辺に出た。
当然伊村は今の今までボールの如く転がっていたので、坂道から勢い良く空中へ投げ出され、何の身動きも出来ないそのままの状態で川の中へとダイブした。
「が……、ゴボゴボ………ゴボボ………」
川の中へ落ちてしまった伊村。
徐々に薄れゆく意識の中、伊村は自分が溺れると自覚したのか、僅かに身を動かして水上へ浮かぼうとした。
しかし思ったより上手く浮かべれないようで、何度やっても水中で一回転するか、逆に水の中の石に頭をぶつけるだけであった。
(………、はあ、もう無理だ。これは……死ぬ………)
とうとう、伊村は意識を手放し生きることを諦めた。
そして、死を自分の身で痛感すると、川の激しい水流によって無抵抗のまま流されていった。