「……永琳さん、本当にありがとうございました!」
伊村が永遠亭に運ばれてから二日が経過した。
先日の昼頃に、永琳が伊村の身体の様子を診た際、彼女の見立てで翌日の朝から問題なく動く事ができるようになると判断した為、現在伊村は永遠亭の入口とされる門の前まで来ている。
「それはどうも」
そして、門の前には永遠亭を発つ伊村を見送りに来た永琳と鈴仙、そして昨日伊村と会話した輝夜の姿があった。
「おれがこうして動けるのもあなたが治療してくれたおかげですよ!」
伊村は自分を手当てしてくれた永琳へ先日と同様に礼を言い、深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
「そうね。まあ今の貴方の身体なら、余程無茶をしない限り問題なく生活できるはずよ。……ただ、今後はここへ来るほどの大怪我は負わないように気をつけることね」
少し笑みを浮かべた後、永琳は忠告するように伊村へそう告げた。
「は、はい……これから気をつけます!」
それに伊村は数回頷き、永琳の言った事を忘れないように気をつけようと決心した。
「あ、伊村さん!」
すると、永琳と輝夜の二人より少し離れた場所から伊村を見ていた鈴仙が声をかけると、彼の元へ近付いて懐から掌大の木箱を取り出して蓋を開けた。
「へ? ……何です鈴仙さん?」
伊村は今更何か自分に用でもあるのかと疑問に思いながら、鈴仙から視線を彼女の持つ木箱の方へ向けた。
すると、そこには白いガーゼと薄緑色の塗り薬の詰まったガラス瓶が入っていた。
「はいどうぞ! "医療用道具"です。少しの傷ならこれで処置できるはずです、どうか大事に使ってください!」
鈴仙が箱の中にあった薬品類の説明を伊村にすると、彼へ手渡した。
「お、おお! あ……ありがとうございますぅっ!」
鈴仙から手当て用の道具の入った箱を受け取った伊村は、感激した様子で彼女を見つめ礼を言うが、なぜかその声は震えていた。
「………あら、どうかした? 伊村?」
それに気付いた輝夜が伊村へ不思議そうな面持ちで問いかける。
「う、ううぅ……っ!! す、すみません……っく!!」
鈴仙の目の前で伊村は、目から大粒の涙を流していた。
自身のその様子を目にしているであろう三人に謝罪しながらも、伊村は溢れてくる涙を右手で拭い泣き顔を直接見られないように努めている。
「な、泣いているの!? 伊村君!?」
「ちょ、伊村さん!?」
永琳、そして鈴仙が、伊村が泣いている事に驚き面食らう。
「う、ひっぐ………、お、おれ、今まで他人から優しくしてもらった事なんて殆どなくって………っ!!」
未だなお流れる涙をごしごしと手で拭く中、伊村が震える声で自身の過去の人生を思い返して鈴仙らに泣いた訳を明かした。
「…………………」
「そ、そうだったんですね……」
伊村がこれまで全くといって良い程人から親切にされた事がなかったという過去を知り、輝夜は何とも言えないような表情をして閉口し、永琳は同情の眼差しを向け、鈴仙は理解した様子でそう言った。
「……………。情けないところを見せてしまい申し訳ないです。……では! おれは、これで行きます!!」
少しして、伊村は落ち着きを取り戻すと、気を取り直して永遠亭から竹林方面へ出発する準備を整える。
「……伊村、行く場所はわかっているわね?」
鈴仙より頂いた木箱をズボンのポケットに入れた伊村は永琳に声をかけられ、目的地はどこを目指すのかと確認をとられる。
「………はい。"人間の里"、一先ずそこを目指せば良いんですよね? わかっています!」
それに対し伊村はにっこり笑顔を向け、目的地については問題はないことをアピールした。
因みに、"人間の里"とは、永遠亭を出てすぐに広がる"迷いの竹林"と呼ばれる竹林を抜けた先にあるという人間たちの暮らす村のような場所らしく、その情報を前日の夕食時に鈴仙より聞いていた為、伊村は永遠亭より退院後に行くべき場所を知っていたのだ。
「そう、なら心配無用よ」
伊村の言葉を聞いて、永琳はフッと笑みを浮かべ後の行動を彼に任せることにした。
「………では皆さん! またいつか! さようなら!!」
手を振って別れの一言を伊村は口にした。
門の前の永琳と輝夜、鈴仙が見えなくなるまで彼は後ろを向いて歩きながら手を振り続け、彼女たちが視界から消えると、名残惜しそうな顔をしつつ前を向いて背丈の高い竹の生い茂る竹林の中を歩いて行った。
「……………行ったようね」
鈴仙が永遠亭の入り口の扉へ向かい、永琳も建物内へ戻ろうとする中、輝夜がどこかつまらなさそうな面持ちをして、伊村が歩いて行った方を見つめぽつりと口にする。
「………、そう言えば」
すると、扉に手をかけた永琳が思い出したかのように言った。
「? 永琳? どうかしたの?」
その声を耳にして輝夜が永琳に歩み寄り、何事かと尋ねる。
「迷いの竹林の案内……"妹紅"に頼むの忘れていたわ………」
しまった、といった感じで永琳は顔に手を置き後悔の言葉を漏らした。
"妹紅"という人の名前と思しき単語を言いながら。
「…………。あらら、それは大変。死ななきゃいいけど」
それを聞いた輝夜が、もう永遠亭を発ちその場に居ない伊村へ同情と憐れみを込めた様子でそう呟いた。