東方琉輝抄・暁   作:日立涼

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本作品は、ニコニコ動画に投稿されている作品『東方琉輝抄-星-』の続編です。
第47話から地続きのお話となっておりますので、まずはそちらをご視聴して頂くことをオススメしますが、もちろん、本作からでもお楽しみ頂くことは可能です。
まだまだ勉強中の身ですので、至らぬ点は多々あると思いますが、少しずつ改善していきます。どうぞごゆっくりお楽しみください。

更新ペースは不定期となっております。ご了承下さい。


第一話『無能なウサギ』

  1

 

 私の師匠・八意永琳様は実に有能な人物である。

 元より月の頭脳と呼ばれ、幻想郷においてもパワーバランスの一端を担う御方。その博識さは言わずもがな、戦場においても、一級の戦士すら軽く凌駕する実力をお持ちだ。

「最初から、師匠に任せておくのが得策でしたね」

 永遠亭の一角。畳座敷の病室で、私はポリポリと頬を掻いた。

 手術を始めたのは梟の鳴く真夜中だったけれど、終わる頃にはすでに朝日が障子を突き抜けていた。

 やかましいセミの鳴き声が聴覚を占領し、開け放った障子から涼しい風が入り込んでいくる。

「すみませんでした、師匠。お呼び立てしてしまって」

「引き継ぎは見事だったわよ、鈴仙。お陰で手術もスムーズに進んだ」

 労うような微笑みで、師匠はそう言った。

「そんな、やめてください」

 私は胸の前で両手を振った。憧れのひとに褒めてもらえた喜びよりも、お世辞なんてやめてくれ、という思いが勝ったからだ。

 ベッドに横たわる彼女を見つめる。

 今回の患者は、人間でも妖怪でもない、神様だった。それも、見知った幻想郷の神様ではなく、ここより次元の壁を一枚隔てた異界──《グランロロ》の神様だ。 

 光導12宮と呼ばれる星座神の一柱。牡羊座を司る神、アリエス。

 昨晩、彼女は他の神との戦闘に敗れたうえ、身動きが取れなくなったところに、殴る蹴るの暴行を加えられた。

 惨たらしく血を吐き出す彼女を見たとき、最初は助からないと思った。ただ、今にも泣き出しそうな顔で、彼女を抱きしめる彼──スコーピオンの姿を見て、私は居ても立っても居られなくなったのである。

「本当にすまなかった。なんてお礼を言ったらいいのか」

 スコーピオンが頭を下げるのは、これで何回目だろう。

 彼はアリエスの傍らに腰を掛け、何度も、何回でも「よかった」「本当によかった」と繰り返す。

 彼の表情は心底幸せそうだが、そんなものを見せられているアリエスは、恥じらうように口元を布団で隠していた。 

「もう。スコーピオン、二人とも見てるよ。恥ずかしいからやめて」

「いいだろべつに。記憶も戻ったんだし、ちょっとくらい喜ばせてくれよ」

 からかうようなスコーピオンの言葉に、私はハッとなった。

 まだ、あのことを師匠に話していない。

「すみません、師匠。私、許可もなく記憶をカードを返してしまって……」

 そう言って、深々と頭を下げる。

 最初、手術は私が主任となって行われた。

 言い出しっぺは私だったし、なにより、数年前から永遠亭の〝医師〟は私ということになっているからだ。

 治療を開始するにあたって、私はまず、二人に記憶のカードを返却することを決めた。記憶のカードとは、彼ら光導12宮の記憶を閉じ込めたカードである。

 何者かの手によって、彼ら12宮は記憶を失っている。そしてその記憶は、それぞれが一枚のカードとなって、幻想郷のどこかへ散らばっていったのだと言う。

 その記憶のカードのうち、二枚。蠍座と牡羊座のカードは、私たち永遠亭が所持していた。協力者である藤原妹紅氏の働きによって発見されたものだ。

 しかし、アリエスとスコーピオンはそもそも敵対勢力の仲間。このカードを二人に返却するか否かは、まだ結論が出ていなかったのである。

 それを私は、あろうことか無許可で二人に返却した。

 とくにアリエスに至っては、本人の許可すらない完全な独断である。もちろん、これには「神様である以上、本来の力を取り戻せば、常人を凌駕する自己再生能力があるのではないか」という私なりの推測があったのだけれど、それにしたって、師匠の許可くらいは必要だっただろう。

 雷を落とされる覚悟で、私はキュッと唇を結ぶ。どんな罰を受けたって、仕方がないだろう。

 師匠の手が小さく振り上げられる。

 ゲンコツだ! 私は思わず目をつむった。

 ──しかし次の瞬間、私の頭を触れたものは、石のように固いこぶしではなく、柔らかな手のひらの感触。

「えっ」と声を漏らして、顔を上げる。見れば、師匠は慈悲深い眼差しで私を見つめていた。

「英断よ。ありがとう」

 月明かりのように優しい微笑みだった。

 胸が痛い。

 こんなにも優しい師匠の手は、私に気を遣っているんじゃないかと、疑わずにはいられなかったからだ。

 なぜなら今回の手術、私は言い出しっぺにもかかわらず「やっぱり私じゃダメだ」と即刻さじを投げ、師匠に交代してもらったからである。

 自分で言ったことすら実行できない、無能なウサギ。そんな私が凹まないようにと、師匠は気を遣ってくれたのではないだろうか。

 私が疑心暗鬼になっているうちに、師匠は白衣を脱ぎ去り、普段の装いに戻っていく。赤と青から成るツートンカラーの中華服で、頭にも、同じく赤と青の二色から成るナース帽をふわりとかぶる。

 日常が返ってきたと実感したのか、師匠は両手を組んでうんと背伸びをした。

「それじゃあ鈴仙、あとはお願いね。私は他にやることがあるから」

 え! 私は思わず叫んだ。

「師匠、このまま働くおつもりですか? なにかあるなら私がやりますし、師匠は休んでください。私の代わりはいくらでもいますけど、師匠の代わりはいないんですよ」

 手術は夜中に開始され、朝まで続いたのだ。

 当然、眠る暇なんてなかったから、彼女の今日の睡眠時間はゼロである。このまま働くなんて、いくら不死身の師匠でも酷だろう。

 まともな感性の人間なら、まずは一睡挟みたくなるというもの。

 しかし、なにが可笑しいのか、師匠はからからと笑ってみせた。

「私を誰だと思っているのよ。でも、そうね。お言葉に甘えて、湯浴みくらいはさせてもらおうかしらね」

 それは休んだうちに入らないのでは? 私の言葉を待たずに、師匠は手を振って、部屋を去ってしまった。

 師匠の背中を呆然と見つめる私。激務をこなしたあともケロッとしていられる彼女は、本当にタフな女性だと思う。

 さて。この部屋に他にいるのは、患者のアリエスと、付き添いのスコーピオンだけだ。

 とりあえず、あとは任されたのだから、仕事はこなさなければいけない。まずなにをしようかと考えていると、ベッドの上でアリエスがゆっくりと上体を起こした。

「あの、ボクからもありがとね。鈴仙」

 彼女は背中を丸めて、こちらを覗き込むように言った。レイセン(私ではなく、綿月姉妹のお付きのレイセンだ)の姿を模倣している彼女は、コピー元と同じように温和そうな表情をしている。

 どこか、憑き物が落ちたような感じだ。私はなにも出来なかったが、彼女が助かったことは心からよかったと思う。

自然と、安堵の笑みが零れた。

「無事でよかったわ。ごめんね、私なんにも出来なくって」

「そんなことねーだろ」

 割り込むように言ってきたのは、スコーピオンだ。豊姫様の姿を写した彼は、身を乗り出して言葉を続けた。

「あんまり謙遜すんなよ。あのセンセーも言ってただろ? 『見事な引き継ぎだった』って。アリエスが助かったのは、間違いなくお前のお陰だよ」

「ううん。私なんて、師匠と比べたら全然ダメだもん」

「いいや、お前は本当に頑張ってくれた。マジでありがとうな」

 屈託のない笑顔だった。

 記憶を取り戻す前は、どこかネガティブな印象を受ける男だったけれど、こちらが本来の性格なのだろう。

 記憶を取り戻したことによる再生。それが見られたことで、私の心は僅かに軽くなった。

「ああ、そうそう」スコーピオンが人差し指を立てた。

「センセーにあんなこと言ってたんだから、分かると思うけど……。お前もちゃんと休めよ? アリエスのことはオレが見てっから、な」

「そうだね。それがいい」

 二人は揃って私を見やった。

「……」

「……」

 そして、沈黙。

 口をぽかんと開けたままの私を、二人は不思議そうに見つめている。

 まずい。どう返事をしていいのか分からないことが、表情に出てしまっている。

「あー、あの」心理を悟らせまいと口を開く私だったが、時すでに遅し。

「もしかしてさ」スコーピオンが、恐る恐るといった表情で口を開いた。

「お前も、寝ずに働くつもりだったのか?」

 

  2

 

「あはは。それでなにやら揉めていたのですね」

 来客として病室にやって来た男が、愉快そうに口をおさえた。

 私とスコーピオンが「休む」「休まない」の話で揉めていたところにやって来たのを、タイミング悪く見られてしまったのだ。

 男の名はアクエリアス。スコーピオンたちと同じ光導12宮の一柱で、水瓶座だ。

彼は墨を垂らしたように真っ黒な髪で、同じくらい真っ黒なライダースジャケットを羽織っている。顔のラインは細く、鋭い。目つきも狩人のように鋭利だけれど、微笑みを絶やさないお陰か、喋ってみると、それほど威圧的な印象は受けなかった。

 病室へはリブラが案内してくれたのだけれど、なんの前触れもなく「客だ」のセリフとともに襖が開け放たれたので、一瞬反応が遅れてしまい……。

「お二人のキョトンとした顔、とてもかわいらしかったですよ」

「ええい、やめろやめろ! 恥ずかしいったらねえ」

 スコーピオンは腕を組んでそっぽを向く。あれは不可抗力だ、と私も訴えた。

 なにせ、オデコがくっ付くくらい顔を寄せて言い合っていたのだ。そんな場面を見せられてフリーズしたリブラは、なにを思って踵を返したのか……。

「たいへん失礼いたしました。リブラ様には謹んでご説明いたしますので」

「ちゃんと頼むわよ」

「承っております。このアクエリアスめに、どうかお任せください」

 念を押す私に、アクエリアスは丁寧に一礼した。

 紳士的な立ちふるまいだ。

 カプリコーンの前例はあるものの、彼は大丈夫だと直感が告げる。それだけ、アクエリアスの仕草は細部まで柔らかく、湖のように穏やかであった。

「あの、そろそろ本題に入らない?」

 アリエスが申し訳なさそうに切り出した。

「アクエリアス、キミの〝その姿〟はずいぶん久しぶりに見た。キミがここへやって来たのは、そういうことなんじゃないかな?」

 その言葉を聞いたアクエリアスは、待ってましたと言わんばかりに頬を吊り上げた。

「お心遣い感謝いたします、アリエス様。おっしゃる通り、このアクエリアスは上白沢慧音様のお力添えにより、記憶を取り戻すことができたのです。かつての【能力】も、問題なく使用可能。本日は、そのご報告のために参上いたしました」

 二人は顔を見合わせると、嬉しそうに目を開いた。

 いや、ちょっと待ってほしい。私には意味がわからなかったけれど、今、友人の名前が出てきたような?

「慧音? アナタ、慧音と一緒だったの」

「いえ、一戦交えただけですよ。強かった。私の完敗で御座いました。にもかかわらず、彼女は私に、見つけた記憶と力を返却してくださったのです」

 彼女を慕うように微笑むアクエリアスを見て、私は高揚した。

 上白沢慧音。アルティメット使いでない彼女は、今回の異変には干渉してこないと思いこんでいた(実体のない裏12宮はアルティメット使いにしか見えなかった)。しかし、慧音はどうにかして異変について調べ上げ、彼らの記憶を探してくれていたらしい。

 お人好しで責任感の強い、彼女らしい選択だと思う。

 陰ながら私たちを支えようとしてくれた友人に、私は感謝の言葉を贈り、その健闘を称えた。

「でさ、アクエリアス。優秀なキミのことだ。ボクらのボディも、すでに用意してくれてるんじゃないかな?」

 嬉々とした表情で、アリエスが尋ねる。

「ぼでぃ?」対して、私はすっとんきょうな声をあげた。

 そう言えば、アクエリアスの容姿は他の12宮と異なり、少なくとも私たちの誰かを模倣したものではない。もちろん、私たち以外の、知らない誰かの容姿をコピーしたという考え方もできるが、どうもコレは違う気がした。

 小首を傾げる私。すると、アクエリアスはしなやかな指で自身の胸をさして言った。

「この体、私が創ったんですよ」

「……え?」

 言っている意味がわからない。

 アクエリアスは得意げな顔で続ける。

「幻想郷での我々は、本来の姿を維持できません。ですので、お二人のように、誰か似た性質を持つもののお姿を模倣するか、リブラ様のように、協力者に憑依させていただく必要がございます。ですがこれ、正直不便ですよね? そこで、私の出番です。私は元より〝器の神〟と呼ばれた男でして──」

 話が長くなったので、要約する。

 現在のアクエリアスの姿は、彼が丹精込めて制作した器──言わば、極めて精巧にできたお人形のようなものだそうだ。人形と言っても、驚くことに、内臓も血管も脳みそも、全部入っているらしい(もちろんソレも彼の手創りだそうだ)。

 もともと彼ら12宮は、下界へ降りる際、変装も兼ねてこうした〝ボディ〟を使っていたそうだ。空っぽの器であれば、それに憑依するのは容易い。おばけが人形に取り憑くのと同じようなもんです、とアクエリアスは言っていた。例えが怖い。

「記憶が戻ったから、またそれが創れるようになったと」

「左様でございます」

 アクエリアスは左右の手をそれぞれ胸と背にあてると、畏まって一礼した。

 恐ろしいことに、これらはすべて『土と水』から創られているらしい。まさに【無から有を生みだす程度の能力】とでも言うべき才能だ。

 私は興味津々で、彼のボディをまじまじと見つめる。

 肌に触れた感触は人間の皮膚そのもので、流れる髪一本、潤った瞳、浮き上がる血管のひとつひとつまでもが、生物のソレを完璧に再現していた。

 私も、人並み以上にはモノ作りにハマっているつもりだったけれど、彼の『作品』と比べてしまっては、あんなもの下手の横好きだ。

「優曇華院様、顔が近いです」

「え?」

 気がつくと、私はアクエリアスの創った瞳を間近で見つめていた。

 危ないあぶない、と姿勢を正す。今のシーンを誰かに見られていたら、また変な勘違いをされたに違いない。

 私とは反対に、アクエリアスは平気そうにしていて、話をもとに戻した。

「さて。お二人とも、ボディは今すぐにでもご用意できますが、どうなさいますか」

 アリエスと、スコーピオンに問いかける。

「もちろん。っていうか、そのためにキミは来たんだろう? 受け取らなきゃ失礼だ」

「その変わらぬ優しさ、誠に恐れ入ります」

 アクエリアスは嬉しそうに頬を緩めた。

 あとで聞いたけれど、彼はヴァルゴが敷いていた監視網から、アリエス負傷の一報を受け取ったらしい。傷ついた仲間の身を案じたアクエリアスは、一旦ヴァルゴのもとを離れ、二人にボディを届けるべく馳せ参じたそうだ。

 言うが早く、アクエリアスたちは別室へと移っていく。

 私も「ボディに乗り換える瞬間を見たい」と好奇心で懇請したが、アリエスが意味深に頬を赤らめたのを見て、辞退した。

 襖が閉じられ、私一人だけが取り残される……。

 ──いやめっちゃ気になる‼

 襖一枚で隔てられた部屋の向こうは、驚くほど静かだ。夜の静けさ。そんな言葉が似合うような、沈黙。

 アリエスはどうして赤面したのだろう。なにかやましいことでもあるんじゃないか?

 いけないと思いつつも、私は全神経を集中させて聞き耳を立てる。ぬけ足さし足で襖に耳をピッタリとあてて、目を閉じる。

 いや、襖に防音効果なんてない。なにも聞こえないということは、なにも起きていないということだ。なにをやってる私!

 どんなに言い聞かせても、脈はどんどん早くなる。

 この襖の向こうで、いったいどんなことが行われているというのだろう? だって男と女だぞ? 変に妄想が膨らんでしまう。そう、私は助兵衛なのだ。

「いや、でもやっぱりこういうのってよくな──」「鈴仙」

「うへえあっ⁉」

 前触れもなく襖が開いたので、私は飛び上がって元の配置についた。

 この間わずか0.2秒。

「は、はー。ビックリした……」

「なにが?」アリエスが不思議そうに言った。

「いや、なんでもないわ……」

 どうやら気付かれなかったらしい。うつむいたまま、私はふぅとため息をつく。

 どう反応してやればいいのか、さぞや迷っただろう。アリエスは「えーっと……?」と言葉を濁しつつも、思い切って、というように口を開いた。

「ねえ! この格好、どうかな……?」

「え?」

 言われて顔を上げた私は──しばらく言葉を失った

 金糸の髪を持つ、小柄な少女がそこにいた。

 その体は純白のワンピースとブルーのジャケットに包まれており、瞳は飲み込まれそうなほど碧い輝きを放っている。

 どこか浮世離れした美しさ。その少女は、まるでおとぎ話のプリンセスであった。

「……その、似合ってるかな」アリエスは手足を寄せて言った。頬が赤い。

「あ……うん。とっても!」

「あ、ありがと……。でも、やっぱ恥ずかしいや、コレ」

「いやいやいやいや!」

 私は首を左右に振りまくった。

 どうして恥ずかしがる必要があるのだろう? 女性の私でさえ、目にしただけで緊張する。同じ部屋にいることをおこがましいとすら感じる美貌。それは紛れもなく、誇るべき長所だ。なのに──?

「アリエスはその姿が苦手なんだよ」

 声のするほうを見ると、スコーピオンが顔を覗かせた。

 彼も器への憑依を終えたらしく、その容姿は、深い紺色の頭髪を丁寧に撫でつけた、精悍な顔立ちの色男になっていた。唯一、声だけはもとのままだったことが、彼らを判断する材料になっている。

 ひとまず、スコーピオンの感想はあとに置いて、私はアリエスに問いかけた。

「苦手って……どうして?」

「苦手っていうか……ボクが使うには可愛すぎて……」

「ずっと使ってるだろ? つーか、アクエリアスが届けてくれたとき、喜んでたじゃん」

「それは……あんな身体じゃ、しばらく鈴仙に迷惑かけると思ってたから。だから安心してさ。でも、いざとなったら恥ずかしくて……。よくよく考えたら、キミたち以外にこの姿を見せるのは初めてだし……」

「あれ? 地上に降りるときに使う姿なのよね。だったら、地上の民にも見られていたんじゃないの」

「うん。だけど、地上の民にはボクだってことが分からないだろ? だからまだ平気だったんだ。でも、みんなにはボクの〝イメージ〟ってあるだろうし……」

 なるほど。合点がいって、私はポンと手を叩いた。

 アリエスは女性だ。しかし、その性格や言動は、やや中性的。加えて、「ボク」という一人称が、そのイメージを完璧に後押ししてしまっている(事実、レミリアは最初アリエスを野郎だと勘違いしていたそうだ)。

 実際、アリエスは意図的にそうしているのだろう。自分に〝かわいい〟は似合わないと思っているのか、なにか他に理由があるのか。とにかくアリエスは、自分のイメージを意図的に男性に寄せている。だから、浮世離れした美しさを持つこの姿が苦手なのだ。

 頬を赤らめていたのは、そういう理由だったのだ。なんというか──。

「アリエスってかわいいわね」

「うっ⁉ そういうのやめて! ホントに! 無理だから!」

「そーゆー反応がかわいいってゆーんじゃねーの?」

「スコーピオン!」

 小さな拳が、スコーピオンをポカポカ叩く。しかし彼は微動だにしない。華奢な体に違わず、パワーはあんまりないようだ。

 対して。

「スコーピオンの方は、いかにも〝鍛え抜かれた男性〟って感じね」

「お、そうか?」

 微笑ましく悶えるアリエスを尻目に、スコーピオンは胸をはった。

 華奢な彼女に比べて、スコーピオンの器はさながら格闘家、あるいは軍人のようだ。無駄のない絞られたフォルムで、服の上からはシャープな印象を受ける。

 しかし、着崩した襟元から見える盛り上がった大胸筋が、嫌でも期待させる──コイツは脱いだら凄そうだ。

「スコーピオン様のテーマは『誠実な軍人』でございます」

 いつの間にか戻っていたアクエリアスが、自慢げに腕を組んだ。

 というか、二人に遅れて、今までなにをしていたのだろう?

 気にはなったが、ひとまず私は話を続ける。

「誠実な軍人、ね。たしかに彼のイメージにピッタリだわ」

 事実、スコーピオンは紺色の軍用制服を見事に着こなしている。

「素敵でしょう?」

「ええ。……ちなみにアリエスのテーマは?」

「そちらは『少女の美しさの限界』に挑戦しております」

「他でやってよ! ヴァルゴとかさぁ!」

 アリエスが叫んだ。顔が真っ赤で、りんごか唐辛子みたいだ。

「あはは。ごめんなさい」

「もうっ、鈴仙までボクで遊んで……。アクエリアスもいい加減にして」

「申し訳ございません。もっとボーイッシュに仕上げるつもりが、創っていたら楽しくなってしまいまして」

 爽やかな笑みで答えるアクエリアスは、疑いようのない紳士であった。

 まあ、正直アリエスの優しさも、彼らのこうしたからかいを助長させているのだろうとは思うけれど……リアクションもかわいいし……。

 ところで、だ。

 内心で彼にサムズアップを贈りつつ、私は話を切り替える。

「そういえばアクエリアス、戻ってくるのが遅かったけれど、なにしてたの?」

「ああ、そうそう」

 アクエリアスの返事は、嬉々としたものだった。

「申し遅れましたが、つい先ほど、私の〝分身体〟から連絡がございました。戻ってくるのが遅れたのは、そのためです」

「ぶんしんたい?」

「ええ。ヴァルゴ様にご用意して頂きました。彼女の護衛用に一体、はぐれた仲間の捜索用に、もう一体。連絡があったのは後者です。ご報告いたします」

 彼は優雅に一礼すると、喜び溢れんばかりの声色で、その内容を口にした。

「〝地底にてピオーズ様御一行を発見。ただちにそちらと合流する〟」

 

 

 永遠亭の内装は、言わば大昔の日本屋敷そのものだ。

 板張りの廊下と、無数に並ぶ障子に襖。そして畳敷きの私室。例外的に、私や師匠が使用している診察室だけは、廊下と同じ板張りになっている。

 来客を招く応接間も畳敷きだ。二十畳ほどの広々とした和室で、頭上に長押の走る開放感溢れる空間。そして中央には、昭和の頑固親父が見たら大喜びでひっくり返しそうな、大きなちゃぶ台が設置されている。

 しかし、今この空間に、そんなメチャクチャをしでかす輩はいないだろう。

 セッティングを終え、役者の揃った〝会議室〟を覗いて、私はそう思った。

「12宮の皆、そして幻想郷の戦士たち。急に呼び立ててすまなかった。だが、事態は急を要する。一秒でも早く、このような席を用意する必要があると考えたのだ。もはや我々が争う理由はない。この争いの影に潜む〝黒幕〟を炙り出し、みなで協力して、そやつを討つ! そのために、どうか知恵とチカラをかしてほしい」

 深々と頭を下げたのは、薄紫の羽織に身を包んだ男だった。中華の貴人を思わせる、中性的で美しい顔立ちだ。

 各陣営の代表たちが並ぶ中央のちゃぶ台(以降、このちゃぶ台を私は『円卓』と呼ぶことにする。カッコいいから)の前に鎮座している。

 アリエスやスコーピオンをはじめとした他の12宮も、それぞれ部屋の隅で話を聞いている。幻想郷側の戦力も然りだ。

「最初に、初対面の者には、この場をお借りして名乗らせていただく。我が名はピオーズ。光導12宮の〝13番目〟。蛇遣い座を司るものだ」

「12宮の13番目って、おかしくない?」

 彼の対角線上に鎮座していた巫女が、すかさずツッコミを入れた。

「混乱させてすまない。昔は『光導13星座』などと呼ばれていたのだがな。やんちゃしたオレが長いこと封印されていたせいで、光導12宮の呼び名が一般的になったのだ」

「ごめんなさい、無礼な詮索だったわ」

「気にしないでほしい。それより、初対面のものも多い。初めて発言をする際には、それぞれ名前を名乗っていただいてもいいだろうか?」

 円卓に座す者たちは、皆一様にうなずいた。

 始まった──『幻想郷・12宮合同会議』が。

「じゃ、いま口を開いちゃったし、まずは私からね」紅白服の巫女が言った。

「博麗霊夢よ。12宮の子たちはほとんど初対面かしら? この幻想郷で、博麗の巫女ってのをやってるわ。よろしく」

「よろしく霊夢。ピスケスが世話になったと聞いている」

「まあね。ピスケスには、ピースと一緒に十二神皇を探し回ってもらってるわ。《亥の十二神皇》もあっという間に発見してくれたし、あの子、中々優秀ね」

「あら? ピースったら、そんなことしてたのね」

 ラフな黒シャツに身を包んだ、赤髪の女性が反応する。

「おっとごめんなさい。私はヘカーティア。地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリよん。よろしくね、みんな」

「よろしく。まさかアンタが味方になってくれるとはね」

 小さく手を上げた霊夢に、ヘカーティアさんは気安い感じで手を振った。

 一応、彼女は私の知り合いでもある。

 現世染まりしたオフショルダーのTシャツといい、チェックのミニスカートといい、私の中の〝神様〟の印象がくつがえった存在だ。

「でも、ピースが無事で良かった。地獄に置いてきたはずだったのに、戻ったらいなくなっていたんですもの。本当にビックリしたのよ?」

「それにしては、ずいぶん落ち着いているように見えましたけど……?」

 小首を傾げて女神を見つめるのは、桃色の髪をポニーテールにまとめた女性だ。

 直後、しまった、と言うように目を見開いた彼女は、咳払いをして言葉を続けた。

「綿月依姫と申します。一応、月の都代表ということで」

 そして、丁寧にお辞儀をする。

 綿月依姫様は、私のかつての主人でもある月の姫君だ。見ての通り生真面目な性格の御仁だが、最近ちょっと丸くなったのか、本来敵対関係にある地獄の女神にも、温和に接するとこができているように見える。

「改めてよろしくね、依姫ちゃん」

「はい。ですが、ヘカーティアさんやタウラスさん、それにサジタリアスさんには、多大なご迷惑をおかけしてしまいました」

 改めて謝罪させてください。そう付け加えた彼女は、オデコと円卓がキスするくらい、深々と頭を下げた。

「わ、わ、やめて! 迷惑だなんて思ってないから! むしろゴメンね? 赤の邪神、逃しちゃったから」

「いえ。それでも、助けていただきましたので」

「アンタたちなにがあったのよ?」

 霊夢が眉をひそめる。私も、陰ながら……。

「いや、ちょっと色々、ね。ね! 依姫ちゃん」

「え、ええ! ちょっと色々、ですね。ヘカーティアさんの言うとおりです」

 あははと苦しい笑みを浮かべる二人に、疑いの目はますます強くなる。

 なにがあったの? いやホントに。

 襖の間から覗く私も、二人から目が離せない。

「そう! で、ピースのことよ。なんか私が落ち着いてたって話!」

 ヘカーティアさんが手を叩いて話を切り替えた! ホントになにがあったの⁉

「そう! それです! あれはどうしてなんですか⁉」

 いや棒読み! 依姫様、アナタ演技下手すぎでしょ⁉ 

 私はあやうく突っ込みかけたが、寸前のところで体を引っ込めた。会議の邪魔をするわけにはいかない。

 私が勝手に盛り上がっていると、ヘカーティアさんもひとつ咳払い。

「なにを隠そう、私はクラウンピースのご主人だからね。あの子が自分の身も守れないほど軟じゃないことは知ってるのよん」

「なるほど。ですから、ビックリはしたけど、取り乱すまでではなかったと」

「そゆこと♪」

 そう言って、ヘカーティアさんは可愛らしくウィンクしてみせる。

 強引に話を戻されたけど、なるほど彼女らしい意見だった。

「信頼というわけね」

「純狐ったらわかってるー!」

 赤と黒の袍服を身にまとった女性が理解を示すと、ヘカーティアさんは嬉しそうに彼女の肩を叩いた。

 仲睦まじい光景。「純狐」と呼ばれた彼女は、ヘカーティアさんの昔からの友人なのである。

 ついでに言うと私の知り合いでもあり、さらに言うと、つい先日まで私が担当していた患者さんでもある。

 本人が「もう大丈夫」と駄々をこねて聞かないので、晴れて(?)退院となったけれども。

 あれ、なんだろう。思い出しただけで腹が立ってきた……。

 ともかく。

「でも、信頼というなら、私も信じていたわよ? 依姫ちゃんなら、きっとサジタリアスと分かり合えるってね」

「純狐さん……」

 慈母のような優しい笑顔に、依姫様は頷いた。

 思えば、依姫様にサジタリアスの記憶を託したのは純狐さんだった。かつてはいがみ合っていた敵同士が、こうして信頼し合える仲になったのは、不思議な話である。

「あれ? そういえば」

 部屋の隅で正座していたアリエスが、室内を見回す。

「サジタリアスはどこ? 一緒だったんだよね」

「ああ、すみません。たしかにここに」

 そう言って、依姫様は自分の胸に手をあてた。

「じつは私、先の戦いで怪我をしてしまって。サジタリアスさんと痛みを分け合っていないと気絶してしまうんです。ですが、彼の言葉は私を通じて皆さんにお伝えしますので、ご心配なく」

「ちっ、アイツのしわざか」

 舌打ち。アリエスの傍らで、スコーピオンが目に角をたてる。

「アリエス、あとで治してやってくれるか?」

「もちろん。今なら寿命を削らなくても、治癒できるからね」

 もうちょっと魔力が回復しないとダメだけど。アリエスは頬を掻いて付けくわえた。

 ──あの依姫様が、そんな怪我を? 

 いったいなにがあったのだろう。

 急に不安がのしかかってくる。襖をつかむ手に、汗が滲んだ。

 月の使者で誰よりも強く、頼もしい存在だった依姫様。彼女が苦戦するような相手と鉢合わせでもしたら、私なんかが勝てるわけがない。

 背筋を冷たい汗がつたう。しばらく外出は控えたほうがいいかな……。

「ここに集まっている皆が、それぞれ苦労を重ねてきたみたいね」

 円卓に座していた、我らが永遠亭の永琳様──つまり、私の師匠が口を開いた。

 彼女は自己紹介も程々に話を続ける。

「でも、本当に無事でよかったわ、依姫。豊姫がいなくなってしまった今、アナタが帰ってきてくれたことは、皆にとって大きな支えになっているわよ」

「もったいないお言葉です」

「仲間もたくさん引き連れてきたしな!」

 部屋の隅(こちらはヘカーティアさんの後ろあたりだ)で胡座をかいていた、赤髪の大男が豪快に笑う。

「邪神が復活して、争いもどんどんわけのわからねえことになってる! だがな、わしら全員が手を組めば、さして問題じゃあない! だろ、ヘカーティアよ」

「その通りねタウラス。頼りにしてる」

「おう!」タウラスと呼ばれた男は、そのゴツい親指を突き立てた。

彼は、チャンピオンシップにて存在が明らかになった牡牛座の12宮だ。発見当初からヘカーティアさんと一緒にいて、その仲は相変わらずのようである。

悪さをするやつではないし、実力も折り紙付きだから放置しておいて大丈夫。

 かつて、リブラは彼をそう語った。その発言に偽りはなかったらしい。

「手を組むとは言ったが、役割分担は必要だぜ」

 円卓に座していた、七人目の男が言った。

「青の姫さんのことは、オレたちでなんとかする」

 そう宣言するのは、赤と茶の混ざった頭髪に、虎柄の羽織りを身に着けた傾奇者だ。

「利家? 珍しいわね」

 師匠が目を丸くした。

 炎利家は、八雲紫が現世から呼び寄せた〝赤の六武将使い〟だ。

 かつて再戦を誓いあったライバルに勝利するため、あえて危険なイクサバに身をおき、自らを鍛えるワイルドな男である。

 しかし、彼はバトルをしに来たのであって、異変解決にはさほど積極的ではなかったはずだが、はて、どういう心変わりだろう。

「まあ、あのチビが『どうしても』って聞かねーからな」

 利家は顎でうしろを指し示す。

「なあ、レイセン」

「は、はい!」

 呼びかけられた女の子が、上ずった声で返事をする。

 私と同じ、兎耳の少女だ。ついでに言うと、名前も同じ。危うく私も返事をするところだった。

「その、豊姫様……いいえ、イマージョでしたっけ。私、追いかけたけど、けっきょく取り逃しちゃって。豊姫様は、私がお守りしないといけないのに」

 制服の胸ぐらを握りしめた彼女は、悔しそうに奥歯を噛み締めた。

 昨晩、突如として豊姫様が青の邪神に取り憑かれ、永遠亭を離れた。そのとき、真っ先にあとを追ったのがレイセンだった。彼女に続く形で、利家も駆け出した。

 もっとも、結果は散々なものだったようだ。なにせ、痕跡すら掴めなかったのだから。

「ですがレイセン、あまり気に病むことはないのですよ。今回の件はアナタの責任ではありません。留守にしていた私にも非があります」

「依姫様は違います! 依姫様はちゃんと帰ってきてくれました。仲間も大勢引き連れて、十二神皇とか、三龍神とか……ホント、すごいです」

 まくし立てるような勢いで、彼女は続ける。

「でも、だからこそ、今度は私の番です。私だって、依姫様に鍛えられた月の使者──それに、豊姫様と同じ、戦国六武将に選ばれた戦士ですから!」

 覚悟に満ちた眼差しだった。

 不思議な感覚だ。

 同じ種族、同じ制服。同じ属性、同じ名前。性格だって、似たり寄ったりだった。レイセンと私には、共通点が五万とあるはずだったのに。

「そうですか。よく言いましたね、レイセン」

「はい! だから、その……豊姫様のこと、任せていただけますか? 依姫様」

「もちろん。お姉さまのことは、レイセンに託します」

 依姫様の真っ直ぐな瞳は、レイセンへのこの上ない信頼を表しているようだった。

 私と同じ名前を与えられた彼女が、ずいぶん遠くにいるような気がする。

「ちょっと待て。豊姫のことなら、オレたちにこそ責任があるぜ」

 スコーピオンが立ち上がった。アリエスも頷き、それに続く。

「そうだね。スコーピオンは豊姫に毒を与えちゃってるし、最後のダメ押しを食らわせたのはボクだ。責任がないとは言わせない」

 ボクたちにも、協力させてもらえないかな?

 アリエスはそう付け加えると、レイセンに歩み寄った。そして、その細くしなやかな手を、彼女に差しだす。

「キミの覚悟は分かった。だけど、ボクたちにも償いたい思いがある。どうか、ボクたちにチャンスを与えてほしい」

「〝一緒に戦う〟ってことですか……?」

 アリエスは頷いた。「ボクたちは、キミの決定に従うよ」

 差し出された手を、レイセンはしばらく見つめていた。

 複雑だろう。アリエスとスコーピオン。紆余曲折を経た二人は、今でこそ私たちの味方となってくれている。けれど、豊姫様に青の邪神が取り憑いたのは、二人がまだ敵だった頃の行動にも原因があるのだ。

 今さら「償いたい」などと言われても、都合が良すぎるのではないか。レイセンは、そんなことを考えているのかもしれない。

 それでも、レイセンにとっては、やっぱり豊姫様の御身が最優先のようで。

「わかりました」

 彼女は力強く、アリエスの手を取った。

「だけど私、青と緑、使ったことないですから。訓練が必要です」

「もちろん付き合うよ。大丈夫」

「そーだな。オレもアリエスもくせが強いけど、なんとかなるだろ」

 よろしくな。そう言ったスコーピオンは、気さくな感じでレイセンの肩を叩いた。

「利家さん、練習相手をお願いできますか?」

「しゃーねー。ただし、やるからには半端じゃ終わらせねえからな」

「はい!」

「……」

 なんか──。

 レイセンの周り、いっぱいひとがいるな。

 私はふと、そんなことを思った。

 しかし、何故そんなことを思ったのか。それについては考えないことにした。

 そっと襖を閉じて、客間に背を向ける。

 あの空間に集まっているのは、レイセンも含めて、全員が歴戦の猛者だ。

 会議は彼女たちによって進められる。

 異変──と呼べるかも怪しい──今回の件も、すべて彼女たちの手によって解決されることだろう。

 邪神を討伐するのも、黒幕を炙り出して討ち取るのも、すべて彼女たちだ。

 であれば、私にこれといった役割はない。私は皆のサポートに徹し、陰ながら異変解決を支援することにしよう。

「……お昼ごはん、用意しようかな」

 皆、お腹空いてるだろうし。

 私は小さくため息をつくと、ふらつく足取りで台所へと向かうのだった。

 

 

 永遠亭の土間台所は、木陰に面した涼しい位置にある。

 風通しもよく、夏でも過ごしやすい環境。そのぶん、はしゃぐ蝉の鳴き声には耳を塞がなければならないけれど、これがまた風流だったりする。

 障子を開けると、漆塗りのテーブルや収納、お釜などの調理器具たちが私を出迎える。

 床の張られていない土間には、外履きの靴も一足だけ用意されている。

 何故一足だけなのかと言えば、どういうわけか、この永遠亭でまともに料理をするのは私だけだからだ。

「さてと」

 私は収納棚から割烹着を取り出すと、素早く袖を通して襟紐を結びはじめる。

 あの人数の料理を用意するのは、相当骨が折れるだろう。だとすれば、一秒でも早く、一品でも多く、準備を急がなければならない。

 そう思っていると、自然と動作が早送りになる。

 とはいえ、まずはなにを作ろうか。

 割烹着に着替えた私は、氷冷蔵庫(上部に大きめの氷を設置するタイプのやつだ)の前でしゃがみ込んだ。

 なにせ、あの人数だ。全員の好き嫌いまでは考慮できない。

 博麗神社で行われる宴会のように、豊富な種類の料理を並べることが出来れば文句なしだろう。

 しかし、あれは各々が一品二品ずつ用意した料理が積み重なって、初めてあの量と種類になるのだ。

 あれを一人で用意するのは、さすがに。

 どうしよう。お昼までには、もうそんなに時間がないというのに。

 私が頭を抱えていると、ふと。

「……すぅ」

 ──ん?

 なにかが聞こえた。

「……」

 呼吸の音だ。規則正しいリズムで、何者かが静かに呼吸している。

 土間台所に、私以外の誰かがいる。

「……だれ?」

 振り向いて、尋ねる。空間にいる何者かに。

「……」

 返事はない。開け放たれた台所には、湿った空気と静寂が漂うばかりだ。

 改めて、意識を集中してみる。目を凝らして空間を凝視する。

 漆塗りのテーブルの下、上がり框の影、和室の隅、外へ出る勝手口。

 誰もいない。

「誰かいるの?」

もう一度、問いかける。

やはり返事はない。私の発した声だけが、虚しく三和土に吸い込まれていく。

 しかし、確かにある。この空間の中に、何者かの気配を感じる。

「……っ」

 動悸を治めるために、いちど深呼吸をする。

 静かに、右手で銃の形をつくる。

 魔力や妖力といったエネルギーを射出して攻撃を行う場合、指先などの細い部位にそれらを集中させたほうがよい。竹筒の水鉄砲と同じで、水の発射口が小さいほうが、水はより速く、より強く、より遠くに飛んでいく。

 つまり、右手の人差し指が銃口。

 心臓の鼓動に合わせて、手が震える。動悸を抑えるため、深呼吸を繰り返す。

 今、ここには私一人しかいない。

 仮に敵がいたとして、私はソイツに勝てるのだろうか?

 もしソイツが、依姫様を苦戦させた相手だったりしたら?

 なんにせよ、答えは「無理」だ。

 だって、弱いから。

 月面戦争から逃げ、六武将に認められず、チャンピオンシップは予選落ちした。

 私は、弱い。

 銃を形どった右手を、左手で抑え込む。

 ダメだ。震えが止まらない。

 こめかみから流れ出た汗が頬を伝い、水滴となって三和土に吸い込まれていく。

 師匠のような冷静さが欲しい。

 依姫様のような力強さが欲しい。レイセンのような勇敢さが欲しい。

 どうしようもなく、無いものをねだるけれど。

「誰なの⁉」

 精一杯強がって、震える声を発する。それが、今の私にできる唯一の行動だった。

 すると──。

 がさ。

「っ!」

 音が聞こえ、咄嗟に銃口を向ける。

 見てみれば、そこは調理にも使う流し台。

 どうやら、アレの下のスペースから聞こえてきたらしい。

 ──って……。

「え?」

 流し台の下?

 それに気が付いた途端に、体中の神経を駆け巡っていた緊張が歩みを止めた。

 思えば、もともと涼しい土間にあって、流し台の下のスペースはもっと涼しい。

 私たちが横になるには狭い(身を縮めれば一応入ることはできそうだ)けれど、まん丸くって小さい、うちの兎たちが暑さを凌ぐには丁度よい環境だ。

 もともと、毎年夏になると、兎たちはしょっちゅうここを寝床にしているし……。

「なーんだ……」

 安堵のため息とともに、私はストンと肩を落とした。

 がさ、という音の犯人は、流し台の下で休憩中の兎だったのだ。

 まったく驚かせてくれる。いや違うか。私が神経質になりすぎていただけだろう。

 恥ずかしさのあまり、私は頭をかいて苦笑した。

 私が今いる土間の隅からでは、流し台の下は影になって見えない。だけどあそこには、暑さを逃れてきた丸っこい兎が眠りこけているはずだ。

「驚かさないでよ、もう。ごはんの準備するから、どいてよね」

 そう呟いて、私は流し台の下を覗き込んだ。

 

 ブロンドの髪を持つ青年がいた。

 

「きゃああああああ──っ⁉」

 腰が砕けた。

 三和土の上に尻もちをつき、身動きがとれなくなる。

 その青年は、白のワイシャツと深緑色のレザーパンツに身をつつみ、流し台の足に丸めた背中を預けていた。

 どうやら眠っているらしい。すぅ、すぅ、と規則正しいリズムで寝息を奏でている。

「だ、だ、だ、誰よアンタ⁉」

 思わず、汚らしい言葉で問いかける。が、返事はない。青年は相変わらず、今にもヨダレを垂らしそうな表情を浮かべていた。

「誰だって聞いてんのよ!」

 もうヤケクソだ。罵声のように、目いっぱいの大声を発する。すると──。

「んが……」

「うあ、お、起きた……?」

 青年が、重たそうな目蓋をゆっくりと開いた。

「……」

 そして、じっと私を見つめる。

 彼の瞳は爽やかなスカイブルーで、見惚れてしまいそうな清涼感がある。しかし、寝起きのだるそうな目つきのせいだろうか? 見た目通りの爽やかな好青年というイメージはこれっぽっちも浮かんでこない。

「あ、アナタは誰?」

「……」

 返事を待つ。敵意はなさそうに見えるが、どうだろう?

 腰の砕けた私は、なんとか四つん這いの姿勢になって、彼にずり寄った。

 そして、返事のない彼に向けて、もういちど。

「ア・ナ・タ・は・だ・れ・で・す・か!」

 一語一句、丁寧に強調して言ってみた。

 すると、彼はその唇をしずかに開き──。

「なんだおまえ」

「……」

 また、目蓋を閉じてしまうのであった。

「……」

 ──は?

 呆気にとられて、言葉を失う。

 今すぐには襲ってこなさそうという安堵と、やっと反応してくれたという喜び。そして、「第一声がそれ?」という驚きと呆れ。……最後に。

 いや、こっちのセリフなんだけど。それ。

 様々な感情にタコ殴りにされた私の表情筋は、ギリギリのところで微笑みをキープしつつも、たしかに痙攣を起こしていた。

 口角と眼輪筋のあたりが、小刻みにピクピクと揺れ動く。

 や、でも確かに。ひとに名乗らせるときは、まず自分からとはよく言うし。

 そう思い直した私は、できる限りの笑顔をつくって、まずは自分が名乗ることにした。

「ごめんなさい。私の名前は鈴仙。鈴仙・優曇華院・イナバよ。アナタは?」

「……」

「…………」

「………………」

 反応、なし。

 彼は一瞬、ダルそうな瞳で私を一瞥した──が──それで終わり。

 しかし、私は見逃さなかった。

 ほんの僅かに開かれた彼の瞳が、「だからなに?」と訴えかけているのを、私はたしかに聴き逃さなかったのだ。

 それを理解した瞬間、ふと、私の中でなにかが切れる音が聞こえて──。

「さっさと起きろって言っているのが分からないの?」

 私は左の手で彼の襟首を掴み寄せると、銃を形どった右手を、そのこめかみに押し当てた。

 表情も、いつもより冷徹にしているつもりだ。

「……なんなのおまえ」

 気怠げな瞳が私を捉える。

「こっちのセリフよ。アナタは誰? なんでここにいるの。目的はなに」

「しらねーよ。アイツらが行くってゆーから、付いてきただけだ。んで、暇だったんで寝てた」

「アイツら……?」

 まさかと思って、私は尋ねた。

「アナタ、名前は?」

「レオ。獅子座の12宮」

「……」

 吐き捨てるようなその言葉に、私は全身の力が抜けて、彼を手放した。

彼の名前は、すでにアクエリアスから聞いていたのだ。

「もっとはやく言ってよ……」

 特大のため息とともに、私はその場にへたり込む。

 本日、二度目の勘違いだ。

 どうやら、彼はピオーズたちと一緒に永遠亭へやって来た〝御一行様〟の一人だったらしい。

 光導12宮・獅子座のレオ。会議に参加していると思いこんでいたが、冷静に考えると、人数が一人、足りていなかったような気がする。

「なんでこんなところにいるのよ? みんな会議に参加してるわよ」

「しらねー。作戦会議なんかしたって、眠くなるだけだろ」

 レオは「よいしょ」と立ち上がると、特大のあくびとともに、両手を高く突き上げた。

「んん~」

 ぐぐぐ、と背を伸ばして、気持ちよさそうに唸る。

「ん~、じゃないわよ。ピオーズ言ってたわよ? みんなの知恵とチカラを貸してほしいって。アナタのチカラは貸してあげなくていいの?」

「いいんだよべつに。そんなに言うならお前がいけよ」

「私はいいのよ。弱いし。あそこにいたって皆の役には立たないから」

「なんだよそれ。それならオレも行かなくていいだろ」

 肩でも凝っているのか、首を左右に数回倒す。その様子からは、まるでやる気を感じられなかった。

 私はムキになって言う。

「アナタ12宮でしょ? 弱いわけがない。アナタにはなにか、代わりようのない役割があるはずなのよ」

「だろうな。オレ、12宮で最強だし」

 レオは気怠げな瞳のまま、サムズアップした親指で自分を差した。

 本心なのか冗談なのかは判断に悩むが、ここまで堂々と言い切れることには多少の羨ましさを感じる。

「だったら、行ってあげてよ」嫉妬半分で言った。

「なんでだよ」

「最強なんでしょ?」

「そうだけど、それとこれとは話がべつだろ」

「そんなことないわよ」

「そんなことある」

「ない」「ある」

「ない!」「ある」

「……」「…………」

 キリがないような気がして、私は彼を恨めしく見つめた。

 他の12宮は話の通じる者がほとんどだったが、彼にはそういう側面が欠けているように見える。

 仮に、話し合いに参加しなかったとしても、彼がいれば認否を下すことは出来る。レオが本人の言う通り12宮最強なのだとしたら、彼を軸した作戦を考えることも多いのではないだろうか。そういった案がでる度に、彼はその場でOKあるいはNOを出す。それだけでいい。

 些細なことだが、それだけでも話は円滑に進むのだ。レオが会議に参加しなければいけない理由は、これで十分だ。

「……本当に参加しないの?」

「おまえしつこいな」

「乱暴したことは謝るから」

「それはいいよ、気にしてねーし」

「じゃあ……」

「それとこれとは話がべつ」

「……」

残念そうに見つめる私に、レオは決まりの悪い表情を見せた。

「あのさ……オレはピオーズたちの決定に従うだけなんだよ。アイツらが作戦たてて、オレが実行する。そーゆーことにしてんの。だからオレが会議に出る必要はないだろ」

「その場に居るだけでいいのよ。そうすれば皆も、アナタを軸にした作戦がもっと立てやすくなると思うから。『かまわないか?』って、すぐに許可がとれるし……ね?」

「……」

「おねがい」

 食い下がって、深々と頭を下げる。乱暴したことへの謝罪も込めて。

 あの会議には、この不毛な争いの収束がかかっている。ならば、役割のある人物には、一人でも多く会議に参加してもらい、事態の収束に協力してもらいたいのだ。

 獅子座が最強の12宮だと言うのなら、なおさら。

 私が頭を下げて、数秒。しばしの沈黙のあと、レオは深々とため息をついた。

「……しゃーねー。オレ、会議室わかんねーから、お前が案内しろよな」

「っもちろん!」

 私は顔を上げると、レオの両手をがっしり掴んだ。

 ずっと半開きだった彼の目が、一瞬だけ丸く見開かれる。

「ありがとう」

 心の底から声が出た。表情も、自然とにこやかになる。

 12宮最強だというレオが会議に参加してくれるなら、私も、より安心してサポートに徹することができるだろう。

 私は意気揚々と、レオを会議室へ案内した。

 

  5

 

 会議室の襖を開けると、メンバーが増えていることに気が付いた。

 それは、中央の円卓にちょこんと正座させられている女の子。見た目では十歳にも満たない女の子のように見える。ピンクのナイトキャップを頭にかぶせ、同じくピンク色のレース服を身にまとっている。なにより印象的なのは、彼女の背中から鋭く突き出た一対の黒い羽だった。

 レミリア・スカーレット。紅魔館の主であり、幻想郷のパワーバランスの一角を担う重鎮の一人だ。

 もっとも、彼女は昨晩から意識を失っているはずなのだが……。

「やぁレオ! キミも来たんだね!」

 彼女は満面の笑みを浮かべると、太い紐で縛られた両腕をじたばたと振り回した。

 もしかして、手を振っているつもりなのだろうか……?

「……だれアイツ」

 ってかどうしたのアレ。レオは私に耳打ちした。

 正直、コレについては私もそれほど明るくない。

 ただひとつ分かるのは、今、あの体の主導権を握っているのは──。

「昨日、霊夢が捕まえてきた紫の邪神よ。マグナって言うらしいんだけど……紐で両手を結ばれてるのも、それが理由ね」

「ああ、敵なのかアイツ」

「たぶんね。あ、ちなみにあの紐はフェムトファイバーといって……」

「……」

「レオ?」

 フェムトファイバーについて語ろうとした私をよそに、彼はマグナの顔を訝しげに睨みつけていた。

 敵だろうとは私も言ったけれど、あんなに笑顔で手を振っている彼女をそんな目で見るのはちょっと可哀想な気が……。

 いや、もしかして、レオには野生の本能みたいなものが備わっていて、縄張りに侵入してきたよそ者には厳しいのかもしれない。

 そんなふうに私が考えていると、ふと。

「おや。来てくれたのか、レオ。細かいことは順を追って説明するから、入ってくれ」

 円卓から、ピオーズが優しい笑みを見せた。どうやら、仲間のサボタージュを咎めるつもりはないらしい。

 温厚な性格ゆえなのか、単にレオのサボタージュに慣れすぎてしまったのかは、付き合いの短い私には判断しかねる。ただ、レオがこの会議において歓迎される存在であることは、ここにいるメンバーたちの反応からうかがい知ることが出来た。

「じゃあ、私はここで。頑張ってね」

 レオの入室を確認した私は、手を振って彼に別れを告げる。

 昼食の準備もあるし、私はここで。

 急ぎ準備に取り掛かろうと、襖に手をかけた、その瞬間だった。

「おい」

 眉を寄せたレオが、私の手首を掴んだ。

「えっ……⁉」

 咄嗟の出来事に、一歩後ずさろうとする。だが、レオの力は想像以上に強く、それを許さない。

 ずい、と室内に引き寄せられる。

 思わずバランスを崩した私は、彼の胸に抱きかかえられる形で会議室への入室を果たした。

 直後。

「っ」「え」

 舌打ち。

「クソアマが。逃げよーなんて、そうはいかねえからな」

 からの、耳打ち。

 腹の奥深くまで響いてくるような、不満げで威圧的な声だった。

「……!」

直感的に悟る。彼はなにか、怒っている。

 全身から嫌な汗がにじみ出る。

 本能的に逃避行動をとろうとするも、彼の右腕はすでに、私の肩をしっかりと抱いていた。

 私が彼から離れようともがくと、彼もまた腕に力を込める。まったく逃してもらえる気配がない。

 傍目に見れば、ブロンド髪の美青年に抱擁されているように映るのだろうか?

 だが、当の本人はそれどころではなかった。

 なにか、やばい。

「食われたくなかったら言うこと聞け。あと喋んな」

 その囁きに無言で頷く。同時に呼吸も止めた。

 きょ、脅迫だコレ……。

 理解はできていても、抗いようのない恐怖があった。

 彼の声には、生物の〝本能〟を刺激するような圧力があるのだ。

 顔色が真っ青になっていくのが分かる。。

 食物連鎖のピラミッドにおいて、トラやライオンのようなネコ科の肉食動物は、生態系の上位に君臨している。対してウサギは、ヘビやキツネといった中型の捕食者にすら怯えなければならない、か弱い生物だ。

「おいレオ、危ないだろ。なにやってる?」

 ピオーズの声が聞こえてくる。しかし、視線を動かせない。

 動いたらヤバい。

 逆らったらヤバい。

 今はとにかく黙ってやり過ごせと、脳が警鐘を鳴らしていた。

「ああ、わりぃ。人数多いほうがいいんだろ? コイツにも出てもらおうと思って」

 な? その言葉とともに、体を押さえつけていた圧迫感が消え、身動きが取れるようになる。

 どうやら開放してもらえたらしい。

 忘れていた呼吸を、慌てて繰り返す。動悸が凄まじく、胸に手を当てる。

 あれ?

 レオは今、なんて言った?

 ハッとなって、四方に目をやる。視界を巡らせると、会議室にいたメンバーは、不可思議そうに私とレオを見つめていた。

 嫌な視線だった。

 以前、人里へ薬の交換に出向いた際、寺子屋の授業を少しだけ見学させてもらったことがある。そのときに見た、読本の音読するページを間違えた生徒に向けられていた周囲の視線が、ちょうどこんな感じだったのを覚えている。

「参加してくれるのか?」

「いや……あの……」

 ピオーズが首を傾げ、私は一歩、後退る。

 すぐ後ろには、開きっぱなしの襖。

 適当に理由をつけて、このまま出るのは容易いのではないか。そうだ。だって私は昼食を用意しなければいけない。ここで皆にくるりと背を向けて、「飯を持ってくる」と一言添えておけば誰の反感も買わないだろう。

 ただ一人を除いて。

「……」

 気怠げな瞳は、確実に私を捉えていた。

 どうやら、怒らせてしまったらしい。さっきの、土間でのやり取りのなかで。

 彼はピオーズを顎で差している。「返事をしてやれ」という意味だろう。

 逆らったらヤバい。

「その……お邪魔じゃなければ」

 命令に従い、私はうつむき加減に言った。

 言うまでもないが、正直、本心ではない返事だ。

「邪魔などとんでもない。ひとりでも多く力を貸してくれるなら、オレは嬉しい」

 ピオーズはニコリと微笑んでくれているが、実際はどんな風に思っているのだろうか。

 各陣営の代表やグランロロの神々が集うこの場において、私の存在は極めて浮いている。

 企業の重鎮ばかりが集まる会合に、入社一年目の平社員が呼ばれたような感覚だ。

「よし、決まりだな。鈴仙、お前そこ座れ」

「……はい」

 レオに促されるがまま、部屋の四隅に正座させられる。彼も隣で胡座をかいた。

 私がこんな会議に私が参加したところで、なんの役にも立たない。きっと、レオはそのことを分かっていて、私に嫌がらせをしているのだろう。

 誰かに助けを求めよう。そう思った私は、レオの目を盗んでゆっくり視線を回す。すぐにアリエスと視線が交わったけれど、彼女はふんわり微笑むだけだった。

 違う。気づいてくれ。

 必死に目で訴える。

 しかし、無情にもピオーズが口を開いたことで、アリエスを含めた皆の視線は、円卓へと向けられてしまった。

 私のことなんて、誰も見ていない。

 都合のいい話だけれど、今だけは、誰かに私を見ていてほしかったのに。

「では、話を続ける。〝邪神討伐チーム〟の振り分けについてだ。レオ、ここまでの流れを簡単にまとめるので、説明を聞いてくれるか?」

「たのむ」

 レオが頷くと、ピオーズは淡々とした口調で説明をはじめる。

 私はただ、彼らの話を、押し黙って聞き入れることしかできなかった。

             

  続




はじめまして。最後までご覧いただきありがとうございます。
白熊すずむです。
動画投稿者としては「kyabetu」という名前で活動しております。
最初、東方琉輝抄という作品は動画という形式で投稿しておりました。
ですが何度かの挫折(というか失踪)を経て、今回、小説という新しい形で続編を描かせていただくことにしました。
動画の頃から見て下さっている皆様。媒体が変わってもお付き合いくださり、本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけしております。
本作で初めて東方琉輝抄に触れたという皆様。得体の知れない作品を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。話、わかったかな……?
兎にも角にも、続きもゆっくり投稿していきますので、鈴仙とレオのこれからにご期待ください。
それでは。また次回、お会いできることを祈っております。
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