東方琉輝抄・暁   作:日立涼

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お疲れ様です。白熊すずむです。
動画版でも説明させていただいた内容ですが、《辰の十二神皇ウロヴォリアス》や《申の十二神皇ハヌマーリン》などが持つ『召喚時にリザーブのソウルコアを使用するタイプの封印』について、本作品では一貫して、その十二神皇の上に置かれているソウルコアを封印することとしております(アニメ『ダブルドライブ』と同じ仕様です)。
当初は動画の演出上の都合だったのですが、折角なので小説版でも引き継がせていただきます。
ご理解・ご協力をお願い致します。



第三話『夏は短し恋せよ乙女座』

 

 

  1

 

 

 湖面に反射するその姿が、どうも男のものではないような気がして、ぼくは大きくため息をついた。

 

 幻想郷に高く聳える妖怪の山の麓に、その湖はある。昼間だというのに深い霧に覆われていて視界が悪く、そのせいか、水場のわりにひとの気配をまるで感じない。

 誰が呼んだか、霧の湖。なるほど、そのままだが実に的確なネーミングだ。折角だから、その濃霧でぼくの姿も隠してくれないものだろうか。

 

 不安である。こんな姿で、彼女になんて思われるだろう?

 

 肩につかない程度に伸びた白銀の髪、白を基調とした制服、黒いショートパンツ。肩に巻き付く白いマントと相まって、なんとなく『少女騎士』という単語が脳裏に浮かぶ。

 顔立ちは完全に「女の子」のそれだ。整った目鼻立ちは美人とかわいいの中間くらいで、切れ長の大きな目は翡翠のように輝いている。

 

「……おねーさんは、どう思う? これ」

 

 ため息を飲み込んだぼくは、湖を背にして問いかける。

 目線の先で、倒木に腰を下ろしている少女が小首を傾げた。

 

「かなり“かわいい”んじゃない? うん、かわいいし、美人だ」

「オーノー……。やっぱりそうなるんだね」

 

 好意的な感想だけど、少なくとも男の子には見えないらしい。

 自分の抱いていた不安が間違っていなかったことを思い知り、眉間を揉む。仮にも男神であるぼくに、アクエリアスはなにを思ってこの器を贈ったのだろう。

 

 12宮の双子座・ジェミニ──つまりぼくは、来たる〝大切な用事〟に備えなければならないというのに。

 

「どうしたものかな……」

「前から使っていた体なんだろう? だったら堂々としていればいいさ」

 

 彼女はなんでもないように笑う。

 少女の名は、九十九弁々。楽器の琵琶に宿った付喪神だ。チャンピオンシップの予選大会で偶然ぼくと出会い、それ以降、なにかと世話を焼いてくれている。

 ショートヘアと二つ結びを合わせたような特徴的な青紫の髪に、白のシャツと淡黄色のワンピース。裾の部分がかなり透けているので見ていて心配になるけれど、本人は気にならないらしい。

 元々、細かいことを気にするような性格ではないし、だからこそ、男であるぼくがこんな女々しい恰好をしていても、笑って流してくれるのだろう。

 

「っていうか、今までも女の子の体をコピーして使っていたじゃない」

「うっ」

 

 痛いところを突かれて、体が縮こまる。たしかに、実体を維持できずにいる間、ぼくはクラウンピースという少女の容姿をコピーして使用していた。

 

「でも、あれは不可抗力っていうか……ぼくたちは波長が合う相手の容姿しかコピーできないから、仕方なくやってたんだよ。それだったら、ヴァルゴも納得はしてくれるかなと思っていたんだけど……」

 

 指先をこねくり回しながら、うつむき加減に弁明する。ちなみにだけど、ぼくとクラウンピースという女の子の間にどんな共通点があったのかは、未だにわかっていない。

 

「それ。そーゆーリアクションもちょっと女々しいよ」

「えっ、そうなの……?」

 

 ぼくが顔をあげると、お姉さんは「うん」とひとつ首を振った。女々しいという単語が心臓に突き刺さって、けっこう痛い。

 面倒見の良い大人びた人物には違いないけれど、良くも悪くもさっぱりした性格なので、こうしてぼくのメンタルを抉ってくることはままある。

 もっとも、それは紛れもなく彼女の良さではあるので、ぼくは受け入れて一緒に行動してきたわけだが。

 

「ううう……。ヤバい、お腹痛くなってきた……」

 

 腹を抱えて円背になる。それなりに覚悟はしていたつもりだったけれど、まさかアクエリアスがこんなイレギュラーを持ち込んでくるとは思わなかったのだ。

 そもそも、呼び出したはいいけど、彼女が〝星座の間〟を抜け出すこと自体、大丈夫なのだろうか? アクエリアスはちゃんと一緒にいるのか? なにか事件に巻き込まれていないといいけど……。

 ひとつ不安が生まれれば、連鎖的に次々と不安が浮かび上がってくるのがひとの真理である。これじゃあ胃が何個あっても足りない。

 

「あはは、なんだそれ。そんな調子で〝告白〟なんて出来るのかい?」

「わかんなくなってきた……」

 

 本当にわからなくなってしまった。

 

 彼女に手紙を出した時点では、それなりに勇気も覚悟もあった。だけど、自分の容姿ひとつでここまで自信を失うことになるなんて……。

 先のことを考えれば考えるほど不安になって、吐き気さえしてくる。脈打つ鼓動は不規則なリズムを刻み、手足が小刻みに震えているのがわかった。

 黄昏時まで、もう時間がない。早くメンタルを整えなければ確実に終わるというのに、一度流れ出した不安は際限なく溢れてきて止まる様子がない。

 

「ヴァルゴは、あの手紙を受け取って、なにを思ったかな……」

「そりゃあ、色々と想像はするだろうね」

 

 お姉さんは指折り数えながら、その「色々」を羅列する。

 

「まずは無難に遊びの誘い、私たち楽器系の付喪神なら練習の誘い、男同士……じゃなくてもあるだろうけど、果たし状って線も想像する。だけど──」

 

 人差し指をビシッと立てて、一番言ってほしくないことを口にする。

 

「男が女を、黄昏時なんかに呼び出したんだ。普通はなにかあるって思うんじゃない?」

「だよねぇ……」

 

 うずくまるしかなかった。

 ぼくの知る限り、ヴァルゴはそういうのに興味を示すタイプではない。だけど、さすがに想像くらいはするんじゃないかとは思っていた。

 しかし、しかしだ。レオやピオーズのような男性に対しても、まったく同じ立場でものを言ってみせるヴァルゴのことである。精神的にタフな彼女なら、これからなにが起こるかを予想したうえで、堂々と過ごしているに違いない。彼女が余裕を欠くさまを、ぼくは一度しか見たことがないのだ。

 そんな彼女の前で、こんな挙動不審な姿を見せるわけには……。

 

「おねーさん! ぼく、どうしたらいいと思う⁉」

 

 ガバッと顔を上げて、藁にもすがる思いでお姉さんに問いかける。天女と見紛う美貌を持つ彼女のことだ。そういう経験の一つや二つあるだろう。だったら、なにか適切なアドバイスを貰えるのではないか。

 しかし、ぼくの予想とは裏腹に、お姉さんは腹を抱えて笑いだし……。

 

「むりむり! 私はコイバナなんて縁のない生活を送ってきたからわかんないよ」

「そんな……」

 

 嘘でしょ? こんな美人が恋の話題にあがらないなんて、どうなっているんだ幻想郷。

 愕然と立ち尽くすぼく。すると、お姉さんは「うーん」と唸り、折り曲げた人差し指で自身の唇を押さえた。

 

「正直、『見た目が女々しいのがなんだ』って気がするけどね」

「へ……?」

 

 その発言に、思わず上ずった声がでた。

 女々しいのがなんだ……?

 

「だってさ、確かにかわいい見た目してるけど、ジェミニが男だという事実は変わらないだろう? それに、かわいいってのは間違いなく〝魅力〟じゃないか。なんでそれを悩む必要がある? かわいかったら女の子にフラれるのかい?」

「そ、それは……」

「私はむしろ、今のジェミニがフラれる要素は見た目以外のとこにあると思うよ」

「……」

 

 それはそうだ。誰だって、こんなウジウジした男とは付き合いたくないだろう。お姉さんが言っているのはそのことに違いない。

 

「……だけど、どうしたらいいのさ? ぼくは、今のぼくに自信がないんだ。今からものの数十分で、ソレを手に入れることなんて出来ないよ」

「なに言ってんだよ」

 

 お姉さんがぼくの背中をバコンと叩くので、思わず情けない声が出た。彼女、腕に重たそうな鎖を巻いているだけあって、それなりに力が強いのだ。

 

「やめてよ。怪我したらどうするのさ」

「ごめんごめん、気合い入れてやろうかと思って」

「気合い……?」

 

 首を傾げるぼくに、お姉さんは「ああ」と指を突きつけた。

 

「今から自信をつける必要なんてない。アンタ、本業は道化師だろ? だったら演じてみせな。魅力的に、堂々と。ヴァルゴが惚れてしまうような〝男〟ってやつをさ」

「演じる……?」

「ああ、そうだ。演じるだけなら、今からでも出来る。理想の自分を思い描いて、あたかもソレが実現したように振る舞うんだ。結果はあとからついてくるよ」

「…………」

「アンタにはそれが出来るはず。違うかい?」

 

 彼女の真っ直ぐな瞳は、まるで魔法のようにぼくの心にス──っと入り込んできた。

 

 そうだった。双子座の12宮・ジェミニは、嘘と実を司るエンターテイナー。皆を楽しませるために、痛くても怖くても、ずっとピエロを演じてきた。

 ぼくはお姉さんの言葉を反芻した。魅力的に、堂々と、ヴァルゴが惚れてしまうような男を演じる。ただ、それだけ──。

 

「……なんだ、そんなことか」

 

 そんなことなら、ぼくにだって出来る。いいや、ぼくだからこそ出来る。

 虚勢をはり、汗をかくし、笑顔の仮面を身につけて。ただ──今日のお客様が、ぼくの恋した女性だというだけのこと。

 

「いいね、いい目だ」

 

 どんな目かな? お姉さんの満足げな笑顔を見れば、少なくとも、そんなに情けない目はしていないだろうと思えた。

 

「サンキュー、お姉さん。ぼく、やってみるよ」

「その意気だ。頑張りなよ、ジェミニ」

 

 お姉さんはぼくの胸をドンと叩いた。力強いけど、決して痛くはない。

 

「それじゃあ、私は先に永遠亭に向かってるよ。アクエリアスの情報が確かなら、あそこには異変解決に奔走している連中が集まってるはずだからね」

「え! 行ってしまうのかい?」

 

 思わず詰め寄った。覚悟が決まったとは言え、ここまで一緒に行動してきた彼女が急にいなくなってしまうのは心細い。

 しかし、お姉さんは皮肉っぽく笑うと、かなりごもっともな意見でぼくを黙らせにきた。

 

「女と一緒にいるのを見られたら、あらぬ誤解を招くだろ?」

「う……」

 

 それは、確かにそうかもしれない……。

 繰り返しになるが、彼女は相当な美人だ。自分に告白してきた男がこんな女性と一緒にいるのを見たら、なにをどう誤解したって仕方ないだろう。

 ぼくはうつむいて考えたけど、彼女の言うことは正しく思えた。ヴァルゴの気分を害するのは不本意だし、ここはぼく一人で頑張るしかない。

 

「そうだね……。それじゃあお姉さん、少し寂しいけど、またあとで会おう」

「ああ。あっちでいい報告が聞けることを期待してるよ、ジェミニ」

 

 二人で固い握手を交わしたあと、お姉さんは黙って湖から立ち去ってしまった。

 カッコいい背中だと思った。短い間だったけど、彼女と二人でいられた時間は、ぼくにとって大切な宝物だ。

 

 彼女の背中を見送ってから、ぼくは大きく深呼吸する。

 

 黄昏時まで、もう時間がない。彼女が百パーセント来てくれるという保証もないけど、今は信じて待つんだ。

 不安な気持ちは、もうどこにもない。

 

「はやくキミに会いたいよ。ヴァルゴ」

 

 

 

 

 黄昏時になると、ひとの思考や判断能力は低下すると言われている。

 

 一時的にレオと別れ、幸いにもなんのトラブルもなく霧の湖へと辿り着いた私は、数時間前に脳裏をよぎった言葉を思い出していた。

 幻想郷の夕刻は、美しく焼けた空が視界いっぱいに広がる。昼でも夜でもない幻想的な薄暗さが脳を痺れさせ、蓄積された疲労が夢と現の境界線を曖昧にさせていた。

 雑木林の影から、ヴァルゴを見守る。「一人でいいから、鈴仙は引っ込んでなさい」と言ったのは彼女。だから、私は悪くない。

 

「…………」ジェミニと対面したヴァルゴが硬直している。

「…………」彼もまた、「困ったな」と言うようにこめかみの辺りを掻いていた。

 

 美しい白銀の髪、白を基調とした制服。切れ長の大きな目は翡翠のように輝いており、肩に巻き付く白いマントも相まって、『少女騎士』という単語を連想させる。

 

 さて、ここで問題です。

 

 私は今、二人のうち〝どちらの容姿〟について述べたでしょうか?

 

 

 正解は両名である。

 

 

 驚くべきことに、二人はほぼ似通った容姿をしていたのである。

 

 美しい白銀の髪、白を基調とした制服、切れ長の大きな目、白いマント。

 違いがあるとすれば、髪型とボトムスだ。ヴァルゴは髪が肩甲骨に被さるまで伸びているし、ボトムスには黒のスカートを着用している。対して、ジェミニの髪は肩にかからない程度のスッキリしたもので、動きやすそうなショートパンツを身に着けていた。

 とは言え、微々たる差である。だからこそヴァルゴは硬直しているのだろう。

 

「それにしても、アレで男だって言うんだから驚きよね……」

 

 ひとの容姿をとやかく言う趣味はないが、どう見ても女性としか思えない彼こそが双子座の12宮・ジェミニ。ヴァルゴの言う〝気になる相手〟であり、待ち合わせに黄昏時の湖を指定したロマンチスト。

 見た目からは気の優しそうな少年という印象を受けるが、さて……?

 

 固唾を呑んで、二人の動向を見守る。

 沈黙を破り、最初に口を開いたのはジェミニだった。

 

「……ソーリー。あんまり綺麗だったから、言葉が出てこなかったよ」

 

 細くなった目が、三日月のように緩やかな弧を描く。台詞自体は中々キザだが、それでも彼にそうした印象を抱かずに済んだのは、照れくさそうに丸まった頬のおかげだろう。

 

 ヴァルゴはなにも言わない。

 

「言うのが遅くなってゴメン。久しぶりだね、ヴァルゴ」

 

 両手を後ろで組み、温かな微笑みを湛える彼。両手を後ろで組む姿勢の真理は、女性であれば『落ち着いているサイン』として捉えることが出来るが、男性だと逆に『緊張しているサイン』になってしまう。

 ジェミニのソレがどちらか見当がつかないのは、その愛らしい容貌のためだろう。

 

 ……ヴァルゴは、なにも言わない。

 

 彼は続ける。

 

「会えて嬉しいよ、ヴァルゴ。ずっとキミのことを考えていたんだ」

 

 前のめりになって笑みを浮かべる彼からは、意外なほどの攻めっけの強さを感じる。

 こんな擽ったい台詞をさらりと口にできるのは、皮肉なしでスゴいと思うのだが……。

 

 はたして、ヴァルゴはなにも言わない……。

 

「……ヴァルゴさんはなにをしているの?」

 

 焦れったくなって、木陰から僅かに身を乗り出した。

 せっかくジェミニが好意を口にしてくれているのに、返事の一つもないのはどういうことだろう。緊張しているのは分かるが、無視を決め込むのは完全に悪手だ。

 なんでもいい! ひと言でいいから返事をしろ! 私が強く念を送れば、どうしたことだろう。ヴァルゴは静かにため息をついた。テレパシーが通じたとでも言うのか。

 

「……久しぶり。早速で悪いのだけど、少しだけ待っていてもらえる?」

「おぉ」ついに口を開いた彼女に、驚嘆の声が溢れた。

 

 結構クールな返しだ。表情も落ち着いているように見えるし、想い人の前でも冷静さを失わなかったのは高得点である。

 なるほど。ここまで黙っていたのは、自分を落ち着けるためだったのか。納得した私が満足げに首を振っていると、スタスタスタ……と、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

 

「え……」

 

 なぜか、ヴァルゴがこちらに戻ってくる。彼女は無言で私を連れ去ると、湖からほんの少し離れた位置にある大木まで歩みを進めた。

 

「あのっ、ヴァルゴさん? なに? どうしたんですか?」

 

 湖側から見て、大木の裏手側。夕日が零れ落ち、静寂の世界が広がる。

 立ち止まった彼女は、私の両腕をガッチリと掴んだ。

 

「む……無理……」

「は?」

 

 なにが?

 

「か……カッコよすぎて、無理ぃ……!」

「……」

 

 は?

 

 寂しく漂う風に、一枚の木の葉が舞った。

 何を言っているのか分からない。その真っ赤な顔は夕焼けのせいか?

 

「あの……もう一回いいですか? なにが無理ですって?」

「だ、だから……! じぇ、ジェミニが……あ、あんなカッコいいこと言うから……!」

「……無理?」

「無理ぃ……ポーカーフェイスできない……」

 

 泣きじゃくる彼女を前に、思わず眉間を揉みまくった。

 

 付いてきて良かったと心から思う。数時間前に「私の頭は黄昏時になってもバッチリ覚めている」などと言っていたのは誰だったか、今となっては見当もつかない。

 しかし、はて。どうしたものか。あんなキザな台詞の数々を自身満々に口にできる彼の姿は、ヴァルゴが感じた程ではないにせよ、私の目にも魅力的に映った。

 となれば、元々彼に好意を抱いているヴァルゴには破壊力が強すぎる。これでは黄昏時効果もなにも関係ない。早朝だろうが真っ昼間だろうが、彼女はジェミニと対面した瞬間に正常な思考と判断能力を失ってしまうだろう。

 

「かと言って……このまま帰るわけにはいきませんからね……」

「ううう……分かってるわよぉ……」

 

 ハナミズを拭け。

 ヴァルゴにティッシュを渡す傍らで考える。とりあえず、黙っていればボロが出ることはなさそうだが、それでは彼が報われない。

 初めて、レオの存在を恋しく思った。こんなとき彼がいてくれたら、なんだかんだ道を示してくれたに違いない。それを彼女が聞き入れるかは別の話だが……。

 ここは、前提から変える必要があるだろう。

 

「……そもそも、『彼がこれから告ってくるかもしれない』なんて思っているから、過剰に意識してしまうのかもしれません」

「ううっ……つまり……?」

 

 私は指を立てた。

 

「手紙には、霧の湖でアナタを待っているとの旨が記されているだけでした。要件までは書かれていなかったわけです。つまり、黄の12宮同士の因縁で、決闘を申し込まれたりする可能性だってあると思います」

「け、決闘……?」

 

 ヴァルゴはポカンと口を開けた。

 突拍子もない推理だが、この際、内容はどうでもいい。要はヴァルゴを焚きつけてやることさえ出来ればいいのだ。

 私は続ける。

 

「ええ。よく考えたら、黄昏時効果ってバトルにも応用できると思いますし。それに彼は男です。常に上を目指したがるのは、殿方の性でしょう? 同じ黄の12宮として、自分の方がアナタより優れていることを示したいという気持ちはあると思います」

 

 偏見も甚だしい理論である。だが、ヴァルゴはこれをすんなり聞き入れ……。

 

「な、なるほど……?」

 

 多少の疑問符は付いているが、その目は微かに輝きを帯びていた。

 決闘、決闘……。と、私の言葉を反芻するように繰り返す。やがて、彼女は泣きじゃくるのを止めたかと思うと、唐突に私の両手をガシイっ! と掴んで引き寄せた。

 

「それなら平気だわ! 私の方が黄の12宮として優れてるってとこ、見せてやる!」

「あの、あくまで『それくらいの気持ちで行け』って意味ですからね? ヴァルゴさんから本当に決闘を申し込んだりしないでくださいよ」

 

 彼女の目に闘志が宿っているのが見え、慌てて補足する。「わかってる! 大丈夫!」と駆け出して行く彼女。はてさて、本当に大丈夫なものか。

 しかし、あれだ。黄昏時効果というのも案外ばかにならないものである。レオのようにはいかないが、私も条件さえ揃えばひとを動かせるんだなぁ……。

 

 ヴァルゴのあとを追って、再び湖へ到着する。ちょうど、ヴァルゴがジェミニの前に戻ろうというところだ。適当な木陰に身を潜め、私は成り行き見守ることにしよう。

 彼は湖を見ている。ヴァルゴが戻ってきたことに気づいていない。

 

「待たせて悪かったわね、ジェミニ」

 

 待ち人の声に、ジェミニが肩を震わせた。

 彼女が浮かべる余裕たっぷりの表情に、期待が膨らむ。どうやら、今度こそまともに会話が成立しそうだ。

 

 ──と、思っていた。

 

「やあ、ヴァルゴ。用事は済んだのかい?」

 

 私たちは思い知らされた。

 この世界には〝見返り美人〟という言葉がある。振り返って横顔を見せる後ろ姿が美しい女性を指す言葉で、有名な浮世絵版画のタイトルになっていることでも有名だ。

 彼は──いや、彼女か──……? とにかく、それにピタリと当てはまっていた。

 振り返った彼女──ではなく彼──が見せた笑顔の、その凄まじい攻撃力たるや。

 風にそよぐ白銀の髪、整った目鼻立ち、彼の後ろで夕日を反射させ煌めく水面。遠目から見ていた私でさえ、あまりの美しさに顔が熱くなっていく。

 まて。私でさえコレだ。ということはつまり……。

 

「~~~~っ!?!?!?」

 

 はい。

 

 一目散に逃げ帰ってきたヴァルゴが、私を掴んで大木の裏まで再び突っ走る。予想通りというか、もう何も言うまい。

 

「むっ……! 無理ムリむり無理無理むりムリ無理ぃ!!!」

 でしょうね。「あれは確かに卑怯です」

 

 今回ばかりは、顔を隠してうずくまるヴァルゴに同情せざるを得ない。彼の見返り姿を思い出すだけで顔が熱くなる。アレ、本当に男か?

 むしろ、アレで男という事実があるからこそ、彼がより魅力的に映るのだろうか。

 

「かふっ……か、かか、かわいすぎる……げほっ……」

 

 かわいすぎて咳き込むひとを初めて見た。

 これはいけない。対策。早急にアレの対策を考えなければ。このままだとヴァルゴがのぼせ上がってしまう。

 

「頑張りましょう、ヴァルゴさん。遅くなるとレオに心配されますよ」

「うう……」

「黄昏時の間にキッチリ終わらせるんでしょう?」

「で、でもぉ……」

 

 ヴァルゴは瞳いっぱいに涙を溜め込んで、情けない声をあげる。

 あんなヤツに心配されるなんて! と立ち上がることを期待したが、無理。差し伸べた私の手を、彼女は中々とってくれない。

 そもそも、ジェミニの用事がなんなのかも判明していないのに。今ここでは私が困っているが、彼だって何が起こっているのか分からず困っているに違いない。

 ついでに言うと、このままでは帰りが遅くなってレオも心配する。なんだか時間をドブに捨てるような気分だ。

 

 仕方ない。奥の手だが、正攻法が通じない以上は私の【能力】で……。

 

「ヴァルゴ? 大丈夫かい?」

「えっ」

 

 ヴァルゴの瞳を覗き込もうとしたとき、大木の影からジェミニが顔を覗かせた。

 

「ん!」うっかり彼と目が合い、慌てて能力を解除する。感情の波長を操作してヴァルゴを落ち着かせる算段だったが、彼に使用しても意味がない。

 それにマズい。私の存在が彼にバレてしまった。別にやましい事はないが、事が済むまでは影に隠れているつもりだった。まさか彼の方から追いかけてくるなんて……!

 だが、冷静に考えれば、待ち人がいきなり走り去ってしまったのだ。心配して後を追いかけるのは自然な流れ。そんなことも思いつかないとは、これも黄昏時の影響か?

 いや何でも黄昏時効果のせいにするのやめない? いやいや、実際に今日は徹夜明けであって、アリエスのお陰で普通に動けてるけどそりゃ頭だってぼんやりしますとも。

 

 脳ミソの中で意味の分からない問答が展開されていく。

 思考がやられてパニックになっている私に、ジェミニはこくんと首を傾げた。

 

「ヴァルゴのお友達かい?」

「え! あ! はい!」

 

 なぜか姿勢を正しての返事。恐るべきは、やはり彼の仕草と笑顔の愛らしさよ。

 ヴァルゴもそれにやられたのか、両手を口を抑えて「かわいい~~っ!」のサイン。

 二人とも挙動不審に関わらず、彼は気に留める様子もなく「そっか」と呟いた。

 

「ぼくはジェミニ。双子座の12宮だ。ナイストゥーミーチュー」

「ど、どうも……」

 

 ジェミニと軽く握手を交わす。細くしなやかでありながら、ヴァルゴよりも線にやや厚みのある手。男女の性差を超越したような握り心地だ。

 しかも、近くで見ると尚更にかわいい。ヴァルゴもそうだが、顔だけでも一生食うに困らなさそうである。少年のような声からも温和な人柄が伝わって──。

 

「はっ」ヴァルゴの視線を感じ、すぐに手を離した。凄まじいプレッシャーだ。こんなことで命を失うのは惜しい。とりあえず弁解を……。

 

「あの……。私、単独行動は危険だからって、レオに言われて。それで、色々あったんですけど、ヴァルゴさんに付いていくことになって」

 だいぶ省いてはいるが、概ねその通りに伝える。「二人の邪魔をするつもりはなかったので、隠れて見守っていたんですけど……」

「そうなんだ」

 

 余計なことを言ったと思い、私は口を塞いだ。見守っていたと言えば聞こえはいいが、実際はただ覗き見ていただけだ。そんなものは騒ぎに群がる野次馬となにも変わらない。だというのに。

 

「サンキュー。ヴァルゴを守ってくれていたんだね」

 

 彼はまるで意に介する様子もなく笑顔を浮かべた。聞き漏らした線も考えたが、彼は明確に「そうなんだ」と返事をした。だから私も気付いた。

 

「呼び出しておいてなんだけど、ぼくも少し心配していたんだ。でも、キミというボディガードがいてくれた。本当によかったよ」

 

 ほっと胸を撫で下ろす彼は、心底安心したという顔をしている。なんて純朴な少年だろう。彼はひとの無礼を寛大に許す度量を持っているだけでなく、来たる待ち人の心配をする心優しさを兼ね備えているのだ。ヴァルゴが想いを寄せるのも頷ける。

 ……逆に、こんな彼を前にして、今も顔を真っ赤にして黙りこくっているだけの彼女には少し腹が立ってくるが。

 

「あの、それでジェミニさん」

「なんだい?」

「ヴァルゴさんを呼び出した理由って、結局なんなんですか?」

 

 彼の優しさに触れて、逆に黒い心が芽生えてくる。後ろで逃げ出そうとする彼女の腕をガッチリ掴み、無理矢理にでも話を進めてやろうと思い至った。

 

「二人きりの方がいいなら、私は席を外しますよ」

 

 邪悪とも受け取れる笑顔で、ジェミニに問いかける。これ以上、この心優しい少年を待たせることは許さない。ヴァルゴには腹をくくってもらおう。

 もはや答えを待つまでもない。彼は完全に〝脈あり〟だ。それはここまでの言動からして明白。呼び出し理由も告白で決まり。私はすぐにでも席を外すことになるだろう。

 

「いや、構わないよ。キミもここで見ていてほしい」

「ええ、それじゃあ私はお暇して──」

 

 ……え?

 

「「え?」」

 

 私とヴァルゴの声が重なる。

 すると、彼は制服の胸ポケットから、黒いカードの束を取り出した。

 

 ──バトルスピリッツだ。

 

「ヴァルゴ。ちょっと、ぼくと勝負しないかい?」

「勝負……?」ヴァルゴが呟くと、彼は柔らかく頷いた。

「お互い、緊張しているみたいだし」

「…………」

「ぼくの口から言いたいことがあったんだけど、やっぱり緊張しちゃって。でも、バトルフィールドでなら、ハッキリ言える気がするんだ」

「…………」

「キミも緊張してるってゆーのは、予想外だったけどね」

 

 そう言って苦笑を浮かべる。バトルスピリッツでの対戦を所望するのはお互いの緊張を緩和するためだというが、私には彼が緊張しているようには見えない。

 やはり、気を遣って──? だとしたら、どこまで心優しいのだろう。

 

「どうかな。この辺りはね、いつもは暗くなると妖怪たちが遊び場にするんだ。なのに、今日は誰も来ない。まるで誰かが舞台をセッティングしてくれたみたいだ」

 

 言われてみればその通りで、いつもなら妖怪たちが遊び場にする場所なのに、今日は誰もいない。夕焼けの映える静寂の森……。実に神秘的で神々しい空間だ。

 運命という他ないが、ヴァルゴは恥ずかしそうにそっぽを向いている。覚悟を決めるには少し足りなかったらしい。野次馬たちが寄ってくる前にけりをつけた方が身のためだと思うのだが……。

 仕方ない。こうなれば私が、レオを見習って彼女を焚きつけるしかないか。

 

「それに、同じ黄属性の12宮同士。ここで優劣を決めてしまうのもありだろう?」

 

 ──なんてことはなかった。ジェミニは口角を吊り上げて悪い笑みを浮かべる。こうして焚きつけるのが一番手っ取り早いと考えたのは、彼も同じだったのだろう。

 

「優劣……?」ピクリと、ヴァルゴの肩が震える。

「……上等じゃない!」

 

 途端に躍起になったようで、彼女もまた胸ポケットからデッキを取り出した。承諾してくれたということで一安心だが、なんだろう。意外と乗せやすいぞ、この負けず嫌い女神……。

 

「アンタの用事がなにか知らないけど、そーゆー話ならノッてやるわ! 私を相手に優劣をつけようとしたこと、後悔しなさい!」

「サンキュー! 勝負してくれるんだね、ヴァルゴ!」

「うがーっ! そのスマイルが腹立つのよ! もう! さっさと勝負するの!」

 

 真っ赤な顔で拳をブンブン振り回すヴァルゴ。ダメだジェミニ。余計なことは言わず、さっさとバトルフィールドに移った方がいい。

 ともあれ、これでようやく話が進むはずだ──進む──のか? 本当に?

 前途多難。ごめんねレオ、帰りは少し遅くなりそう。額を押さえる私を他所に、二人の叫び声が茜の空に響き渡った。

 

「「ゲートオープン、界放!」」

 

 

  3

  

 

 ヴァルゴとジェミニのバトルは、前回と同じく簡易型フィールドを使って行われることになった。

 夕暮れの森を舞台に、両者はデッキから四枚のカードを手に取る。

 盤上には、透き通った青色の宝石。『コア』と呼ばれるものだ。バトルスピリッツの主役となるスピリットたちの召喚や、ネクサスの配置、マジックの使用などを可能にする代物で、まさにゲームの要と言うべき存在である。

【カード+コア】で繰り広げられるこのカードゲームは、数年前に幻想郷へ持ち込まれて以来、今やスペルカードルールにも並ぶ『新しいルール』として皆に受け入れられている。

 

「キミの先攻でいいよ」

「ふ、ふんっ、その澄まし顔、すぐにへし折ってやるわ」

 

 ヴァルゴが慌ててそっぽを向く。ジェミニの爽やかな微笑みは、どうも彼女が直視するには眩しすぎたらしい。

 ときとしてこんな状態で行われるのも、バトルスピリッツの面白さの一つである。まともなバトルが展開できるかという疑問については、目を瞑って頂きたい。

 

 さて、先攻はヴァルゴだ。

 

「私のターン。スタートステップ」

 

 バトルスピリッツの一ターンは、スタートステップ→コアステップ→ドローステップ→リフレッシュステップ→メインステップ……と進行していく。ただし、一ターン目だけは例外的にコアステップがない。

 

「ドローステップ」

 

 デッキから一枚ドローしたヴァルゴは、「むむむ……」と難しい顔を見せた。手札に嫌われたのだろうか? だとしても顔に出すのは頂けない。

 彼女は二秒ほど手札とにらめっこした後、「メインステップ」を宣言した。

 

「《白猿のシャラバ》をレベル1で召喚」

 

 提示されたカードが盤面に置かれると、白毛の小猿が戦場に出現する。ヴァルゴは黄の12宮なだけあり、使うデッキも黄属性がメインとなっている。

 

「さらに、ネクサス《夢中漂う桃幻郷》を配置」

 

 さらにカードを提示すると、彼女の背後に霧深い仙境が現れる。《夢中漂う桃幻郷》は優秀なドロー効果を持つネクサス。序盤に配置できたのは大きいだろう。

 しかし、彼女はどうも浮かない様子だ。

 

「……ターン、エンド」

 

 向かい合うジェミニを視界に入れぬまま、なんとも歯切れの悪い宣言。手札は悪くなさそうだし、単に正面切っての対話に緊張しているのだろう。

 伝えたいことがある──なんて言われた手前、余計に意識してしまうのも無理はない。

 

「ヴァルゴさん、大丈夫です! 落ち着いていきましょう!」

「ふぎっ⁉ う……わ、わかってるわよ!」

 

 ガクッと震えた彼女を見て、しまったと思う。エールを贈るつもりが、逆に緊張させてしまったらしい。

 

 しかし正直、正面に〝好きな人〟がいる感覚なんて分からないのだから仕方ないと言わせてほしい。私は殿方に恋情を抱いたことがないのだ。

 さっきのジェミニのような美しいものを目にして、頬が熱くなることはある。ただ、そこからどうしても「好き」という感情に繋がらない。

 友情、憧れ、信頼。そういう関係との違いは何なのだろう?

 胸の前で腕組みする。ひとの気持ちを汲み取ることが上手な輝夜様なら、こんなときなんて言うだろう? 自分には理解できない感情を持ち、あまつさえソレに振り回されている相手を落ち着かせることなど、私なんかに出来るのだろうか。

 

「いいかい? それじゃあ、ぼくのターン」

 

 今度はジェミニがドローする。そうだ。私やヴァルゴがいくらジタバタしたって、彼は待ってくれない。

 今は深く考えずに、バトルの流れに身を任せてしまうのもありだろう。

 

「メインステップ。《メロフーリン》と《果物人ストロ・ベリィ》、カモン!」

 

 ジェミニがスピリットを召喚する。イチゴとメロンとは、なんとも女の子の喜びそうなラインナップではないか。やっぱり意識してるのかな?

 

「《果物人ストロ・ベリィ》の召喚時効果、【増食】発揮! 自分のデッキを上から二枚オープンし、その中の系統「漂精」を持つコスト2以下のスピリットカード一枚を、コストを支払わずに召喚できる!」

 

 彼の宣言に合わせて、デッキの上からカードが捲られる。その中に。

 

 ──《子の十二神皇マウチュー》。

 

「十二神皇⁉ まさか、アンタも……!」

「……ナイスだ! よく来てくれたね!」

 

 そのカードを手に取ったジェミニは、声高に叫んだ。

 

「それでは皆様! 当デッキのエースにして、本日最高のサプライズをご覧に入れましょう! ショウ・マスト・ゴー・オン! カモン! 《子の十二神皇マウチュー》!」

 

 突如暗闇に包まれるフィールド。その一点を、無数のスポットライトが照らし出す。そこへ闇を弾くようにして現れたのは、シルクハットをかぶり、マジシャンを思わせる奇抜な衣装に身を包んだ人型のネズミであった。

 

「これが……《子の十二神皇》……?」

 

 私は目を見開き、予想打にせぬ小ささのスピリットを凝視していた。

 正にサプライズ。ヴァルゴの《ハヌマーリン》に続き、今日だけで二枚目の発見である。これはかなりの好ペースだし、レオや皆にもいい報告ができる。

 

「ふんっ、なにが《子の十二神皇》よ。ただの小型スピリットじゃない」

「オーノー。なんだかツレナイ反応だねヴァルゴ。言っておくけど、《マウチュー》は小さくても戦士としては超一流だよ。キミを満足させるだけの実力があることは約束しよう。むしろ──」

 

 ジェミニが、口角を高く吊りあげた。

 

「油断していると、すぐに戦いが終わってしまうかも」

「──っ?」

 

 対するヴァルゴは、警戒するように一歩後ずさる。彼の眼光は、それまでの温和な態度からは想像もつかないほどに鋭かったのだ。

 それは、蛇に睨まれた蛙のように。ヴァルゴはどこか恐怖を孕んだ表情で、額に汗を浮かべていた。

 

 

 それからは一進一退──と言えれば良かったが、明らかにジェミニが優勢でバトルが進んでいった。

 ヴァルゴがカウンターしてみせても、ジェミニがさらなる一手を仕掛ける。【増食】やそれに紐づいて発動する能力によってスピリットが大量に召喚され、次々と彼女に押し寄せてくるのだ。その様子は、どこか餌に群がるネズミを連想させた。

 ヴァルゴは〝攻め〟のプレイスタイルを得意としているが、ジェミニはさらにその上を行っている。完全に彼女を手のひらで転がしているように見えた。

 

「《子の十二神皇マウチュー》でアタック!」

「ここで《メロフーリン》の効果発動。バトル終了時、残念だけどこのスピリットは破壊されてしまうんだ」

「《ロボロフ》の効果で、ライフのソウルコアと《ロボロフ》のコアを入れ替えて一枚ドローするよ」

「フラッシュタイミング! マジック《マジシャンズポーション》! キミの《シャラバ》をBPマイナス2000して、ぼくの《トラペイズマウス》を回復させる!」

 

 結果、あっという間にヴァルゴのライフは残り一つになってしまった。

 しかし、ヴァルゴもなんとか彼に食らいついていく。

 

「《白猿のシャラバ》でブロック! マジック、《バトルキャンセル》! BPを比べずにこのバトルを終了させるわ!」

「《申の十二神皇ハヌマーリン》を召喚! 【封印】の効果でソウルコアをライフへ!」

「フラッシュタイミング! 《猿道士オンコット》の【アクセル】で黄のスピリットにシンボルを追加! さらに《美食の妖精ロゼット》の効果で一枚ドロー!」

「《ハヌマーリン》の効果で、《庚の猿王ヴァーリン》をノーコスト召喚! コイツも《オンコット》の効果でダブルシンボル! さらにフラッシュタイミング──」

 

 激しい攻防のために、振りすぎた首にそろそろ痛みを感じ始めた頃、再びヴァルゴにターンが移った。

 現在、第五ターン。ジェミニのフィールドにはレベル3の《マウチュー》とレベル1の《トラペイズマウス》が一体ずつおり、手札は二枚。ネクサスやバーストはなし。ソウルコアはフィールドとライフを数回往復した後、現在はマウチューが抱えるに至った。

 そして、残りライフは三つ。

 

 対するヴァルゴのフィールドには、レベル2の《ハヌマーリン》一体が存在するのみ。ネクサスは《夢中漂う桃幻郷》が配置されており、手札は、このターンのドローステップで引いてきたものも合わせて四枚。バーストはなく、ソウルコアは、最後のライフとして【封印】されている。かなり追い詰められている印象だ。

 

「《白猿のシャラバ》をレベル2で召喚。《桃幻郷》の効果で一枚ドロー」

 

 引いたカードを確認したヴァルゴが、小さく「来た……」と呟く。それは僅かな震えと極まった喜びを帯びているように思えた。

 彼女は、引いてきたカードを堂々と天に掲げる。

 

「見せてやるわ! 天地を切り裂く魔神の力! 異魔神ブレイヴ、《天魔神》召喚!」

 

 戦場に出現した二つの魔法陣が重なり合い、強烈な光を放つ機械天使が降臨する。私とのバトルでは召喚されなかった異魔神ブレイヴの登場に、驚きを禁じえない。

 

「隠し玉って感じね……」

「マーベラス! キミにピッタリな美しい異魔神だ!」

「うつくっ……! ああもう! 《ハヌマーリン》を《天魔神》の右側と合体!」

 

 なにに動揺したのかは疑いの余地もないが、とにかくヴァルゴは《天魔神》のカードと《ハヌマーリン》を重ね合わせる。〝合体〟と聞けばメカメカしいが、その実態は機械天使と大猿が一筋の光線で結ばれるという神々しいものである。

 

「アタックステップ! 行きなさい《ハヌマーリン》!」

 

 ヤケクソ気味に放たれる指示。それでも、巨猿の雄叫びは勇ましく響き渡る。駆け出した《ハヌマーリン》に合わせるように、《天魔神》の手のひらで魔法陣が展開された。

 

「天魔神のアタック時効果で、BP6000以下の《マウチュー》を破壊!」

 

 放たれたレーザーが奇術師を貫く。「さらにフラッシュタイミング! 《猿道士オンコット》のアクセルを使って、黄のスピリットすべてにシンボルを追加するわ! さらにさらに《ハヌマーリン》の効果で、《オンコット》をレベル2で召喚!」

 

 その《ハヌマーリン》で《オンコット》を使うパターンが、ヴァルゴの十八番なのか。

 

「だけど! 今回はこれだけじゃないのよ! ここで《ハヌマーリン》の【封印中】の効果発揮! ジェミニ! アンタのレベル1と2のスピリットはブロックが出来ない!」

 

《ハヌマーリン》の剛腕から放たれる電撃が、ジェミニのスピリットを痺れさせる。

 

「ナイスだ! 上手く《トラペイズマウス》を封じてきたね」

「だーもう! そのスマイルをやめろ! いちいち褒めるな! 追い詰めてる感がなくなるでしょーが!」

 

 さもありなん。

 私に言わせれば、ヴァルゴの愛らしいリアクションも原因の一端ではあるが。

 

「と・に・か・く! これで《ハヌマーリン》はトリプルシンボル! そしてアンタはブロックできない! ライフは残り三つ! 私の勝ち! いい⁉」

 

 ヴァルゴは人差し指を突き立てて、何度も何度も腕を振りまくる。その姿はまるで癇癪を起こした稚児のごとし。頼むからちょっと落ち着いてほしい。

 

 ともあれ──。

 

「どうかな? フラッシュタイミング! マジック、《ディフェンスネビュラ》!」

 

 やはり、ジェミニの方が数枚上手なようで。

 どこからともなく伸びてきた鎖が、《ハヌマーリン》に纏わりついた。

 

「《ディフェンスネビュラ》の効果は、このターンの間、キミのスピリット一体のレベルを1に下げてしまうというものだ。当然、ぼくは《ハヌマーリン》を指定するよ」

「──ってことは」

 

 みるみるうちに青ざめていくヴァルゴの顔を見て、私も状況を理解した。

 

「そう。キミの《ハヌマーリン》が持つ『ブロックできない』能力は、レベル3にならないと発動しないよね」

 

 これが狙いか。

 

《トラペイズマウス》が痺れる体を振り払い、弾むように飛び跳ねる。「これでぼくのスピリットたちは自由の身だ。《トラペイズマウス》にブロックしてもらおう」

 十二神皇の剛腕は、小さなネズミであろうと全力全開で殴り飛ばす。まるでゴムボールのようにボヨンボヨンと転がりまわったあと、《トラペイズマウス》はボフウッと大量の煙を撒き散らして消えた。が、しかし。

 

「《トラペイズマウス》の破壊時効果! ぼくの手札かトラッシュから、系統「漂精」を持つスピリットカード二枚までを、コストを支払わずに召喚できる! カモン! 《メロフーリン》、《子の十二神皇マウチュー》!」

 

 ジェミニの大振りなアクションに合わせて、粉塵の中から、手品のようにスピリットたちが飛び出してくる。

 

「っ──また」

「【封印】! 《子の十二神皇マウチュー》のソウルコアを、ぼくのライフへ! そしてこの瞬間、トラッシュにいる《トラペイズマウス》は、ソウルコアが封印されたことで復活する!」

 

《マウチュー》がソウルコアをジェミニへ投げ渡し、最後に《トラペイズマウス》が煙から舞い戻る。三体のスピリットはじゃじゃーんと言わんばかりにポーズを決めた。

 なるほど、《ハヌマーリン》の強烈な一撃すら、ギリギリのコア捌きでエンターテイメントに昇華したというわけか。小さくても戦士として超一流とは、まさに言葉通りの意味だったわけである。

 

「っう……っ、ううううううううう……‼」

「……え、ヴァルゴ⁉」

 

 ぎょっとした。楽しそうなネズミたちとは正反対に、ヴァルゴは文字通り全身を震わせ、弾けんばかりに拳を握りしめている。いけない。あまりに攻撃が決まらないものだから、ついに臨界点を超えてしまったのか。

 

 き、キレる……。このままだとおつむよりも先に血管が千切れる……‼

 

 私は大慌てでヴァルゴ側のテーブルへと駆け寄った。

 

「ちょ、ゔぁ、まっ……‼ そ、そんなことで怒ったらカードバトラーの恥よ⁉ 落ち着いて話を聞いて! 愚痴ならあとで聞いたげる──」

「なんっっっなのよアンタああああああああああああああああああ!!!」

 

 ああ──っ、これはダメだ……。ヴァルゴの背中に真っ赤な炎が立ち上っている。下手に近づかないのが身のためだ。ここは黙って踵を返すとしよう。

 

「さっきから何回も何回も何回も! ずっと私の攻撃をのらりくらり避けてばかり!」

「え──……あの、ヴァルゴ?」

 

 流石のジェミニもこれには困惑のご様子。そりゃそうだ。

 

「っていうか! 今日に限った話じゃないわよ! こっちに来てから今日まで、ずっと私のこと避けてたでしょ⁉ のらりくらりのらりくらりのら()くらり……‼」

 

 いかん、あえかなる美少女がご乱心だ。自分が噛んだことにすら気づいていない。

 

「なのになに⁉ 言いたいことがあるって急に呼び出して! 結局こうしてバトルして、また手のひらで転がして! 遊んでんの⁉ なにがしたいのよもう‼ 言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ‼」

「ちょ、ヴァルゴ、落ち着いて……! ぼくはキミのこと避けてなんか」

「落ち着いてられるかあああああああああああああああああああああああああっ⁉」

「──…………」

 

 ……耳をつんざくような爆音が彼女の叫びだと気づくのに、多少の時間を要した。

 

 

 しばらく、耳をふさいでいた。

 

 ──静寂。

 

 ものすごーく、静かだった。

 ヴァルゴが叫んでからの数秒間、茜の森を奇妙なまでの静けさが支配していた。ここが我が城だと言い張るように。

 草木すらざわめくことを止めてしばらく。

 

「……悪かったよ」

 

 後頭を掻いたジェミニが、ソイツを除けた。なんともバツの悪そうな表情に、私も同情せざるを得ない。

 

「ただ、その……。嘘じゃないんだ。キミのこと避けてるつもりはなかった。むしろ、その……ぼくの方が避けられてるもんだと……思ってて。でも、ぼくの勘違いだったんだね。本当にごめん」

「え……?」ヴァルゴが眉根を寄せた。

「……どゆこと?」私も小首をかしげる。

 

 そもそも、避ける避けないとはなんのことだ。二人の間になにがあった?

 ジェミニは恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

「ヴァルゴ。キミとぼくはこっちに来てからしばらく一緒にいたけど、一度もぼくと目を合わせてくれなかっただろう?」

「…………あっ」

「それに、喋ってても全然笑ってくれなくて……だから、その……避けられてるもんだと思ってしまって……。なにか、無意識のうちにキミを傷つけたんじゃないかと」

 

 彼の背がどんどん丸まっていき、さっきまでの余裕さは見る影をなくしていく。

 

「ち、ちがっ……」慌てて手を振りまくるヴァルゴに、彼は続けた。

「だけどね、今日のことは、違うんだ。勘違いしないで? ぼくは、その……キミで遊んでたつもりはなくて……、ただ、その……、好きな子と久しぶりに会うもんだから、見栄を張りたくなっちゃって……。だから、本当にごめん……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………ん?

 

「えっ」ヴァルゴが目を見開くと、

「あっ」ジェミニはしまったと顔を上げた。

 

 

 黄昏の森に佇む二人を、真っ赤な夕日が照らしている。互いの顔が酷く紅葉して見えるとて、それが茜に染まる陽光のせいでないことは言うに及ばない。

 夕暮れに吹く風って、こんなに熱を帯びていただろうか? 見ているだけで、なにもしていないのに、体中から汗が吹き出して止まらなかった。

 再び訪れる静寂を──今度はヴァルゴが振り払った。

 

「い、今……す、好きって言った……」

 

 とっくに欠いていた冷静さは今度こそ塵となったようで、わなわなと震える手からはカードが滑り落ちていった。歯の上下が噛み合わないのか、ガチガチガチと小刻みなリズムが耳に響いてくる。

 

「いっ……いった……わよね……?」

「……あはは、しまったな」

 

 最初の対面を思い出させる仕草で、彼はポリポリと頬を掻く。頼りなく笑う彼の姿は、なんとなく、これが本来の表情なのだろうと思わせるものがあった。

 

「本当は、もっとカッコよく言うつもりだったのになぁ。キミが振り向いてくれるようなカッコいい男になりたくて、修行のつもりで皆のそばを離れたっていうのに……」

 

 彼は小さく咳払いすると、これまでのような微笑みを取り戻した。ヴァルゴを真っ直ぐ見据える。

 

「な……なによ……」強がってはいるが、ヴァルゴの声は今にも消え入りそうだ。

「今さら締まらないと思うけど、ちゃんとやり直していいかな。告白」

「……っ」

「キミの返事を、ちゃんとしたカタチで聞いておきたいんだ。キミがなんて言うとしても、ぼくはぜんぶ受け入れるから。……ダメかな?」

 

 本当に、全てを受け入れてくれると容易に思わせるその笑顔は、ただの見栄っ張りには思えないほど輝いていて。

 

 ──だからこそ。

 

「……そんなだから、顔が見られないのよ」

「……え?」

「アンタがそんなカッコいいことばっかり言ってるから! 優しい言葉ばっかりかけてくるから! 眩しくて恥ずかしくて顔が見られないって言ってんの!」

 

 だからこそ、彼女はそっぽを向いていたのだ。

 

「覚えてる……? 私たちが記憶をなくしてすぐの頃に、アンタ、言ったわよね。『強がるキミも可愛いけれど、弱い一面も見せられたらもっと可愛くなるよ』って」

「…………」

「あれ……すごく、嬉しかったのよ。記憶がなくなって、不安で、心細くて、でも、戦争中にそんな弱音は吐けなくて。誰か助けて! って、心のなかで叫んでたんだから……」

「…………」

「そんなとき……アナタだけが、私の声に気づいてくれた。アナタにだけは私の不安を吐き出せた。いっぱい話を聞いてくれた。だから、嬉しくて……」

 

 彼女の声が、彼女の瞳が、熱を帯びる。

 

 力も記憶も失い、気がつけば戦火のど真ん中にいたとき、彼女たちはどんな気持ちだったのだろう。

 何者かに企てられた、裏12宮とアルティメットの戦争は、乙女の不安を表に出すことすら憚らせた。それが心に生えたカビのように彼女を蝕んだとしても、日々を生きることで精一杯な人々が部屋の四隅に生えたソレに気付かないのと同じように、誰も、仲間たちでさえも、彼女の心の異常に気が付かなかったのだろう。

 仲間たちに非があったわけではない。レオも、アリエスもスコーピオンも、皆が同じ不安を抱いたはずだ。自分はなにものだったのだろう。なぜ戦っているのだろう。しかし、そんな不安に気を取られる余裕もないほどに、仲間の心音に耳を傾ける時間もないほどに、彼女たちの落とされた戦場は悲惨だったのではないか。

 そこに差し込んだ一筋の光明こそが、ジェミニだった。争いの中で、彼はヴァルゴの声に耳を傾けた。彼女の不安を受け入れてくれた。

 仕事でもプライベートでも、なにか不安やストレスがあるとき、そのはけ口があるかないかでは精神の安定は大きく変化してくる。だからこそ、ヴァルゴはギリギリのところで壊れずに済んだのだ。

 それは、他ならぬ私自身もよく知るところである。

 

 ヴァルゴは続ける。震える声で。

 

「やり直すって、なによ。私の返事をちゃんとしたカタチで聞きたいって、そんなの、何回言われたって私の返事は一緒なんだから、やり直すだけ時間の無駄だわ」

 

 潤んだ瞳がどんなに眩きを直視できないとしても、彼女はもう、光差す方へ向かおうとする意思を固めている。おそらく、いや確実に。ずっとずっと最初から決めていた。

 

「……それじゃあ、聞かせてもらってもいいかい?」

「……うん」

「それと、出来ればちゃんと、ぼくの目を見て言ってほしい、かな」

「…………わかった」

 

 その微笑みに、彼女は何度救われてきたのだろう。胸に手を当て、目を閉じ、深くふかく深呼吸する。

 

 その目を再び開いたとき、彼女は真っ直ぐジェミニを見つめていた。

 

 あまりに子供っぽく、あまりにも純粋な理由で見られずにいた目を。そのせいで、避けられていると勘違いまでさせてしまった相手を。

 

 微かに震える目も、血色のよい唇も、そのすべてがこの世の何より美しく見える。

 

「私も、アナタのこと好きよ。ジェミニ」

「……ありがとう。嬉しいよ、ヴァルゴ」

 

 二人とも、溢れんばかりの笑顔だった。

 

 恋する乙女って、こんなにも綺麗なものだったのか。

 

 

  4

 

 

「最初から、ずっと負けっぱなしだったのよ」

 

 バトルが終わったとき、彼女は私にそう言った。結果はジェミニの勝ちだった。

 

 告白が終るや否や、二人は張り合うように攻防を再開した。テクニックのジェミニとパワーのヴァルゴ。ロマンチックな雰囲気はどこへやらだ。

 最終的には、ジェミニの情熱の炎──という名の《火龍果ピタージャ》がヴァルゴの《ハヌマーリン》を突破し、今に至る。

 

「だけど、キミも強かった。《ハヌマーリン》に何度ヒヤリとさせられたことか」

「当たり前でしょ? でも、アナタの《マウチュー》も悪くなかった」

 

 互いの健闘を称え合う二人の間には、もう奇妙な隔たりは見られない。

 

「だからこそ、これでしばらく見納めなのが残念」

 

 ヴァルゴはそう言って、マントの内側から一枚のカードを取り出した。

 はい、これ。差し出されたカードには光がない。色もない。だからこそ、それが〝記憶のカード〟なのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 カードには、《魔導双神ジェミナイズ》の姿が映し出されている。

 

「え、ヴァルゴ、持ってたの?」私は思わずカードを覗き込んだ。ジェミニもビックリしたと言わんばかりに目をパチクリ。どうやらサプライズだったらしい。

 彼女は胸を張っていう。

 

「《マウチュー》の仕返し。んで、ジェミニ。アナタも持ってるんでしょ? アクエリアスからちゃんと聞いてるわよ」

「ああ、もちろん。アクエリアスは約束を守ってくれたんだね」

 

 はにかむ彼も、マントの内側から一枚のカードを取り出す。《戦神乙女ヴィエルジェ》の記憶だ。奇妙なことだが、お互いがお互いの記憶を守っていたというわけか。

 この記憶が譲渡されれば、二人はそれぞれの神皇も取り込んで〝本来の力〟を取り戻せるのだ。即ち〝再生〟の瞬間。アリエスやスコーピオンのように、本来の彼、本来の彼女に戻ることになる。なんだか肩の力が抜けて、ため息が出る思いだった。

 

「元通りになっても、さっきの言葉を取り消さずにいてくれるかい?」

「もちろん。むしろ……」

 

 ジェミニが小首をかしげると、ヴァルゴはくすりと笑った。

 

「アクエリアスから聞いたの。私たち、記憶を失くす前も付き合ってたんだって」

「「え?」」ジェミニと私の声が重なる。

「だから、アナタの告白は二回目。私の返事も二回目。記憶を失くしても、また同じひとに恋をするだなんて、もう運命よね、こんなの」

「……」

 

 顔が熱くなった。

 

 恍惚としていて、それでもやっぱり照れくさそうに笑う彼女は、ジェミニの見返り姿よりも美しく輝いて見えたのだ。

 そりゃあ、ジェミニも惚れるわ、こんなの。きっと、最初にヴァルゴの不安を受け止めたときにも、同じ笑顔を見たのだろう。遠い日を懐かしむような、彼の穏やかな目こそが、なによりの証拠だった。

 この笑顔が見たくて。この笑顔を守りたくて。だからこそ、避けられていると勘違いしたときはショックだっただろうし、仲間たちのそばを離れて修行の旅にすら出た。

 

 恋には、人も妖怪も、神様すらも突き動かす無限のエネルギーがあるのだろう。

 

「これからもよろしく、ジェミニ」二人はカードを差し出し合うと、

「こちらこそ、ヴァルゴ」誓いを立てるように、それを受け取った。

 

 淡い光が二人を包む。記憶のカードが、十二神皇のカードが、それぞれ霧散する。還るべき場所へ、在るべきところへ戻っていく。

 

 もうすぐ夜が来る。夕暮れの森の中、無数の星が二人を祝福しているようだった。

 

 

  5

 

 

 ──。

 

 夢見心地になっていた思考に冷たい風が吹きつけて、私は我に返った。

 

「──……?」

 

 ふと、違和感を覚えた。

 

 夕暮れの森が、あまりにも静か過ぎる。普段は妖怪が遊び場にするこの森で、この時間になっても誰一人として姿を見せないのは異常ではないか?

 再生の瞬間に奪われていた視線を、周囲の草木や岩陰に送る。

 

 いない。

 

 ない。

 

 誰もいないし、誰の気配もない。

 夏になれば水を求めて多数の妖怪が集まるこの場所に、誰の影も見られない。

 

 ──この辺りはね、いつもは暗くなると妖怪たちが遊び場にするんだ。

 

 ジェミニの言葉が脳裏に去来する。その通りだ。なのに、あのときはロマンチックな雰囲気が強調されて良いな、と思うばかりで、それ以上なにも考えることをしなかった。

 バトルスピリッツは幻想郷全域で大ブームを巻き起こしているカードゲームだ。なのに、いつもは当たり前にいる野次馬たちが、一人も寄ってこないのは何故だ。

 

「どうしたんだい? 鈴仙──」

「しずかに!」

「鈴仙……? なに? いったいなにを……」

 

 再生を終えた二人も、私の動作を不審に思ったらしい。だが、おかしいのは私ではない。それは確か。おかしいのは、この森全体だ。

 

 ──まるで誰かが舞台をセッティングしてくれたみたいだ。

 

 風が頬を撫でる。思えば、ここに来るまでになんのトラブルもなかったのは何故だ。誰とも出会わなかったからではないか。

 

 おかしい。急に風が強くなっていく。頬を撫でる優しい風でない。刃のように肌を突き刺しながら、四方八方から降り注いでくる。

 

「な、なに……⁉」風が吹き荒れる。悲鳴にも近い声をヴァルゴがあげる。

「ヴァルゴ、こっちへ!」ジェミニは彼女を抱き寄せ、得体の知れないなにかから恋人を守ろうと牙を立てた。

 

 瞬く間に、風はどんどん強くなっていく。

 

 立っているのがやっとの猛風。しかし、嵐ではない。でなければ、茜の空が眼前に広がるこの景色に説明がつかない。雲ひとつないこの空は、紛れもなく快晴の証だった。

 

 今ここにあるのは、清涼と静寂さの化身たる、夕暮れの風ではない。自然が作り出した大空の恵みでもなければ、鳥たちの旅立ちを祝福する追い風ですらなかった。

 

 

 ──ならば、この邪悪な風は、いったい何者?

 

 

  続

 

 




末尾までご覧いただきありがとうございます。
次回も気長にお待ち頂ければ幸いです。

一応、『白熊すずむ』の名前でツイッターを再開しておりますので、モノ好きな方はフォローしてくだされば幸いです。
ただ、作品を投稿したことを報告するだけのアカウントですので、なんの面白みもないことだけは先に申し上げておきます。

追記:2022/08/13
皆様、誤字報告いつもありがとうございます。非常に助かっております。
ただ、申し訳ございません。ひらがな・漢字の件や、台詞から地の文への移行など、一見誤りのように見えても私自身は意図的にそうしているという箇所もあります。
そうした箇所については、ご報告を頂いたとしてもとくに修正せず、そのままにしておきたいと考えています(後に、過去の自分の文章と現在の自分の文章のレベルの差を確認するためです)。
ですので、お気に召さない表現もあるとは思いますが、どうか寛大に見守って頂ければと思います。
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