東方琉輝抄・暁   作:日立涼

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難しい……リアルファイト描くの難しすぎる……。
……はっ。

お疲れ様です、白熊すずむです。
遅くなってしまい申し訳ございません。
第四話が完成致しましたので、投稿させていただきます。


第四話『見栄っ張りと勇気』

 

 

 あのとき、私はたしかに絶望していた。

 

 血を吐き倒れたジェミニたちと、それを見て狂ったように笑い転げるヴァンディールを前にして。

 

 この赤い景色のなかに居ながら、なにも出来なかった自分に。

 

 ジェミニに庇わせてしまった自分に。

 

 そして、なにより。

 

「……ふたりを連れて、逃げてくれるか?」

「でも……っ、でも……!」

「オレは大丈夫だ。なにせ、最強の12宮だからな」

 

 らしくもなく、優しい笑顔を見せつけてきたレオに、ただ泣きじゃくることしか出来なかった自分に、絶望していた。

 

「レオよォ~~~っ、お前はオレを楽しませてくれるよなァ~~~っ⁉」

「鈴仙、ふたりを頼む」

 

 ヴァンディールに向かっていく彼の背中を、泣きながら見つめるしかなくて。

 

 自分の無力さを、無能さを、改めて思い知ることになった私は。

 

「……っ」

 

 カードの中に戻ったふたりを抱きかかえて、一心不乱に逃げ去ったのだ。

 

 駆けつけてくれたレオを、ひとり残して。

 

 

 暗い夜の廊下を走って、病室の襖を開け放つ。空間を漂う重苦しく痛々しい空気に一瞬気圧されながら中に入ると、どろりと濃厚な鉄のにおいが鼻腔を貫いた。

 見渡せば、五人のメンバーが室内にいることが分かる。なのに、誰も口を開こうとはしない。石油ランプに照らされた薄暗い室内と相まって、不謹慎だがお葬式という地上の文化が脳裏をかすめた。

 いったい何があったのだろう。事情を把握しようとして、メンバーを順に見回す。丁度振り向いたアリエスと目があって、助けを求めるように視線を送った。

 

「レイセン……」

 

 私の名前を呼んだ彼女は、かなり疲れているように見えた。額からは大粒の汗を流し、呼吸をする度に肩が大きく上下している。

 アクエリアスとともに、何者かの眠るベッドの傍らにいることからも、そのひとを治癒していたことは分かる。仲間の傷や疲れを癒やすという大変有り難い能力を持っているアリエスだが、彼女自身の脆さと能力の高燃費さが相まって、能力を使ったあとはいつもこうなるそうだ。

 

「ごめん、今……」

 

 立ち上がったアリエスが、ふらあっとバランスを崩して倒れそうになる。「あっ」と私が声をあげた直後、彼女はスコーピオンに抱きかかえられていた。

 

「無理すんなよ。昼に依姫を治したばっかだろーが」

「……ごめん」

 

 酷く、か弱い声だった。

 彼女の能力は燃費が悪いだけでなく、魔力の回復にもそれなりに時間がかかるらしい。長所と短所は表裏一体のもの。心配したところで「大丈夫ですか?」としか言えない自分を、歯がゆく思った。

 

「八意先生を呼ぼう。ふたりの様子も見て欲しいし」

「……オレが行ってくる」

 

 スコーピオンの発言を受け、四隅の壁にもたれかかっていた利家が静かに席を外した。

 八意先生は月の頭脳とも呼ばれる天才で、どんな怪我や病気も彼女の手にかかればたちまち治ると評判だ。ただ、先ほど客人があり、しばらく自室から出てきていない。

 

 改めて、室内を見回す。残されたのは私と、アリエス、スコーピオン、アクエリアス。──そしてもう一人。

 

「……鈴仙?」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女は皆からほど近い位置にある空きベッドにうずくまり、酷く怯えた様子で全身を震わせていた。荒くなった呼吸も怖気を帯びており、見ているだけで、なにか得体の知れない不安感に襲われてくる。

 見れば、彼女のブラウスは所々切り裂かれたように破れており、頬や腕など、全身の至るところにも同様の切り傷や青あざが見られた。

 鈴仙は、レオと一緒に捜索チームとして外で動いていたはずだ。

 震える鈴仙と、となりあう二つのベッドを交互に見回す。傷だらけの彼女と、室内を漂う重苦しい空気。そして、鼻をつく鉄のにおい。

 

 違う──、なんだ……、なにがあったと思えばいい?

 

「──……なにがあったんですか?」

 

 ほとんど答えを提示されているのに、私はソレが勘違いであることを祈って、アリエスたちに問いかけた。

 誰も、なにも答えてくれない。ほとんど肯定されてしまったようなものだ。

 

「……さっき、レオさんが飛び出していきましたけど」

 

 返事はない。

 アリエスはバツが悪そうにうつむき、しばらくして、ようやくスコーピオンが重たい口を開いてくれた。

 

「……相当、怖い目にあったらしいな」

「……そのようですね。おふたりの状態を見れば、なにが起こったのか、容易に想像することができます」

 

 アクエリアスもベッドを見やる。そこには、二人の少女が傷だらけで横になっていた。

 ともに白を基調とした制服を身にまとい、銀糸の髪を持つ可憐な少女だ。だが、苦しそうに浅い呼吸をくり返す様は見ていて痛ましく、顔や腕など、確認できる範囲だけでも、おびただしい数の斬撃痕が見られた。

 

「このふたりは……」

「オレたちの仲間だ。髪の短いほうがジェミニで、長いのがヴァルゴ」

 

 スコーピオンは伏し目がちに言った。

 話だけは聞いていたので、理解するのに時間は必要なかった。鈴仙がレオと一緒に探しに行ったという、あのふたりだろう。

 一応、当初の目的通り、彼女たちを見つけられたということらしい。それは大変喜ばしいことである。

 

「でも……これって……」

 

 この惨状はなんだ? あの12宮がここまで追い詰められたという理解しがたい現実に、強烈な悪寒が走る。

 だって、こんなの、まるで。

 

「……誰かに、襲われたってことですか?」

「はい。おそらく、緑の邪神に」アクエリアスが言った。

「緑の邪神……?」

「〝ヴァンディール〟だ」

 

 スコーピオンが答えた瞬間、鈴仙の肩が大きく跳ね上がった。体の震えがますます強く激しくなり、今にも泣き出しそうな声色で荒い呼吸を繰り返す。震えを抑え込もうとしているのか両腕を抱いているが、なんの意味もなしていないのは明白だった。

 

「わ……わりぃ……、軽率だった」

 

 あまりの怯えように、スコーピオンも眉を寄せる。私だってどうすればいいか分からず、ただオロオロするばかりだ。

 しかし、ただひとり表情を動かさない人物もいた。

 

「決まりですね。ここまで凄惨な裂傷は、ソレ以外にないとは思っておりました」

 

 アクエリアスだ。彼は酷く淡々とした口調で鈴仙に歩み寄り、彼女の前で片膝をついて顔を覗き込む。

 

「失礼。優曇華院様、なにがあったのか、詳しくお聞かせ願えますか?」

「ちょっと、アクエリアス……!」

 

 鈴仙を庇うようにして、アリエスが割って入る。同意だ。なにがあったかは私にも分からないが、こんな状態の鈴仙からそれを聞き出そうとするのは残酷ではないか。

 

「あ……、あの……、わ、わだし……」

 

 実際、彼女はこうして声を出そうと努力しているが、上下の歯が明らかに噛み合っていない。ガチガチと不規則な音が鳴り響き、ここにいる者たちの恐怖心を無闇に増大させるだけだった。

 

「あの、鈴仙、無理に話さないほうがいいと思います。皆さんも、なにがあったのか理解してくれているみたいですし」

 

 思わず口走った。鈴仙を庇ったのはもちろんだが、個人的な感情もあった。

 彼女の隣に座り、驚かさないように優しく背中をさする。

 出来ることなら、私に勇気を与えてくれた彼女がこんなにも弱っているところなんて見たくなかった。

 アクエリアスは、明らかに鈴仙の返事を待っている様子だ。空気読めと怒鳴りたくなる気持ちを抑え、私はスコーピオンに目線を送った。

 

「なあ、アクエリアス、今はさすがに……。いくらなんでも惨いだろ」

「そうだよ。それに、キミらしくもない」

 

 素早く察してくれたスコーピオンに、アリエスも続く。彼らはやんわりアクエリアスに警告してくれたが、それでも彼の表情が動くことはなかった。

 

「ですが、事態は一刻を争います」

「アクエリアス!」

 

 冷たいまでの淡々とした口調に、アリエスが声を荒らげる。「なんで分かってくれないの」と言いたげな悲愴を孕んだ瞳にも、アクエリアスが動じることはなかった。

 

「アリエス様、どうかご容赦ください。わたくしめには、皆様をお守りする責務がございます」

「わかってるし、助かってるよ! だけど、それとこれとは話が別だろ!」

「大いに関係ございます。現状を把握しなければ、次なる敵の行動を予測することは極めて困難です。戦力の過半数が出払っている今、負傷者を含めたこの場の全員をお守りするためには、敵の行動を事前に知り尽くしておくことが不可欠なのです」

「……っ」

 

 ──言葉を失い、冷静になったのは、私も同じだった。

 

 永遠亭の現状は、あまり良好とは言えない。依姫様を含めた大多数の戦力は、各々の役割を果たすべく行動を起こしており、不在。ここを離れる必要がないと思われていた『紫の邪神監視チーム』ですら、邪神の力がないと〝龍魔侯〟を消滅させられないと判明したために、マグナを依姫様に貸し出すという形で出払っているのだ。

 

 今ここに残っているのは、デッキ構築にもたもたしていた『青の邪神対策チーム』と、永遠亭に留まることが前提の『支援担当チーム』のメンバーのみ。

 自分たちの身を守る、というだけであれば、戦力的には事足りていただろう。だが状況は変わってしまった。ここには負傷者が三人もいて、私たちは彼女らの安全も確保しなければならなくなったのだ。

 

 加えて──彼自身はあんなこと言っているが──アクエリアスとアリエスの存在も私には不安である。ふたりは今日一日、互いの能力をキャパシティ限界まで使い続けており、外傷はなくとも体力的にはとっくに限界を迎えているはずだった。

 

 こんな状況で、もし邪神が攻め込んできたら。

 

「でも……それじゃあ、可哀想じゃないか……」

 

 それ以上の言葉が出てこず、アリエスは唇を結んで目線を逸らした。

 

 同情。彼女は最後にそれを求めた。

 

 聞くところによると、四魔卿一人を討伐するには、本調子の12宮が最低でも三人は必要とされている。だが、四魔卿たちの強さには明らかに序列が存在しており、実際に三人がかり程度で倒せるのは、名ばかりの最弱と呼ばれる獄海だけだそうだ。

 永遠亭の戦力は、それすらも遥かに下回っている。満足に戦える12宮はスコーピオンただひとりであり、八意様のチカラをお借りしたとしても、戦力はわずか二名。

 哀れみに揺らされて、悠長に足踏みしていられる状況でないことは確かだ。

 

 でも……、だからって……。

 

「……ぼくが、話すよ」

 

 突然ベッドが音を鳴らしたので、私は小さく悲鳴をあげた。

 ジェミニが目を覚ましていたのだ。彼女はまだ激痛が走っているはずの体を無理やり起こそうとしていて、見かねたアリエスに急いで支えられた。

 

「ジェミニ! まだ起きちゃダメだって……!」

「サンキュー、アリエス。でも、もう大丈夫だから」

 

 明らかに嘘だった。彼女の笑顔は作られたことがハッキリ分かるほど苦痛に歪んでおり、まだ体を動かすには早すぎるように見える。お腹をさする手が、妙に力なかった。

 それなのに、彼女はゆっくりと拳をグーパーさせて動作確認を行い、今度は苦痛のない完璧な微笑みを浮かべてみせた。

 

「素晴らしい手当だね。これは……アクエリアスかな? サンキュー、キミには助けられてばかりだね」

「もったいないお言葉です。ですが、まだ修理は行き届いておりません」

「あはは、いいよいいよ。だけど、キミが魔力切れを起こすなんて珍しい」

 

 面目次第もございません。深々と頭を下げるアクエリアスに、ジェミニは両手をパタパタさせた。なんというか、少年のような声と仕草だ。

 

「……ジェミニ、お願いだから無理しないで。もう少し眠って」

「サンキュー。でも、ぼくはもう平気さ」

 

 周囲に心配をかけまいとする彼女の笑顔は、かえってアリエスを不安にさせているようだった。

 

「……なんでだよ」小さく肩を落とし、弱々しいため息をつく。

「ソーリー。すぐに元気になって、キミを安心させると誓うから。それから……キミは、鈴仙のお友達かい?」

「え」

 

 不意に向けられた視線に、阿呆な声が出る。ジェミニは明らかに私を見ていて、私に問いを投げかけているようだった。

 恐るべきは小首をかしげる仕草の愛らしさで、一瞬、胸がとくんと高鳴る。

 

「あ、あの……、えっと、はい。そうです。私もレイセンといいます」

「ワォ、彼女と同じ名前なんだね。ぼくはジェミニ、双子座の12宮だ。ナイストゥーミーチュー」

 

 親しげな笑顔で差し伸べられた、その傷だらけの手を、そっと握る。細くしなやかな指先には想像していた以上の力が込められており、意図せず固い握手となってしまった。

 

「……」痛い。

 

 深読みすれば強烈な意思表示とも捉えられるその行為に、私は思わず頷かされる。

 

「サンキュー」

 

 ──どうやら、素早く手を打たれたらしい。私はこれからジェミニがすることを、ただ黙って見ているしかなくなったわけだ。

 明るく親しげな雰囲気とは打って変わって、意外と厳かな人物らしい。

 

「では、ジェミニ様。なにがあったのか教えて下さいますか」

 

 早速、アクエリアスが淡々と話を切り出す。

 

「もちろん。とは言え、優秀なキミたちのことだ。おおかた見当はついているんじゃないかな?」

「……兄ちゃんの仕業、だよな」

 

 言いづらそうに口を開いたのはスコーピオンだ。かなり言葉を探ったらしいが、隠語として使う言葉にそれを選んだのは何故なのか。

 

「うん。……やられたよ。さすが兄さんだね。ぼくとヴァルゴで敵う相手じゃなかった」

「やはり、兄様が」

 

 口裏を合わせていたかのように、みな口々に「兄」という隠語を使う。なんだか違和感のある光景に早くも困惑させられたが、ひとまず口を挟むのはやめておいた。

 

「……レオが来てくれなかったら、ぼくらは三人とも死んでいたかもしれない」

 

 ジェミニは自嘲気味に肩を落とすと、隣で眠るヴァルゴに優しく微笑みかけた。

 

「キミに万が一のことがなくて良かったけど、正直、肝を冷やしたよ」

 

 

  2

 

 

 ジェミニは、自分と鈴仙が出会った経緯、ヴァルゴとの関係などを簡単に説明した後、事の顛末を語り始めた。

 

 ヴァルゴと和解してすぐに、ヴァンディールが不意打ちを仕掛けてきたこと。

 彼は、射命丸文という新聞記者の少女に憑依していること。

 自分たちも必死に戦ったが、ジェミニの剣も、ヴァルゴの魔法もまるで当たらず、惨敗を喫したこと。

 自分たちの傷は、そのときの戦いで彼に付けられたものであること。

 とくに、鈴仙の身に起きた事柄については、詳しく説明してくれた。

 

 そもそも大前提として、神様と並の妖怪では、実力差が開きすぎていたようだ。

 鈴仙も一緒に戦おうとしてくれたが、攻撃の構えをとる前に吹き飛ばされた。立ち上がれないほどに痛めつけられ、『三にんで楽しく遊んでいたのに邪魔をされた』と理不尽な怒りをぶつけられ、『次に動いたら──』と脅された。

 

「でも、そのときの彼女は、まだ折れていないように見えた。冷静に、攻撃のチャンスを伺っているようだった」

 

 ジェミニは力なく肩を落とした。

 

「だけど、相手が悪すぎたんだよ。けっきょくはその一言に尽きる。なにせ兄さんは四魔卿最速の戦士で、ぼくたちですら遠く及ばない戦闘能力の持ち主なんだからさ」

「ゔぁ…………、そのお兄さんは、そんなに強いんですか?」

 

 言いかけてハッとし、私もとっさに隠語を使う。

 

 今さら聞くまでもないことだったが、具体的な戦闘力を知りたかった。ジェミニ以外の意見も聞いておきたかった私は、スコーピオンに視線を送る。

 彼は目を伏せた。

 

「ああ。兄ちゃんは四魔卿の中でも間違いなく最強の戦士だ。目で追えないくらい動きが素早くてさ……、悔しいけど、オレの攻撃は一度だって当たったことがない。風を殴ろうとするようなもんだぜ、あれは。当たりっこねえし、向こうの攻撃だって避けられねえ」

「正直、ジェミニ様やヴァルゴ様が抵抗を許されたのも、手加減されていたからと見て間違いなさそうです。本気の兄様に対抗するには、我ら12宮の半数近い戦力が必要になりますので」

 

 アクエリアスが付け加えた情報こそ、私が最も欲しがっていたもので。

 つまり、こういうことか。

 

「二度目の攻撃のあとで、鈴仙はそれを思い知ってしまった、と?」

 

 ジェミニは首肯した。

 

「……だけど、ぼくが思うに、それだけじゃ彼女は折れなかったはずだ。どうやら彼女、自分の身に万が一があったとしても、仕方ないと受け入れてしまうようだから」

 

 良くも悪くも、ね。憂わしげに鈴仙を見やったジェミニは、眉をひそめる私たちに言葉を続ける。

 

「最終的に彼女の心を折ったのは、ぼくたち三にんなんだ。ぼくと、ヴァルゴと……、助けに来てくれたレオが、彼女の心を折ってしまった」

「……どういう意味ですか?」

「おい、レイセン……」

 

 スコーピオンに窘められて初めて、自分が顔をしかめていることに気がついた。

 場合によってはあなた方への態度を改めねばなりません。そんな怒りの感情が、とっさに滲み出ていたらしい。

 

「……すみません」やりづらくなって目をそらす。

「気にしないで。むしろこれで、キミが信頼に足る人物だって理解できた」

「……なんですかそれ」

「キミは仲間思いな子だね。ってこと」

 

 仲間思いというか、これは個人的な感情。

 

 しかし、穏やかに微笑むジェミニを見ているとなおさら言いづらく、私はだんまりを決め込むことにした。目線で話の続きを促しておく。

 

「……鈴仙の二度目の攻撃も、兄さんにはまるで届かなかった。そして、警告を無視されたことで怒りが頂点に達したのか、曰く『遊び』を邪魔されたからなのか、とにかく兄さんは鈴仙を滅多打ちにしたんだ。身動きが取れなくなるまで彼女を蹴りに蹴って、最後に大鎌を振り上げた。このままじゃマジで殺される──って、思って、ぼくは」

 

 それが鈴仙の心を折ることになるとも思わずに。

 

「鈴仙を庇ったんだ」

 

 ジェミニはそう言って、腹部を隠していた制服のボタンを外した。

 

「ひっ……」

 

 思わずあげそうになった悲鳴を、奥歯で無理やり噛み殺す。

 

 そこには本来あるはずのものがなく、ただポッカリと空洞が出来上がっていた。アリエスの能力か傷口は僅かに光をまとっており、出血はしていない。どうやら自然治癒を早める魔法をかけているようだが、それにしたって惨たらしい光景だった。

 

 ジェミニが神でなければ、間違いなく致命傷になっていたであろう攻撃の痕。

 

 これが、鈴仙を庇ったときにできた傷。そしてこの部屋に充満している、濃厚な鉄のにおいの正体に違いなかった。

 

「レオから聞いたんだけど……、彼女、ひとに迷惑かけたくないって。自分は無能だから、せめて人様に迷惑をかけないように生きたいんだって。まあ、レオが『そう思ってるように感じる』って言っただけだから、本当のところは分からないけれど」

「…………」

 

 それは、私も知らないところであった。

 つまり彼女は、ジェミニに庇われたことで、その『迷惑』とやらを──それも、極めて残酷な迷惑をかけたと思って、精神を病んでしまったということか?

 なんなら、そのまま自分が死んだほうがマシだったと、そう思ったということか?

 私は鈴仙を見やる。だが、彼女は震えたまま、なにも答えない。

 

「もちろん、無闇に庇ったわけじゃないよ。ぼくなりに考えがあってしたことだ。だから鈴仙が責任を感じる必要はない」

「考え……って?」

「……好きな子の前だったから、見栄を張りたくなって」

「は?」真面目に話してください。

「そんな顔しないでよ。怖いよ」

 

 あれ、抑えてたつもりが。どうやら私、けっこう簡単に表情に出てしまうらしい。

 ジェミニは可愛らしく咳払いをすると、話を続けた。

 

「まあ、真面目な話。ぼくが体ごと兄さんの攻撃を受け止めて、彼を捕まえる。そのすきにヴァルゴが攻撃を当ててくれれば……って、思いついたんだけど」

「…………」

 

 なんだそのメチャクチャな作戦。控えめに言ってバカなんじゃないか。

 とは思うものの、ソレ以外に自分たちが助かる方法を思いつかないほどに、三人は追い詰められていたということなのだろう。

 

「正直……、最初、やったと思った。ぼくが兄さんを捕まえて、ヴァルゴがフルパワーの破壊光線を打ち込んだとき、それが彼に当たったように見えて。助かったんだって」

 

 しかし、現実は目の前で証明されている。

 

「……血液が足りなくて、判断が鈍っていたのかな。ぼくもヴァルゴも。兄さんがいなくなったことを、きっと逃げたんだと都合よく解釈してた」

 

 ──ヴァルゴが背後から突き刺されたのは、その直後だったと言う。

 

 当たっていなかったのだ、ヴァルゴの全身全霊をかけた破壊光線とやらも。四魔卿最速の名をほしいままにする風の神には、掠りもしなかったのだ。

 ジェミニは鈴仙に視線を送る。

 

「……鈴仙、キミが状況を悪くしたと思うなら、それは間違いだ。ぼくもヴァルゴも、自分の意思で勝手にああしたのだから、キミが気に病むことなんてないんだよ」

「…………ごめん、なさい」

「……謝らないでおくれよ」

 

 膝に置かれた両手を見下ろしたまま、ジェミニは黙り込んだ。彼女の発言はかえって鈴仙を追い詰めているように見えるし、実際、ジェミニもそれを感じたのだろう。

 私も黙りこくった。今の鈴仙にはなにを言っても逆効果だ。

 仮に、鈴仙が人様に迷惑をかけたくないと思っているのなら、私たちの気遣いすらも彼女にとっては『迷惑をかけた』うちに入ってしまうだろう。慰めれば慰めるほど鈴仙は自分を追い詰めてしまい、負のループに陥る。

 

 この場の雰囲気も相まって、病室がやけに暗く感じた。

 窓から空を見上げれば、なるほど、どうりで。月が雲に隠れているらしかった。

 

「──レオは」

 

 不意に、鈴仙がつぶやいた。その呼吸は相変わらず震えを帯びていて、今にも消えてしまいそうなほど儚げだ。

 皆が黙っていると、彼女は絞り出すように言葉を続けた。

 

「レオは、いま、どこにいるの……?」

「──……」

 

 ジェミニは目を見開くと、困惑した様子でアクエリアスに目線を送った。

 

「……レオ様は、まだ帰っておりません。どこにいるのか、把握もできておりません」

 

 それは、ありのままの現状だった。

 

 あとのことは鈴仙とヴァルゴに、と言って戻ってきたはずのレオが、血相を変えて飛び出していったのが、今日の黄昏時のこと。

 そのあとはこの通りだ。鈴仙たちだけが戻ってきて、連れ帰ってきたジェミニとヴァルゴは瀕死の重傷。そして鈴仙はなにかに怯え、まともに会話できる状態ではない。

 

 レオは──。

 

「レオは、兄さんの相手を引き受けてくれた。鈴仙が逃げ切るまで時間を稼ぐって」

「えっ……」

 

 思わず漏れた声を、両手で塞ぐ。

 さっき、アクエリアスはヴァンディールの強さを『12宮の半数近い戦力に匹敵する』と説明した。だからジェミニとヴァルゴの二人では勝てなかった。

 そんなヤツを相手に。

 

「たったひとりで……ですか?」

 

 なるほど、合点がいった。鈴仙がなにに怯えているのか。

 きっと彼女は、可能性に怯えているのだ。レオが帰ってこない限り感じ続ける万が一の可能性に。それはジェミニたちのような重傷であったり、あるいは──。

 

「レオ、死んでないよね……?」

「…………」

 

 ──そして厄介なことに、鈴仙はそれを自分のせいだと感じている。

 

 自分がしくじったから、ジェミニたちに致命傷を負わせた。自分がしくじったから、レオがひとりで時間を稼ぐハメになった。

 

 自分がしくじったから、レオをおいて逃げることになった。──と。

 

「……お言葉ですが、たとえ相手が兄様であったとしても、レオ様が後れを取ることは有りえません。彼は12宮最強の戦士です」

 

 一瞬、アクエリアスが顔をしかめたように見えた。

 

「でも……レオ、『ふたりを頼む』って……なんか、遺言みたいで……」

「考えすぎだよ、鈴仙。レオはキミに『ぼくらを連れて逃げろ』って命令をしただけだ。ちょっとした言葉の綾だよ」

「じゃあなんで笑ったの……」

「……え?」

「なんで、レオ、あんなときだけ笑うの……」

「…………」

 

 鈴仙の声は今にも消え入りそうで、震えだけが強くなっていく。

 おそらく鈴仙だけが見た、その表情が、彼女の不安をより一層強いものにしているらしかった。

 

 誰も、なにも言えまい。レオのそれを見たのは彼女だけなのだから。

 

 暗い病室を、嫌な静けさだけが漂い続ける。

 

「……失礼。優曇華院様」

 

 ふと、沈黙を破るように、アクエリアスが鈴仙の前で片方の膝をついた。

 

「…………なに」

「少し、お顔を上げて頂けますか」

「…………?」

 

 次の瞬間──おそらく、この場にいた全員、なにが起こったか分からなかっただろう。

 

 ピシャん。と、なにかを叩くような音が響いて。

 わけのわからない様子の鈴仙が、赤く腫れた自身の頬に手を触れるまで。

 

「…………?」

 

 私も、アクエリアスの平手が、鈴仙の頬をはたいていたことに、気が付かなかった。

 

「……………………」

 

 全員なにが起こったのかわからず、ただ呆然とふたりを見つめている。

 虫のさざめきも草木の擦れ合う音も耳に入ってこず、時が止まったのかとすら思った。

 

「……取り消していただけますか」

「…………?」

「先の発言は、レオ様への侮辱にあたります。速やかに、取り消していただけますか」

「…………」

「──なにやってんだよ⁉」

 

 ここまで努めて無言でいたアリエスが、怒鳴りながらアクエリアスに掴みかかった。

 

「いくらなんでもやりすぎだろ! 鈴仙にも悪気があったわけじゃ──」

「失礼ながら、彼女の発言はレオ様への最大限の侮辱にあたります。我が王への侮辱は何者であっても赦されません。赦しません。ビンタ一発食らっていただきます」

「なにが侮辱だよ! 心配してるのに!」

「彼女は、既にレオ様が負けたかのようにおっしゃいました」

「相手はヴァンディールなんだぞ! そんな風に思ったって仕方ないだろ!」

「ではアリエス様も一発食らって頂けますか?」

 

 目を見開くアリエスに、アクエリアスが再び平手を振り上げる。

 

「おいやめろ、アクエリアス」

 

 しかし、その手が振り下ろされることはなかった。

 スコーピオンの剛腕が、彼の腕を掴んで離さないからだ。

 

「スコーピオン様、ご理解ください」

「ご理解できねーよ。お前がレオを信頼してるのは百も承知だけどよ」

「では」

「ダメだ。アリエスに手ェ出すのは赦せない」

「おやおや……、やはり我々は似た者同士のようですね」

「似てねーよ、気色わりい」

 

 にらみ合うふたりの間に火花が散り始めたころ、私はようやく我に返った。慌てて鈴仙の背中をさすり、「大丈夫ですか?」と声をかける。相変わらずテンプレートな構文しか述べられない自分が、どうしようもなく情けなかった。

 私と、そして放心状態の鈴仙を交互に見て、ジェミニが気まずそうに口を開く。

 

「……あまり気にしないで。偶然にも逆鱗に触れてしまっただけだ。アクエリアスは普段めったに怒らないけど、彼の主であるレオを侮辱されるとああなるんだよ。向こう数千年は見なかったから、驚いたけど……」

「……わたし、そんなつもり、なくて」

「わかってるよ。キミはただレオの心配をしただけだ」

 

 ジェミニは、相変わらずスコーピオンと睨み合っているアクエリアスを見やる。

 

 どこか不可解な面持ちで、彼女はつぶやいた。

 

「……それにしたって、今日はちょっと沸点が低すぎやしないかな」

 

 

 

 

 雨が降り始め、夜の闇はますます濃いものになっていく。外に目を向ければ、打ち付ける雨水が大地を濡らし、雨樋からはサラサラと水が流れ出ていた。

 八意様が手術を行いやすいようにと持ってきた追加のランプのおかげで、私たちのいる病室は比較的明るいままなのが救いである。

 

「ふたりとも処置は施したけど、くれぐれも無理はしないように。レイセンも、しっかり見張っていて頂戴ね」

「はい、わかりました」

 

 美しい手さばきで怪我人の処置を終えた八意様は、神妙な面持ちで警告した。

 一触即発な空気の中、利家が八意様を連れて戻ってきたことで、事態は一旦の幕引きとなっていた。

 ヴァルゴも遅れて目を覚まし、今はジェミニのベッドでふたり肩を並べている。

 位置的には、私と鈴仙が座っているベッドのちょうど目の前なわけだが……。

 

「ありがとう。……ふふふ、ジェミー、お揃いの包帯ね」

「ホントだね。ペアルックみたいだ」

 

 いやそりゃ包帯なんだからお揃いになるに決まってるでしょうに。

 さっきからこんな惚気を堂々と見せつけられて、私はなんだかむず痒い気分である。

 

「ああ、でもジェミー、まだ少しフラフラするわ」

「それはいけないね。今はまだ休んでいたほうがいいよ」

「うん」

 

 ここぞとばかりにジェミニの肩に頭を預けるヴァルゴ。いや横にならんのかい。

 なんだか呆れてしまうほどの惚気っぷりだったが、彼女の振る舞いに助けられているのも事実であって、私は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 

 あのあとの重っ苦しい空気を綺麗に換気してくれたのは、他でもないヴァルゴである。

 

 目を覚ましてすぐ、12宮たちがなにやら危ない雰囲気になっていることを察したらしいヴァルゴは、そのあっけらかんとした態度で場の空気を和ませてくれたのだ。

 スコーピオンとアクエリアスがバチバチしていれば楽しそうに野次を飛ばし、鈴仙が沈んでいるのを見れば「無抵抗だから好き放題できる」と舌舐めずりし(冗談でもやめてほしいのが本音である)、しょーもない話題を彼女に振り続けた。

 そのおかげか、鈴仙の震えも僅かながらに落ち着いたように思う。会話には中々参加してこないが、顔も比較的上がるようになってきたようだし。

 

 まあ、だからこの惚気もその一環だと思って……。

 

「ジェミー、あなた血のにおいがするわ」

「キミもだよ、ヴァルゴ」

「そう? でもいいわね。まるでお揃いの香水を使っているみたいで」

「マーベラス。それは素敵な考え方だね」

「はぁ~~、私たち、二人ならなんでも幸せに感じてしまうのね……」

「…………」

 

 我慢だわたし。多少腹は立つが、まだ許容範囲内である。

 

「……二人とも惚気けてる場合じゃないよ。そんな大怪我したってのに」

 

 とは言え、これが神助というものか。コップ一杯の水を持ってやってきたアリエスに後光が差して見えた。

 おお、牡羊大明神様。どうか私をこのお惚気女神からお救いください。内心で合掌。

 

「はいこれ、ヴァルゴのぶん」渡したのは多分、彼女の魔力が込められた水だろう。

「ありがとうアリエス。……スコーピオンたちは?」

 

 チラリと部屋の四隅を見れば、さっきまでバチバチしていたふたりもヴァルゴのせいで調子が狂い、今は普通に会話しているらしかった。

 なんだかんだ、あの一触即発の空気を入れ替えた彼女の功績は大きいのだ。

 

 ただ──。

 

「知らない」

 

 どういうわけか、アリエスはご機嫌斜めな様子で、近くのベッドに腰を下ろした。

 

「……?」

 

 私とヴァルゴが首を傾げていると、彼女はうつむき加減に体を揺らす。

 

「ちょっと今は、その、あの、無理。スコーピオンが見られないから、知らない」

「……ああ」ジェミニが目を細める。

「カッコよかったもんね?」

 

 ああ、そういう。

 

「っ……」

 

 なるほど図星らしい。伏せた顔は熟したリンゴのように真っ赤だった。

 

「ず、ズルいんだよアイツ。きゅ、急にああいうこと言うから」

「〝アリエスに手ェ出すのは赦せない〟……いいね。ぼくも言ってみたいよ」

「ジェミニお願いだからやめて……」

 

 耳をふさぐアリエスが、いつも以上に小さく見える。

 言われてみれば、常に一緒にいる二人。なんとなく付き合ってるのかなーくらいには想像していたが、なるほど、意外と青々しいカップルのようで。

 

「あーもう、なんであんな恥ずかしいこと平気で言えるかなぁ……」

「どうかなぁ、平気ではないと思うけど」

「いいよ、そういうの」

「いや、慰めとかじゃなくってさ」

 

 両の眉を上げたアリエスに、ジェミニは頬を染めて答える。

 

「好きな子の前では見栄を張りたくなるのが、男なんだよ。だからスコーピオンのアレも、ぼくのと一緒で、とっさのカッコつけだと思うよ」

 

 それはちょっと暴論が過ぎるのでは。私は眉をひそめて思う。

 っていうかアナタ、女性ですよね?

 

「お前と一緒にすんじゃねーよ」

 

 どうやら聞こえていたらしく、怪訝な顔のスコーピオンが話に割って入る。彼はジェミニの隣にドスンと腰を下ろすと、彼女の脇腹を肘で突いた。

 

「なんでオレがお前と同類扱いされなきゃいけねーんだ、このっ、このっ」

「あだっ、いたっ。スコーピオン、痛いよ。やめてよ」

「お前が発言を撤回するまで続けるっつーの。おらっ、おらっ」

「いっつ、でも事実だろ? いだだ。照れ隠しのつもりかい? いだい。アリエスにいいとこ見せたかったくせに、いだだだだ!」

「んなわけあるか! なんでオレがアリエスのためにカッコつけなきゃいけねーんだ」

「いだだ、へー、ふーん。いたっ。じゃーキミは、いって。アリエスに『万が一のときに自分を助けてくれないクソダサい男』だって思われていいんだ?」

「うっ……」

 

 スコーピオンの眉間にシワが寄ると、ジェミニは満面のドヤ顔を浮かべた。

 

「ぼくの勝ちだね。最初っから素直になればいいのにー、このこの」

「ったく。相変わらずいイヤな性格してるぜ……」

 

 ため息交じりに言いつつも、私の目には、スコーピオンがそんなやりとりを懐かしんでいるように見えて仕方がない。

 12宮って、本当に仲がいいんだなぁ……。

 

 ……いや。というか、私にはソレ以上に気になることがひとつ。

 

「あの……、おふたりとも」

「なんだい?」「どうした?」

「その辺にしておかないと、そろそろアリエスさんが……」

 

 チラリと視線を動かせば、そこには悶えて死にそうになっている金髪の少女がひとり。

 

「「……あ」」

 

 じゃねーですよ。

 こんな連中とずっと一緒にいたアリエスは、さぞ大変な思いをしてきたことだろう。

 

「……盛り上がっているところ、申し訳ございませんが」

 

 冷たい目線をふたりに送ってしばらく、奥から控えめに現れた男がいた。

 アクエリアスだ──……。

 

「──ッ⁉ レイセン顔! かおっ……っていうか目が! こわいから!」

「え?」

 

 慌てた様子のジェミニが両手をばたつかせる。見れば、アクエリアスもなんか私を見て引き攣った笑みを浮かべていた。

 

 ……え、なに。私の顔がなに。

 

 そりゃまあ、さっき鈴仙を引っ叩いたヤツに送る目線なんて〝そんなもん〟だろうとは思うけども……、ああ、思い出しただけで腹が立ってきた……。

 

「あの、レイセン、私、気にしてないから……。アクエリアスも、気にしないでね」

「畏れ入ります」深く一礼する彼。

 

 ええ? 鈴仙までなにを言い出すの……。とは思いつつも、私の袖を力なく引っ張る彼女がもう可愛いのなんので。

 

「まあ……、鈴仙が言うなら」

 

 そんな感じでアクエリアスを赦してしまうあたり、私もヴァルゴと大差ないのかもしれない。

 

 

 

 

 鈴仙の了解もあって、それから話は本題に戻る。この場にいるメンバーだけで、邪神対策会議が執り行われたというわけだ。

 

 重要なのは、今この状況で、私たち自身の身を四魔卿の襲撃からどう守るのか。おそらく鈴仙がもっとも気にかけている『レオの安否』については、アクエリアスやジェミニの「心配する必要がない」という言葉を信じる形で、一旦保留になった。

 

 各自ベッドに座るなり壁にもたれるなりして、満足に会話ができるよう配置につく。

 

 問題点は二つ。

 

 ひとつ、怪我人がいること。

 

 ジェミニとヴァルゴ、鈴仙はもちろんのこと、ここまで能力を使い続け、魔力切れを起こしているアリエスとアクエリアスも戦わせるには不安がある。

 五人を責めるつもりはないが、これは承知しておくべき事実であった。万が一のときは、この五人を守りながら残りのメンバー(と言っても、四魔卿に太刀打ちできそうなのはスコーピオンと八意様くらいのものである)で対処する必要性があるのだ。

 

 ふたつ、主要な戦力が不在であること。

 

 私たち側で言えば依姫様、霊夢、ヘカーティア、純狐など。

 12宮側から名前が挙がったのはサジタリアス、キャンサー、レオ。

 要するに「戦闘センスがずば抜けている面子」が揃いも揃って不在なのである。決してスコーピオンら残りの12宮が弱いとは言わないが、今挙げたメンバーと比較すると、どうしても見劣りするものがあるとのこと。

 こんな状態で四魔卿の誰かが攻め込んできたら、話にならない。

 

 会議はかなり難航した。昼間ピスケスが来たとき残ってもらうべきだったとか(実は鈴仙たちと入れ替わりになる形でここを訪問したのだが、用事だけ済ませるとまたすぐに飛んでいってしまった)、過ぎたことでございますとか、ならば耳のよいキャンサーを呼ぶのはどうだとか、さっき呼んだけど来ない(こんなことは初めてらしくアリエスがかなり心配していた)とか、まあ次々と意見が出ては消えていくものだ。

 

「……そもそも、兄さんがフェアプレイを欠いてくるとは思わなかった」

 

 会議が難航している理由は、ジェミニの一言に尽きた。

 そもそも私たちは四魔卿との直接的な殴り合いを想定しておらず、互いの世界で機能しているはずだった決闘のルール、即ちバトルスピリッツでの戦いを前提にしていたのだ。

 だが、ルールがルールとして機能するためには、お互いがソレをリスペクトする精神を持ち合わせている必要がある。

 

「だけど、冷静に考えれば当たり前のことだよね。兄さんたちは大昔、突然何者かに暴走させられて……、結果、ぼくらが十二神皇を犠牲にして封印した。だけど、ぼくらは暴走をおさめたわけじゃないんだ。ただ緊急時対応として封印しておいたに過ぎない」

「暴走したまま無理やり寝かされて、暴走したまま目覚めたってことだな」

 

 スコーピオンはいかにも参ったように頭をかく。

 

「暴走してるヤツが、フェアプレイ精神なんざ持ち合わせてるわけねーわな。むしろ寝かされたことを根に持って、手段を選ばずブッ殺しにくるってのが妥当だぜ」

「……あれ? でも」アリエスが言った。

「兄ちゃんは、ジェミニたちに手加減していたんだよね」

「うん。ぼくにはそうとしか……」言いかけて、ジェミニも「ん?」と眉を寄せた。

「暴走しているのに、手加減……?」

 

 たしかに、なんとも微妙な響きだ。そもそも邪神が暴走している云々のところも私にはよく分からなかったが、暴走ってそんな簡単に制御できるものなのか?

 

「私も薄々思ってはいたわ。ジェミニもヴァルゴも、たしかに大怪我したことに違いはないけれど、どちらも急所は外れていた。それもすべて」

 

 二人に処置を施した八意様は、懐疑的な表情を浮かべて言った。

 

「まるで狙ってやったみたいに見える。暴走していると言う割には、あまりに正確すぎるわね」

「……えーっと、つまり『ルールは破るし急に襲いかかりはするけど、アナタたちが死なないよう、最低限の保証はしますよ』ってことですか?」

 

 我ながら頭の悪いまとめである。

 

「……言葉にしてみると、ますます意味がわからんな」

 

 スコーピオンに首肯を送る。私自身、言ってて意味がわからなかった。

 

「単に遊びのつもりだったから? それとも、なにか大きな意図があるとしたら……、私たちになにかしらの認識をもたせつつ、私たちを生かしておくことに……? 意味……」

 

 貫かれた胸をさすりながら考えを巡らせるヴァルゴは、ほとんど思考を放棄している私とは正反対に見える。

 

 やがて、彼女は「それとも──」と続けた。

 

「夢見がちなことを言うようだけど、攻撃を加える一瞬、兄さんが正気に戻ったとか」

「……だったら宜しいのですが」

 

 アクエリアスがためらいがちに口を開く。

 

「ヴァルゴ様、その可能性には期待しないことを推奨致します。無闇に情を抱いて、もしものときに命を落とすのはアナタなのですよ」

「……わかってるわよ、バカ。可能性のひとつとして提示しただけだもん」

「でしたら、不貞腐れたようにそっぽを向くのをお止めください」

「…………」

「期待したところで、過去には戻れないのです」

「……うっさい」

 

 ヴァルゴのその言葉を最後に、12宮たちは黙りこくってしまった。

 

 妙に暗く感じるこの部屋で、雨音だけが聴覚を占領し始める。

 

 12宮たちが会話するとき、彼らは時折、内容の百パーセントを私たちに理解されないように喋っている。それは学のない私の目線からも明白だった。

 

 なにかを恐れるように。

 

 いったい何を──……?

 

「──まるでお葬式だなァ?」

 

 嫌に間延びした声が響き渡ったのは、そのときだった。

 

 一瞬、私たちの誰もが呼吸を止め。

 

 耳底にまとわりついていた雨音すらも止まり。

 

〝ソイツ〟のほうを見た。

 

 

 5

 

 

「──ッ!」

 

 私がソレを認識し、立ち上がったときには、すでにスコーピオンが殴りかかっていた。

 直後、彼の剛腕はソイツの細い腕にスルリと捉えられ、柔道を思わせる流動的な腕捌きで簡単に押し返されてしまう。

 一瞬のことだった。すぐに体勢を立て直すスコーピオン。その姿を見たソイツが、にたりと笑みを浮かべる。

 

「今のはいい反応だったなァ、スコーピオン」

「……一発ぶん殴りたくて仕方なかったからな」

 

 いつの間にか、この病室に音もなく侵入していたソイツ。

 よりによって、豊姫様の御体を借りている、この男の名を。

 

「イル・イマージョ……!」恨めしく呼んで、私は拳銃を構えた。自分の影に鈴仙を隠すことも忘れていない。

「おいおい、そんな顔すんなよォ。こええよ」

 

 両手を肩の高さまで上げつつも、彼のにやついた表情に反省の色はない。

 姿かたちは、全身に青黒い闇が纏わりついていることを除けば完全に豊姫様で、ヤツの言動ひとつで豊姫様の温かなイメージが台無しになる。マジでやめて欲しい。

 

「……っ、……っ」

 

 小刻みな呼吸が聞こえて背後に目をやれば、例のトラウマを刺激されたのか、鈴仙が怯えたように震えていた。

 

「鈴仙、大丈夫です。私がいます」

「っ……、は……っ、う、うん……」

 

 無理もない。あの12宮をも凌駕する四魔卿のひとりが、今、目の前にいる。

 私自身、恐怖で手が震えそうだ。が、励ました手前、気合いで無理やり抑え込んだ。

 やればできるじゃん私! とは、紛れもなく空元気だが、こんな私にだって出来ることはあるはずだ。

 

「……鈴仙。見ていてくださいね」何故か、そんな言葉が口からこぼれていた。

「レイセン……?」

 

 とろけるような彼女の声が、耳を伝って脳にまで入り込んでくる。体が熱く、灼熱を帯びていく。

 

「なにしに来た。なんで戻ってきた」

 

 スコーピオンが頼もしく立ち塞がり、彼を睨みつける。すると、ソイツは上げた両手をだらりと下ろして病室を見回した。

 その視線が、ジェミニとヴァルゴを捉えた時点で静止する。

 

「ヴァンディールのヤツが……ボロ雑巾ふたりを逃しちまったらしくてよォ……」

 

 怖気すら感じる、狂気としか言いようのない笑みで。

 

「オレが代わりに殺しにいけってさァ!」

 

 畳を蹴り、駆け出した。

 とっさのことで反応が遅れた私とは違い、スコーピオンは彼を止めるべく拳を振るっていた。受け止められはしたが、イルがふたりのもとへ到達することはない。

 

「邪魔すんなよォ」

「永いこと寝てたせいでバカになったのか? 仲間に手ェ出されそうなのに黙ってみてるわけねーだろ。オレたち12宮が……!」

「ひははっ、それもそうだなァ」

 

 イルは拳を振り払い、庭へと場所を移す。

 雨が強く足場はぐちゃぐちゃになっていて、室内の灯りが漏れてなお視界は最悪だ。

 

「単体で他者を圧倒できるよう創られたオレたちに対して、お前らは仲間同士での連携を前提に創られたんだもんなァ……。つまりなんだ? お前らは数人がかりでオレと戦わなくっちゃいけねーってことなんだけどさァ……」

 

 試合開始前にするウォーミングアップのような動きで両手をブラブラさせ、小さく跳ねるように全身を揺らしたあと、彼は、

 

「……誰がお前と一緒に戦えんだァ? そこのボロ雑巾どものよォ」

 

 半開きの両手を胸の高さで構え、挑発的な笑みを浮かべた。

 やはりヴァンディール同様、私たちのルールでやり合うつもりはないようだ。

 

 この場にいる12宮は、みな先の戦いで怪我を負っているか、度重なる能力の使用で魔力が底を尽きているかのどちらか。

 ただひとり、スコーピオンを除いて。

 

 だけど、私にだってサポートくらいはできるはずだ。

 

「……スコーピオンさん。頼りないかもしれないですけど、私だってサポートくらいはできます」

「ああ、頼む。……アリエス、それに八意先生。ふたりは怪我人を」

「ええ」

「待ってスコーピオン! まさか戦うつもり⁉」

 

 アリエスが駆け寄ろうとするのを、八意様が止める。体の心配はもちろんだが、今の彼女が戦いに出たところで足手まといになるのは明白だった。

 

「心配すんな。一発ぶん殴って、オレたちを怒らせたらヤベーってことを分からせるだけだからよ」

「一発でも当たればいいけどなァ……」

「その言葉、ヴァンディールみたいにスピードを極めてから言えよ」

「ヴァンディールか……」

 

 彼は深く、深くふかく、ため息をついた。

 

「アイツも偉そうにリーダー気取りやがって……。戦いにおいて重要なのは、パワーでもスピードでもねーのにさァ……、ホント哀しくなってくるよなァ……」

「負け惜しみなら、本人に言えばいいじゃねえか」

 

 イル同様に庭へと降りたスコーピオンは、重ね合わせた拳をバキバキ鳴らしながら彼に近づいていく。さらに肩を回し、首を回す。

 敵を見下すような目線は、ヤンキーそのものと言う他なくて。

 これまでの印象とはかけ離れた彼のオーラに、ほんの少しゾクリとさせられる。だが、臆している暇はない。私も銃口をヤツに向けて、精一杯の威嚇をした。

 

「…………」

 

「……………………」

 

 両者、睨み合い。私たちは固唾を呑んで見守る。

 雨音だけが聞こえる。沈黙が、プレッシャーが。脳を、全身を、空間を支配する。

 

 そして、ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ、降りしきる雨が力を弱めたとき。

 

「ッしゃらァ!」

 

 スコーピオンの拳が突き出された。

 

 イルのような格闘家らしい動きでなく、ステゴロとも言うべき豪快な腕振りで。

 だが、彼の剛腕はまたしても、イルの流動的な腕捌きに流される。流されて、避けられて、受け止められる。続けて繰り出す拳もすべて、無に返されていく。

 ときにアッパーカットを繰り出し、ときに肘打ち、あるいは蹴りも交えて、イルに休む暇を与えぬよう、スコーピオンは攻撃を繰り出し続ける。

 

 彼の攻撃の隙間を埋めるように、私も弾丸を打ち込む。だが、恐ろしいことにイルはそのすべてを、目視もせずに、指で挟んでつまみ取ってしまうのだ。

 イルはずっと嘲笑うような表情のまま。スコーピオンだけを見つめていて。

 

 余裕。

 

 私なんか相手にされていない。見向きもされていない。

 そうとしか言いようがなかった。

 

「ッ……!」

 

 舌打ちした。一箇所から撃ち続けても結果は同じだ。私も庭に下り、左へ右へ、走り回りながら弾丸を発射し続ける。

 髪や制服が雨に濡れるのは気持ちが悪いが、こっちの方が、スコーピオンを避けながら狙撃するにも都合がよかった。

 なのに──なんで当たらない? どうして全部、避けられる? つままれる?

 そうこうしているうち、一瞬、スコーピオンに隙が生まれる。

 

「おらァ!」

 

 今度はイルが、スコーピオンの土手っ腹目掛けて拳を突き出した。

 あっ──、と私が声をあげたときには既に、ヤツの正拳突きがスコーピオンのみぞおちに直撃していた。鈍い悲鳴はすぐに雨音にかき消される。

 ここまで絶え間なく攻撃を繰り返してきたことで、スコーピオンもかなり消耗していたのだろう。明らかに、最初よりも反応が遅くなっているようだった。

 

「どうしたどうしたァ? 隙ができるにはまだ早いんじゃねえかァ!」

「ッ──!」

 

 スコーピオンが表情を歪めたのを確認すると、今度はイルが攻め始めた。

 

 ヤツの拳にはスコーピオンのようなパワーはないが、動作の一つひとつがとにかく洗練されていて素早く、素人目に見ても押し引きの切り替えが異常なほどに素早い。

 まるでオウム返しのように、蹴りやアッパーカット、ときには頭突き。あらゆる打撃がスコーピオン目掛けて飛んでくる。

 彼もなんとか攻撃を受け止め、押し返し、反撃の機会を伺っているように見える。しかし私が見る限り、それらはイルがやっていたほど上手くはいっていない。

 

 やはり、単体での戦闘能力には明らかに差があった。

 

 私の銃を撃つ手も止まる。闇雲に撃ったところで、限りある弾丸をやたらと消費するだけだと悟ったのだ。

 一度冷静になり、一歩下がってヤツの観察に努めるのが得策ではないか。

 雨の降りしきる戦場で、青の蠍は泥にまみれながら戦い続ける。その中で、なにかイルの弱点が見えてこないかと私は目を凝らす。

 スコーピオンの攻撃は当たらない。イルの攻撃だけが彼の体を捉え、痛めつけ、皮膚を裂いて赤い血液を表出させていった。

 

 やがて、私のなかに一つの違和感が生じた頃──。

 

「……やめだ」

 

 イルが、その手を止めた。

 

「……あ?」

「なんで……」

 

 スコーピオンとふたりで、イルを睨みつける。もっとも、ヤツの見ている世界に私はいないも同然だろうが。

 イルは呆れたように口を開く。

 

「スコーピオンお前はァ……、パワーはあるのに動きが大ぶりすぎるんだよなァ……。無駄が多くて、隙がある。だから避けられる……」

「……だったらなんだよ」

「わかんねーかなァ……。お前たちじゃ、オレに勝てねーってことが」

「…………」

 

 勝てない。腹立たしいことに、彼はそう言い切った。

 

「オレも疲れるのは嫌いなんだァ……。降参してくんねーかなァ……、疲れるってのは哀しいことだ。無益なことだ。だからオレは嫌いなんだよォ……」

「知るかよ。なんて言われよーが、少なくとも今は降参しねえ」

 

 腹の底から同意して、こくりと頷いた。ヤツの好き嫌いなんて私にはどうでもいいし、戦えば疲れるのは当然の摂理だ。そんなことのために降参なんてするものか。

 

 それに、私には何よりも大きい二つの理由がある。

 

「なんでだァ? お前このままだと死ぬぜェ?」

「どっちにしろ死ぬだろ」

「降参すれば、お前だけは助けてやる」

 

 その言葉を発する一瞬、イルが真顔になった気がした。

 ヴァルゴの言葉を借りるなら、まるで正気に戻ったような感覚。

 

「だとしたら……。なんで、お前は戦うんだろうな?」

「…………なんで、ねえ」

 

 スコーピオンはイルから目を離し、静かにアリエスを見やる。

 その瞳には、強い決意が込められているようだった。

 

 当のアリエスは何事かわかっていない様子で、ただ心配そうに彼を見つめ返すだけ。

 そんな彼女に肩をすくめたスコーピオンは、呼吸を整え、再びイルに向き直った。

 

「……ジェミニが言っていたことだが、どうやら男ってのは〝好きなヤツの前では見栄を張りたくなる〟らしくてさ」

「……はァ?」

「そして。面倒くさいことに、どうやらオレも、そういうことらしい」

 

 スコーピオンは挑発的な笑みを浮かべ、堂々と言い放った。

 

「オレはどうしても、アリエスにだけは、カッコ悪いとこを見せたくない」

「……!」

 

 アリエスは頬を赤らめ、ぎゅっと胸を握りしめた。

 なるほど、ズルい。こういうときに〝ああいうこと〟言っちゃうんだあのひと。そりゃアリエスも惚れるわこんなん。

 

 私も、見習わないと。

 

「アリエスねえ。あんな守ってもらうだけのガキ、どこがいいんだか」

「オレもアリエスに守られてる。オレたちの関係は一方的じゃない、支え合いだ。それに、アリエスが見てくれてなきゃ、オレはお前とここまで張り合えない」

「…………」

「オレは、アリエスのためなら、どこまでも見栄っ張りになれる自信がある」

 

 ピィー。誰かが茶化すように口笛を吹いて、私は振り返った。

 それはジェミニだった。彼女は傷だらけの体にも関わらず、曲芸のような動きで華麗に飛び上がり、戦場に美しく舞い降りる。

 そしてスコーピオンの傍らに立って、ジェミニは言った。

 

「言うじゃん。見直したよ、スコーピオン」

「……何しに来たんだよ。っつーか、オマエを失望させた覚えなんかねえ」

「たしかに。ぼくは一度だって、キミに失望したことなんかない」

 

 悪戯っぽい笑みは、まるで男友達をからかっているようで。

 

「でも、キミばかりがカッコいいのはズルいよね?」

「…………」

「ぼくも、一緒に戦うよ」

 

 ジェミニは、魔力で創り出した双剣を逆手に構えて、イルを威嚇する。

 

「……やめとけェ、ボロ雑巾が。一瞬で終るぜェ」

「やってみれば?」

 

 無茶だと言う気にはなれなくて、私は立ち尽くした。ジェミニの眼光は、ただの見栄っ張りと切り捨てるにはあまりにも鋭すぎたのだ。

 そして、彼女の原動力になっているものも、私にはよく分かってしまうから。

 

「見惚れている場合ではありませんよ」

 

 不意に肩を叩かれて、ドキッとした。

 声の主は私のよこを通りすぎ、規則正しい足音を立ててふたりのもとへ向かっていく。

 

「男というものは、好意を寄せる御方の前では見栄を張りたくなるもの……。わたくし、ジェミニ様のお言葉には、大変感銘をお受け致しました」

「……お前もかよォ、アクエリアス」

「ええ。僭越ながらわたくしも、少々〝見栄〟を張らせていただきます」

 

 アクエリアスは両手にサーベルとマグナムを握りしめて、ムカつくほどに爽やかな微笑みを浮かべていた。

 お前は誰に見栄を張るんだよ。とは、内心にとどめておく。

 

「我ら12宮三名に、レイセン様を加えて。……これで四名です。多少はマシになったかと思いますが」

「お前らが本調子だったらなァ……」

「現在の我々は、普段よりも高いパフォーマンスを発揮できますよ」

 

 なにせ見栄っ張りですので。彼の言葉に、イルは呆れを通り越した感情を見せた。

 

「……マジで、くだらねえ。どーせ勝ち目なんかないだろーに」

「そうでもないっぽいよ?」

 

 ジェミニが、私を見て言った。釣られるように、スコーピオンとアクエリアスの視線も私に向けられて、なんだか萎縮してしまう。

 

「……え、なんですか」

「いや。キミは兄さんの動きを見て、なにか気づいたことがあるみたいだったから」

「…………」

「でしょ?」

 

 どうやら、気づかれていたらしい。

 確信はなかったので、これを伝えるのは控えておくつもりだったのだけれど。

 

 私は前に出て、ジェミニの言う〝気づき〟を説明した。

 

「……そうですね。私、思ったんです。イル・イマージョはスコーピオンさんの攻撃がくるよりも前に、すでに攻撃が飛んでくる位置を防御できるよう構えをとっているなって。最初、未来予知かなにかかと思ったんですけど……、きっと違う。これは恐らく、五感から得られる情報を頼りに、私たちの攻撃を捌いているんじゃないでしょうか」

 

 五感から得られる情報を頼りに、次の攻撃を予測する。

 それは、あまりにも当たり前のことであり、

 

「ただ、その〝情報処理能力〟が異常なほどに高いんです。スコーピオンさんの僅かな筋肉の動きを見て、それによって生じる気流の変化や微細な音をすべて受け取り、瞬時に〝いつどの方向から、どんな攻撃が飛んでくるのか〟を予測している」

 

 そして、誰にも真似できない芸当であった。

 

 敵の動きを一切見逃さない集中力、観察力。そして、圧倒的な情報処理能力。それが、四魔卿に名を連ねるイル・イマージョの、最大の武器なのではないか。

 

「つまり、五感のいずれかを阻害してやれば、アナタの防御にはほつれが生じる」

 

 これこそが私の予想である。

 

「違いますか。イル・イマージョさん」

「……お前、何者だァ?」

 

 どうやら、暗に正解を認めたらしい。

 

 私は彼をまっすぐに見据え、小さく呼吸を整える。

 

「レイセンと言います。月の都のウサギであり、軍人であり……」

 

 そして、なによりも。

 

「アナタが体を乗っ取っている、綿月豊姫様の、ペットです」

 

 雨が、制服を染みらせていく。髪を伝い、瞼に流れ込んでくる。

 

 ようやく私を見つめた彼は、どこか物憂げな表情をしている気がした。

 私を見ていて、だけど、どこか遠くを見つめている。そんな瞳で、私のことをじーっと見つめること、数秒。

 

「……あァ、お前がかァ」彼は言った。

「…………?」

 

 私のことを、知っている?

 疑問を口にするよりも前に、イルは言葉を続ける。

 

「なら丁度いいなァ……。おまえ、ひとつ提案をしてやるよ」

「提案?」

「お互いにメリットのある提案だァ」

 

 イルは懐を探ると、そこからひと束の黒いカードたちを取り出した。

 

 ──バトルスピリッツだ。

 

「お前、コイツの腕は立つかァ?」

「……それなりには」嘘だ。今日だけで利家に十連敗かましている。

 

 だが、私にはこう言う必要があった。

 イルは続ける。

 

「ならよォ。お前、オレと戦ってくれよ」

「…………」

 

 こちらの土俵に上がろうとしている?

 双方にメリットがある。イルはそう言っていたが。

 

「……アナタへのメリットは、疲れないことですか」

「そうだァ」彼はニヤリと笑った。

 

 願ってもない提案だが、即答はしない。まだ探りを入れる段階だと思った。

 私は続けて質問を飛ばす。

 

「では、私たちへのメリットは」

「コイツの方が、まだ勝算があるだろォ?」

 

 真顔だった。……ハッタリが筒抜けになっている?

 だが、目線を逸らすわけにはいかない。そうしている内、彼が続けた。

 

「それに……、今回は特別に、このフィールドを使ってやるよォ」

 

 雨に濡れた指をパチンと弾く。

 すると、見る見るうちに視界を覆う暗闇が晴れ、岩肌を剥き出しにした谷のような景色が広がり始めた。

 雨は止み、代わりに深い霧が立ち込める。風の流れる音が谷底に反射して、この世のものとは思えぬ幻想的なメロディが奏でられていた。

 だが、見惚れている場合ではない。慌てて周囲を確認すると、どうやら皆も一緒に連れてこられたらしく、皆一様に周囲の様子を伺っていた。

 鈴仙もいる。彼女と目線があって、私はホッと息をついた。

 私はイルに向き直って問いかける。

 

「ここは?」

「邪神域。オレたち専用のバトルフィールドだなァ」

「邪神域……」

 

 その言葉に、聞き覚えがあった。

 

「マグナさんが言っていたヤツですか。邪神を消滅させる手段のひとつ」

「……話が早くて助かるぜェ」

 

 彼はくつくつと笑った。

 

 

 それは、今日の昼過ぎ。鈴仙たちが出ていったあと、依姫様たちが〝龍魔侯をどう倒すのか〟という主旨の話をしていたときのことだ。

 不意に、話を盗み聞きしていたらしいマグナが、

 

『アイツを消滅させたいなら、オレたちの邪神域が必要じゃないかな』

 

 と言った。

 

『邪神域、ですか』眉を寄せる依姫様に、マグナはこう続ける。

『うん。簡単に言うと、オレたちだけが使える特殊なバトルフィールド。そこでのバトルは負けたほうが死んじゃうんだけどさ』

 

 マグナは無邪気としか言いようのない笑顔で、ハッキリと言った。

 

『もちろん、オレたち邪神も例外じゃないんだよね。だからマコーもこれで消せるよ!』

 

 ──邪神って、12宮と違って仲間意識とかないのだろうか。

 

 

「お前らのもう一つのメリット。それは、オレが負ければ、オレは死ぬってことだァ」

 

 ニンマリとした笑顔。

 あのとき思ったことが、今、違う形で、こうして私の目の前にある。

 

 邪神って、自分の命をなんだと思っているのだろうか。

 それとも、こちらでも負ける気はないという、自信の表れなのだろうか。

 

「……最後の質問です」私は口を開く。

「いいぜェ」

「……何故、私なんですか」

「お前が一番、面白そうだからだァ」

「…………」

 

 その言葉の奥にあるものを推し量ろうとしても、彼の表情はずっとニヤニヤ笑っているだけで。

 

「レイセン」スコーピオンに声をかけられるまで、私はずっと黙りこくっていた。

「……なんですか?」

「お前がそんな危険を冒す必要はない。バトルするなら、オレがやる」

「それは大丈夫です」

 

 無礼にも彼の厚意を一蹴し、私は続ける。

 

「バトルをするというなら、私がやります。最初からそのつもりでした」

「だけど……」

「豊姫様を取り戻す。この瞬間のために、アナタとアリエスさんで戦えるよう、訓練をしました。アナタが戦ってくれると言うなら、それは、デッキの中でお願いします」

 

 制服のポケットからデッキを取り出し、スコーピオンに向けてソレを掲げた。

 変わらない。最初から、ヤツとはバトルをするつもりでいたのだ。その意思は変わることがなく、誰になにを言われようと不滅なのだ。

 ただ少し、理解の及ばない存在が、ほんの少し怖いというだけのこと。

 もしも私が見栄っ張りでなかったら、今ごろ、手が震えていたに違いない。

 

「……わかった」

 

 私の意思を汲んでくれたらしく、スコーピオンが折れたように頭を掻いた。そんな彼の後ろから、アリエスが駆け寄ってくる。

 

「話は聞いてたよ、ふたりとも。ぼくも一緒にたたかう」

「アリエス……」

 

 次に口を開けば、「でも……」なんて言い出しそうな顔で、スコーピオンは彼女を見つめていた。

 相変わらず、アリエスのことになると慎重なのだ。

 彼女が発した言葉には、そんな心配性な彼への、牽制の意味もあったのだろう。

 

「ぼくたち〝支え合い〟なんだろ?」

「…………」

 

 緑が芽吹いたような笑顔だった。

 オレたちの関係は一方的じゃない、支え合いだ。見栄を張った彼の言葉が、そっくりそのままスコーピオンに返ってきて、

 

「……そうだな」参ったと言うように、彼もまた苦笑した。

 

「レイセン、頼むぞ」

「気負いすぎないでね」

 

 ふたりはカードの中に戻り、私のデッキへとその身をおさめる。

 

「ええ」

 

 これで、役者は揃った。

 

「……ぼくらの出る幕じゃなさそうだ」

「そのようですね。では、カッコつけはまたの機会に」

 

 ジェミニとアクエリアスが分かったように一歩下がり、私たちだけが残される。

 

 もう、引き返せない。引き返すつもりもない。

 私はイルを睨みつけた。

 

「お待たせしました。お望み通り、私が相手をします」

「……マグナじゃないが、嬉しいぜェ」

 

 互いにデッキを構え、私たちは緊張入り交じる叫びを挙げた。

 

「「ゲートオープン、界放!」」

 

 

  続 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回はいつもと違うレイセン視点のお話でしたが、いかがでしたでしょうか?
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