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結論から言って、地味なバトルだった。
鈴仙たちが固唾を呑んで見守る中で、私とイルの戦いは静かに進行していく。
派手な一手があるわけではなく、大きな逆転劇があるということもなく。ただお互いに、相手の次の手を読み、罠を張り、ときに細やかな攻撃を仕掛ける。
ただ、「焦ったほうが負ける」という確信だけはあった。
私の展開した作戦は、スピリットと異魔神ブレイヴを中心に、イルの得意とするバーストを妨害しつつ攻めるというもの。《黒獣皇ケフェウス(Rv)》と《超・風魔神》で攻撃しつつ、《緑の世界》などのネクサスでアドバンテージを稼いでいった。
対する彼の戦いぶりは実に堅実で、破壊耐性を持つ《砂海王子ナミルネス》で軽減シンボルを稼ぎつつ、《獄海提督スキッドメン・アドミラル》を召喚。そのUトリガーで、こちらのスピリットを一体ずつ順に破壊してきた。
現在、バトルは第五ターン。私のフィールドには《緑の世界》が配置されているのみで、スピリットやバーストはなし。ライフは残り四つで、手札は五枚だ。
対するイルのフィールドには、レベル3の《砂海王子ナミルネス》が二体と、レベル4の《獄海提督ナミルネス》が一体。ネクサス《暁の寺院城アルン》が配置されており、バーストもある。ライフは残り三つ。手札は一枚だが、油断はできなかった。
「私のターン」
デッキからカードを手に取りながら、ここまでのバトルを振り返っていた私は、自分の方が劣勢を強いられていると痛感していた。
私のデッキは、イル・イマージョの戦術に対して有利に動けるよう構築してあるはずなのに、結局ヤツは私の予想していなかった方向に〝流れ〟を変えてくるのだ。
それなら──こちらも彼の予想していない流れを見せつけるしかない。
私は手札の一枚を切った。
「異魔神ブレイヴ、《海魔神》召喚します!」
青き水底から、タコのような異形のブレイヴが姿を現す。
「召喚時効果! 私の手札から、系統「異合」、「殻人」を持つスピリットカード一枚ずつを、コストを支払わずに召喚できます!」
「ほォ……〝異合〟か」イルが満悦そうに笑みを浮かべる。
どうやら読まれているらしいが、ここは召喚させてもらう!
「鋭き尾に毒持つ、甲殻の王者! 《天蠍神騎スコル・スピア(Rv)》召喚!」
天空から降り注いだ光が、バトルフィールドに蠍座の紋章を描き出す。
輝く門のようなソレを砕き、地の底から、鋭利な槍を携えた青き蠍が姿を現した。
「来たかァ……! スコーピオン……!」
挨拶代わりにと、《スコル・スピア》は巨大な雄叫びをあげた。
だが、これで終わりではない。
《海魔神》は、「殻人」のスピリットも呼び寄せることが出来るのだから。
「さらに! 汚れた世界に終わりをもたらし、未来に希望をつなぐ再生の神! 《終焉の騎神ラグナ・ロック(Rv)》召喚!」
真に神々しいのは、一瞬、視界がまばゆい光に包まれた直後。
〝ソレ〟はいつの間にかそこにいて、当然のようにイルを見下ろしていた。
「《ラグナ・ロック》だとォ……?」
彼が目を丸くしたのを見て、思わず頬が吊り上がる。
隠し玉、入れておいて良かったと。
「アレって……アクエリアスの」
外野のヴァルゴが呟いた。その視線は当然、黄金の武装を身にまとった巨大な騎士に向けられている。
彼女の疑問に、アクエリアスが首肯する。
「ええ。どうやらレイセン様は《海魔神》をデッキに組み込んでいながら、優れた殻人のスピリットをお持ちでないようでしたので、一旦お譲り致しました」
「マーベラス。これは、兄さんにとっても予想外の一手になりそうだね」
ジェミニも満足げに首を振る。そう、ここからは彼にとっても予想外の流れのはず。
「召喚時効果! ボイドからコアの恵みが六個、《ラグナ・ロック》にもたらされ、レベル3にアップします!」
上空からかコアの雨が降り注ぎ、《ラグナ・ロック》が力を蓄えていく。
この破格のコアブースト能力こそが、アクエリアスがこのスピリットを「優れている」と高く評価した理由のひとつだ。
この能力を起点に、さらなる後続の動きに繋げることができるだろう。
しかし、ことはそう上手くも進まなかった。
イルは意味深に「なるほどなァ」と呟くと、
「相手スピリットの『召喚時』効果発揮によりィ、バースト発動!」
伏せてあったバーストカードを公開したのだ。
「マジック、《キングスコマンド》! バースト効果で、デッキから三枚ドローしたあと、自分の手札を一枚破棄するぜェ」
ミスった。と思ったのは、バーストを使わせたことはもちろん、その感情を表に出してしまったことだ。
当然、あの獄海がソレを見逃しているはずもなく。
「表情……歪めたなァ?」
さっきの仕返しと言わんばかりに、イルは頬をニタリと吊り上げた。
「コストを支払うことで、フラッシュ効果も使用するぜェ。このターンの間、コスト4以上のお前のスピリットすべては、アタックできねェ!」
不足コストとして《ナミルネス》一体を消滅させながら、彼は王の号令をかける。
この戦場にある限り、スピリットたちはカードの効果には逆らえないのだ。
『ちっ……、出鼻を挫かれちまったな、レイセン』
フィールドの《スコル・スピア》が、私を振り返る。全くもってその通りではあった。
だが、私は首を縦に振りつつも、あくまで前向きな意見を口にする。
「メインステップが続いているだけ、まだマシというものです。あんなヤツが相手なんですから、ターンそのものを吹き飛ばされたって不思議じゃなかった」
『……いいね。んで、どうする?』
「こうします」
呼吸を整え、私は盤面に触れる。
「《海魔神》の左右に《ラグナ・ロック》と《スコル・スピア》を合体。さらにコアを移動させて、《スコル・スピア》をレベル2にアップさせます」
《スコル・スピア》には、元々コアを二つ乗せてあったので、《ラグナ・ロック》のコア二個を移動させる形でそれを実行した。
「さらに、《辛酉鳥ゲイル・チキンナイト》のアクセルを使用します。コストは再び《ラグナ・ロック》から確保し、レベル2にダウン。デッキから3枚オープンして、その中にある異魔神ブレイヴ一枚と、系統「神皇」か「十冠」を持つスピリットカード一枚を手札に加えます」
デッキからカードがめくられ、対戦相手にも見えるよう提示されていく。
カードは……。
《丁騎士ウェッジテイル》
《白羊樹神セフィロ・アリエス(Rv)》
《超・風魔神》
なるほど。私は当然のように、そのカードに手を伸ばした。
「……ここで来ましたか、アリエスさん」
『ごめん、完全に出遅れた。読みが甘かったみたいだ』
カードというスピーカーを通して、アリエスの声が鼓膜に伝わってくる。出遅れたということは、イルの次の一手を、彼女はすでに分かっているのだろう。
とは言え、それは彼女を責める理由にはならない。
「大丈夫です。頼りにしてますよ」
私は《セフィロ・アリエス》と《超・風魔神》の二枚を手札に加え、《ゲイル・チキンナイト》を手元に置いた。
「ターンエンド」
私がしたこととは、要するに、次のターン以降の下準備である。地味なことだが、こういう小さな積み重ねが、最終的な〝結果〟に結びつくのだ。
「やっぱりアリエスも来たなァ……。それなら……」
それは、獄海もよくよく理解しているらしい。彼は、アタック出来なかった私を嘲笑うことなく、真剣な面持ちでゲームを進行していった。
「《砂海王子ナミルネス》をレベル4にアップ。さらに……」
ふと──。
手札の一枚に触れた瞬間、彼の雰囲気が変わった。
「……いくぜェ」
察知して、身構える。
イル・イマージョは狂気の笑みとともに、一枚のカードを高々と掲げた。
「降臨せよ! 第参ノ闇、悲哀の濁流! 《獄海の四魔卿イル・イマージョ》、レベル4で召喚!」
バトルフィールドを、ドス黒い雲が覆い尽くす。次の瞬間、フィールドは淀んだ海水に満たされ、雷鳴とともに、一体の異形がその姿を現した。
「ついに来ましたね……《イル・イマージョ》」
挨拶代わりに、思いっきり睨みつけてやった。フィールドの《スコル・スピア》もギチギチと歯を鳴らしている。
イル・イマージョが《イル・イマージョ》を召喚するという、なんとも奇妙な構図。説明しておくと、召喚されたアレは、バトルフィールドがカードから情報を読み取って作り出したイルの〝分身〟、つまりコピーであって、本体ではない。
だが、何故このタイミングなのだろう。《イル・イマージョ》の必殺技である【ソウルドライブ】は、手札のバーストの枚数に応じて威力を増していくもの。しかし今、彼の手札は三枚であり、お世辞にも潤沢とは言えない。
ならば、やはり《超・風魔神》を警戒して【Uハンド】用に召喚したのだろうか。
それなら猶予はあるし、次のターンの作戦を練るのもいいだろう。
しかし、甘かった。
「アタックステップ! 《獄海の四魔卿イル・イマージョ》でアタックだァ!」
「──ッ⁉」
咄嗟に自制が利かず、私は目を見開いてしまう。
イルが、《獄海の四魔卿》をけしかけてきたのだ。
「アタック時効果! オレの魂、受け取れ父上ェ!」
彼は《獄海の四魔卿》に乗せていたソウルコアを手に取ると、それを天高く放り投げた。
まさか、もう使うつもりなのか。
「ソウルドライブ! 発揮ィ!」
拳を握りしめる動作に連動して、天に輝くソウルコアが、音をたてて砕け散る。
それと同時に、イルが苦しそうにうめき声をあげた。
「《イル・イマージョ》はアタック時、ソウルコアをゲームから除外することで、手札にあるバーストカードを、条件を無視して好きなだけ発動できる! オレは手札から、二枚の《双翼乱舞》を発動するぜェ!」
「えっ……」
私が両の眉を上げたのは、驚異を見せつけられたからではない。むしろ逆だった。
ハッキリ言って〝拍子抜け〟したのだ。
「《双翼乱舞》二枚のバースト効果で、オレはデッキから四枚ドロー」
「それ……だけ?」
そう。それだけだったのだ。
四枚ドローというのは、アドバンテージ面で見れば優良ではある。
だが、ソウルドライブは本来、ソウルコアというゲーム中にひとつしか使えない貴重な代物を除外して発動する必殺技。
他人のプレイングにケチをつけるのはカードバトラーの恥だが、こんな雑に扱っていい能力ではないはず……。
「……とか思ってんだろォ?」
「……え?」
あ、ヤバい──。表情を隠すのが難しくなってきていることに、私は気がついた。
確実に今、動揺が顔に出てしまっている。
そしてイルは、その表情の変化から〝心〟そのものを見透かしてくる……!
「フラッシュタイミング! マジック、《インファナルウィンド》!」
「《インファナルウィンド》だって⁉」
緑の嵐が吹き荒れる中、最初に声をあげたのはジェミニだった。
「そうだぜェ! 直訳すれば〝獄風〟! あんなヤツからの御駄賃なんて気に食わねェけどよォ! 使えるもんは全部使ってやるぜェ!」
「獄風……? ヴァンディールのカード……⁉」
顔を覆い隠さざるをえないほどの強風。それは、紛れもなく予想外の一手だった。
イルやマグナが見せてきた態度から、邪神には仲間意識がないと思いこんでいただけに、なおさら。
「《インファナルウィンド》の効果! オレのソウルコアが除外されているなら、相手のスピリットすべてを疲労させ、ボイドからコア三個ずつを自分のアルティメットすべてに置くことができる!」
「はぁ⁉」
いかん、素が出た。
現状、イルのフィールドにはアルティメットが三体。つまり合計で九コア得ることが可能であり、私の《ラグナ・ロック》によるコアブーストを大きく上回っている。
しかも、強風にやられて《スコル・スピア》と《ラグナ・ロック》が膝をついてしまったこともマズい。
外野の鈴仙を横目に見れば、足を小刻みに震わせて後退りする姿が見えた。《インファナルウィンド》にトラウマを刺激されたのだろう。
……私に勇気を与えてくれた彼女に、今度は私が、勇気を示さなければ。
私は、テーブル横についているグリップを握りしめた。
「……ライフで受けます!」
イル・イマージョが展開した魔法陣から衝撃波が発せられ、バリン、という音をたてて私のライフを砕く。
全身を地面に強く打ち付けたような、強烈な痛みが襲ってくる。一瞬息が止まった。
だが、現状、唯一できる選択であった。手札にカードが無かったわけではないが。
「続けてェ! 《獄海提督スキッドメン・アドミラル》でアタック!」
異形の剣士が、刃を構えた。
「アルティメットトリガー、ロックオン!」
私に向けて、イルが人差し指を突き出す。同時に、私のデッキから一枚のカードが吹き飛び、彼に見えるよう提示された。
「……コスト〝3〟の《ダンデラビット(Rv)》です」
「ヒット!」
指先から放たれた光弾が、ソレを貫いた。
アルティメットトリガーは、相手のデッキの一番上のカードをトラッシュに置き、置いたカードのコストが、効果を発動しているアルティメットよりも低ければ発動するというものだ。
発動にランダム性がある分、その効果はコスト不相応に強力なものであることが多い。
「《アドミラル》の効果で、最もコストの低い相手のスピリット一体を破壊! コストの低さが仇になったなァ! 《天蠍神騎スコル・スピア》ァ!」
青い光に纏わりつかれた彼が顔を上げた刹那、《スコル・スピア》は爆散する。その一瞬、悲鳴をあげなかったのは、アリエスに見栄を張りたかったのだろうか。
「……すみません、スコーピオンさん」
『気にすんなよ。それより、今は勝つことに集中しようぜ』
「はい」
フィールドから聞こえていた彼の声は、今やトラッシュに落とされたカードから聞こえている。
だが、彼の言う通り、今は勝つことに集中しなくては。
「……《アドミラル》のUトリガーは厄介ですが、ここで阻止します!」
私は手札の一枚を手に取った。
「フラッシュタイミング! マジック、《アドベントスター》! 私の手札にある、系統「光導」を持つ、コスト7以下のスピリットカード一枚を、コストを支払わずに召喚することができます!」
提示したカードは粒子となって、もう一枚の手札に吸い寄せられていく。
「万物に
大地から放たれた光が、天空に牡羊座の紋章を描き出す。
巨大な角を携えた緑の神獣は、輝く門をくぐり、天空を駆け抜けて地上に降臨した。
「アリエス……、お前がオレと、ねェ。やれんのかァ?」
皮肉っぽく笑う彼を、《セフィロ・アリエス》は静かに睨みつける。
『出来る、出来ないじゃない。ぼくは自分のしたいことを、精一杯やり遂げるだけだ』
「《白羊樹神セフィロ・アリエス》で《獄海提督スキッドメン・アドミラル》をブロックします!」
否定も、肯定もしなかった彼女に、私は指示を飛ばした。《スコル・スピア》の真似事のように雄叫びをあげ、異形の剣士に突進していく。
最初は多少もたつきながらも、彼女は見事、後肢を蹴り上げて《スキッドメン・アドミラル》を破壊してみせた。
「……ふゥん、いいぜェ。ターンエンドだァ」
イルはまだまだ余裕そうだ。
分かっている。彼はこのターン、勝負を決めに来たわけではない。攻めようと思ったわけでもない。前のターンの私と同じ、次のターン以降の下準備として利用したのだ。
だから、攻撃を防がれたところで痛くはなかった。
「……このターン、アリエスがレベル3で召喚されることも、兄さんは分かっていたんだろうね。だからこそ、《イル・イマージョ》のソウルドライブを、必殺の切り札としてではなく、後続の展開のために発揮した」
「……《セフィロ・アリエス》のコアロックね」
ジェミニの発言に、八意様も理解を示す。
そう、《セフィロ・アリエス》には、他のスピリットにはない強力なコアロック効果が備わっているのだ。
「レイセンたちは最初、《セフィロ・アリエス》の〝誰もスピリットやアルティメットからコアを取り除けなくなる〟効果で、《イル・イマージョ》のソウルドライブを発揮させずに勝負を終わらせるつもりだった。だけど……」
なんとも耳が痛くなるお話である。
八意様の言う通り、私たちは作戦会議の段階で、《セフィロ・アリエス》のコアロック効果を存分に利用して「ソウルドライブを発揮させないうちに勝つ」と決めていたのだ。
だが、コアロックは自分にも作用する都合、ある程度コアが集まってから実行に移す必要がある。自由に使えるコアが減る以上、それは自分にとってもデメリットだ。
だからこその《ラグナ・ロック》。その効果でコアを稼ぎ、次のターンにはと考えていた矢先、イルはソウルドライブを〝繋ぎ〟とする形で、早々に切ってしまった。
アリエスが「出遅れた」と言ったのは、そういうことだったのだろう。
「自らを切り札とするのではなく、あくまで勝利のための潤滑油とする。四魔卿に名を連ねながらも、最弱の汚名を着せられている彼が、自身をどう受け止めているのか。今のプレイングが、それをよく表しているわ」
「……自分の弱さを受け入れられるって、相当な精神力が必要よ」
八意様の言葉を、ヴァルゴも首肯して受け入れる。
……自分の弱さを受け入れられるひと。
「──……」
今一度、彼を見つめ直した。余裕そうに頬を吊り上げているのは相変わらずだが、その瞳は間違いなく、私だけに捧げられている。
敵ではあるが、歪なプライドに囚われない、一流の戦士の目だと思った。
こんな彼が相手だからこそ、私たちの作戦は、暗き濁流に押し流されてしまったということなのだろう。
だけど。
「……私も、負けられません」
私は自分のターンを進める。
《ラグナ・ロック》をレベル3にアップさせ、《セフィロ・アリエス》と《海魔神》を合体させ、そのままアタックステップに入る。
「《ラグナ・ロック》でアタックします!」
私がカードを疲労させると同時に、《ラグナ・ロック》は全身に力を込める。背部には蝶を思わせる巨大な羽が出現し、神々しい羽ばたきとともに戦場を舞い上がった。
「アタック時効果で、《ラグナ・ロック》はターンに一回、無条件で回復できます!」
《海魔神》との合体でトリプルシンボルになっている《ラグナ・ロック》が、ターンに二回アタックできる。単純だが、この上なく強力な動きである。
だが、やはり簡単にはいかない。
「マジック、《シシャノショドリーム》! このターン、相手の効果と、コスト4以上のスピリット、アルティメットのアタックでは、オレのライフは一以下にならねェ」
金色の騎士が大剣を振りかざす。その一撃はたしかにイルのライフを捉えたが、与えたダメージは微々たるものであった。
残りライフ、二つ。
「ここで、《イル・イマージョ》のUハンドの効果発揮ィ! オレのライフが減少したことでェ、手札から、《獄海将軍スキッドメン・ジェネラル》のバースト発動!」
イルの提示したカードが、フィールドに出現する。
「《スキッドメン・ジェネラル》のバースト効果は、アタックしているお前のスピリット、アルティメットのコストと同じ枚数分のデッキ破壊! つまりィ! 《ラグナ・ロック》と《海魔神》のコスト合計、十五枚! お前のデッキを破棄だァ!」
バーストの力を受けた《イル・イマージョ》が、かざした手から衝撃波を放つ。青い波動は嵐のようにデッキのカードを攫い、瞬く間に私の山札を薄っぺらいものにしていく。
「ひい、ふう、みい……」
「残り〝九枚〟だろォ?」
「……」それもお見通しかよ。
思えばここまで、《ゲイル・チキンナイト》のアクセルや《アドミラル》のUトリガーで少しずつ山札を減らしてきたものだ。
「……よくぞ、ここまで耐えてくれたものです」
「そうだなァ……、だが、すでに限界は近そうだぜェ」
イルは歯を見せて笑うとともに、バースト効果を発揮し終えた《ジェネラル》を戦場に送り出した。
コアがあるのにレベル1で召喚したのは、きっと《アリエス》対策だろう。
最後の最後まで、相手を甘く見ることをしない男である。
「……ターンエンド」
私のターンが終わる。
改めて思うのは、やっぱり地味なバトルだということだ。
派手な一手があるわけではなく、大きな逆転劇があるということもなく。ただお互いに、相手の次の手を読み、罠を張り、ときに細やかな攻撃を仕掛けてきた。
「残りのデッキは九枚……、レイセン様、ここが正念場でございます」
アクエリアスが呟いた。わかってる。ゲームエンドまで、あと数分もかからない。
ヤツの小さな積み重ねで、ここまで追い詰められたのだ。
そして、私も追い詰めてきた。
「オレのターン……」
イルがターンを進めていく。手札をつつき、コアを数え、小声でなにか(おそらくこのターンどう動くか)を呟いている。
彼も、バトルが終わりつつあることを理解しているのだ。
そして判断を下す。
「行くぜェ……《鉄の覇王サイゴード・ゴレム(Rv)》を、レベル1で召喚!」
バトルフィールドに、青い巨人が現れる。《サイゴード・ゴレム》は、アタック時に大量のデッキ破壊を行える強力なスピリットだ。
そしてこの召喚は、このターンで勝負を決める気があるという意思の表れ。
「ですが、《白羊樹神セフィロ・アリエス》の効果で、《サイゴード・ゴレム》は疲労状態で召喚されています!」
フィールドに立ち込める霊気は、あらゆるスピリットの自由を奪う。それは造りものの兵士である《サイゴード・ゴレム》とて例外ではなく、彼は召喚された時点で膝をついていた。
これもまた、《アリエス》の持つ能力。
しかし。
「分かってるよォ……、だから、こうする」
やはり想定済みだ。イルだって、この程度のことは。
「マジック、《爆砕轟神掌(Rv)》を使うぜェ。オレのスピリット一体を回復させ、このターンの間、そのスピリットをひとつ上のレベルとして扱う。《鉄の覇王サイゴード・ゴレム》を回復だァ」
「回復……、しかもレベル2になった。状況はあまり良くないね」
ジェミニが固唾をのむ。
これでも、ダメか。
「アタックステップ……! 行け、《サイゴード・ゴレム》!」
青の巨人が拳をかち合わせ、走りだす。彼が一歩踏み出すたび、大地が音をたてて割れ、振動が足場を揺らしていた。
「アタック時効果、大粉砕! お前のデッキを上から、このスピリットのレベル1につき五枚! つまり、合計で十枚破棄するぜェ!」
彼の宣言に合わせて、《サイゴード・ゴレム》が力を込めた衝撃波を放つ。砂塵が舞い、思わず目を閉じる。バラバラバラと音が聞こえる。デッキが、カードが、吹き飛んでいる。
残り九枚しかないのに。十枚破棄って。
こんなの、もう。
「──レイセン!」
「──……」
鈴仙の声が聞こえて、私は目を開いた。
不安そうに私を見つめる目が、儚くて、切なくて、愛らしくて、愛おしくて。
こんなの、もう。
「……ふふっ」
「……あァ?」
笑うしか、ないじゃないか。
──だって、デッキはまだ五枚も残っているのだから。
「……え?」鈴仙がか細い声をあげれば、
「……どういうことだ」対戦相手たる彼もまた、眉を寄せて問いかけてくる。
「そんなの、決まっているじゃないですか」
私はニヤリと頬を上げた。その手には、今しがたトラッシュに落ちた一枚のカードが握りしめられている。
そのカードを、イルに見せた。
「……なるほどなァ」
「ええ。……《パラスト・ゴレム》です」
どこか、嬉しそうな表情を見せる彼。
そのカード──《パラスト・ゴレム》は、相手の「デッキ破棄効果」で破棄されたとき、そのターンの間、自分のデッキを破棄効果から守ってくれるのだ。
ピンポイントメタはあまり好かないが、イルがデッキ破壊をしてくることは分かっていたので、今回だけ入れておいた。
本当に、よくぞここまで〝耐えてくれた〟ものだ。
「さらに、《パラスト・ゴレム》のもうひとつの効果。このカードが相手の効果でデッキから破棄されたとき、私のトラッシュにあるカード三枚までを、デッキの上か下だけに戻すことが出来ます」
私は、もはや山札よりも厚くなってしまったトラッシュから、〝あのスピリット〟を探し出して提示する。
「私は、《天蠍神騎スコル・スピア》を、デッキの一番上に戻します!」
「……へえェ」
スコーピオンの帰還を、イルは満足げに首肯する。
「けどよォ……《サイゴード・ゴレム》の大粉砕が破壊するのは、お前のデッキだけじゃねェんだぜェ! 破棄したカードの中に、バースト効果を持つカードがあれば、お前のスピリット一体を破壊できる! 見逃してねェ、オレはァ……!」
《パラスト・ゴレム》を含む、破棄された四枚が改めて提示される。
その中には、バースト効果を持つ《絶甲氷盾(Rv)》のカードも含まれていた。
「やはりあったなァ! 《終焉の騎神ラグナ・ロック》を破壊させてもらうぜェ!」
《サイゴード・ゴレム》のロケットパンチが《ラグナ・ロック》を貫き、爆散させる。
本来はアクエリアスのスピリットなのに、よくぞ一緒に戦ってくれた。
「ありがとうございました、《ラグナ・ロック》。あとは……!」
私は盤上のカードに手を重ねる。
「《サイゴード・ゴレム》のアタックは、《セフィロ・アリエス》でブロックします!」
緑の神獣が再び雄叫びを上げる。霊気を固めた魔弾を、空中から次々と発射する。それらを浴びせられた《サイゴード・ゴレム》が歩みを止めたところに、彼女は強烈な頭突きを一発、彼の土手っ腹に食らわせた。
青の造兵が爆散する。元々、この攻撃に私のライフを減らしたり、スピリットを破壊するような意図はなかったはずだ。だからこその勝利。
「……」
イルは改めてフィールドを見直している。彼のアタッカー三体に対して、私のフィールドにブロッカーはいない。ライフは残り三つ。数としては丁度に見える。
だが、私のフィールドには《緑の世界》が配置されていることを忘れてはいけない。
このネクサスは転醒という能力を持ち、相手スピリットの疲労に反応してスピリットに変身する変わり者だ。
彼に──これを除去するカードがなければ、あるいは……。
「ターンエンド」
「……!」
イルの下した判断は、ターンエンドだった。
「よし……!」
「あの子たちにターンが回ったわね……!」
ジェミニとヴァルゴが、口々に喜びの声をあげる。私だって同じ気持ちだ。
だが。だからこそ、ここで冷静にならなければいけない。勝利を目前にした瞬間が最も油断しやすく、命を落とす可能性が高いのだ。
胸に手を当てる。静かに呼吸を整える。
私の残りデッキ枚数から考えて、このターンが最後のチャンス。
「……私のターン」
デッキからカードをドローする。当然、そこには彼がいる。
「……メインステップ」
私たちが勝つのは、このターンしかない!
「再び降臨せよ、青き太古の神よ! 《天蠍神騎スコル・スピア》、レベル2で召喚!」
光り輝く蠍座の門を砕き、再び、《スコル・スピア》がフィールドに出現する。
盤上のカードとしては《アリエス》の効果で疲労しているのだが、当の本人はアリエスに気を遣わせないためか、なんでもないように立ったままの姿でいた。
『悪かったな、アリエス。お前にばかり頑張らせちまって』
『ううん。戻ってくるって、わかってたから』
ふたりは顔を見合わせて頷くと、私を静かに振り向いた。
私も頷き、新たなカードを掲げる。
「さらに召喚! 異魔神ブレイヴ、《超・風魔神》!」
フィールドに緑の風が巻き起こり、その中心から烈風の騎士が出現する。
先のターンでも召喚していたが、《アドミラル》のトリガーで破壊されてしまった異魔神ブレイヴ、その二体目だ。
「《海魔神》を《セフィロ・アリエス》から合体解除して、新たに、《超・風魔神》と《セフィロ・アリエス》、《スコル・スピア》を合体!」
青の異合同士を繋いでいた光線が途切れ、今度は《超・風魔神》から二体の12宮へ、一筋の光が接続される。
「さらに、《海魔神》にコア一個を追加して、アタックステップ!」
私の宣言に合わせて、《海魔神》が青い光に包まれた。
「《天蠍神騎スコル・スピア》、アタックステップの効果! コア一個以上が置かれているスピリット状態の私の異魔神ブレイヴすべてを、コスト10、系統「神皇」、BP20000として扱い、ターンに一回、アタックできるようにします! さらに──」
《超・風魔神》が、両手に携えた巨大な槍を重ね合わせる。二振りの刃は風に包まれ、さらに巨大な槍へと姿を変貌させた。
「これは……」恐らく初めて、イルが呆けたような顔を見せた。
「行きます! 《白羊樹神セフィロ・アリエス》でアタック!」
ここまで防御に徹していた彼女が、雄叫びをあげてイルに向かっていく。その背後で、緑の騎士が巨大な槍から風を巻き起こし、発射した。
「《超・風魔神》のダブルドライブ! 相手はバーストを発動できず、さらに、このブレイヴの左右に系統「神皇」を持つスピリットが合体している間、手札のカードも使用することができません!」
「やるなァ……だが《砂海王子ナミルネス》の効果で、オレの手札が四枚以下の間、オレの手札は相手の効果を受けねェ!」
「っ……!」
ここでも抜かりなしか。
だが、攻めるしかない!
「《天蠍神騎スコル・スピア》の効果! 系統「神皇」を持つ《セフィロ・アリエス》がアタックしたので、そのスピリットのコスト以下の、相手のスピリットかアルティメット一体を破壊できます! 破壊するのは──」
《スコル・スピア》はすでに、ソイツに狙いを定めている。
「《獄海の四魔卿イル・イマージョ》です!」
青い蠍が、巨大な槍から鋭いビームを発射する。その一撃は《イル・イマージョ》の心臓を正確に捉え、抵抗も許さぬままに彼を葬った。
「ナイスだ!」
「あの四魔卿をやっつけた!」
ジェミニとヴァルゴが、誰よりも嬉しそうにハイタッチをかます。私が感情を抑えているぶん、ふたりがソレを代行してくれているような気がした。
役割を果たした《スコル・スピア》も、アリエスが見ていないことを確認してから膝をつく。彼女の前では膝を折らない姿勢にアッパレ。お疲れ様でした。
「行ける……! レイセン……!」
鈴仙の声に、小さくうなずく。
「《セフィロ・アリエス》! ここからがメインのアタックです!」
「《スキッドメン・ジェネラル》! ブロックしろォ!」
いくら将軍の名を冠するスピリットと言えど、司るもののある神獣には敵うはずもなく、《ジェネラル》は瞬く間に《アリエス》に追い詰められていく。
「フラッシュタイミング! マジック、《ラピッドウィンド》を使用します! 系統「光導」を指定! 指定した系統を持つ私のスピリット二体を回復!」
おいかぜが霊気を払い除け、《スコル・スピア》も元気を取り戻す。フィールドで奮闘中の《アリエス》もまた、風を味方につけて《ジェネラル》に体当たり。ふっ飛ばした。
どうだ! と言わんばかりに、《アリエス》がひと鳴き。
「《アリエス》さん! もう一度アタックを!」
元よりそのつもりだったのか、彼女はそのままの勢いで飛び上がった。
「《ナミルネス》! 頼む!」
戦闘態勢を取ろうとした《ナミルネス》の前に、《アリエス》が飛び降りてくる。コストやBPの観点からもサイズ差がある二名の優劣は決定的だった。
王子様がビビっている間に、《アリエス》は彼をあっさり蹴飛ばして爆散させる。効果破壊への耐性はあっても、いざ戦闘となれば呆気ないものであった。
これで、イルのフィールドにブロッカーはいない。
あとは、あの三枚の手札になにもなければ。
《スコル・スピア》のカードに手を添える。呼吸が浅く、小さく、小刻みになる。
この一撃で勝てるかもしれない。
負けるかもしれない。
イルを睨みつける。彼は無言で私を見つめている。
その頬がつり上がっている。やはり、なにかあるのか。あるいはハッタリか?
ジェミニが、ヴァルゴが、アクエリアスが、八意様が、そして鈴仙が。不安そうに私を見つめている。
怖い。
だが、攻めないわけにはいかない。どのみち、このターンで決めるしかない。
だって私、もう手札ないし。
攻めろ。
やれ。
勇気を示せ!
「──……《スコル・スピア》でアタック!」
荒波のような怒号をあげて、《スコル・スピア》が突撃する。
イルは──。
「……!」
私の目に飛び込んできたのは、力なく腕を垂れ下げ、手札を足元に散らしていく彼の姿。
そしてイルは、両手を大きく広げると、
「──ライフで受ける」
いやに清々しい笑みを浮かべて、ラストコールを告げるのであった。
2
敗軍の将はなにも語らず、ただその場に膝をついていた。
豊姫様の御体にまとわりついている闇が──恐らくイル・イマージョの本体と言っていいだろう──それが、ズブズブと音をたてて崩れ落ちている。
邪神域も、それに合わせて崩壊をはじめていた。
彼はゆっくりと顔をあげ、私を見つめる。相変わらず笑みを浮かべるその顔が、今はどこか、慈愛に満ちているような気がした。
「……やるじゃん、お前」
「…………」
私はその場に立ち尽くした。こういうとき、なんて返せばいいのだろう。
傍らに立つスコーピオンとアリエスも黙りこくり、彼の崩壊を、思うところあるような瞳で見つめている。
私は、私たちは。勝ったはずなのに、喜びとは正反対の感情に襲われていた。
だってそうでしょう? 敵とは言え、目の前でひとつの生命が失われようとしているのだから。
だというのに、彼は、気が晴れたような瞳を私に向けている。
「いいかァ……、よく聞けェ。早く、残りの四魔卿も……ぶっ殺すんだ……簡単じゃねえだろーけどなァ……。だが、その先に、この争いの答えが、ある。……っ」
「兄ちゃん!」
体を支えるだけの力がなくなり、地に倒れ込みそうになったイルを、アリエスが抱きかかえる。彼女の発した声は、酷く震えを帯びていた。
今にも泣きそうなアリエスに、彼は力なく微笑みかえす。
「なにやってんだお前ェ……、オレを倒したんだぞォ……? もっと喜べよ……」
「……無理だよ、そんなの」
「ホント、変わんねえなァ、お前……。甘いとこも、泣き虫なとこも全部……」
「喋っちゃダメ! 今、治すから……」
「やめとけェ……」
アリエスがかざそうとした手を、イルは押し返した。
「邪神域のルールは絶対だ……。もう覆せねえ……。それに、敵に情けをかけられたなんて知られたら、アイツらに笑われちまうからなァ……。これは……、オレの〝見栄〟だ」
「でも……!」
「魔力……、ねェんだろ……? その力は、仲間のためだけに使うんだ……」
アリエスの体を支えに、イルはゆらゆらと立ち上がる。私はと言えば、相変わらずその場に立ち尽くしていて、ただ、ふたりのやりとりを「兄妹みたいだ」と感じていた。
泣きじゃくる妹と、それを諭す兄。
……。
兄妹──。
「レイセン……、と言ったなァ」
私は思い至りそうになったが、イルの声がそれを遮った。彼は今にも倒れてしまいそうな不安定な足取りで、ゆっくりこちらに近づいてくる。
警戒したスコーピオンが、拳を握りしめる。
もっとも、彼はどうこうする以前に、再び力尽きて私にもたれ掛かる形となった。
慌てて彼を抱きかかえた、そのとき。
「これ……やるよ……。オレが持ってても、仕方ねェから……、あとで、アイツに渡してやってくれ……」
手渡されたのだ。
色素の抜け落ちた、一枚のカードを。
《獅機龍神ストライクヴルム・レオ》の記憶を。
「……! なんで……」
「探したに決まってんだろォ……なにかあったときのためによォ……」
自嘲気味の笑い声にすら、もはや力は残っておらず。
彼は続けた。
「ここに来るまえ……、ヴァンディールと出会ったんだ……。アイツ……体中、傷だらけでさァ……。レオに、やられた……〝全員〟に逃げられたって……。ダセェよな……」
「…………」
その言葉の中に、一筋の光があって。
「なんで……そんなことを……」
私は思わず問いかけた。彼を抱える腕に込めた力が、自然と優しいものになっていく。
彼は、彼は。
「なかまの不始末を、片付けるのも……、オレの、しごと……だか、ら」
──その言葉を最後に、完全に力尽きてしまった。
豊姫様を覆っていた闇は、灰のごとく塵となり、風に乗って、どこかへと飛んでいく。
邪神域が晴れたとき、幻想郷の大地を湿らせていた雨は、すでにあがっていた。
3
雨雲に覆われていたはずの空を見上げれば、そこには満点の星空があった。
思うに、あの雨はイル・イマージョの化身みたいなものだったのかもしれない。大自然の海──即ち〝水〟を司る、彼の化身。
豊姫様は八意様に抱えられて、病室へと運び込まれる。彼女が無事に目を覚ませば、私の当初の目的は、ひとつ達成だ。
ひとまず驚異は去ったはずなのに、お葬式みたいな雰囲気に変わりはない。むしろ、本当に死者が出たことで、より一層、それっぽさが増してしまった気がする。
とくに12宮は、彼の最期を目の当たりにしてから、誰も、一言も喋っていない。
アリエスが見せた、あの態度。
彼女を諭すような、なだめるような、イルの表情。
邪神たちは暴走している──つまり、今の彼らは、本来の彼らではないという事実。
そして、死に際に見せた、彼の優しさ。
私はひとつの考えに思い至りながらも、口をつむった。
「……レイセン」
後ろから声をかけられて、振り返れば、そこには鈴仙がいた。彼女は心配そうな表情を覗かせたが、最初に比べてかなり落ち着きを取り戻しているようだった。
「……なんですか?」
努めて笑顔を作り出し、応える。彼女の前では、弱い自分を出したくないのだ。
「その……ありがとう」
「……? なにがですか?」
私は首を傾げた。イルと戦ったことなら、豊姫様のためでもあるし、鈴仙に感謝されるようなことではない。
しかし、鈴仙は小さくかぶりを振ると、ようやく見せてくれた笑顔で、こう言った。
「レイセン、私に『見ててください』って言ったでしょ?」
「え……、あ、ああ」
うわっ、それ、無意識に口に出たやつ……。
「レイセン、私が完全に怖気づいてたから、勇気を示そうと思って、あんなに頑張ってくれたのかなって思って。でね、私も、その、レイセンのおかげで元気出たって言うか、頑張ろうって思えたって言うか、だから……」
「違いますよ」
「……え?」
そんなにカッコいいもんじゃないです。そう言って、私は背中で手を組んだ。
照れくさくって、不器用な笑みを浮かべずにはいられなくなる。
「あれは……そんな立派なものじゃなくて」
「……」
今度は鈴仙が小首をかしげる。長い薄紫色の髪がふわりと揺れ、視界に映る首筋が、なんだかとっても色っぽく見えた。
ギュッと握りしめた手に汗が滲んで、こんなの鈴仙に見られたら気持ち悪いとか思われるのかなあ、いや鈴仙に限ってそれはないか。とか、一瞬のうちに色々な考えが頭の中に浮かんでは消えた。どうやら私、思った以上に動揺しているらしい。
でも……こんなにいい機会ってないし、勇気を出して言ってしまおうか。
「あれは……ただの、見栄っ張りです」
後ろから、アクエリアスたちの「おや……」とか「ワォ」とか「あらまあ……!」とかいう声が聞こえてくる。うん、お願いだから見栄っ張りーズは黙っててくれ。
そして、当の鈴仙はと言えば。
「……えっ、レイセン、誰か好きなひとがいるの?」
…………。
あちゃー、伝わらなかったかぁ。
鈴仙って、意外と鈍いんだなぁ。
声を忍ばせる彼女に、私は思わず苦笑した。決して間違ってはいないので、この中にいますよ、とは答えておいた。
そんな私の肩を、ヴァルゴがポンと叩いて一言。
「今夜は朝まで飲み明かすわよ」
だまらっしゃい。てゆーか、ワイルドな感じに親指を立てるんじゃない。その澄まし顔はなんだ、このお惚気女神。
私はムスッと頬を膨らませた。まあでも、そんな彼女の気遣いが嬉しかったのも事実であって。
「うあっ……」気が抜けた私は、その場で立っていられなくなってしまった。
「レイセン⁉」
咄嗟に鈴仙が抱きかかえてくれて、私はなんとか倒れずに済んだ。
ああー……緊張から開放されたせいか……。
「うええ……怖かったぁ……。勝ててよかったよぉ……」
「れ、レイセン……?」
鈴仙に包容されたことで、なんかもう、色々と溢れ出てしまって。
私は泣き言をいいながら、豊姫様と同じく病室に担ぎ込まれた。鈴仙がお姫様だっこしてくれたので、今回の頑張りの報酬としては上々だろう。
鈴仙の腕で目を閉じながら、私は、今夜のことを振り返る。
僅か数時間の出来事だったけど、これからずっと、夜に雨が降るたびに、私は、この夜のことを思い出すのだろう。
それからもうひとつ。
めちゃくちゃ疲れるから、見栄っ張りはもう、こりごりかな。
4
夜明け。竹林に遮られながらも僅かにこぼれ落ちる陽の光が、永遠亭を照らす。疲れ果てて眠ってしまったレイセンに別れを告げて、私はここを出立した。
雨上がり特有の湿った匂いが鼻をくすぐる。早朝ということもあり、夏真っ盛りにしては涼しい風が吹いていた。
ちなみに、今日はすこし気分を変えて、半袖のブラウスにオレンジのスカートという身軽な出で立ち。いわゆる勝負服である。
「優曇華院様」
永遠亭の門の影から、私の名を呼ぶ声がして、立ち止まる。私の前に立ちふさがるように現れたのは、12宮の騎士、アクエリアスだった。
彼の優雅な一礼に合わせて、真っ黒な髪がサラリと垂れ下がる。同じくらい真っ黒な革製のライダースジャケットを見事に着こなす姿からはワイルドな印象を受けるが、彼の一挙一動は揺れる水面のように優雅であった。
「……アクエリアス」
「まずは、昨晩の無礼をお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」
「昨日も言ったでしょ? 気にしてないって」
昨日のことを思い出して、私はかぶりを振った。けっこう強く振ったせいで、長い薄紫色の髪がふぁさーっと揺れてアクエリアスに当たる。
「あ、ごめんなさい……」
「いえ、お気になさらず」
アクエリアスが再び頭を下げる。こんなに穏やかな彼に頬をハタカれたなんて、昨晩のアレは、やっぱり夢でも見ていたんじゃないだろうか……。
とは言え、痛かったのは事実であり、目の前で彼は謝罪の言葉を口にしていて、あれは現実だったんだなあって思わされる。
ただ。
「……怒っていなかったのは、アナタも一緒なんでしょ?」
「……」
「わかるよ。私がレオを侮辱したなんて、ホントは思ってなかったくせに」
「……何故、そのように思うのです?」
「私、ひとの〝波長〟が視えるから」
自分の目を指さして、私は僅かに微笑みを浮かべる。
自慢しようとは思わないが、この能力だけは、私の特権だと思う。
「アナタの波長は、ずっと長いままだったから」むしろ「ちょっと、罪悪感みたいなものを感じていたんじゃない?」
「……畏れ入りました」
「ううん、全然」
むしろ凄いのはアクエリアスの方で。
「アナタこそ、私の目を覚ますために、わざとあんなことしたんでしょ?」
「…………」
口でダメなら、物理的に目を覚まさせるしかない。朝寝坊を起こすときの常套手段だ。
いわゆる、アメとムチというやつ。
「けっこう効いたわよ。おかげで目が覚めたし、なにより、レイセンの言葉が耳に入るようになった。本当にありがとう」
そして、ごめんなさい。私も彼に頭を下げる。私の目を覚ますためにしたことが、アリエスやスコーピオンたちの目にはどう映ったのだろうか。
私のせいで、12宮たちの彼に対する信頼が、これまでと違うものになってしまったかもしれない。そう思うと、心が痛んで仕方がなかった。
その旨をアクエリアスに伝えると、彼はくすりと笑って見せた。
「ご安心ください。この程度のことで、12宮の絆は揺るぎません。アリエス様も口ではああ言っておいでですが、わたくしの行動には理解を示してくださっているはずです」
「……信じてるのね、仲間のこと」
「はい。……今のアナタと、同じようにね」
「…………」
さすが12宮。アリエス然り、ジェミニ然り。彼もまた、中々に鋭い。
アクエリアスは微笑み首を傾げた。
「……レオ様のこと、探しに行くのでしょう?」
「うん」
即答した。昨晩のイル・イマージョの言葉が確かなら、ヴァンディールはレオに深手を負わされた上、私たち〝全員〟を逃してしまっている。
おそらく、レオも。
私は、胸ポケットから一枚のカードを取り出す。昨晩レイセンから託された、《獅機龍神ストライクヴルム・レオ》の記憶だ。
カードに眠る、記憶の彼と目を合わせて、私は小さく頷いた。
「無事だって、わかってるから」
アクエリアスは首肯した上で口を開く。
「ですが、それならば彼の帰りを待てばよいとは思いませんか?」
「アナタだって、アイツのこと分かってるでしょ?」
下手くそなりに、私は、悪戯っぽく笑って答えてやる。
「アイツ、誰かが迎えにいかないと、ずっとどこかで昼寝してるわよ」
「よくご存知で」
満足げに頷いた彼を見て、なるほど、試されていたんだなと思う。
昨晩レイセンの勇姿を見せられた手前、私に引き下がるという選択肢はない。
身の丈に合わないことだとしても、やってみないと結果は分からないらしいから。
そして、身の丈に合わないことだからこそ。
「アクエリアス、お願いがあるんだけど」
「承知しております」
「まだなにも言ってないんだけど?」
「付いてこいと仰るのでしょう?」
「……」うーん、バレてた。
「そのために、ここで待っておりました」
「……どうして、私のためにそこまでしてくれるの?」
ひとりは怖いので付いてきてほしい。それは率直な要求であったし、もちろん、彼が付いてきてくれるというなら、有り難いことこの上ない。
スコーピオンやアリエスが、レイセンに力を貸してくれたように。
……でも、彼が私にここまでしてくれる理由って、いったいなんだろう。
眉を寄せて問いかける私に、アクエリアスは片膝をついて頭を垂れた。
「アナタ様は、あのレオ様がお気に召された御方でございます。であれば、アナタ様もわたくしの主のようなものでございましょう」
「うえっ⁉ あ、あるじって……! 大げさよ、そんなの」
「いいえ。12宮の騎士アクエリアス、アナタ様に忠誠を尽くさせていただきます」
よ、予想外すぎる答えが返ってきた……。
目を見開いて見つめる先には、なおも頭を垂れ続けるアクエリアスの姿があって。
遣える側の私にとっては、こんなの未知の経験である。
「諦めたほうがいいよ、鈴仙。アクエリアスはこうなったら引き下がらない」
後ろから、中性的な少年らしい声が聞こえてきた。
振り返れば、そこにはやはり、銀糸の髪を持ち、騎士か魔法使いのような出で立ちをしたふたり組の姿がある。
ふわりと揺れる柔らかそうな髪からは、甘くていい匂いが漂ってきた。
「ジェミニ、それにヴァルゴも……」
「ふふん、悪いけど、ふたりだけに行かせないわよ」
ふたり組の髪の長いほう──ヴァルゴが、ドヤ顔気味に胸を叩いた。
「なにせ、レオのことは私にも責任があるからね!」
「……ヴァルゴ、それ、得意げに言うことじゃないからね?」
「わ、わかってるわよ!」
髪の短いほう──ジェミニに窘められて、ヴァルゴは顔を真っ赤にする。
「と、とにかく! ふたりだけには行かせないから! ねっ! わかる?」
胸の前で小さくガッツポーズを繰り返すヴァルゴは、なんだかとってもアホの子のように見えて。
でも、本当は思慮深くて優しい人物だということを、私は知っている。
「……えっと、真面目な話なんだけど、ぼくらも付いて行っていいかな? アクエリアスがいるとは言え、戦力は多いほうが安全だと思うんだ。それに、ぼくとヴァルゴの能力があれば、ひと探しだって多少は楽になる」
短く苦笑したあと、ジェミニは真剣な面持ちで話を切り出した。感情豊かで明るい性格のヴァルゴと、穏やかで冷静なジェミニ。いい感じにバランスのとれたコンビだ。
ふたりが付いてきてくれると言うなら、こんなに嬉しい話は他にないが……。
「でも……いいの?」
ふたりの怪我のこととか、永遠亭の戦力のこととか。心配事はたくさんある。
だが、ふたりは顔を見合わせて笑うと。
「ノープロブレム」
「今朝、とっておきの助っ人が来てくれたから」
そう言って、永遠亭の庭に面した外廊下を見やる。
そこには、私と同じくらいの背丈の男の子がいた。
黒色の髪をボブカットにした中性的な容姿をしており、白色のシャツに灰色のショートパンツという装いである。
彼はこちらと目が合うと、元気よくピョンピョン跳ねながら手を振ってきた。
「みんな! オレ、ここちゃんと守る! だから、行ってらっしゃい!」
「ええ、ありがとう」
ヴァルゴも笑って手を振り返す。
「えっと……誰?」
私はジェミニを見やった。当然の疑問、だよね……?
「ピスケスだよ。昨日、皆で話し合いをしたときに言った……」
「へえ、あの子が……?」
昼間に霊夢も口にしていた、12宮の魚座だという。どうやらまた、永遠亭に来てくれたらしい。
皆が頼りにしているようだったし、あの博麗の巫女も太鼓判を押していたので、もっと大人っぽいのを想像していたのが事実ではあるが。
「ああ見えて、かなりの実力者なのですよ。加えて、我ら12宮の中では最も運勢の強い御方でもあります」
「へえ……」アクエリアスの説明に、私は小さく首を振った。
実際、霊夢の依頼を受けてすぐに《亥の十二神皇》と遭遇し、数時間後には《天秤造神リブラ・ゴレム》の記憶も発見したという功績があるらしい。
永遠亭にはスコーピオンも滞在しているし、これで戦力問題はクリアした、ということなのだろうか。
「でも、ふたりとも怪我は……」
「そっちもノープロブレム」
ジェミニは、腹部を隠していた制服のボタンを外す。
そこには、きめ細やかな美しい肌があった。
「キミも知ってるだろうけど、これでも神様だからね。アリエスの自然治癒を高める魔法と組み合わせて、一晩眠れば全快できる」
「右に同じく、ね。見せないけど」
ヴァルゴも得意げにウインク。かわいい。なんだか少しドキッとした。
とにかく。これで、ふたりの怪我を心配することもなくなったというわけか。
「鈴仙、ぼくらは準備できてるよ」
「あとは、アナタ次第ってことね」
ふたりの言葉に、私は静かに頷いた。
昨日のことといい、私なんかが、本当によい仲間たちに恵まれたと思う。
あとは私次第ということだが──そういうことなら、もうすでに、心は決まっている。
私は三にんと順に目を合わせ、小さく息を吸い込んだ。
「レオを探しに行くわ。みんな、私にチカラを貸して!」
○
永遠亭の二階。開け放たれた障子から外を眺めていると、ジェミニが仲間たちとともにここを離れていくのが目に入った。
彼の横顔は愛らしいくせに男らしくて、永遠亭に背を向けたときの後ろ姿なんて、華奢な体躯に反して、やけに大きく見えたものだ。
私──つまり、九十九弁々とふたりで行動していたときは、心配性で頼りない少年に見えたものだったが。
「声、かけなくていいのか?」
後ろから、声をかけられた。
見れば、そこには派手な羽織を身にまとった傾奇者がいる。名前は炎利家と言っただろうか。いかんせん昨日出会ったばかりなので、まだうろ覚えである。
だが、思わず笑ってしまったのは。
「アンタがそれを言うのかい?」
「は?」
「アンタだって昨日、オレの出る幕じゃないって、引き下がったくせに」
「……」
──そう。誰しも、引き際というものを弁えている。私も、そして、この男も。
八意永琳に聞いた話だが、この男、昨日の昼間はレイセンという少女の特訓にひたすら付き合ってやっていたそうじゃないか。戦い、デッキ構築を議論し、また戦って、プレイングを見直させ、もう一度戦い、バトラーとしての心構えを説き、また戦って……。
そうして昨晩、そのレイセンが戦場に立ったとき、彼はひとりその場を離れた。
いわく、「どっちが勝つかなんて、見るまでもねえ」だそうで。
そこが、彼の引き際だったのだろう。
情熱を持って戦いに向かうものを最大限叱咤激励してやり、最後は、そのひとを信じて立ち去ってしまう。
そんな彼が言ったからこそ、あの言葉が可笑しく思えて。
「私にとっては、ここが引き際なんだよ」
言うまでもないと思っていたことを、澄まし顔で呟いた。
「私が異変に首を突っ込んだのは、ジェミニを守るためだった。だけど、今のアイツは誰かを守る側に立ってる」
もう、私の出る幕じゃない。それが私の出した答えだった。
「……これからどうするんだ?」
「
私は琵琶を出現させると、短く音色を奏でる。琵琶の音は繊細なのに力強くって、世界中に届きそうなくらいよく響くのだ。
──不意に、竹林の影に消えつつあったジェミニが、永遠亭を振り向いた。
彼は柔らかく微笑むと、すぐに背を向けなおして竹林の奥へと姿を消していく。
……私の音が聞こえたのだろうか。
一瞬、彼のもとへ走って声をかけたい衝動にかられたが、唾とともに喉の奥へと流し込んだ。そうしなければ、昨日、霧の湖で別れたあとから、彼の前に現れないようにしていることの意味がなくなってしまう。
彼はもう、守られる側ではないのだから。
「ヴァルゴのこと、ちゃんと守ってやりなよ、ジェミニ」
私は微笑んで、彼の背にはなむけの音色を奏でた。
続
末尾まで閲覧いただきありがとうございます。
最後の会話シーンはちょっとしたオマケというか、番外編みたいなものです。ふたりとも、もう本編中で活躍させるのが難しいと判断致しましたので……。
こんな調子ではありますが、次回もごゆっくりお待ちいただければ幸いです。