無職転生 小噺集   作:USHIかく (錦)

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ルーデウスと「お母さん」のお話です。
オリジナル要素やツッコミどころがあればお許しください。
正確には小説じゃないかもしれないですね。

アニメ1期最終話を見た後に読んでいただくと良いかもしれません。
あの後家族がどう思ってたのかをよく考えたりする。


「お母さんより」

 私は間違っていないと思っていた。

 私の子どもたちはみんな健やかに育っていった。

 それぞれの道を選び幸せになると願っていた。

 たまに揉めることもあったが、一人の母としてすべきことはしてきたと思った。

 

 でも違った。一人だけ他の子達のようにはいかなかった。

 次男は、この子だけは、普通にはなれなかった。

 

 もともと自尊心が高くて、自分の好きなことに熱心な子だった。

 たまに要領が悪いことがあっても、ひたむきに取り組んだ。

 自分の決めたことを守る少し意固地で、頭のよくて、笑顔の多い、そんな子だった。

 でも、高校に入ってすぐに、彼は同級生からいじめに遭った。どんなことをされたかの詳細は話してくれなかった。それでも、彼を深く傷つけることがあったのは想像がついた。

 親として許せなくて、同時に守ってあげられなかったことにやるせなくなった。元通りになるまでそばにいて励まし続けようとおもった。

 

 いじめは彼の意思をへし折ってしまった。

 逃げるという意志が出来上がってしまっていた。

 一度部屋に逃げ込んでしまったら、もう出てこなくなった。

 

 時間がそれを解決してくれると思った。

 でも、してくれなかった。

 あらゆる意味で荒れていってしまった。

 私たちはできる限りのことをしたつもりだった。それで元通りになると思っていた。

 

 でも、態度は軟化するどころか、日に日に悪化した。

 明るく話しかけてくれたあの子との時間を思い出しても、聞こえるのは怒声と衝突音ばかりになった。

 

 彼の欲しい物は時折買ってあげた。

 声を荒げることもなく、少ない口数ながらも穏やかな声で私に欲しい物を伝えてくれたことが嬉しかったからだ。

 あまり彼の趣味に詳しくないからちゃんと覚えてはないけれど、パソコンとか、ゲームとか、アニメのフィギュアとか、いろいろなものがあった。

 手に入れたばかりのときは、まるで子供のように嬉しそうに触って。小さい頃の好きなことに熱心に取り組む少年の目をしていた。いじめも引きこもりも忘れて、没頭していた、気がした。それが嬉しかった。そうして少しでも生きることに希望を見出して前に進んでくれて嬉しかったのだ。

 

 でも、欲しい物を頼まれる頻度も減った。会話する数少ない機会も減り、ありがとうも言われなくなった。

 私は、彼に見えないところで涙した。

 これしかできることはない。

 親としてできることは、支えてあげることだけなのだから。だけど、それが彼を救い出すものではなく、一時的な現実逃避の道具に過ぎなかったのかもしれない。

 そう。これを続けていけばきっとこの状況も良くなる。孤独の部屋から抜け出し、一歩踏み出してくれる。そう思っていたが、そうはならなかったから。

 

 小さい頃のような無垢で熱心なあの子はどんどん廃れてしまっていた。

 しばらくしたら買ってあげたあれこれの匙を投げてしまった。

 いわゆる三日坊主だ。

 それも子供らしいのかもしれない。

 でも、瞳にあるのは子供の目移りではない。

 ……諦念だ。諦念が関心を失わせたのだ。

 そのまま放りだして、いつもどおり引きこもって、音沙汰もなくなってしまうのだ。

 

 すでに何年も前の話だが、ある時、彼の父が痺れを切らし、激昂しながら部屋へ無理やり入ったことがあった。私は反対しながらも、それに追随してしまった。

 当然、彼は私たちが部屋に入ろうとしていることに気がつくと反抗した。

 部屋は電気がついておらず、暗かった。遠くから様子を見に来たのは長男だけだった。

 部屋に入ってからは自暴自棄かのように怒鳴りながら物を投げたりとめちゃくちゃにした。

 ――投げたものの一つに、私が買ってあげたフィギュア制作道具と、完成途中の作品があった。

 フィギュア作りのことなんてわからないけれど、不器用ながらも頑張って作っていたことが窺えた。とても時間を掛けて作っていながら、途中で諦めてしまったようだった。

 それが、バラバラになってしまっていた。

 頑張って作ったものを壊してしまったこと。私が買ってあげたものを怒りで投げたこと。

 些細なことかもしれないが、そのことにただ悲しさがこみ上げてきた。

 そして、彼の顔を初めて見た。

 彼は泣いていた。私の息子が一人泣いていたときに、私たちは扉を開けることを強行し、辛さと戦っている真っ只中に癇に触れたのだ。

 その時の悲痛な罪悪感は忘れられない。

 それ以来、彼の部屋に入ることはなくなった。

 私たちは、彼を救うことはできなかった。

 

 引きこもり調査のようなものが家に来たことがあった。

 その時、私は依然として、「いいえ」と答えた。

 あの子を引きこもりだと認めたくなかったから。

 あの子なら、もうすぐ、いずれ、いつか、立ち直ってくれると信じたかったから。

 そんな自分の拙い思惑のために、国に嘘をついた。

 そのことを知られた長男に叱責された。

 支援があるかもしれない、と。何かできるのかもしれない、と。

 

 私は、これ以上どうすればいいのかわからなかった。

 大切に思っていたのは間違いないと言いたいが、母失格だろうか、私は億劫で疲れてしまった。

 そして、いつしか考えないようにして、何事もない平穏な時間を過ごそうと心がけていた。

 普通の平和な中年夫婦だと考えることにした。

 それが日常になってしまっていた。

 

 その長男だが、次男のことを一番考えていたのは彼だろう。

 孫も生まれ、家族で集まったある正月のことだった。三男と長女は彼のことを話題に出した途端に態度を豹変させ、関わりたくないとの如く口を閉じた。だが、長男だけは声を荒げながらも対話に応じ、二人きりになったときに負い目を吐露したのだった。

「どれだけクズであっても、兄の俺が面倒を見てやれなかったから、助けられなかった」

 そう自責の念を示した。そのことに――自分の無力さが原因の重りが子供にのしかかっていることに――ただ悲しむことしかできなかった。

 その後、長男は言った。「もし母さんたちがいなくなったら、誰が責任を取るのか」と。

 

 それを、おそらく折れた肋骨の老体を見下ろしながら、思い出して痛感している。

 

 もうすぐ私の意識も途切れてしまうだろう。

 高速道路でトラックとの事故に巻き込まれた。致命的だろう。隣りに座っている主人が心配だ。顔から血が出ており意識を失っているようだ。助かって欲しい。

 

 私たちがいなくなったとしても、子どもたちは大丈夫だろうか。やっていけるだろうか。

 いや。彼らはそれぞれ自分の道を歩み独り立ちしていったから大丈夫だろう。

 私の子どもたちはみんな強いから、大丈夫だろう。

 

 でも、だから。

 ――願わくば、私の意識が途切れた先の未来で、あなたが幸せになれますように。

 一人で立ち上がって、兄弟と仲良くしながら前を向けますように。

 

 最後に、こんなことを思い出した。

 いつか次男に宛てた書き置きにもあったし、よく言っていたこと。

 私の子どもたちはみんな強い、と。

 それは、間違っていたのかもしれない。

 みんな強いから大丈夫だと決めつけていた。

 彼のことを兄弟としての括りではなく、一人の子供として考えてあげられなかった。

 今更反省しても遅い。私はダメな母親だったのかもしれない。

 

 みんな、悲しんでくれるだろうか。

 彼は、悲しんでくれるだろうか。

 最後に、こんな年でも、一度だけでも、抱きしめてあげたかった。

 

 こう考えてしまうのは母親失格かもしれないけど、今際の際ならば言ってしまおう。

 もしあの子に次の人生があるなら。願わくば、その時は、いじめ、苦しみ、孤独とは無縁な人生を送れますように。

 大切な人に囲まれて暖かな人生を送れますように。

 笑って過ごせますように。

 

 幸せに、なれますように。

 

 願わくば――

 

〈了〉




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