ネタバレ注意。解像度などご容赦ください。
ただくろさんのご厚意でコミケット100の「夏のむしょ本」に寄稿させて頂きました作品をこちらでも掲載させて頂きます。色々とありがとうございました。
「ルイジェルドさん、スペルド族の寿命ってどれくらいでしたっけ?」
闘神戦からしばし月日が経ち、二人で森を歩いてた時。
かつて、ルーデウスはこう訊いてきたことがあった。
「2000年くらいは生きる」
「すごい長生きなんですね、ラプラス戦役の頃からいるから当然か」
「お前はそれくらいとっくに知っていると思っていたが」
土を踏む音とやり取りの声が森の空に響く。
「人間は長くても100年しか生きれませんからね。……いや、こっちだと6、70くらいが限界かな」
なぜまたそんな話を、と思っていたが、
「俺だってもう30代なんですから、いずれ死ぬことになるんですよね」
「そうだな。人族の寿命は短いからな。だが、お前はまだ死などを考えるには早いだろう。言っていた役目も多く残っているだろう。嫁や子供も養わねばならん」
「死ぬつもりなんてありませんよ。死にそうになる経験なんてもうこりごりですし」
「ふっ、そうだな」
そこで、ルーデウスは少しだけ言葉を濁らせ、こちらを見据えた。
「まあまあ、前々から備えておくのも大事ですよ。俺もいつ死ぬか分からないし。ノルンだって同じくらいしか生きれないんですから」
「……ああ、そうだな。だが、そんな考えはお前らしくないぞ、ルーデウス」
ノルンの寿命のことなどとっくに知っている。
だが、そのことは考えないようにしていた。
間違いなくルーデウスのおかげで俺は変わることができた。
二人の過去の記憶に時折思いを馳せるのも悪くない。
初めて出会ってから二十年以上が経った。その数十年という月日は俺にとってはそう長い時間ではない。だが、ルーデウスはすでに老け始めている。いずれは寿命に呼ばれるだろう。
人族である以上は仕方がない。だが、寂しいものがある。
そして、歳の近いノルンの今際の時もまたルーデウスの最期とそう遠くはなかろう。
「大丈夫ですよ。俺はお迎えが来るまでは嫁たちとイチャイチャして人生大往生しますからね!」
*
「ルイジェルドさんの、昔のお嫁さんの話を聞きたいです」
その日の夜。眠るルイシェリアを横に、突然ノルンは俺をじっと見つめて告げた。
共に過ごした時間は積み上がっているが、何を考えているか分からないことがたまにある。
「……あ、勘繰らなくてもいいですよ。もっとルイジェルドさんの話が聞きたいと思って」
「聞いても面白くないぞ。少し暗い話になるが、それでも良いなら――」
初めて結婚したのはもう随分と昔になる。
村で出会った、献身的で優しく、しかし自分を持ったスペルド族の女性だった。
思えば、ノルンと重なる部分も多い。
彼女との間の息子もそれを継ぎ優しく、だが強固なるスペルド族の戦士に育った。
しかし、俺たちは……俺は、彼らを殺した。
ラプラス戦役にもたらされた狂気は、大切な家族すら喪わせた。
今でもその絶望と悔いは消えない。
その後数百年、新たに嫁を娶ることも、子を作ることも考えることはあまりなかった。
明くる日も周囲から忌み嫌われ、恐怖の対象として罵詈雑言を投げられた。それは、多くの命を簒奪した己への罰であり、相応の報復であると考えた。
スペルド族の矜持を穢した身として同志の前から姿を消した。
勇敢な一族の名声を地に落とした責務は自分にこそある。その事実をしまい込み、新たな相手を探し別の人生を歩むことなど許されない――それが俺のすべき贖いだと。
その苦しみから解いてくれたのはノルン・グレイラットだった。
兄に似て世話焼きだが、時にそれは孤独の心を癒した。
彼女のほころんだ笑顔は俺の心を穏やかにした。
かつて彼女はよく懐いた守るべき子供だった。しかし、十数年後には彼女は美しい女性へと成長した。
そこに、久しく抱いていない恋慕の情が訪れた。
ルーデウスの妹は、のちにノルン・スペルディアへと名前を変えた。
「ルイジェルドさんだって、幸せになってもいいんですよ」
というノルンのその言葉には、少し救われた。
回想を追憶しながら、ルーデウスと交わした言葉を思い出した。
「俺はまだ寿命が長い。だが、人族のノルンはそうともいかないだろう」
そのことに、悲しそうな顔を浮かべながら彼女は俺の手を取った。
「私がルイジェルドさんと過ごせる時間は、ルイジェルドさんにとってとても短いかもしれません。でも、その短い時間を決して忘れないほど、鮮やかで幸せなものにすれば、きっと、この先のルイジェルドさんの心にも残り続けてくれます――」
――昔、そう言っていた。
そんな言葉を思い出した。
ルーデウスがこの世を去ってから少し経つ。
――人の寿命は短い。
「ルイジェルドさん……大好き、です」
「ヒック……ヒック……」
ベッドの側で、歳を取っても美しさの片鱗が残る顔を見つめ手を握りしめる。
反対側には、娘のルイシェリアが瞳を潤わせ母の手を握っている。
「ルイシェリア……元気で、ね……」
すっかり大人になった彼女も、今は幼子のようにただ強く握った指先に絶えない涙を落としていた。
「あなたと出会えて……とても……幸せ、でした……」
「……俺もだ」
俺は、出来る限り優しい笑顔を作った。いや、自然とそうなっていたのだろう。
薄く微笑み、家族の手を取りながら、ノルンは静かに息を引き取った。
彼女の平和な生涯を守れたという誇らしさと、そこはかとない喪失感に感情がせめぎあう。
穏やかな顔で妻を看取ることができたのも、またあの男――ルーデウス・グレイラットが守った一生だろう。
「お母さん……ありがとう……」
微笑で涙を流す娘を見て。
涙が、少し溢れた。
俺の人生の、最後にして最大の関門が訪れようとしている。
命は助からぬかもしれない。
救いを求め、救われたと錯覚させられた「魔神」。
――ラプラスの復活に、俺はノルンの、そしてルーデウスの遺志を持って、この世界を守ろう。
龍神オルステッドも未だ万全ではない。
未曾有の出来事に緊迫感は止まない。
魔神がどこから再誕するかも依然として定かでない。
そして、ルーデウスが死ぬまで謳い続けてきたヒトガミという存在の討伐。
ルーデウスの悲願に応えてこそ、あの兄妹にはなむけができよう。
ルイシェリアにも与えられるものは十分に託した。
あの子ならきっと、たくさんの人の役に立てるだろう。
父として、共にラプラスを討伐せねばなるまい。
そして、ルーデウスの悲願をも叶えた時、俺の役目を果たした時。
また会おう。またその優しい笑顔で、美味い手料理を振舞ってくれ。
……そう言い、ノルンの墓を後にした。
人の寿命は短い。
自然の摂理だ。
だからその短い間にできる限りのことをするだけだ。
ノルンはその短い時間に家族で幸せを分かち合い、分け合った。俺の人生を、その短い間であれ、鮮やかにしてくれた。感謝している
そんな彼女に出会えて、俺も幸せだっただろう。
左手に担いだ三叉槍には、涙の跡が一つ残っていた。
――ノルン。愛している。
〈了〉
久々の無職転生二次創作です。
手に取って自分の作品が見れるのはいいですね。