ヒロイン兼黒幕少女の暗躍   作:PSコン

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第25話「神が実在するのなら」

 過去があふれ出す。

 前世、時巡優子の第一の生。

 

 産まれは普通。共働きの両親だったから、妹の面倒を見ている時間が多かったかもしれない。別に大して手の掛かる妹ではなかったから、やっぱり私は普通の女の子で居られたと思う。

 

 私の転機は高校一年生、両親が離婚してからだ。

 

 やっぱりか、って感じだった。子供ながらに両親の仲が冷え切っていたのは知ってたから、意外性はなかった。

 でも破局の直接の原因が、父親の不倫というのを知って凄くショックを受けた。裏切られたと感じた。

 

 信じられない。せめて離婚してからヤレばいいのに。最悪だ。誠実さがない。

 私と同じことを思ったのか、母親もそれからヒステリックになってしまった。

 細かいことでキィキィと喚くのだ。鬱陶しくてしょうがない。

 

 でも私は頑張った。だってそこで逃げたら父親と同じだ。

 ただひたすら実直に。それが私のモットーだった。泣きたくなるほど大変だったけど、努力は実を結び、大学に進学する頃には、母親も昔の穏やかさを取り戻していた。

 

 そこで私は自らの()()()を誤認した。

 

 妹が体を壊し、腎臓を交換しなければならなくなった。私は真っ先に右手を掲げた。不幸にもドナーとしての適性があったから、それは受け入れられた。妹のための献身、大した美徳ではないか。吐き気がするほど正しい行為だ!

 

 その結果私は死に、妹の安否も不明な状況だ。

 

 私はリスクを冒すべきではなかった。誰か私ではない他人の腎臓を妹に入れ、確実に状況を見極めるべきだったのだ。

 

 愚直さなど要らない。

 他者を踏みにじり、利用し尽くせ。それが正しいのだと考え直したのだ。

 

「その結果が、これか」

 

 使い潰した青木霧江に意識を弄られ、利用価値の無くなった水無月竜輝を始末しようとすれば致命的な進化を促した。何より世界を敵に回す羽目になっている。

 私はまた間違ったのだろうか――何て考えはしてたまるものか。

 

「……まだ、終わってない」

 

 自らを奮い立たせる。

 まだ私は生きている。霧江に弄られたと言っても目的を大きく阻害するものではない。妹への感情がちょっと大きくなっただけだ。竜輝も強くなっただけ。分身の最期を見るに、正気を保てているかも怪しいものだ。世界を敵に回すのだって、覚悟の上だった筈だ。

 

(そうだ、想定外はあれど、対処は可能。こんな所でふらついている暇はない)

 

 今私は、本体がするべき仕事を分身に投げ出し、夢遊病者のように町を彷徨っていた。

 無意識は私を例の公園に導いたらしいが、そんなことはどうでも良い。

 

 だが悪いことは重なるものなのだろう。信じられない不運(ありえないじょうきょう)が私を襲った。

 

「ゆ、優子……?」

 

 私に呼びかける不快な声が耳を通る。父親がそこに居た。

 

 

 

  *

 

 

 

 家庭からも、社会からも、全てから逃げ出した。

 だがそれでも世間の混乱ぶりは時巡小太郎の目に耳に入った。

 

 その混乱の元が『コレクター』と呼ばれる存在で、我が娘が絡んでいることは何とはなしに理解できてしまった。

 昔から能力を良からぬことに使っている事だろう事にも、気がついていなかった訳ではないからだ。

 

 時巡小太郎の能力は能力の使用を感知する能力。

 

 ある時期から――娘が自宅から出てはいないが、毎晩能力を使用していることを知っていたのだ。その時期から『コレクター』の活動が始まったことも。

 

 関連性を疑ったが、疑問には蓋をし、日常を保つことに努めた。

 

 だってそうだろう。

 娘が外で何をしようと、それが家庭に何ら関わらないなら目を逸らしたって良いじゃないか。

 

 それから程無くして、妻が死んだ。

 外のことが内に入り込んできたのだ。

 

 それでも、いや、だからこそ。現状の維持に努めるべきだったと思ったのだ。

 それは理屈のない、何もしないだけの言い訳だった。限界はすぐに来た。

 

 5年前、とうとう矜持も何もなく逃げ出した。

『コレクター』の噂は度々耳に入った。それでも意識を逸らし続けていたが、もう限界だった。確かトリガーは部下の身内が不幸にあったことだっただろうか。いや、最早どうでもいい。

 

 とにかく。このまま野垂れ死ぬまで時巡優子とは他人のふりをし続けたかった。

 それが叶わぬ願いだと、十字岳人という訪問者に思い知らされた。

 

 それでも逃げ続ける選択を選んだ。今度は名を捨て、彼女が訪れる筈のない僻地に逃げようと決意した。

 

 持っていく物は、僅かな金と痛んだ衣服だけ。名前は捨てる。捨てるのも勇気がいる作業だった。相応の場所でなければならないと思った。

 相応しいのは、おそらく家族の崩壊が表層化したあの場所だ。

 

 妻が死んだ公園。妻が娘と度々訪れていたという、自分にとってはただ通り過ぎるだけの場所。

 

 そこに居た先客に、思わず声が漏れてしまった。

 

「ゆ、優子……?」

 

 それはまさしく時巡優子だった。

 

 彼女は最後に見た時から何一つ変わっていない視線をこちらに向け、何とか冷静さを保とうとするような、僅かに震えた声で言った。

 

「お前はそこで何をしている?」

 

 剥き出しの敵意に息を吞む。

 何一つ変わってない? そんな訳がなかった。歳月は確かに彼女を変えていた。

 

 口を開くことさえできないこちらに何を思ったか、彼女はこう続けた。

 

「ああ、そう。また私たちの邪魔をするわけね」

 

 何を言っているのか理解できなかった。彼女には最大限気を使った。彼女の邪魔をしたことなんて一度としてなかった。

 

 それを言葉にしようと何とか口を開くが、吐き出されるのは息だけだった。

 近づいてくる彼女に堪らず腰が抜ける。

 

「最初から、こうしておけば良かった……!」

 

 憎悪の込められた言葉と拳が、襲い掛かってきた。

 

 

 

  *

 

 

 

 一歩遅かったことを、これほど悔やんだのは妹を救えなかったあの時以来だ。

 

 十字岳人の中では既に、時巡優子は妹にも匹敵する存在であることは既に疑いようがなかった。

 

「ど、どうして……」

 

 だから、彼女が自らの父親を殺す場面など見たくなかった。あと一歩、あと一声。それだけで防げた筈だったのに。

 

「岳人」

 

 時巡は僅かに眉をひそめた。悪戯を咎められた、その程度の反応。

 

「どうしてこんな所に居るのかな?」

 

 時巡はこの状況の弁解もなく、質問を投げかけてきた。その間にも然して動揺した様子もなくハンカチで血を拭っていた。

 

 どうしてこの場に居るのかと言えば、時巡を探していたからに他ならない。

 組織から追いやられた俺にはもう何の手がかりもなかった。行方不明の時巡がどこに居るのかなど皆目見当もつかない。

 

 そんな時、竜輝と共に居たアリスにこう助言されたのだ。

 

「彼女が行きそうな場所に行ってみると良いかもね」

 

 だからまずは学校の隅々まで探した。次は彼女が良く行っていたという商店街、デパート。何かないかと注意深く観察した。

 何の成果も得られず、次は彼女が過去行っていた場所に赴くことにした。

 

 それがこの公園だ。

 時巡優子が母と妹を失った忌むべき場所。

 

 果たしてそこに、時巡優子は居た。父親へ拳を振り下ろした姿で。

 

「どうして、そんな事を……」

 

 だがそんな状況説明をしている余裕はなかった。

 なぜ、このような事になってしまったのか。

 

「どうしてって」

 

 時巡は鼻で笑った。

 

「どうしてだと思う? 岳人は私の何を知っているのかな」

 

 父親を殺すに足る背景など知らない。

 俺が知っているのは、父親が時巡を恐れ、全てを投げ出し逃げたことだけだ。

 だがそれが殺す理由になるのだろうか。

 

 押し黙るしかなかった。続けて時巡は言った。

 

「これ何だと思う?」

 

 そう言って掲げたのは、砂時計だ。だが妙に砂が少ない気がする。

 これ以上黙っているのは不味い。俺は正直に「砂時計」と答えた。

 

「外れ! あははははは。知るわけないよねえ!」

 

 何がそんなにもおかしいのか。時巡は腹を抱えて笑っていた。

 

「じゃあさ。私が『コレクター』だってことも知ってるかな?」

 

 そして時巡はおよそ信じがたい、だが多くの人が信じている言葉を口にした。

 

 数日前、小鳥遊が何気なく言った言葉が脳内に再生される。

 

「優子が『コレクター』? あるかないかで言えばあるかもね」

 

 時巡の親友である小鳥遊ですら否定しなかった。

 

 時巡が続けて言った。現実に無理やり引き戻される。

 

「私がこいつだけじゃない。他にも沢山! 母親も殺してることも!」

 

 

 

 ――ああ、それだけは、聞きたくなかった。

 時巡が『コレクター』であること以上に。それだけは事実であって欲しくなかった。

 

 意識が遠くなる。足元が覚束なくなる。

 

 それを、強引に意思の力で押さえつけた。

 

「その理由、話してくれるか? きっと」

 

 俺にも何か出来ることがある筈だという言葉を、時巡が遮り否定した。

 

「ないよ。岳人に出来ることなんて何もない。でもそうだね」

 

 幾分冷静になったのか。時巡は笑みを浮かべ、如何にも悪役然として言った。

 

「秘密を知ったからには、死んでもらうしかないかな」

 

 肌を刺すようなこの感覚は、殺気と呼ばれるものだ。

 時巡の本気が否応にも伝わってくる。

 

「……させない」

 

 これ以上、彼女に罪を重ねさせてなるものか。

 

「時巡に何があって、こんなことをしているかなんて知らない。それでも、やり直せる筈だ、償える筈だ。俺も一緒に背負うから」

 

 だからこの戦いには負けられない。

 

 時巡は穏やかに笑った。

 

「そういうところ、好きだったよ。本当に」

 

 彼女の言葉に、俺は万感の想いを込めて返す。

 

「俺は、時巡にどんな過去があったとしても、好きだ」

 

 ――いや、好きという言葉はきっと相応しくない。

 

「愛してる。当然、本当だ。」

 

 時巡の殺気が僅かに緩んだ。しかしすぐに持ち直す。

 

「だったらどうした。私は『コレクター』。真実を探求する者! そのためなら全てを切り捨てる!」

「……十字岳人。異名なんてないが、時巡を止めるため、守るために戦うと誓う」

 

 

 

 その戦いは、ただ衝動のままに。

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