アリス達に動きが入った。
『真世界』が彼らに接触したと報告があったのだ。
戦闘行為ではなく、あくまで匿っていた水無月家との話し合いであったらしい。
彼らの家に仕掛けた盗聴器によると、
「アリスお嬢様は、皆様ご存じでいらっしゃるかもしれませんが、特異な能力をお持ちです」
「昨今、『コレクター』と名乗る者による能力者狩りが横行していることはご存じでしょうか。御屋形様にとってアリスお嬢様は宝も同然。故に過剰とも云える秘匿を行っておりました」
「お嬢様にとって不便であったのは、我々にとっても心苦しいことであったのは間違いありません。お嬢様が逃げ出したのも、無理からぬことでしょう」
「ですが、これも全て御屋形様がお嬢様を愛していたが故なのです。どうか、御屋形様をお許しし、戻ってきて頂けないでしょうか」
ホークアイの敵対行為をまんまと利用されてしまった。
相手が強硬手段に移らなかったのは、アリスの能力を恐れてか、計画に彼女の協力が必要だからか。
『真世界』の男に対する、彼ら家族の反応はこうだ。
「うん、私も親だ。子を愛する気持ちはよく理解できる。しかしねえ、ならばこそ当人が来るべきじゃないのかね」
「無理を言っては駄目よ。でもそうね、やっぱり直接お話したいわ。ご多忙であるようですし、赴けないのは仕方がないにしても、私たちが訪問するのは如何でしょうか」
過ごした時間は短いだろうに、随分と彼ら家族はアリスを気にかけているようだった。
それに対して男は暫し考える素振りを見せかのように唸った後言った。
「確かに、御屋形様が直接訪問すべきでした。知らず知らず
「御屋形様は多忙の身ではありますが、お嬢様のためならお時間も作れましょう。それまでは心苦しいですが、お嬢様をよろしくお願いいたします」
ですが、と男は言った。
「『コレクター』の魔の手がいつ襲ってくるか分かりません。こちらとしてはせめて護衛を住まわせたい。それだけは、お許ししていただきたいのです」
その護衛とやらは家族に了承されたようだった。
聞き覚えのある声で、護衛を名乗る女は言った。
「初めまして、
青木心。
護衛としては、あまりにも不適切な存在だ。
つまりはまともに話し合いなどする気はないのだろう。
(引き取りが難航すると踏んでか、親代わりを用意できないのか。何にせよ私にとっては都合が良い展開だ)
そうと決まればこちらも能力者を派遣する。
携帯電話を取り出し、
「私の用かな? 『コレクター』」
そのままポケットに仕舞う。
いつの間にか目前に現れた少女(少女といっても私と同い年だが)に視線を向けた。
相変わらず酷いクマだ。焦点の定まらない瞳からは正気を感じられず、初めて会った時は青空のようだった髪もぼさぼさで、艶を失っている。
彼女の名前は
「真希絵を通せって、いつも言ってたと思うんだけどな」
「いなかったよ。補修中だったよね」
「……ああ、そうだった」
霧江は続けて言った。「それに、あなたと私の仲でしょ!」と。
霧江は私が5歳の時、活動を開始して早い段階で拾った。
だからまあ、付き合いは確かに長い。
「まあいいや。ところで君は今日は何日眠ってないの?」
「3日ぐらい? まだまだいけるよー!」
「3日ね。じゃあ一番盛り上がってる時に当たってしまったわけだ」
霧江は眠ることを極端に恐れている。
それは彼女の能力が夢に入り込む力であり、制御が出来ていないために自らの力を恐れているからだ。
夢とは深層心理、その人の心そのものだ。
夢に入り込むとは、即ちその人の心を操ることを可能とする。
彼女は無意識に姉の夢に入り込み、そして心を破壊してしまった。
それからだ。彼女が眠ることを恐れるようになったのは。
責任の一端は私にある。
当時は彼女の能力を便利に使い、精神を消耗させていた。
だから彼女自身、無意識に攻撃的になり、能力の暴発に繋がったのである。
「時期が来たら指示するよ。だからそれまで遊んでて」
「なんだ。じゃあさじゃあさ、何して遊ぼうか」
「うん、また今度ね。真希絵が来たら何処へなりとも連れて行って」
能力を発動するには自発的に眠ってもらう他ないが……。
(また薬使うか。体に負担が掛かるけど仕方がないね)
仕方がない。仕方がないのだ。
*
学生闘技大会の予選は順調に進み、男子の部ではこれより決勝戦が行われようとしていた。
2回戦落ちの零次と、そもそも参加していない華がそれぞれ言った。
「前から薄々思ってたけど、やっぱ岳人強いのね」
「重力操作が弱い訳ないしね。これは行けるんじゃない?」
私も決勝戦を控えているが、諸事情により同じグラウンドでの試合になるので、時間は被らない。こうしてゆっくり観戦できるのである。
しかし決勝ともなれば相手もそれなりにやるのだろう。気になった私は零次に問いかけた。
「相手は何の能力なの零次?」
「変身能力だね。鉄のゴーレムに成るらしい」
変身。それも鉄か。そりゃあ強い。
(でも私が欲しい能力じゃないね。戦力として勧誘するかは、この戦い次第かな)
審判が手を下ろす。
両者互いに能力を発動した。
相手は全身を3mほどの黒鉄の巨人に変え、そして地面に足を埋めた。
いくら鋼鉄の巨人とはいえ、それほどの重量はない。岳人が重力を強めたのだ。
「う、オオオオオォ!!!」
ドシン、と。その巨体が咆哮と共に足を進める。パワーも相当にあるようだ。単純な重力操作では勝てる相手ではないようだが。
ゴーレムが突如加速した。
岳人が重力操作を解いたのだ。
急速な変化に対応しきれず、ゴーレムは岳人を通り過ぎて倒れ込んだ。
ゴーレムは立ち上がらない。それどころか、苦悶の声を上げている。
「どうしたんだ?」
「んー、ゴーレムって血も出ないんだね」
「それって……あ、足取れてるじゃん!」
華の言う通り、ゴーレムには右足が欠けていた。
岳人は右足にのみ加重を加え、ゴーレムの力を利用する形で引きちぎったのだ。
「む、ウゥ。……まいった、降参だ」
一通り唸った後、ゴーレムは降参した。
まだまだ戦えそうだったが、片足を欠いてでも戦うガッツがなかったか。
(あるいは、本戦を見越して手札を隠したか。勧誘は保留かな)
準優勝でも出場権はある。
ならば今無理をして戦う必要もないのは確かだ。
そして私の戦いとなったが、1回戦の相手が優勝候補だったというのは確かな情報らしく、決勝戦も私が勝利を飾った。
1年生が男女ともに優勝を飾ったのは多くの人にとって予想外だったようで、私たちは一躍有名人となった。
*
異能取締課のとある一室にて、2人の男女がテレビの前に行儀よく座っていた。
その光景を見て、十字岳人は言った。
「何を、何を見ているんですか2人とも」
「岳人の学校でやってたトーナメントの決勝戦だけど。ちゃんと学校通ってる?」
見れば分かる。
一体何時、誰が撮ったのか。画面では時巡が縦横無尽に立ち回っていた。
ユリさんの煽るような物言いに、俺の眉は釣りあがったようだった。
口内で舌を噛み、精神を落ち着ける。
俺はもう一人の視聴者である高橋所長に話しかける。
「で、何やってるんですか」
「そりゃあお前、身内の活躍はチェックしなきゃでしょ」
「所長、理由になってないです。時巡の試合を見る理由になってないです」
振り返った所長は鼻の下を伸ばしていた。「このエロオヤジが」そんな内心を隠し、俺は努めて冷静に言った。
「それで、どうして隠し撮りを? 言い訳次第では隣の部屋に通報しますけど」
「ごめんね、真面目に話すからその目は止めて。あと通報も」
所長は録画を一時停止し、すぐさまユリさんが再生した。
「ユリ君?」
「所長は十分堪能したでしょ。私は優子ちゃんの活躍もっと見たいの」
「まあ、良いけど……。で、岳人。理由だけどな」
所長は明らかに録画に未練があるようで、視線がテレビと俺を往復していた。だが決心はついたらしい。話は進めるようだった。
「優秀な能力者はどこも喉から手が出るほど欲しいのは知ってるだろ?
いつもなら就職活動を通して、向こうからアピールしてもらうことが多いけど、今回は別なわけだ」
なるほど。闘技大会では(戦闘能力に限った話だが)優秀な能力者が浮かび上がってくる。青田刈りをしようということだ。
そして、俺は自身の過去に思いを寄せた。
(俺の場合はかなり特殊なケースだったな)
両親以外の身寄りがなかった俺は、あのテロの後孤児院に入ることに決まった。
そこでたまたまユリさんに出逢い、偶然俺の能力が戦闘に向いていて、計らず人手が不足していた。そんな奇跡の産物はそうそう居ないだろう。
所長は「それもあるが」と言い、続けてこう言った。
「欲しがるのは俺達だけじゃない。アングラな連中も欲しがるのが問題だ」
「……確かに、より戦闘能力を欲しがるのは奴らでしょうね」
人目に付くのも一長一短だ。
必要ならば俺達の方で保護することもあるだろう。そのためにも、俺達も出場者を把握しておく必要がある。
特に俺達の高校は最も優秀な能力者が集まるともっぱらの評判だ。メディアの目に触れる前に確認の必要がある。
(そうか、だからユリさんは学生をやっていたのか)
突然制服姿を見せた時は、何故コスプレをしているのかと思ったが、監視のためだったか。今流れている動画もユリさんが撮ったものだろうか。
「しかし、この子本当に凄いな」
所長は既にテレビへと体を向けていた。
食い入るように見ている姿から先ほどのエロオヤジ、という考えが頭をよぎったが、しかし所長はどうも本当に感心しているようだった。
「所長の目から見ても彼女は優秀ですか」
「おう、エネルギー量もそうだけど、コントロールが完璧だ」
所長の能力は超能力を可視化する。
通常見られることのない、エネルギーを可視化するのだ。
時巡のエネルギーはその身体能力から膨大であることは分かっていたが、その制御能力まで高いのは予想外だった。
「ふうん、どれくらい凄いの?」
ユリさんが俺も気になっていたことを質問した。
「いや本当に完璧だ。俺と同じくらいじゃないか?」
「いやいや、それはないでしょ」
ユリさんが言うように、それはありえないだろう。
可視化できる人間と同等の練度など、どうして得られるだろうか。
「本当なんだけどなあ」と所長はボヤいた。
「ま、画面越しじゃあ見え方も変わるでしょ」とユリさんは言い、続けてねっとりとした口調で言った。
「それより岳人ちゃんさあ」
「……何です」
できれば聞きたくなかったが、逃げたところで後日追及されるだけだ。
「もうチューぐらいはしたのかな?」
「……俺と時巡はそういう関係じゃないです」
「いーまーはー、ね。でーもー?」
「お、何々。何の話?」
「何でもないです所長。お気になさらず」
「あのねー、所長ねー、岳人はねー」
その後、根も葉もない話が所長に共有されたのは言うまでもない。
*
「それじゃあ、作戦は大方上手くいったんだね?」
電話口からの返答は肯定を示すものだった。
青木霧江に任せたのは、水無月竜輝の夢に入り込み、青木心が敵だと理解させることだ。
青木心の作戦は水無月家に入り込み、その能力により些細な悪意を増幅し、一家を離散させることだと当たりはついた。
だから限界まで状況を悪化させた後、霧江の能力により心の悪行を認識させる。
私の想定通り彼は正義感を発揮し、そして私の想定以上に上手くやったようだ。
私はてっきりアリスの能力で心を排除するかと思ったが、策略を以て悪行を暴き、最後は力づくでアリスを取り戻そうとした心を追い払ったのだと。
(正直青木心は排除して欲しかった)
「ところで霧江は?」
電話口の監視者は答えた。
「え、調子良いの。何で? いや、良いけどさ」
何故か、霧江はトラウマを払拭したようだった。
一部始終を監視していた監視者にも分からないようだったが、何かあったのか。
(いや、良いけど)
機会があれば本人に聞けば良い。
アリスの確保は一段と難しくなったのは否めないが、『真世界』の連中はより夢中になるだろう。我々が背後から迫っていることすら忘れて。
(私も本戦に進んだ。水無月竜輝の懐に入り込めば、対応も容易になる)
アリスだけが気がかりだったが、青木心への対応を見るに、彼も使うのに忌避感があるのだろう。リスクはあるが、アリスに直接接触するのもありかもしれない。
(全ては大会で、だね)
いや、その前に夏休みか。
(華と岳人、後零次でも誘って遊びに行こうか)
私は夏休みの計画に想いを馳せた。