聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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西の大陸 - アルデバラン
プロローグ


 魔法に溢れるこの世界で、少年ノックス・デッカードには才能がなかった。

 

 まず、魔力。測ったのは5歳の時で、そのくらいの歳であれば成長も見越してランク付けはまだされないのが通常だが、ノックスは『間違いなくF』と嬉しくない太鼓判を押された。もちろん最低ランクである。

 

 次に、魔力質。信じられないほどない魔力でも、質がよければ問題なくね? と思い至った少年ノックスだが、「いや、そういう次元じゃないレベルで魔力ないから」と少年に伝えるにしてはあまりにも現実的な言葉に打ちのめされた。

 

 それならばと、固有魔法。身体能力強化、簡単な治癒魔法など一般的に習得できる魔法とは別に個々に発現する、自分だけの魔法。これだけ魔力がないなら、代わりにそっちがものすごいのかもしれない! と鼻息荒く期待していたノックスは15歳になった。もちろん固有魔法は発現していない。

 

 代わりに、筋肉だけがついた。

 そう、魔力がないなら、魔法が使えないなら筋肉しかない。ノックスは己を鍛えに鍛えた。筋肉は万能ではないしすべてを解決してはくれないが、ある程度のことは解決してくれる。それに、魔法が使えることにあぐらをかいて体を鍛えていないバカどもを、鍛えに鍛え上げた己の肉体で打ち負かして「見たか!」と叫びたい。その一心でノックスは体を鍛えに鍛えた!

 

 そして、これだけ鍛えればもう大丈夫だろうと訓練校へ入校したいと村長に伝えてみた。

 

「魔法が使えないやつはいけないけど……」

「おいジジイ。俺はもう魔に魂を売る準備はできているぞ」

「えらいこっちゃ」

 

 魔族に魂を売られては敵わないと村長が提案したのは、『英雄が使ってた聖剣が村の祠にあるから、それが抜ければ訓練校にいけるぞ』。

 ここで、ノックスはすべて合点がいった。魔法が使えない、魔力がない。頼れるのは筋肉しかない。こんな魔法に溢れる世界でちんけな才能しか与えられていない理由。

 

「俺が、英雄の血を継ぐものだったか……」

 

 ノックス・デッカードは歓喜に満ち溢れながら、聖剣を引き抜いた。

 

 聖剣を、引き抜いた。

 

「?」

「?」

 

 ノックスと付き添いできていた村長は首を傾げた。ノックスは英雄の血を欠片ほども継いでいないから、どうせ引き抜けないだろうと二人揃って高を括っていたのにも関わらず、ノックスの手には引き抜かれた聖剣がある。

 

 見た目は、普通の剣。銀に輝く刀身は触れるだけですべてを吹き飛ばしそうな神聖な何かを感じるところだが、魔力がクソほどないノックスと魔力に関して鈍くなってしまった村長は何も感じ取れていなかった。なんなら『聖剣って嘘じゃね?』と疑い始めている。

 

 そんな疑いを晴らしたのは、一つの声だった。

 

『まさか、私が純粋な筋力で引き抜かれるとは』

「村長。呪われてますこれ」

「え? 呪われてるってノックスのこと?」

「俺が繊細だったら自殺してますよ、そのイジリ」

 

 聖剣が、喋り始めた。ノックスは自分だけ聞こえているのかと思ったが、村長も「別嬪さんっぽい声じゃのう」とだらしなく頬を緩めているのを見て「別に俺が特別ってわけじゃないのか……」としょんぼりする。

 

『私はかつて英雄ローレン・ルークスに振るわれていた聖剣、名をルキノス。その役割は排斥。私は、あらゆる魔力を斬ることができます』

「えっ!!? 俺の魔力も斬られちゃうの!?」

「ないものは斬れんじゃろう。ボケナスビ」

「今俺のことボケナスビって言った?」

 

 ノックスが聖剣ルキノスをちらつかせると、村長がその場で綺麗な土下座を披露した。命の前では地位や階級など関係ないのである。

 

『つまり、私に触れられるのは私の適合者のみ。魔力があれば私の力の影響を受け、魔力が練れなくなってしまうので。更に身体能力の低下などが引き起こされるのですが……あなたはどう見ても適合者ではありません。いえ、捉えようによっては適合者と言えるのでしょうか』

「つまり、ノックスは魔力がカスですごい筋肉あったから引き抜けちゃったってことじゃな」

「なるほどな?」

「じゃあ訓練校行っていいよ」

「やったぜ」

『ちょっと待ってください。私の意思は?』

「頼むルキノス。俺、何者にもなれないと思ってたんだ。でも、ルキノスを引き抜けたおかげで、まだ何者かになれるかもしれないんだ。魔族との戦いを終わらせるなんてデカい信念があるわけじゃないけど。ルキノスの力、貸してくれないか」

『……はぁ。適合者を見つけたら、そっちに行きますからね』

 

 かくして。

 

 魔法の才能がない筋肉ダルマであるノックス・デッカードは、かつての英雄が振るっていた聖剣ルキノスを携えて、訓練校の門を叩くこととなったのである。

 

 

 

 

 

 各地にある訓練校は、16歳になる年に入校できる。入校試験などは特になく、クラス分けのために行う試験のみ。それは各地で起こっている魔族及び魔物との戦いにおいて、人間側の戦力が乏しいことに起因する。

 つまり、なんでもいいから戦える人間を増やしちゃおうという作戦。

 

「俺はもちろん最低ランクのFクラスか」

『もちろんって自分で言ってて悲しくなりません?』

「悲しみを乗り越えたから今15歳になってるんじゃねぇかな」

 

 ルキノスが『思ったよりもいい子なのかもしれませんね』とノックスの評価を少し上げたところで、ノックスはFクラスの教室へ向かった。その足取りは軽く、村には同年代の人間がいなかったためノックスに友だちと呼べる者はいなかった。そのため、これから始まる学生生活、そしてこれからできる友だちに胸が躍っているのである。

 

 ノックスは胸を躍らせながら、教室のドアを開けた。

 

 そこには、教壇と椅子、机が一つずつ。まぁ何かの冗談だろうと思い、ノックスはおとなしく座席についた。

 

『ノックス』

「頼む。何も言わないでくれ」

 

 多分この後人がいっぱい入ってきて、「あれ、机ねーじゃん! お前だけズリー!」と楽しく大騒ぎできるに違いない。ノックスはそう信じて、待ち続けた。

 

 そして待つこと数分、教室のドアが開いた。入ってきたのは、真っ白な髪を後ろで一つに束ね、エンジ色のシャツに革ジャンを羽織り、レザーパンツを履いてサングラスをかけた、咥えタバコの長身の女性。左頬には雨の雫のような赤いワンポイントタトゥーが入っており、雰囲気だけで言えば絶対表の人間ではない。

 

 その女性は教壇に立つと、教室を見渡すまでもなくノックスに視線を注いだ。

 

「Fクラス担任のフリード・ガーベラだ。肩書はアルデバラン王国第3部隊隊長。今は少し無理を言って前線を退いている。で、無理というのは君の聖剣に興味があったからだ」

 

 自分の住んでいる王国の部隊長が担任? と混乱していたノックスは、『聖剣』と言われてルキノスに目を向ける。

 

「私は、興味があるものならばなんでも解き明かしたいタチでね。筋肉で聖剣を引き抜き、持ち歩いていてもなんら体に影響がない。長年適合者が現れていなかったがまさかこんな形でお目にかかれるとは思っていなかった。というわけで、私の興味の為、もとい魔族との戦いに終止符を打つため、私が鍛えてやろう。君、名前は?」

「俺は、ノックス・デッカード。筋肉で聖剣を引き抜いた男です」

「聞けば聞くほど面白いな、それ」

 

 フリードはくつくつ笑って、それとともに紫煙が少しずつ漏れ出て行く。

 ノックスはそれを見てカッコよくて綺麗な人だな、と思うよりも先に、ノックスにとって重要なことを問いただすために勢いよく手をあげた。

 

「どうした、ノックス」

「クラスメイトはいないんですか!」

「ある程度戦闘訓練して、ルキノスの性能を解き明かしてからだな。うっかり相手にあてて殺してしまいましたでは話にならん。心配しなくても、君が努力すればすぐにクラスは上がるさ。学友もできるだろう」

 

 君に、その覚悟があればだが。そう挑発的に笑ったフリードに、ノックスは握りこぶしを作って「上等っす!」と啖呵を切った。

 

 

 

 

 

 この世界は、魔法で溢れている。戦わない人々もある程度の魔力は持っており、もはや魔法、魔力は人々の生活の一部となっていた。

 そんな世界でも完全に平和とはいかず、悪しき魔力をもとに生まれた存在、魔族が人類に牙を剥く。一度終わった魔族との戦いも英雄の死去とともに再発し、熾烈を極めていた。

 

 そんな中、聖剣を携えて戦場に降り立つ一人の男が現れた。

 

 その者は魔力を持たず、魔法も使えず、ただ鍛え上げた肉体とそれを頼りに振るう聖剣のみで戦場を闊歩する。

 

 新たな英雄伝説の幕開け、完全なる平和の再来。

 

 これは、運命にも血にも選ばれたわけではない少年の英雄譚である。

 

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