聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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第9話

 アルデバラン王国は東西南北にわかれた大陸、その西に位置しており、王都には訓練校のある都市から魔導列車で一時間かかる。

 魔導列車は魔力を原動力とし、敷かれたレールの上を走る大人数移動用の公共機関であり、よっぽどの田舎者でない限り乗ったことのあるものなのだが、よっぽどの田舎者であるノックスはもちろん乗ったことがなかった。村から訓練校まではその足で移動したため、そもそも乗り物に乗ること自体初めてである。

 

「信じられねぇ……。くるとこまできたんだな、時代ってやつは」

『私たちの時代はこんなものなかったのですが、行くところまで行ったんですね、時代というのは』

「ノックスってもしかして、ルキノスさんと一緒に千年前からきたの?」

「なるほどな。千年前となれば人体に流れる魔力も今と異なっていておかしくはない。ノックスがルキノスを引き抜けたのも、魔力が合っていたからということか」

『いえ、私がこのようなアンポンタンに引き抜かれたのはその筋肉のみが理由です』

「お前の言いたいことはよくわかった」

 

 ブチ切れたノックスはルキノスが動けないのをいいことに、刀身に「バカアホドジ間抜け」とえらく達筆で書き殴り、『あっ、あー!!』と子どものような癇癪の声をあげるルキノスを無視して魔導列車に乗り込んだ。

 

 王都までは自由に移動していいということになっており、ノックスはクルスとアストの三人で王都に向かっていた。ステラとライラはステラの激高コミュニケーション能力によって築き上げられたコミュニティで王都に向かうらしく、なんともむさ苦しい事態に陥ってしまっている。『私がいるじゃないですか』とほざく聖剣はノックスが「でもお前、剣じゃん」というもっともな一言で黙らせた。

 

 国軍の見学は三日間。その間は軍に用意された施設で生活を行う。そのため着替え等は持ち込みである。三人の荷物はクルスの格納魔法により別空間に保管されているため見た目は手ぶらだが、車内にいる訓練校の人間らしき者は大きな荷物を手に持ったり背負ったりしている。

 

 三人は四人がけのボックスシートに座り、一息ついた。ノックスはこれから動き出す魔導列車にわくわくしており、クルスはこの後見られるであろう上位魔導師の魔法にわくわくしており、アストはこの後見られるであろう上位魔導師の実力にわくわくしている。

 ノックスのみ何をしに行くんだと言われても仕方ないほどの目的の見失いようだが、そのことを察せられるほどの関係性はまだできあがっていなかった。

 

「いやぁ! これから動くんだよな、これ! 楽しみだ!!」

「ノックス、魔導列車に乗ることが目的じゃないからね?」

 

 しかし関係性ができあがっていなくとも言えば伝わる。ノックスは正直な男であった。

 

「あまりはしゃぐな、ノックス。訓練校の看板を背負っていることを自覚しろ」

「でも初めてのことってわくわくしねぇ? ほら、アストも初めての戦術とか魔法とか見たらわくわくするだろ」

「それもそうだな。よし、はしゃげ」

「うおおおおおおお!!」

『アスト! 理解できるからと言ってはしゃいでいいわけではないでしょう! ノックス、他の方もいるのですから、おとなしくしましょう。ね?』

「ルキノスって時々俺の母さんなんじゃねぇかって思うんだよな」

「君は自分のお母さんに『バカアホドジ間抜け』って書くの?」

「とんだ親孝行者だな」

 

 クルスの言葉にはっとしたノックスは、ルキノスが母親だという錯覚が霧散した。世の少年は母親に落書きしないし、尻にも敷かないしジャムも塗らない。もしかしたらそのような少年もいるかもしれないが、それは母親を母親と思っていない邪悪な存在である。

 

 『私にこんな大きな息子いたらおかしいですよ』と言ったルキノスに「ルキノス千歳超えてるよな」とノックスがノンデリカシーっぷりを余すことなく披露していると、魔導列車がゆっくりと動き出した。ルキノスの機嫌は損ねだした。

 

 窓の外の景色が加速していく。ノックスは鍛えているとはいえ出せる速度は人間の限界を超えることはできない。だが、魔導列車は人間の限界を優に超えた速度で大勢を運んでいく。初めての感覚にノックスの目はバカ正直に輝いていた。

 

「すげぇ……」

「ノックスって純粋だよね。見てて気持ちいいよ」

「感受性が豊かなんだろうな。だからこそ戦闘の勘もいい。感受性の豊かさは、相手の意図の察しやすさにつながる」

「なんでも戦闘戦闘だなぁ。他に趣味とかねぇの?」

 

 この瞬間、ノックスは気づいた。あれ? 俺自然に会話広げてね? と。今まで友人関係が一切なかったノックスが自然と「趣味は?」という質問を行った。このことの重大さを重く受け止めているのはもちろんノックスのみであり、アストは「趣味か……」と軽く考え初め、クルスは自身の功績にショックを受けているノックスに「ノックスは何か趣味とかあるの?」と質問を投げかけた。

 

「えっ!? 俺? ノックス・デッカードだけど」

「自分が趣味ってこと?」

「自分に自信があるのはいいことだ」

『聞かれたのは趣味ですよ、ノックス』

 

 ショックを受けていたためかうまく聞き取れず、とりあえず自己紹介をするノックス。この男、話しかけられる時は友人以外がほとんどだったため、話しかけられたとき反射的に自己紹介が飛び出すというとんでもなく悲しい癖がついていた。

 

 ルキノスから注意を受けて趣味を聞かれたと理解したノックスは、ふむと考える。そして、気づいた。自分に趣味と呼べる趣味がないということに。

 

 村には何もなく、農作業をするか筋トレするか農作業をするか筋トレするかしかなかった。娯楽と言えるものは存在せず、遊び場といえば周りにある自然のみ。ならば筋トレが趣味かと言えばそうでもなく、筋トレは訓練校に行くため、そして魔導師をぎゃふんと言わせるための手段として始めたものであり、趣味ではなくもはや生業であった。

 つまりノックス・デッカードに趣味は存在しなかった。

 

 そして、アスト・アウリエ。彼もまた、趣味を持たない者の一人である。

 アストの脳内を占めるのは戦闘、戦術、魔法の運用方法。日常生活で目にしたもの、耳にしたものすべてをそれらと関連付けさせて考える悪癖を持っている。それがアストの強さの根底でもあるのだが、日常生活を送る上では悪癖でしかなかった。日常会話をしているつもりなのに二言目には「戦闘」が飛び出してくるなど、危険人物極まりない。

 

 よって、趣味を聞かれた二人は黙りこくった。そして、どちらからともなく目を合わせる。二人はお互いに趣味がないことを察していた。ならば、その答えをなんとか捻り出すまでの間、クルスに話を振って場を持たせようとアイコンタクトを取り、アストが「クルスは趣味あるのか?」と仕掛けにかかる。

 

「僕? 読書とか、魔法の研究とかかな。僕の魔法特性的に知識はどうしても必要になってくるから。だから趣味って言うのも微妙になるのかな? でも楽しんでやってるから趣味かも」

「俺は筋トレかな! まぁ強くなるための手段だから趣味って言うのも微妙かもしんねぇけど、楽しんでやってるし?」

「何……ッ!」

 

 アストは『裏切り』に遭った。クルスの言葉を拾って筋トレを趣味とし地獄から抜け出したこと、そしてノックスが取った方法をアストがとれないこと。それは、他でもないノックスから「戦闘以外の趣味」を聞かれたことが原因であること。様々な要因が重なった裏切りを受けたアストはしかし、瞬時に切り替える。

 

 これは戦闘なのでは? と。

 

 なにもその体と魔法でもって命を削り合うことだけが戦闘ではない。情報、知恵、言葉、それらを用いて自身の優位性を保ち、相手を下す。これも戦闘ではないのか、と。そうとなれば、アストは負けるわけにいかなかった。必ず目の前で勝ち誇っているノックスを打ち砕く必要があった。ちなみにクルスはノックスが勝ち誇っている意味がまったくわからなかっった。

 

(さて、ここから俺が勝つためには、俺も『趣味』を提示しなければならない。まずこれが絶対条件だ。これを放置しての勝利はありえない)

 

 アストは脳をフル回転させた。それこそ戦闘の時と同様に、敵に一切の隙を見せないほどの速度で。

 

 出た結論は、「やっぱり俺趣味ないな」ということだった。アストはあっさり敗北した。

 

「やはり俺が認めたライバル……」

「えっ、友だちじゃねぇの!?」

「ノックス。ライバルってすごく仲がいい友だちって意味なんだよ」

「えっ、すごく仲がいい友だちなの!?」

『まぁ間違いではないかもしれませんね……』

 

 三人はこうしてバカな会話をしながら魔導列車に揺られ、王都へと向かっていった。ちなみにバカなのはノックスとアストである。

 

 

 

 

 

 一時間の旅を終えて駅を出れば賑やかな城下町が広がっており、街の奥には巨大な城がそびえ立っている。街行く人々の中に紛れている、左胸に翼を広げた鳥のエンブレム、アルデバラン王国の国章をつけている者は国軍の者であり、数人が駅の前で集まって訓練校の生徒をどこかへと案内していた。

 

「五人揃ってから連れて行ってくれるって言ってたね」

「んじゃあステラとライラ探さねぇとな」

「あいつらは目立つからすぐに見つかるだろう」

「アストたちも目立つからすぐに見つけちゃった!」

「おっ」

 

 あたりを見渡すアストの背中を叩いたのは、大きめのリュックを背負い、ライラの手を引いているステラ。ライラは手を引かれているのが恥ずかしいのか頬を少し赤くして目を逸らしており、それを見たノックスとクルスがにやにやしながらライラににじり寄った。

 

「おやおや? ライラちゃん、お姉ちゃんと一緒にきたの? 頼りになるお姉ちゃんでちゅねー?」

「こらノックス、バカにしちゃだめだよ。失礼しちゃうよねライラ。ライラはもう16歳になるんだから、いくら方向音痴でも一人で大丈夫だもんねー?」

「殺」

 

 もちろん好き勝手いじり倒されることをよしとするライラではなく、二人の顔面をわし掴みし、ぎりぎりと締め上げる。新入生の中では実力の高いはずの二人が、「ア……」としか漏らすことができない人形と化した。

 

「止めなくていいのか?」

「三人なりのスキンシップだから。多分!」

『命が削れるスキンシップは千年前でも聞いたことがありませんでしたが……』

 

 しかし人間関係的なことはステラの言うことが全面的に正しいと信じ切っているアストは「そうか」と一言言ってノックスとクルスを救出することはなかった。

 

 これが五人にとっての課外授業の始まりである。

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