国軍の迎えを受け、与えられた部屋に荷物を置いたノックスたちは、軍の訓練室に集まっていた。訓練校にもある訓練室よりかなり広く、街の一区画程度の広さがある。ただ広いだけで障害物などなにも設置されていないその空間に、今年度入校の訓練校の生徒全員が並べられており、生徒と向かい合うようにして国軍の隊長陣、そして数人の隊員が並んでいた。
訓練校の生徒の表情は緊張で強張っており、それはノックスたちも同じである。ノックスはフリードとシオン以外の隊長を知らないが、それでも隊長は偉い人であり、強い人であるということを理解している。更に、数週間でしつけられたノックスは、前に立つフリードに目線で「おとなしくしておけ」と制されており、色々トラウマを思い出して思わずルキノスに手を伸ばしていた。
「暴れるなら付き合うぞ」
「付き合うな」
戦闘狂が目敏くその仕草を見つけやる気を見せたところ、ライラに頭を叩かれて阻止される。アストは倫理観や常識がある方ではあるが、戦闘ができるとなればその倫理観や常識は彼方へと消え失せてしまう悪癖オブ悪癖があった。
「フリードさんは知ってるけど、他の人は話でしか聞いたことがないから、その、なんだろう。本当に実在したんだって感じがするね」
「ねー。大魔闘祭とか見てたけど映像越しだし、こうして実際に見るまでは物語の登場人物なのかもって思ってた」
ライラが戦闘開始を阻止している一方で、クルスとステラはこそこそと穏やかに言葉を交わしていた。
隊長陣は魔導師の中でトップクラスの実力を持つ。そのため国の象徴として大魔闘祭にも参加しており、知名度もかなり高い。ノックスのような激烈田舎者という例外は除く。
それぞれ感じ方は違うが独特な緊張感に包まれ、訓練室を沈黙が支配する。ノックスはすごく静かだとなんとなく音を発してしまいたくなる衝動に駆られるため、それを必死に押さえつけようと頬の内側を噛んで自身の衝動と格闘していると、生徒の前に立つ一人の隊長によってその沈黙は破られた。
身長は優に2メートルを超える。体はかなり筋肉質で、身につけているシャツはボタンなど知ったことかと前開きになっており、その筋肉を惜しげもなく晒しだしていた。髪を七房に分け、虹の配色に染め上げてそれらをオールバックにしている奇抜な大男。ただ肉体と髪から受ける印象とは異なり、その目は柔らかく口も弧を描いている。
「あたしはアルデバラン王国第5部隊隊長、リリー・マラドゥーナよ!! よろしくねん!!」
「え……?」
ノックスは衝撃のあまり他の四人を見た。自分が聞き間違えたのだろうとそう思って。まさかあの見た目で飛び出してきた口調があれなんて、自分は悪い夢でも見ているのだろうと。
しかし、アルデバラン王国第5部隊隊長、リリー・マラドゥーナがオカマであるということはかなり有名な話だった。というより見た目のインパクトが強すぎて有名になるしかなかった。もちろんのことノックス以外の全員はその事実を知っており、ステラはあははと笑い、クルスは苦笑し、ライラは目を逸らして、アストはノックスの視線に気づかず「強そうだな……」とやる気を滾らせている。
一人参考にならない戦闘狂がいたが、ノックスは確信した。先ほど目にし、耳にしたものはリアルなのだと。
「知ってる子がほとんどだと思うけど、国軍は部隊が全部で7つあるわ! そしてそれぞれに役割があるの! 今日は顔見せだけ。あとでそれぞれの部隊の資料配付するからちゃんと勉強すること! そして明日から三日間! 興味のある部隊に見学に行くといいわ!」
国軍は、7つの部隊に別れており、それぞれ戦闘・指令・研究・斥候・医療・広報・防衛の役割がある。普段の役割がこれらというだけであり、実際は他の動きもすることはあるのだが、基本的にはこれらの役割を担っている。戦闘は第1部隊、指令は第2部隊、研究は第3部隊、斥候は第4部隊、医療は第5部隊、広報は第6部隊、防衛は第7部隊。
「戦闘」
「戦闘」
訓練室で解散し、五人はひとまず男子勢に与えられた部屋に集合し、配布された資料を付き合わせてどこへ見学に行くかという話し合いを始めた。「戦闘」と口にしたのは狂おしいほど戦闘のことしか考えていないアストと、戦闘以外なにもできる気がしていないノックスである。ちなみにライラも「戦闘」と言おうとしたが、先に口を開いたのが戦闘狂と筋肉ダルマだったため、同じ意見を言いづらくなり閉口している。
「んー、僕は研究がいいかなぁ」
「私は全部見たいけど……医療が一番かな?」
「なら戦闘と研究と医療、一日ずつ分けて見に行けばいいんじゃない? 多分、五人組で行動させるのもそういう理由でしょうし」
「ちょっと待て、今もしかして戦闘と戦闘と戦闘と言ったか?」
「かなり聞き間違いよ」
『血に飢えていますね……』
強者が近くにいるためか血肉がわき踊っているアストを一旦無視するとして、ライラの言っていることは正しい。興味のある部隊が同じ者同士で組めば、三日間その部隊を見学して終わるだろう。そうさせなかったのは、生徒の選択肢を増やすためである。見学することで本来の希望より向いている部隊が現れるかもしれない、と考えての五人組。
もちろん、アストのように戦闘一直線に突っ走るバカを止めるためでもあり、ノックスのようにほとんど何も知らないバカに色んなことを覚えさせるためでもある。
「それじゃあ一日目第1部隊かな?」
「待ってクルス! それじゃあアストが第1部隊から離れられなくなっちゃう!」
「おい、ほんとどうにかしろよその戦闘狂具合」
「どうにかしてみせろ」
「何強者の風格漂わせてんのよ」
「俺は強いからな。お前らより」
ブチ切れたライラ。羽交い締めにするノックス。爆笑するクルス。腰に手を当てアストに説教するステラ。ルキノスはその光景を見て、『どの部隊もこの子たちには来てほしくないでしょうね……』と冷静に考えていた。ことあるごとに戦闘を口にし、それを皮切りに大暴れし始める五人組にどうしてきてほしいと言えるのか。ルキノスはそのような物好きはいないと勝手に断定した後、『フリードさんなら大歓迎しそうですね』と自身の思考を覆した。
ステラの説教が終わり、アストが謝罪するとライラも怒りを鎮める。それを確認してからノックスがそっとライラを解放し、「筋肉ついてるけどやっぱり女の子なんだな」とノンデリカシーキショキショ発言をぶちかまして床のシミとなってから相談が再開された。
「お前らのためを思って言うが、第1部隊は最終日に回した方がいいぞ」
「言われなくてもそうするわよ。明日と明後日はどうする? どのタイミングでどっちに行っても変わんないと思うけど」
「個人的には最初フリードさんのところがいいかなぁ。その、知ってる分安心っていうか」
「……その場合僕も第3部隊から離れられない可能性が出てくるけど、いい?」
『問題児だらけですね。ちなみにノックスの回復などは検討いただけてますか?』
「い、いや……なんとか大丈夫だ。ありがとう、ルキノス」
「まだ息があったの?」
「す、ストップライラ! ノックスも悪気があったわけじゃないから! ね?」
ゆらりとノックスに顔を向けたライラに対しルキノスを構えたノックスの反射神経は流石であった。アストも満足げに頷いており、クルスは一連の流れを見て「まぁ僕なら大丈夫か」と思い直して先ほどの発言を撤回する。確かにクルスは探究心の塊ではあるが、それ以前に周りの常識が欠如しているため自分は冷静になれると判断したのだ。
「それじゃあ一日目は第3部隊、二日目は第5部隊、三日目は第1部隊で!」
「ふっ」
「何『仕方ない、わがままなやつらめ』みたいな顔してんだよ。喧嘩売ってんのか?」
「買ってくれるならいくらでも売るぞ」
「こら、喧嘩しないの! 怒るよ?」
『ぷぷぷ! 怒られて情けないですね!』
ブチ切れたノックスは今日一日ルキノスを股に挟んで過ごすことにした。『ちょ、なっ、何考えてるんですか!!』と慌てたような声はすべて無視して部屋を出て食堂へ向かう。
ルキノスを股に挟んで歩いているためか、「なんだあいつは?」というおかしなものを見る目がノックスへと注がれた。近くを歩くステラは身を縮こまらせて「あ、あの、許してあげない?」と恐る恐る提案するも、「いや」というシンプルな単語で却下された。
「ルキノスがなぜノックスに従っているのかと思ったが……ただ単にルキノスがいいやつだから、というだけではなくノックスがこうして恐怖を植え付けているからだったんだな」
「おい、人聞き悪いこと言うな!」
「人聞き悪いって気にするような人がやることじゃないと思うよ? それ」
「常識ないのよこいつ。ほっときましょ」
「俺はお前たちの後ろをこの状態でついていく準備はできている」
『私決めました。この三日間私の力は貸しません』
「ちょうどいいぜ。あんまりろくなことできねぇだろうけど、自分だけの力がどこまで通用するかって見ておきたかったしな」
『えっ、あ、そ、そうですか。ふーん』
てっきり「悪かった!! そんなこと言わないでくれ!!」と縋り付いてくれるかと思っていたルキノスは、えらく前向きに力を貸さないことを了承されてしまい言葉を失った。もっというと拗ねた。ノックスの股の間で。
そんなルキノスの救世主となったのが、アストである。
「そうは言うがノックス。三日目の第1部隊の見学の際、恐らく戦闘が発生するぞ。ルキノスなしでどこまでできるかを知りたい、というお前の心持ちもいいが、むしろお前のできる最大限を、この強者まみれの環境で知っておく方が有意義じゃないか?」
「……それもそうか」
『あっ、でも私貸さないって言いましたし! 力! ふん、今更泣いて謝ったって貸してあげませんからね!』
「村に戻すか。これ」
『すみませんでした』
「ノックスってもしかして魔族?」
「邪悪すぎるわね」
「あ、あはは。これくらい言っても大丈夫なくらい仲がいいってことじゃない?」
ステラのフォローを聞いて、ノックスは他人事のように「まぁそうかもな」と考えて、仲直りの印にルキノスの手入れを歩きながら始めた。