聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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第13話

 正直なところ、ルキノスは今この状況を絶体絶命だと思っていた。昼、拘束されているサタンと話していた時は煽り耐性が低く、他の『七将星』と喧嘩をしてボロボロになっているところを捕らえられた、ということからポンコツ具合もものすごいものだが、それらを加味したとしてもサタンはかなり強い。ノックス一人で勝てるとは到底思えなかった。

 

「まぁ、殺しはせん。それでルキノスを扱える器なのだから、利用価値はいくらでもある」

「……うわー!!! 魔族に襲われるー!!!」

「なっ」

『おっ』

 

 そして、ノックスも魔力を感じられないとはいえその勘は野生と言って差し支えない。「テメェが死ね」と啖呵を切ったはいいものの、芯のところでは冷静だった。今の自分ではどうしても勝てない。すぐにそう判断したノックスがとった行動は、『大声を出すこと』だった。

 

 体を鍛えに鍛えているノックスは、肺活量も人より優れている。魔物による破壊の音すら突き破るほどの絶叫が、混乱の渦に巻き込まれた王都に響きわたる。

 

「貴様っ、自分一人でどうにかしようという気概はないのか!! 剣を握った剣士ならば、覚悟を持って戦場に立て!!」

「ハァ!!? 自分一人でどうにかできることなんてこの世にゃほとんどねぇんだよ!! それに誰かを頼って何が悪い! 誰かを頼れることほどすばらしいことなんてないんだぞ!!」

『よく言いましたノックス! 偉いですよ!』

 

 最近まで友だち一人すらいなかったノックスの説得力は果てしないものだった。サタンからすればノックスの経歴など知ったことではないが、それでも真に迫る何かを感じるほどであり、「え、ごめん……」と思わず謝罪を漏らしてしまう。

 

 ここでノックスはもしかしたら話せばわかるタイプの魔族なんじゃないか、と淡い期待を抱いた。感情の起伏は激しいが、それはむしろ親しみやすさにつながる。これが話も何も聞かず攻撃してくる暴虐の化身であればこのような考えは浮かばなかっただろうが、ノックスは救援の次に対話を選択した。

 

「そういえばお前、捕まってたのになんでここにいるんだ?」

「あの程度の拘束、私からすればないも同然」

『嘘ですね、サタン。聖剣である私は、魔族の嘘を見抜くことができます』

「ふん、ざ、ざざ戯言を。そ、そのような嘘私には通用しないもんね」

「誰かに助けてもらったのか……」

「っ、まずい!」

 

 ルキノスの言葉に面白いくらい動揺したサタンが、手のひらをノックスに向ける。そこに現れたのは、赤黒い魔力の球体。地鳴りのような音を響かせながら周囲から魔力が集約される。それは、触れた者の破壊のみを目的とした暴力の塊。

 

 これ以上舌戦を仕掛けられれば余計な情報を与えてしまう、と慌てたサタンにより戦闘が始まった。

 

「いきなりありかよ!」

「あっ、まずい! 殺してしまう!」

 

 そして、焦りのあまり「殺しはしない」と言ったのにも関わらずサタンから暴力の塊が放たれる。目で捉えきれないほどの速度を誇るそれに対し、ノックスはどこに向かってそれが放たれたのか理解しないまま跳躍する。

 野生のそれと遜色ない危機察知能力を発揮したノックスは暴力の塊の回避に成功したが、ノックスの背後にあった景色は破壊された。一瞬の静寂の後に絶大な爆発音が遅れて聞こえ、自然、建造物が塵と化す。

 

「……マジかよ」

『ノックス、気を付けてください。ふざけているようには見えますが、サタンの実力はかなり高い。一撃一撃が殺傷を考えている分、今まで相手をしてきた誰よりも気を引き締めなければいけませんよ』

「それに、私はローレン・ルークスと戦ったことがある。つまり、今の貴様より聖剣の扱いに長けていた、貴様の上位互換と戦ったことがあるということだ。そんな私が、貴様に負ける道理など存在すると思うか?」

「ごちゃごちゃうるせぇな。勝てねぇってわかってても、無理だってわかっててもやるしかねぇんだよ」

「無駄なことを」

「無駄ってのは人生の最高の隣人だぜ」

「そうか。ならば」

 

 サタンがその背にある翼を広げると同時、サタンの足元に魔法陣が展開される。色は赤の混じった黒。形状は逆五芒星。それが暗い輝きを放つと同時、サタンに変化が訪れた。

 真っ白だった肌は黒くなり、数か所がひび割れてそこから赤い光がぼんやりと漏れ出している。右腕は不自然に膨張し、目に見えてわかるほど脈動していた。まるで心臓がそのまま表出したかのようなその右腕から、体中に赤黒い管が伸びている。

 

「……追い詰められた時の変身とかじゃねぇの?」

「追い詰められてから本気を出すバカがどこにいる?」

「道理だな」

『ノックス。全力でいきましょう』

 

 ルキノスの言葉に返す暇もなく、サタンの暴力が放たれた。

 

 

 

 

 

 第3部隊、地下実験施設。そこには血の匂いが充満しており、固く閉ざされていたほぼすべての扉が破られていた。長い廊下を満たすのは様々な生物の血液が混ざり合った黒に近い赤と、すりつぶされた臓器。散らばっている肉片は、もはやどこの誰のものなのかもわからない。

 

 その血だまりの上に立っているのは、第3部隊隊長フリード・ガーベラ。フリードは懐からタバコを取り出して火をつけると、一口目から思い切り肺に入れて、重いため息とともに煙を吐き出した。

 

《フリードさん! 聞こえていますか! 第3部隊の実験施設で多数の魔力反応を》

「もう鎮圧した。サタンはいない。被害は実験体が全滅したのと、隊員も一人残らず食い散らかされている」

 

 血だまりの上を歩くフリードに、第2部隊隊長リリー・エールライトから通信が届いた。遅かったなとどこか人ごとに考えながら淡々と状況だけを告げる。

 

「ただ、うちの変態どもはあまり戦闘力は高くないが、捕まっている実験体にやられるほどマヌケじゃない。恐らく実験体を解放した輩がいる。ちょうど今は隊長陣が集まっているしな」

《え、隊長陣が集まっている時に実行するものなのですか?》

「訓練校の一年を受け入れている上、隊長陣が集まっている。犯人をばらけさせるのであれば十分だろう。目的は大方サタンだろうが……とにかく、内側に敵がいる可能性を忘れるな」

《は、はい! わかりました! あ、あとそれとフリードさん! 訓練生に待機命令を出したのですが、ノックス・デッカード訓練生が部屋にいないとの報告があります!》

「すぐに探しに行く」

 

 通信を切り、タバコを血だまりへ吐き捨てて外に出た。街の方では戦闘音が響いており、上空には飛行する魔物が飛び交っている。

 少し前までそこにあった平和は、一瞬にして地獄と化していた。

 

(さて、急がないと少々マズいな)

 

 フリードの脳内にある最悪のパターンは、訓練生がサタンと相対すること。自分ですら勝てないであろう存在と訓練生が戦えばどうなるかを想像できないフリードではなく、身体強化により感覚を強化し、より強い戦闘音が響く方へと足を向けたその時、言いようのない腐臭が鼻をついたかと思えば、周りに青黒い犬のような生物が出現した。

 それらは空中でぼこぼこと音を立てながら、肉が泡立つかの如く蠢いて犬の形となっていく。体は細く、四肢の先には透明であり鈍く、青く輝く鉤爪がついている。目はついておらず、裂けた口からは不自然に長い舌が伸びており、それらが群れをなしてフリードを取り囲んでいた。

 

 フリードはその存在を知識として知っていた。人の絶望を嗅ぎつけて現れる猟犬。それは不快感をこれでもかと煽る腐臭をまき散らし、あらゆる生物の肉を裂いて血を啜る。

 

 絶望の猟犬、バージェスト。千年前に戦場を闊歩していた、もはや御伽噺の中の存在。

 

「……なるほどな」

 

 千年前にいた魔物の再来。それを見てフリードは静かに笑った。

 

 もしも、この世に運命というものが存在するのであれば。

 英雄のいた時代に存在した魔物の再来は、この世に再び英雄が現れたことと同義ではないか、と。

 

 

 

 

 

「……!!」

「待機だから、待機!! 本当にシャレにならないんだからな!!」

 

 訓練生に与えられた部屋、その一つ。

 

 そこにいたのはクルスとアスト。アストはその手に剣を持って必死に自身のうちから湧き上がる衝動を抑えつけ、クルスはその正面に立って必死に声をかけ続けている。

 このような状況になっているのは、外が戦場になっているからに他ならない。しかしなにも『戦えるから』外に出たいというわけではなく、ノックスが部屋にいないこともその原因だった。

 

「くっ、本当に、本当に待機が正しいのか……!」

「そんなの僕にだってわかんないよ! でも、信じるしかない! さっきエールライト隊長にノックスがいないって伝えたから大丈夫!」

「俺だって信じてる! だが、もし、もしも! 軍の精鋭が間に合わなかったら! 俺たちが動いて間に合うのだとしたら! 今俺はここで動かなかったことを、一生後悔する!!」

「……!」

 

 クルスも、大丈夫だと言いつつ理解していた。今王都は全域が戦場となっており、守る対象はノックスだけではないということを。だとすれば、最短でノックスを見つけ出し助けることができるのは、自分たちなのではないか、ということを。

 

 理解はできていても、決断ができない。軍に任せていれば大丈夫だと心の中の臆病が囁いてくる。

 

「でも、クルス! 俺だけが飛び出して行っても、ノックスを見つけることはできない! だが、探査魔法を使えるお前がいれば! ノックスを助け出し、すぐにここまで避難することが可能なんじゃないのか!」

 

 ただ、クルスの目の前にいるアストがそれを許してくれそうになかった。

 

「……ねぇアスト。外に出て戦闘狂のクセ出さないでよ。ノックスを助けて逃げる。それ以外は考えないこと!」

「! あぁ、ありがとう! クルス!」

「別に! 臆病取っ払ってバカになるのも悪くないって思っただけだよ!」

 

 やけくそになりながらクルスが探査魔法を飛ばす。ノックスが部屋を出た時間、王都が襲われた時間、それらからノックスの行動範囲を推測して、部屋にあった地図を広げた。

 

「ここからは時間との勝負! 行くよ!」

「あぁ、案内は頼んだ!」

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