聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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第15話 

 アルデバラン王国国軍司令部。突然の魔物の侵攻により各部隊への指揮をとることで騒然としているその中心にいる第2部隊隊長、リリー・エールライトは、隊員から告げられる情報を耳で拾いそれぞれに指示を出しながら、一つの懸念について頭を悩ませていた。

 

(フリードさんは恐らく、内部にこの事態を招いた者がいると疑っています)

 

 研究施設の魔物、そしてサタンが解き放たれ、それらを鎮圧。そこで会話が終わりそこから報告はないが、その短い会話の中でフリードは『内部に裏切者がいる可能性』を示唆した。そしてリリーは多くを語らないフリードとは長い付き合いであり、その裏切者の割り出しを頼まれたのだと認識している。

 

(とはいっても確定させるには情報が少なすぎます。訓練生がきたタイミングでこれが起きたのであれば、訓練生の中に裏切者がいると考えてもおかしくないですし……)

 

 そもそも、リリーの監視から逃れて研究施設の魔物を解放した、というところから問題。リリーの『固有魔法』は『干渉(オーバーサイト)』。あらゆる魔力に干渉が可能であり、一時的に自身の魔力とつなげて通信機器を必要とせず会話を行える。そして、その広い干渉範囲は魔力の感知にも応用が可能であり、王都内であれば魔力が発生すれば感知が可能なのだ。

 もっとも、それは『知っている』魔力であればの話。

 

(私が知らない魔力……というと、それはもはや人ではなく魔族クラスということになります)

 

 リリーの知っている、知らないの範囲はおおざっぱであり、『人間』『魔物』『魔族』など、種族で分類する。それぞれの魔力に対する理解度に応じて感知の精度も変化し、今のリリーの感知精度であれば『人間』か『魔物』であれば見逃すはずがない。

 つまり研究施設を襲ったのは魔族。更に誰にも気づかれず研究施設を襲ったことから、軍の監視体制を知っていると考えるのが自然。

 

(となると、隊長クラスが裏切者の可能性が高そうですね。一旦全員警戒するとして)

 

「っ!?」

 

 そこで、思考が途切れる。リリーの思考を止めた原因は、魔法による感知を行わずとも肌に伝わってくる魔力だった。もはや暴力とも呼べるような、攻撃されてもいないのに殴られているかのような、そんな感覚を与えてくる純粋な魔力。それが、突然王都に出現する。

 

「隊長!」

「間違いなく魔族です! それも、サタンクラスの!」

 

 リリーは急いで『干渉』の精度を高め、王都にある魔力を感知する。先ほど感じた暴力的な魔力の他に、感じづらいが確かにサタンの魔力があった。

 リリーは自身を隊長たらしめる『干渉』の精度に、今だけは文句を言いたくなった。これのおかげで誰かを救えるが、これのせいで信じたくないものを事実としてすぐに受け止めてしまう。

 

「近くにいる隊長を向かわせます! 余裕のありそうな地点はありますか!」

 

 声を張り上げても、声は返ってこない。それはほぼ永続的に溢れ出る魔物の対応に、軍が追い付いていない証拠だった。どこも一瞬でも綻びが生じれば瓦解するような危険な状態。それが理解できるからこそ、リリーはすぐに「私が判断します!」と再び声を張り上げ、『干渉』による感知を再開させた。

 

 そして、しばらくして目を見開く。それは驚愕からだった。

 

「……え」

 

 暴力的な魔力の近くに、四つの魔力。それは、訓練生の魔力だった。

 

 

 

 

 

 もちろん、訓練生が戦場を経験することは少なくとも一年のうちはない。数年経験を積めば実地研修という名目で戦場に立つことはあるが、それでも限られた一部の訓練生のみであり、それは実力のない者が戦場に立てばすぐに殺され、土の養分へと変えられるだけだからだ。

 

 そんな戦場を、アストとクルスは誰にも見つかることなく駆け抜けていた。

 

「すごいな、クルスの魔法は」

「非常事態だから誰にも気づかれてないっていうのはあるかもしれないけどね。知能のない魔物相手なら通常時でも騙せる自信はあるよ」

 

 『認識阻害(アンチセンス)』。感覚による情報を相手に与えないようにできる魔法であり、それは魔力による感知にも影響する。非常事態だからという枕詞がついたのは、第2部隊のリリー・エールライトが相手であれば少し集中されればすぐに看破されるであろうことが予測できているからだ。

 

「それで、クルス。ノックスはどこにいる」

「何回も言わないでってば。『認識阻害』も『探査魔法』も繊細な魔法なんだよ? 同時並行ってなると難しいんだ」

「泣き言を言うな」

「うるさいな!」

 

 戦闘狂いのバカ野郎に文句の色を込めた叫びをぶつけたクルスは、実際のところノックスがどこにいるか想定はついていた。はっきりと確信を持てるわけではないが、クルスの『探査魔法』に特徴的な魔力が引っかかっている。ノイズがかっている不思議な魔力。ルキノスの魔力を打ち消す性質がそうさせているのであろうそれの近くに、信じたくもない強大な魔力があることにも気づいている。

 だからこそ、悩んでいた。魔力の質を見れば自身とアストが加わったところで勝てないことは明白であり、かといってそこからノックスを連れ出して逃げる算段もつかない。

 

 簡単に言えば、友だちを見捨てるか見捨てないか。その二択で、クルスは悩んでいた。

 

「……」

「どうした、クルス」

「ねぇ、アスト」

 

 走りながら、着実にノックスのもとへと向かいながら、クルスがアストへ問いかける。

 

「もしさ、ノックスのいる場所に、僕たちが束になったって勝てない相手がいるとしても、それでも」

「わかった、場所を教えてくれ。俺がそこまで行ってなんとかしてくる」

「は?」

 

 らしくもなく、呆けたクルスは間抜けな声を漏らした。そうしてから、アストの言葉の意味を考える。

 アストは「わかった」と言った。そして、「場所を教えてくれ、俺がそこまで行ってなんとかしてくる」とも。単純に考えれば、クルスの言葉の意味を正しく理解して、返事したように思える。

 

 そして実際に、アストはクルスの言葉を正しく理解していた。

 

「クルスはこんな状況で無駄な話はしないだろう。だったら俺たちが行ったところで勝てないというのも恐らく事実だ。だったら、強い俺が時間稼ぎに入って、クルスは援軍を呼ぶのが一番だ」

「……野暮なこと聞くけど、死ぬのが怖くないの?」

「強者というのは、いかなる状況でも生き抜いたからこそ強者足り得る」

「答えになってないよ、それ」

 

 なんだか馬鹿らしくなったクルスはクスリと笑って、胸中で渦巻いていた恐怖を殴りつける。こんなバカの隣にいるなら、あれこれ難しく考えるのはやめてバカになろう、と。

 

「ノックスのところについたら何とか色々考えるから、合わせて!」

「わかりやすくていいな」

「一つもわかりやすくないだろ! 舐めてんのか!」

 

 本当に不思議そうに首を傾げたアストを見て、クルスはまた笑った。同時になぜこんなバカがAクラスなんだろうとまた馬鹿らしくなって余計に笑えてきてしまう。

 

(なんとなく、戦場に出るには死ぬ覚悟が必要だと思ってたけど、多分違うかも。人それぞれで、別の覚悟が必要なんだ)

 

 守る覚悟、戦う覚悟、勝つ覚悟、死なない覚悟。それぞれ異なる覚悟を抱えて戦場に立つ。御伽噺で見た英雄は、前向きな覚悟を持ってそこにいたんだろうなと、同じく戦場に立っているクルスは自嘲した。

 

(じゃあ、僕はなんだろう)

 

 少し考えて、クルスは隣を走るアストを見る。

 

 戦闘以外は何も考えられない。感覚派。もしかするとドが付くほどのバカ。でも、人を惹きつける何かを持っている。そこにいるだけでなんとかなるかもしれないと勇気を与えてくれる。

 

(うん、きっと僕は、そういう人を支える側なんだろうな。っていうことは、支える覚悟?)

 

 男の子としては少しカッコつかないそれに、しかしクルスは妙にしっくりきていた。自分が得意な魔法はほとんどサポート系統で、男の子が憧れるような派手さや強さはなく、早い段階で自分は主役を張れないと諦めた。

 ただ、それなら。主役を引き立たせる脇役になればいい。主役で一番になれないなら脇役で一番になればいい。

 

(うん、支える覚悟。いいね、それでいこう)

 

 まさか戦場で前向きになれるなんて思ってもいなかったクルスは決意を新たにして、ノックスのもとへ駆けつけるために一歩強く踏み出した。

 

 そして、強大な魔力が力となって襲い掛かり、地面から足が離れ吹き飛ばされる。

 

「クルス!」

 

 僕が吹き飛ばされてるのは、体の鍛え方が足りないからか。しっかりと地面に足をつけて踏ん張っているアストを見て自嘲し、クルスは視界に飛び込んできたそれに考えるよりも先に防御魔法を行使する。

 

 それは、緑の光を帯びた黒い渦。ちょうど空に開かれている渦と同じもので、しかし目の前にあるそれは縦横3メートルほどしかない。ただ、そこから放たれる魔力は絶大で、ドーム状に展開されたクルスの防御魔法に罅が入った。

 

 そして、それが現れる。

 

 バチバチと弾ける赤紫の魔力を纏った、2メートルを優に超える巨体。暗い灰色のローブで全身を包み、フードを被っているが、その瞳が魔力と同じ赤紫の光を放っていることだけは理解できた。

 その瞳が、アストとクルスを捉え、一言。

 

「お前ら、強いか?」

 

 言葉とともに振るわれた魔力に反応できたのは、アストだけだった。赤紫の魔力が極太の砲撃となり、触れたものを容易く塵へと変える暴力が二人へ放たれる。

 アストは瞬時に雷を纏い、クルスの元へと飛んで行った。そして直感する。このままでは少しかすってしまう。そして、かすっただけで致命傷になる威力があの砲撃にはある、と。

 

(クルスを抱えていけば二人ともかする。クルスを突き飛ばせばとりあえずクルスは無事だ。俺はわからんが)

 

 アストはクルスを抱えようと伸ばしていた腕をたたんで、突き飛ばそうと力を込めた。その時、

 

「アスト! 大丈夫!」

 

 何がだ、と聞く前にアストはまた腕を伸ばしてクルスを抱えた。それはアストが戦闘に関しての勘がずば抜けていることもあるが、クルスへの信頼もある。知り合って間もないが、アストから見てクルスは何でも知っていて、何でもわかってくれる。それなら、今自分がやろうとしていたことを理解してくれて、その上でなんとかなるから大丈夫と言ったのだろうと。

 そしてその直感は正解だった。アストがクルスを抱えた直後、赤紫の砲撃に桜色の光を纏ったオレンジ色の砲撃がぶつけられる。それは一瞬赤紫の砲撃の威力を減衰させ、その一瞬でクルスを抱えたアストが砲撃の範囲外へと逃げ出した。

 

 赤紫の砲撃は、触れたすべてを塵へと変えた。魔力が触れたものを塵へと変える性質を持っているのではなく、純粋な力による粉砕。

 

 その力から逃げ出す隙を作ったのは、二人の少女だった。

 

「大丈夫ー!?」

「あーもう、なんであんな見るからにやばいのに出会わなきゃなんないのよ……!!」

 

 ぶんぶんとクルスとアストに向かって手を振るステラと、腕を振りぬいた状態で悪態を吐くライラ。なんでここにと聞く前に、きっとほぼ同じ理由で飛び出してきたんだと理解して、クルスは安堵とともに笑みを浮かべる。

 

「ありがとう!! 時間がなさそうだから手短に! あれには勝てないからなんとかして逃げることだけ考えて!!」

「待てよ」

 

 声を聞いた瞬間、体に重りをつけられた、いや、感じる重力がそのまま二倍になったかのような感覚が四人を襲った。いつの間にか閉じられた渦から出てきた魔族は、獰猛な笑みを浮かべて腕をぐるりと回す。

 

「逃げるなんてよォ、つまんねェこと言うなよ、なぁ? せっかく暴れてもいいって言われたんだよ!! 喧嘩しようぜ、喧嘩!!」

 

 下品と言ってもいいほど無縁慮に魔力をまき散らし、魔族が笑う。

 サタンの魔力を、直接ではないが感知できるクルスにはわかった。わかってしまった。目の前にいるこの魔族が、サタンよりも強い魔族であると。そして、この魔族から逃げることが、この魔族と遭遇して生き残ることがどれだけ無謀であるかということが。

 

「よし、わかった」

 

 そうして静かに絶望する中で、アストが一歩前に出る。気づけばステラもライラを庇うように前に出ており、睨みつけるような視線を魔族へぶつけていた。

 

「私もいけるよ、アスト」

「ならクルスとライラはノックスを助けに行ってくれ。ここは俺とステラで何とかする」

「何とかって」

「するしかないんだ。俺だってそこまでバカじゃない。こいつを放置すれば簡単に地獄が出来上がる」

 

 魔族は楽しそうに笑っていた。アストには理解できる。今魔族が何も仕掛けてこないのは、今攻撃すれば楽しみが失われるからだと。魔族がやりたいのは喧嘩であり、一方的な虐殺ではないのだと。

 

「ステラ、合わせろ」

「アストいっつもそうだよね! 今回は『悪い、失敗した』じゃすまないんだよ!」

「あぁ、わかってる」

「ならよし!」

 

 何もよくないだろ、と心の中でツッコんで、クルスはライラを見た。ライラは体を震わせながら奥歯を噛みしめ、悔しそうに拳を握っている。クルスにはライラの気持ちが痛いほど理解できた。あの魔族の魔力を正面から受けてそれでもすぐに立ち向かおうと前に出たアストとステラ、後ろで震えている自分。恐怖と悔しさが混ざり合って、折れてしまいそうになる、そんな感情。

 

 クルスはそんなライラにそっと近寄って、背中を軽く叩いた。

 

「死ぬのが早いか遅いかだよ」

「……あんたねぇ」

「そもそも、殺されかけるのには慣れてると思わない? 日常だよ、僕らにとってはさ」

 

 迫りくる岩の化け物とあの砲撃なら、断然後者の方が強力だ。つまりクルスの言葉は気休めにしかならず、威勢を張るための戯言に過ぎない。

 

「ご生憎ね。私は、孫と息子夫婦に囲まれて大往生するって決まってるのよ」

 

 それでも、怖がりで強がりな少女を立ち上がらせるには十分だった。震える拳をぐっと抑え、余計なお世話だとクルスの背中を強く叩き、ライラが歩き出す。

 

「可愛い夢だね」

「どうせ現実になるんだから、夢じゃないわよ」

 

 あふれそうな恐怖を誤魔化して、二人がアストとステラの隣に並ぶ。それを見た魔族はより一層笑みを深め、また無縁慮に魔力をまき散らした。

 

「よし、いいなお前ら!! はっきり言やァ相手にもならねぇ雑魚だが、全ッ然楽しめそうだ!! 暇つぶし以上になるといいなァ!!」

「そうだな。せいぜいいい踏み台になってくれることを祈っている」

「ハハ!! 好きだぜそういうの!!」

 

 直後。

 

 一瞬にして王都から一つの建物が消え去った。

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