「貴様ァ!! それでも血の通った人間か!!」
「これは戦いだ。的確に弱点を突いているだけだろう?」
「なぁルキノス。俺の味方ってもしやサタンだったりする?」
『迷いどころですね……』
サタンとフリード、シオンの戦闘が始まってしばらく。
純粋な実力で言えばサタンに軍配が上がると経験則、そして『思考回廊』によって弾き出したフリードと、野生に近い直感で判断したシオンがとった選択は『ノックスを盾にすること』だった。
フリードとシオン相手では手加減しないサタンが、なぜかノックス相手だと手加減する。そして、手加減した攻撃であればフリードとシオンでも対処可能なレベルである。これを利用しないフリードとシオンではなく、やはり第3部隊に倫理観など存在しなかった。
「ワリィなノックス。こうでもしないと勝てそうにないんだ」
「いや、役に立てんのは嬉しいんですけど、その、ちょっと、ね」
「ん、もぞもぞするな。くすぐったいだろう」
実際のところ、盾にされること自体は構わないとノックスは割り切っている。元々できないことはできない、できることを伸ばすという信条であり、今自分にできること、相応しい役割が盾であるなら甘んじて受け入れる柔軟さがノックスにはあった。
問題は、盾になる方法。今ノックスはフリードの背中にぴったりと張り付き、二本の魔力の糸を胸で交差させて離れないようにされていた。背中合わせになっているというのが唯一の救いであるが、これでも思春期の男の子であるノックスにとって、綺麗なお姉さんとの密着というのは戦闘中だとしてもどぎまぎしてしまう。
「さて、なぜサタンはノックスを殺そうとしないんだろうな。ルキノスの使い手だからか? ではなぜルキノスの使い手なら生かすんだ? ルキノスの使い手を生かす理由は、使い手の解析をすればルキノスを扱えるようになるかもしれないからか?」
「戦闘中にごちゃごちゃとうるさいやつめ! 私がそれに答えると思うか!」
「勝手に考えてるだけだから気にしなくていいぜ」
ぶつぶつと、ぎりぎり聞こえるような大きさで呟くフリードに対し容易く憤慨したサタンが巨腕を振りかぶった瞬間、体中の血管が不自然に浮き上がっているシオンが懐に潜り込み、掌底を振り上げる。
顎を狙って振るわれたそれに対しサタンは焦った様子もなく左手でシオンの腕を掴み、そのまま右腕をシオンに向かって振り下ろした。
「死ね」
「死なねぇよ!」
起きたのは、爆発。自身も巻き込む炎の膨張。それがシオンの内側から外に向かって吐き出され、熱と轟音とともにシオンとサタンを弾き飛ばした。
「大丈夫っすかシオンさん!!」
「こんぐらいで騒ぐな。私の魔法知ってんだろ」
全身のほとんどが焼け爛れたシオンがサタンに向かって巨大な炎を放つと、じわじわと傷が回復していく。「チートじゃん……」と思わず声を漏らしたノックスに、ルキノスは心の中でしっかり頷いた。
そんな数千年前から生きているルキノスからチート判定を受けたシオンの炎を、サタンは巨腕の一振りで鎮静させる。魔力を込めたその一振りによって炎がかき消され、残されたのは攻撃にもならない舞い散る火の粉のみ。
そして当然のごとく、サタンは無傷だった。
「やはり常時高純度の魔力を纏っているからか、魔法での攻撃が通りにくいな」
「当然。貴様らのへなちょこ攻撃など、私からすれば塵も同然だ」
「ただ、それってずっと魔力の鎧纏ってるってことだろ? 攻撃し続けりゃあその分鎧が削れて、その度に鎧を纏い直すなら、いつか魔力切れるんじゃないか?」
炎を漏らしながら挑発的な笑みを浮かべるシオンに、サタンはバカにするように鼻を鳴らす。
「どうやら、魔族との差を理解できていないようだな。我ら魔族は高純度の魔力を持つ。そして、貴様ら人間とは比べ物にならないほどの魔力量を誇っている。魔力切れを狙うのであれば、私と同等の魔力を持ってからにするんだな」
「攻撃を受けていない鎧が100だとすれば、さっきのシオンの自爆で削れたのは約20。うん、鎧を削りきって本体に攻撃を当てるのは無理な話じゃないな」
「はっ、何を言ってるんだ貴様?」
「ん? あぁ悪い。魔族は算数もできないのか」
「貴様ァ!!!!!」
一瞬でブチギレたサタンの魔力が巨腕に集約され、それが地面に叩きつけられた。それを起点に、魔力の波がフリードたちに襲い掛かる。
「受けたら?」
「死ぬ」
「OK」
短く言葉を交わし、フリードが後ろに下がってシオンが前に出た。そのままシオンは両腕を前に突き出し、魔力の波を受け止める体勢に入る。
「えっ、受けたら死ぬって言ってませんでしたっけ!?」
「そのまま受け続けたらな」
「まぁ見てろ。慣れてんだ、こういうのは」
その魔力の波が触れた瞬間、ほぼ同時にシオンから炎が放たれる。途切れることなく放出され続ける炎を見て、ルキノスが『頭の悪い真似を……』とあきれたように呟いた。
「……くらったそばから燃やしてるってことっすか、あれ」
「あぁ」
「いや、あぁって」
『確かに有効ではあるかもしれませんが、あそこまで躊躇せずにやるとは……』
魔力の波で傷がつけば、それは炎の燃料になる。簡単に言えば、それを繰り返しているだけ。言葉にすれば簡単だが、シオンが受けている魔力の波は普通に受ければ死ぬほどの威力であり、少し触れるだけでも致命傷になるレベルである。それに対し躊躇なく前に出て受け止め、炎を放出し続け威力を減衰させている姿に、ルキノスは狂気すら感じていた。
「さて、行くか」
「あれ、フリードさん?」
ノックスとフリードを括り付けていた魔力の糸が解除され、フリードがノックスの襟首を掴む。ぎゅっと掴む手に力が込められたことに気づいたノックスは、今から自分に何が起こるのかを直感した。
「今から数秒後に波が相殺される。その寸前で投げるから、『封魔の界』を使え。全力でな」
「……フリードさんがそういうなら、それしかないんっすよね」
「決断が早いやつは好みだ」
「えへへ」
『キショいですよ、ノックス』
「テメ」
暴言を吐いたルキノスにいつものごとく喧嘩を吹っ掛けようとしたノックスを、フリードが無慈悲に投げ飛ばす。カウントとかないのか、と文句に似た呟きを口の中でもごつかせながら、ノックスは空中で不格好にルキノスを構えた。
サタンは波が炎で相殺された瞬間に飛び出してきたノックスに驚愕し、視線をノックスへ向けている。
「行くぞ! ルキノ」
その間抜け面に『封魔の界』を叩きこもうとしたノックスに訪れたのは、まるで縫い付けられているかのような感覚。そして腹のあたりに感じる熱。
それを与えているのは、サタンの左手から伸ばされた赤黒い魔力の刺。それがノックスの腹を貫いていた。
「フン、言っただろう。ボロボロにしても回復できればいい、とっ!?」
油断。今のサタンが陥ってしまった状況を説明するのであれば、その単語が適切だろう。魔力のない、聖剣を持っているだけのド素人。何を企んでいるのかはわからないが、痛い目に遭わせれば動きを止めるだろうと高を括ったサタンの油断。
即座に、思い知らされる。ノックスが飛んできた時点で、『封魔の界』の効果範囲から逃れるべきであったと。
ノックスとサタンを囲うように展開された灰色の魔力壁、『封魔の界』。それに捕らわれたサタンの姿が、通常時のものへと変化していく。
そして、サタンが纏っていた魔力の鎧もじわじわと弱まって。
「魔力が弱まる瞬間は、必ず綻びが生じる」
「なっ、貴様!」
サタンがノックスへ視線を向けている隙に接近したフリードが、一瞬の隙を突いてサタンに触れると同時、『封魔の界』が解除された。時間がないからと説明を省いたのにも関わらず最適な解除のタイミングに、フリードは薄く笑う。
「解けかけの紐があるだろう? あれと似た感覚だ。解ける箇所さえわかってしまえば、解くことは容易い」
フリードの『固有魔法』、『思考回廊』その真価。それはあらゆる事象に対する理解であり、それは同時に『理解さえできれば掌握が可能』であることを意味している。
『封魔の界』によって綻びが生じたサタンの鎧に、フリードが自身の魔力を流し込む。
(鎧を修復しようとする魔力の流れを掴んで、それぞれ異なる方向で誘導するだけでいい。それだけで魔力はぶつかり合って崩れていく)
サタンの魔力の流れを操作して、鎧を崩壊させていく。自分以外の魔力を操作するというのはかなりの技術が必要で、前提条件として対象の魔力に対する理解が必要となる。
「ノックスを狙ったのがお前でよかったよ、サタン」
「ク、ソ、殺してやるぞ、貴様ァ!!」
そして、幸運にもフリードはサタンの魔力を知っていた。サタンが間抜けな理由で捕まり、第3部隊の研究施設にいた時、既にサタンの魔力の解析は済ませていた。
「シオン、頼むぞ」
「――」
「なっ、まだ動けたのか、貴様!!」
右の掌をサタンに向けているは、魔力の波によりもはや無事と言える箇所がないシオンだった。皮膚は剥がれ落ち、左腕は失い、横腹が削り取られ空洞を生み出している。
にも関わらず、シオンの掌に凝縮された炎があった。それは、触れたものを貫き灰にする炎の槍。シオンの傷をいやしながら生み出されたそれは、そこに存在するだけで熱により周囲の石材を溶かしていた。
「お前も死んだら、悪いな」
「なんとかなるさ。互いにな」
「なっ、正気か!?」
フリードは先ほどまで自分とノックスを括り付けていた時と同じように魔力の糸を自身とサタンに括り付け、サタンの動きを拘束する。サタンの油断によって生じた一瞬の隙を逃さないための選択。すべてを燃やし尽くす炎の槍を受け入れる選択に、サタンは敵ながら心の中で称賛を送った。
そして、炎の槍が放たれた。その時。
「じゃあな」
「は?」
フリードの姿が掻き消える。使用したのは転移魔法であり、フリードはノックスの側まで転移するとそのまま回収して、次にシオンの側へ転移した。
「……許さんぞ貴様ァァァアアアアアアア!!!!!」
「いや、知らんが」
サタンの怒声は、炎の中へと消えていった。