『聖拳の名はアルゴ。使い手を探すのであれば本人の話を聞くのが一番早いですから、まずはクーロイ火山に向かいましょう』
というルキノスの提案で行先が決まった一行は、クーロイ火山に向かって出発していた。王都から次の街へは道が整備されており、魔導列車を利用すれば簡単に移動できるが、クーロイ火山は王都から街を2、3経由しなければいけない場所にあり、なおかつクーロイ火山までの道が整備されていないため、多少危険な道のりになる。
「フリードさんの転移魔法でぴゃって行けないんすか?」
「あれは知っている魔力を辿って転移するものだからな。クーロイ火山には行ったことがないから無理だ」
魔導列車に乗り込み、1つのボックス席にフリード、ノックス、クルス、アストが座り、もう1つのボックス席にステラ、ライラ、アルメイヤが座っている。「若い女性の会話はわからん」と席を分けた張本人であるフリードの年齢19歳であった。
「それを僕に教えてくれるんですよね」
「あぁ。クルスの探査魔法と『解析』は転移魔法にかなり向いている。探査魔法で周囲の情報を把握し、『解析』で魔力の情報も取得すれば、瞬時に転移魔法が使えるからな」
「は? めっちゃかっけぇじゃん」
「せっかくだから今転移魔法の原理を説明しよう」
「アスト。俺たちは別の話でもするか」
ノックスは完全に自分には縁のない話だと判断し、フリードとクルスの会話をシャットアウト。アストは興味がなかったわけではないが、不貞腐れそうなノックスの相手が優先かと珍しくも正常な判断を見せてノックスに向き直る。
「アストってこっちにきたことはあるのか?」
「いや、ない。こっちの魔物は他の大陸と比べて弱いと聞くからな。訓練なら実家にいい環境があったから、ここにくるメリットがなかった」
「実家で訓練?」
「兄が一人いてな。今は北で軍の隊長をしている」
「つえぇの?」
「強い」
確信をもって頷くアストに、ノックスはアストの兄には近づかないようにしようと固く決意した。戦闘狂であるアストが「強い」と断言する上に、訓練校に入る前アストに訓練をつけていたともなれば、かなりの化け物であることがノックスにでも理解できた。
そんなアストの兄はかなりの有名人であり、『大魔闘祭』でも自国のお姫様にいいところを見せたくて大奮闘をしていたことはかなり有名な話だ。
「この旅を続けていればいつか会えることだろう。その時はまた手合わせ願うつもりだ……待て、ノックス。何か感じないか?」
『魔力関係ならノックスが何かを感じるわけないですが』
「うるせぇぞテメェ」
悪態をついてルキノスに恒例となったお仕置きである『尻置き板化』を下し、股の間からルキノスが伸びる形になったノックスは、ふと寒気を感じた。フリードとクルスを見てみれば、2人も何かを感じ取ったのか周囲を警戒している。
そして、それは突然だった。
「うおっ!?」
4人の間に一人の少女が現れる。体色は青白く痩せこけており、どこに向けられているのかわからない瞳は生気を宿していない。まるで、死人がそこに立っているかのような光景に、クルスは『解析』を行使した。
「魔力によって形成された思念体……?」
「もしかしたら攻撃されるかもしれん。警戒しろ」
何者かが行使した魔法である思念体に警戒心を強めた時、ぼそりと思念体が何かを呟いた。声はか細く、掠れたもの。言葉というよりは音が漏れ出ているかのような、必死に絞り出しているかのようなそれに、ノックスは無警戒に近寄ってしゃがみこみ、耳を近づけた。
「ノックス!」
咎めるようなクルスの声に、ノックスは掌を向けて静止する。
ノックスが無警戒に近づいたのは、何もノックスがバカだから……それも要因の一つであるかもしれないが、それだけではない。
ただなんとなく、掠れた声が苦しそうだったから。それだけでノックスは敵ではないと判断した。
「……て」
「わかった。どこに行けばいい?」
「……ぃ」
「よし、すぐに行く」
一言二言言葉を交わし、ノックスが少女の頭に手を置いてにっこり微笑むと、少女は涙を浮かべて消え去った。光に包まれ、そのまま無数の粒となって天に昇っていくそれは、魔法が解除されたというよりは『死』を連想させるそれ。
ノックスは立ち上がって様子を見に来ていたアルメイヤに視線を向ける。真剣な色を帯びたその瞳に、「おかしな人ってだけじゃないんだ」とアルメイヤは認識を改めた。
「アイビー村ってこの辺にあるのか?」
「はい。もうすぐつく次の街から結構歩きますが」
「悪い、案内してくれねぇか?」
「待ってノックス。大体察しはつくけど、あの子はなんて言ってたの?」
「助けてってのと、アイビー村にきて、って」
「じゃあ行こう!」
その言葉にすぐ反応したのは同じく席に膝立ちして様子を見ていたステラであり、難しい顔をしているのはクルスとライラ。 助けて、と聞いて良心が働いたのがステラで、罠の可能性を考えて気が進まないのがクルスとライラである。しかしこの旅の指揮権はフリードにあると考えているクルスは、自分の意見を言う前にフリードへ問いかけた。
「フリードさん、どうします?」
「うん、行こうか」
「さっすがフリードさん!」
すぐに承諾したフリードに、もっと「罠の可能性がある」とか「私は安全だと判断したが、もっと警戒心を持て」とか色々言うと想像していたクルスは目を丸くした。フリードがすぐに承諾した理由は単純で、『罠であろうとなかろうと、成長の機会だと思ったから』であり別に良心が働いたわけではないのだが、バカなノックスと純粋なステラは「フリードさん優しい!」とテンションを上げている。
「すまんなアルメイヤ。少し寄り道をさせてもらう」
「いえ、その、私も気になってはいますから」
「あ、そうそう聞いて! アルめちゃくちゃいい子なの!」
「おいルキノス。なんでこの短時間でステラはアルメイヤのこと『アル』って愛称で呼んでるんだ? コミュ力の化身か?」
『私はルキノスではなく尻置き板です』
「やべぇ、やりすぎて卑屈になった!」
そのままノックスはルキノスへの謝罪で乗車時間をすべて過ごした。ちなみに謝罪の時もルキノスは尻置き板にされていたため、ルキノスがしばらく許さなかったのは当然である。
「アイビー村は、花が有名な村です」
「へー! 素敵!」
街についた7人は、アルメイヤを先頭にアイビー村へ向かって出発していた。その道中でもクルスが探査魔法を飛ばして安全確認をしつつ、アストは既に剣を抜いていつでも戦闘できるように準備している。
対してノックスは、「あぁだからこの辺りって自然豊かなんだなぁ」と感心していた。
「近くには綺麗な泉があって、その水でしか育たない花、『
「聞いたことあるわね。確か東の大陸だとプロポーズの時にそれを渡すのが一般的なんだっけ」
「そんなこと知ってるってなんか可愛いな」
「は?」
「なんでキレられたんだ俺……」
「照れ隠しだよ。ぷぷ、更に可愛いでちゅねー」
「弾けろ」
「「ぎゃあ!」」
可愛らしい知識を披露したライラに煽りをぶつけたノックスとクルスが、目の前で魔力を弾けさせ目くらましする閃光弾に目をやられてのたうち回る。それでも探査魔法を切らさないクルスは流石であり、その魔法を見て笑みを深めるアストもまた流石であった。
「プロポーズっていうことは、年中咲く花なの?」
「えぇ。その綺麗な泉、
「あ、ほんとだ。でもせっかくなら見てみてぇなぁ。今目の前見えねぇけど」
『ノックス。それは眩しさにビビって目を閉じたままだからかと思います』
「あ、ほんとだ」
ぎゅっと閉じた目を開けてみれば、目の前には恩師と友だちの姿。ノックスは「見えるって素晴らしいな」としみじみ呟いて、「強くなるなら、その間抜けどうにかしなくてはな」とフリードにチクリと刺された。完全に自分が悪いとわかっているため反論はしないが、そもそもライラが閃光弾やらなければチクリとされなかったんだと、煽ったことを棚に上げてライラを睨みつける。
「なに」
「……いや、へへ」
しかし初心なノックスは同い年の女の子を見つめてしまったことで照れてしまい、頬をぽりぽり掻いて目を逸らした。その様子に『かわいいですね』とほくほくしているルキノスは完全にお母さんである。
そんなノックスにこっそり話しかけに来たのはクルス。端正な顔立ちにひっそりといやらしい笑みを浮かべて、ノックスに耳打ちした。
「わかるよ。ライラって美人だから照れちゃったんだよね」
「なっ、おまっ、やめろよー!」
『ノックスが失った青春を取り戻してる……』
「あの、もうすぐ着きますよ」
ほら、と言ったアルメイヤに一言「はしゃぎすぎました」と謝罪して目を向けた先には、花に囲まれた村があった。村を囲んでいる花は、様々な色を持っており、角が丸まった星のような形をしている花。
「あれが宝泉花か」
「はい。……しかし、あの少女を見る限り村が襲われているのかと思いましたが」
「待ってて。探査魔法飛ばすから」
クルスが全員の足を止めさせて、探査魔法をアイビー村へと飛ばした。探査魔法は村の上空にふよふよと浮かんでおり、しばらくしてから「襲われた形跡はないね」と断言する。
「クルス。『解析』を使ってみろ」
「え、はい」
それに待ったをかけたのがフリードであり、フリードはアイビー村に目を向けたままクルスに指示を飛ばした。言われるがままに『解析』を行使したクルスは、すぐにフリードが『解析』を使うように指示をした理由に気づく。
「幻影魔法……?」
「村が正常であると騙すためだろうな」
「え、でも幻影魔法って、私たち何をトリガーにかかってるんですか?」
幻影魔法。音やにおい、その他様々なものをトリガーとして、相手に幻影を見せる魔法。それが本物だと認識すればするほど幻影は効力を増し、幻影であることがわかれば効力は薄まっていく。使用方法は様々で、治療の際に痛みを誤魔化すために患者へ行使することもあり、戦闘中に痛みを誤魔化すために自身へ行使する場合もある。
「……そうか、花の匂い」
「恐らくな。アイビー村に近づけば自動的に引っかかる。よくできた罠だ」
そして、幻影魔法であると理解した7人の視界は徐々に変化していった。村を囲んでいた花は元気を無くしていき、村の側に引かれていた川は濁り始める。村にある家は無事なものがなく、すべてが崩れ落ちていた。
「ひどい……」
「用心しろ。中に敵がいるかもしれない」
「……あ、人がいる?」
クルスの言葉に、弾かれたように走り出したのはノックスとステラだった。静止するよりも先にフリードが走り出し、視線をクルスに投げる。それを「場所を教えろ」ということだと理解したクルスは、探査魔法を人の反応があった場所へ向かわせた。
探査魔法を頼りに辿り着いたのは、まだ他の家よりはマシだが屋根がなくなり、壁が崩れていて雨風も満足に防げない状態の家だった。その家に、ノックスたちが電車で見た少女が横たわっている。
「ステラ!」
「わかってる!」
「クルス! 彼女に『解析』を! 瞬時に適切な処置をする必要がある!」
「わかりました!」
「アルメイヤ、ライラ。俺たちは周囲を警戒するぞ」
「はい」
「えぇ」
ステラとクルスが少女の治療にあたり、アストとライラとアルメイヤが周囲の警戒にあたる。フリードはクルスの『解析』の情報を聞き、ステラに回復魔法の使用箇所、強度を的確に指示している。
そんな中、ノックスは強烈な違和感に襲われていた。
「なぁルキノス」
『なんですか?』
「あっちの方、何か感じねぇか?」
ノックスが指したのは、アイビー村近くにある森の奥。感じているのは、まるで呼ばれているかのような感覚。
そんな強烈な違和感に首を傾げつつも、ノックスは周囲の警戒に参加した。