『魔王の魔力を感じます』
「魔王の魔力ぅ?」
クモの巣がところどころに張り巡らされ、歩く度にギシギシと不安を駆り立てる音のなる洋館。現れる魔物をことごとく蹴散らしながら上へ上へと進んでいく中で、覚えのある魔力を強く感じるようになり、それが確信に変わった瞬間に思わずルキノスから言葉が漏れた。
「魔王は千年前に他でもないルキノスが討ったはずだろう」
『そうなのですが……間違えるはずもありません。これは確かに魔王の魔力です』
「ならこの先に魔王がいるということか」
「楽しそうに笑ってんじゃないわよ」
『いえ、確かに魔王の魔力ですが、当時感じた威圧感がほとんどありません。魔王がいるとは考えにくい』
「そうか……」
「あんたほんとわかりやすいわね」
魔王がいるとわかって喜び、いないとわかって落ち込むのはこの世界どこを探してもアストくらいである。人類を脅かす存在がいて、もちろん人類にとっていない方がいいのに『強いから』というだけでいてほしいと望むこの戦闘狂は、ある意味一番倫理観をかなぐり捨てている可能性すらあった。
ノックスも同様に、上の方から何かを感じ取っていたが、「どうせ魔力もねぇのにとかってバカにされるし……」とすっかり自信を無くし、心のうちにしまっておいた。フリード以外同年代で構成されたパーティだが、周りが優秀すぎて地味にへこんでしまっているノックスであった。
薄暗い廊下を抜けると、広い空間に辿り着いた。天井に吊り下がっていたであろうシャンデリアが床に落ち、周囲に破片が散らばっている。床に敷かれてある絨毯は元の色がわからないほどに変色し、原型をとどめていない。
『この場所から強く感じます。恐らく、何かがいる』
「クルス」
「はい」
フリードに名前だけ呼ばれたクルスが『探査魔法』を飛ばし、この空間を『解析』する。
結果は、すぐに分かった。『解析』にそれらがかかった瞬間、姿を現す。青白い炎を纏った球体がいくつも浮かんでおり、それらの中心に、同じく青白い炎を纏った大鎌を持つ魔物がいた。
人型だが、上半身しかない。手には巨大な漆黒の鎌を持ち、頭部の上半分がごっそりと抉られたかのような形状で、皮膚がなく、むき出しになっている歯の隙間から青白い炎が漏れ出ている。腹の位置にはまるで脳に見える不気味な物体があり、そのすぐ下に青白い炎を放つ巨大な赤黒い瞳があった。
「のこのこと我が根城に餌がやってくるとは、人間とは存外気が利くものだな」
「村を滅ぼしたのはあなたですか!」
「いかにも。喰らいやすそうな餌があったものでな」
臆することなく声を張り上げるステラに、魔物は悠然と答えた。
「我は魂を喰らう。幸せに生きているものほど、魂の質がいい。ただそれよりも格別なのが、絶望している者の魂だ。そろそろ置いてきた人間の子どもの絶望が育」
「うおおおおお!!!」
『ノックス!?』
魔物が喋っている間に、ルキノスを構えたノックスが駆け出した。
ノックスにとって、魔物が何を言おうともう興味はない。村を滅ぼした相手が目の前の魔物であるというだけでもうそれ以上聞く価値など存在しなかった。故に、ぶっ飛ばす。判断基準一つあればもうあとはどうでもいい。魔力を持たず筋肉を鍛え上げてきたノックスは、脳みそまで筋肉になってしまった。
「あのバカ! 一番突っ走っちゃダメなのに!」
「ノックスはバカだから仕方がない。アルメイヤ、周囲の炎の対応は君に任せる。アストと私は前に出る。ステラとクルスはサポートを、ライラはここぞという時に放てる一撃を溜めてくれ」
言いながら、フリードは魔力弾を放ち、今まさにノックスを刈り取ろうとしている大鎌を弾いて前へ出る。そして加えていたタバコを空気で押し出すように吐き飛ばすと、先端でじりじりと燃えていた火が膨らんで炎となり、魔物へ襲い掛かった。
「ステラ、アスト、クルス」
「了解」
ステラによりアストへ速度上昇のバフがかけられ、炎の線上にいたノックスを救出。フリードの炎へ対抗するべく放った魔物の青白い炎を防ぐようにしてクルスが防御魔法を展開。この流れるような連携の中で、ノックスはただびっくりして目を丸くすることしかできなかった。
「無事か、ノックス」
「あ、ありがとう」
『何をしているんですかノックス! 基本戦法は待ちだと教えたでしょう!』
「だから待っただろ! でもあいつ、聞いてもねぇのにべらべら喋るから我慢できなかったんだよ!」
『それは確かに同意します。ウザかったですね』
「あぁ。せっかく強そうなのに、あそこまで口を回すのは戦闘において風情に欠ける」
脳を筋肉に支配されているノックス。千年前の物騒な倫理観が消えないルキノス。戦闘においてはクソバカになるアストが集まってしまっては、まともな結論に落ち着かないのはわかりきったことだった。
しかしそんな頭のおかしい三人でも、魔物を前にしてふざけ続けるほどいかれてはいない。「俺にもバフを頼む!」とやる気を見せたノックスに、「ごめん! かけらんない! ルキノスの影響かも!」とステラに返され、ノックスが少ししょげたのが再びの開戦の合図となった。
ぶつかり合った炎の中から傷一つない魔物が現れ、魔物の周囲に数十の青白い炎が浮かび上がり、不規則に渦を巻くそれらから炎の弾丸が放たれた。
「よし、叩き斬る!」
「なら、お互いをカバーし合いながら進むか」
それに対する二人の回答は、斬りながら進むことだった。ノックスは魔力に対して絶大な効果を誇るルキノスを手に、アストは後遺症による痛みに「これが成長痛か」とやはり勘違いしながら雷を纏った剣を手にし、同時に駆け出した。
ルキノスに炎の弾丸が触れるとすぐに消え失せ、消しきれなかった弾丸はアストが叩き斬る。別方向から距離を詰めるフリードは、襲い来る炎の弾丸に対し、走りながら魔力弾を生み出してぶつけ相殺。初めから周囲に浮かんでいた球体は、動きを見せる前にアルメイヤが爆破。
「……同情するわ」
と、魔物を憐れんでみせたライラはその右手に魔力を収束させ、指示があればいつでも魔物を粉々にする準備ができていた。
「余裕なさそうだな!」
「ふん、炎だけが我の力だと思うな」
『そうですよノックス。ここにくるまでのことを思い出してください。恐らく幻影魔法を得意としています』
「その通り」
接近するノックスたちに狼狽えず、魔物が大鎌の柄で地面を叩いた瞬間、ノックス、アスト、フリードの三人が青白い炎に包まれた。
一瞬でも本物と認識してしまえば、その炎は現実となる。フリードですら一瞬体が焼かれるレベルの幻影魔法に、ノックスは『封魔の界』を自身とアストを覆うように展開して解除。その一瞬で、幻影魔法の影響下から脱出した。
「助かった」
「気にすんな!」
幻影魔法により一瞬止まった足はすぐに動き出し、魔物に肉薄する。ノックスとアストが剣を振るったのはほぼ同時、そして狙いは赤黒い瞳。
しかし、振るわれた剣が瞳を斬ることはなかった。剣が触れる直前、瞳が強い光を放つ。それだけで、ノックスとアストの体が硬直した。
「クルス、ステラ」
すかさず振るわれた大鎌から二人を守るために、クルスとステラの防御魔法が展開される。そして防御魔法が大鎌を防いでいる間にフリードが二人のもとへと辿り着き、アストの背に触れた。
「ノックス。衝撃に備えておけ」
「え?」
フリードの言った意味を理解したのは、隣にいたアストがライラになってからだった。転移魔法の応用により位置を入れ替えられたライラは目を丸くし、そしてすぐに自分がやるべきことを理解した。
「撃て」
「ちょ、まっ、シャレになんね」
言い終わる前に、ライラが右腕を振りぬいた。そして。
オレンジ色の強大な暴力が、魔物を粉砕した。
「しっ、死ぬかと思った……」
「無事ですか? ノックスさん」
至近距離で暴力の余波を受けるはずだったノックスは、寸でのところでアルメイヤに抱えられ、救出されていた。思春期で女の子との触れ合いに慣れていないノックスであっても、アルメイヤに抱えられて密着している現状より、寸前まで迫っていた死の恐怖が勝っている。
ライラの砲撃によって魔物は塵となり、その場に紫色の欠片だけが残った。砲撃が直撃した洋館の壁は綺麗に粉砕され星空が見えており、「俺もあの一部になるところだったんだな……」とロマンに想いを馳せていると、フリードがノックスに近づいてくる。
「少しいいか」
「フリードさん。あんた俺を殺す気ですか?」
「ノックスじゃない。ルキノス、あの欠片から魔王の魔力は感じるか?」
『はい。確実に魔王の魔力です』
「あの、一言謝ってくれるだけでいいんです」
「うるさいな」
「アルメイヤ、二人で逃げよう。あんな人でなしと一緒にいたくないだろ?」
「そ、それは駆け落ちということでしょうか……? でしたら、申し訳ございません」
なんで俺死にそうな目に遭った上に勝手にフラれてんの……? と落ち込むノックスをフリードが小突き、「どうでもいいからルキノスを連れてあの欠片に近づいてくれ」と非道な一言。これには流石のルキノスも『の、ノックスは魅力的ですよ!』となんの根拠もない励ましを送った。
「ルキノスに言われてもなぁ」
『なっ、私はこれでもものすごい美人だと評判なんですよ!』
「だろうな、そんな感じしてるわ」
『あっ、そ、うん、わかってるならいいんです』
ルキノスがちょろいということを覚えたノックスは適当にルキノスを持ち上げて黙らせて、紫色の欠片の前に立つ。近くにはフリードとクルスが立っており、クルスが欠片に対して『解析』を走らせて、フリードは無警戒に欠片を触ってぶつぶつと何かを呟いている。ルキノスが魔王の魔力を感じると言っていたことなど、倫理観をほとんど失っているフリードからすれば関係のないことであった。
「クルス、何かわかったのか?」
「ノックス。いや、何も。すごい魔力が込められてるっていうのはわかるんだけど……魔物とか魔族とかにしか適合しなさそうっていうくらいかな」
「問題はなぜ魔王の魔力があの魔物に与えられていたか、だな。こういう事例があった以上、各地で同じことがあっても不思議ではない」
「とりあえずぶっ壊しときます? あってもいいことないでしょ」
『すさまじい脳筋っぷりですね……」
呆れつつもルキノスは反対せず、フリードとクルスも惜しがりつつ賛同した。
ルキノスを構え、ノックスが一歩前に出る。
「お?」
瞬間、欠片が強い光を放った。その禍々しい紫の光は一瞬で収まると、欠片は忽然と姿を消していた。
代わりに、ノックスは自身の体に強烈な違和感を持つ。胸のあたりに異物があるような、そんな違和感。フリードたちが周囲を警戒している隙をついて、そっと自身の胸を襟元を伸ばして覗き込んでみると、
「……」
『ノックス? どうかしましたか?』
「ルキノス。あのさ」
なんか俺の胸に、欠片が埋め込まれてんだけど。大量の冷や汗を流しながら言ったノックスに、フリードが目を輝かせた。