聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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第25話

 荒野にいるのはノックスのみで、その背にいつもいるルキノスもいない。障害物も何もないただ広いだけの空間。空は暗く、色は深い紫。星は見えず月もない。

 

「……誰かいませんかー!!」

 

 そんな空間に飛ばされてノックスが取った行動はシンプルだった。考えても無駄だと声を上げ、見渡す限り何もないから誰もいるわけがないとわかっているのに可能性へ縋り付く。

 

『ククク、多少の怯えもないとは、吾輩の器は肝が据わっているようだな』

 

 しかし、ノックスの呼びかけに応える声があった。それは突如ノックスの目の前に現れた深い紫の霧から発せられ、粘土をこねるようにぐにゃぐにゃと段々形となっていく。

 

 腰まで伸びた銀の髪。月のような色を持つ瞳。体色は薄い紫で、その頭には一対の禍々しい赤黒い角が生えている。その身には角と同色のローブを纏っていた。

 

「我が名は魔王ザミリエル。貴様が吸収した魔力の持ち主だ」

「魔王? 死んだんじゃなかったっけ」

「ふん。死んだのは死んだのだろうな。だが、今は生まれ直そうとしている」

「生まれ直そうとしている?」

 

 魔王と名乗った魔族に、ノックスは平常心を保っていた。ノックスがバカで考え無しだからというわけではなく、なんとなく大丈夫な気がしたからという漠然とした理由で。それに気分を害した様子もなく、ザミリエルはその場にあぐらをかいて座り込み、ノックスも無警戒に近寄って同じようにあぐらをかいて座り込んだ。

 

「吾輩の魔力の欠片。それが貴様の胸に埋め込まれただろう」

「あぁ。なんかクルスの話じゃ異常なしって話だったけど」

「だろうな。少なくともあれ程度では、吾輩の魔力を感知することなどできん」

 

 クルスの『解析』は、スキャンしたものの情報を読み取ることができる。それでもノックスに埋め込まれた魔力の欠片を異常なしとしたのは、吸収された魔力が少なすぎて、まだザミリエルの魔力が目覚めていなかったためであった。

 

「だが、あの聖拳の使い手によって吾輩が目覚めるだけの魔力が集まった。今『解析』されれば異常ありと言われるだろうな」

「へぇー。あれ? ってことは俺今魔力持ってるってこと!?」

「吾輩の魔力だがな。まぁ行使はできる」

「マジかよ!! やったー!!」

 

 念願の魔力を手に入れたノックスはそれはもう喜んだ。両手でガッツポーズを作り天に向かって腕を伸ばして咆哮。その腕を下ろした勢いでザミリエルの肩を掴んで「ありがとう!! 俺のところにきてくれて!!」と妻が産んだ赤ん坊に対して言うようなセリフをザミリエルに送る。

 そんなノックスに対し、ザミリエルは嘲笑で返した。

 

「どうやら、どういう状況か理解していないようだな」

「俺はもっと強くなれるってことだろ!」

「間違いではないが、違う。吾輩の魔力が集まった時、貴様の肉体は吾輩のものとなるということだ」

「いいじゃん」

「いいじゃん?」

 

 嘲笑は困惑へと変わり、魔王らしからぬ間抜け面を晒す。ここにザミリエルの家臣がいれば、「幻滅しました。魔王軍やめます」と軍を抜ける者が続出したことだろう。

 だがザミリエルは腐っても魔王であり、ノックスの「いいじゃん」というセリフを『魔王と友好を深め、自分の安全を確保するため』のものだと推測した。そして人間風情が調子に乗るなよと力の差を見せてやろうとその手に魔力を込めた時、ノックスが言葉を続ける。

 

「あれ? やっぱよくねぇか? ザミちゃんが俺の体使えるようになった時って、もう俺に所有権戻ってこねぇの?」

「吾輩が力を収めれば戻ってこられるだろうな」

「じゃあ別に、俺の体ん中にずっといんのは窮屈だろうし、いいぜ?」

 

 ザミリエルは今、ノックスと同化状態にある。それはノックスの思考、感情をある程度読み取れるということでもあり、ノックスが今嘘を言っているわけではないことが理解できた。

 理解できたが、それは納得とは別の話であり、言っている内容は理解できても意味がまったくわからなかった。魔王は人類の敵であり、屠るべき対象。だというのにノックスは自分を気遣っている。またもザミリエルは魔王らしからぬ間抜けな表情を晒した。

 

「貴様、何を考えている?」

「なんか悪いやつだとは思えないんだよなぁ。だってさ、魔力集まって体乗っ取れるんなら、俺に話さずそん時がきたら乗っ取ればよくねぇか?」

「……しまった!!」

 

 魔王の威厳、崩れ去る。バカみたいに顎を落として大口を開け、ザミリエルは頭を抱えた。

 ザミリエルがノックスに『魔力が集まると体を乗っ取れる』ことを教えたのは優しさでも打算があったわけでもなく、ただ考え無しに「おぉ! やっと喋れるようになった!」という喜びからくるもの。

 

 魔王ザミリエル。御伽噺で語られるその存在は邪知暴虐を体現したような存在であったが、実際は脳が足りない阿呆であった。

 

「貴様っ! 今のこと他のやつらには言うなよ!」

「えー? でもそうしたらさ、表でザミちゃんと話せねぇじゃん。ただでさえ体動かせねぇのに、余計窮屈じゃねぇか?」

「くっ、それは確かに……!」

「よっしゃ決まり! 俺の体ん中にいてもらうのはワリィけど、よろしくな。ザミちゃん」

「……さっきからザミちゃんと言っているが、吾輩のことか?」

「他に誰がいんだよ」

「吾輩は魔王ザミリエル! 愛称で呼ぶな、殺すぞ!」

「俺が死んだらザミちゃんも死ぬんじゃね?」

「はっ、そうか!」

 

 ザミリエルの知能レベルは、ノックスに言い負かされるほどのレベル。今のところノックスとの舌戦で全敗を喫しているザミリエルは、これ以上無様を晒すわけにはいかないと、「ククク」と笑っておいた。生前これをやっておけば勝手に恐怖してくれたため、ザミリエルにとってのリーサルウェポンである。

 

「で、ここっていつ出れんの?」

「吾輩が呼んでいるだけだからな。吾輩の意思で出すことができる。もうここで話すこともないし、目覚めさせてやろう」

「おう、頼むわ」

 

 

 

 

 

「あ、起きた」

「ステラ!!!!!???」

 

 目を覚ました瞬間目の前に美少女。女の子への耐性がないノックスは跳ね起きるかと思いきや、跳ね起きたらステラと頭をぶつけてしまうと高速で判断し、「ちょっと顔近くて恥ずかしいから、どいて」と乙女のような反応を見せた。「ごめんねー?」と笑うステラに脈がないことを察したノックスは、心の中で涙を流す。

 

 ステラがどいてくれたことで体を起こしたノックスが周りを見れば、どこかの家の中だった。ノックスはベッドに寝かされており、急に倒れたノックスに何事かと旅の仲間が全員集合している。

 

「あれ、ノックス大丈夫!? どこか痛いの?」

「嬉し泣き……」

『すみませんステラ。ノックスはほとんど一人だったので、目を覚ましてみなさんがいてくださったことが随分嬉しかったようです』

「あぁ、そうなんだ。ステラの反応があまりにも脈なしだから悲しんでるのかと思ったよ」

「クルス。お前に話がある」

「僕らもノックスに話がある」

 

 ドキン! とりあえず黙って様子を見ておこうと思っていたザミリエルの胸が跳ねた。ノックスと話して現実に帰っても喋ると決めたザミリエルだったが、「あれ、冷静に考えたら吾輩、敵まみれじゃないか?」と考え直していたところに、クルスからの「話がある」発言。阿呆であるザミリエルとはいえ、流石に今の状態で『解析』を使われれば自分の正体がバレることに気づいている。

 

(どうか、『解析』を使っていないでくれ……!)

「さっき『解析』したら、ノックスの胸のそれから魔王の魔力感じたんだけど。なんか薄く光ってるし」

「あ、そうそう。みんなに紹介しねぇとな。魔王ザミリエルだ」

『クソッ!! ここまでか!!』

『お久しぶりですね、ザミリエル』

『まさかテメェとも会うことになるとはなァ』

 

 ザミリエルの願い空しく、あっさりとクルスに看破された。笑い交じりに話しかけてきたルキノスとアルゴに憤慨したザミリエルは、自身をチカチカ光らせて怒りをあらわにする。

 

『フン。冷静に考えれば周りは敵だらけだと思っていたが、吾輩を屠ることはこの器を屠ることと同じこと。よく考えれば貴様らは吾輩に手出しできんだろうな!!』

「あぁ。だから困ったことになった」

「フリードさん」

 

 フリードがノックスの側まできて、ノックスの服をめくり上げる。「きゃあ!」と言って胸を隠したノックスを一睨みして黙らせて、胸に埋め込まれた、薄紫に発光しているザミリエルを撫でた。

 

「元々、聖剣を所有し、魔族に狙われるからという理由で殺害の案が出ていた。そこに魔王の魔力を有するとなれば、反対意見を押し切ってでもノックスの殺害に動くだろう」

「マジすか?」

『え、それは困る』

「マジだ。魔力の欠片を集めきることは魔王の復活と同義だからな。で、ノックスが意識を失っている間、軍に報告したら案の定だった」

 

 さっきは嬉しさから出た涙の意味が、悲しさへと変わった。

 

 ノックスが魔力を吸収し、意識を失った後。その場に居合わせた三人は急いで民家へとノックスを運び、起きたことをフリードに説明。その間にクルスが『解析』をノックスに行い、ザミリエルの魔力が起きたことが判明し、それをフリードが軍へと通達した。

 その結果フリードが受けた連絡は、「ノックスを連れて帰還しろ」というものだった。

 

「なんで言っちゃったんですか……」

「言わないことよりも、言った方が行動の予測がつきやすい。知らない間に事実が漏れて、いつの間にかノックスが殺されていたでは話にならないからな」

「……え? ってことは」

『ノックス。ここにいる皆さんは、ノックスの味方になることを選んでくれました』

 

 ノックスの味方をする。確定ではないが、もしかしたら国ごと敵に回すことになるかもしれないというのは、バカのノックスでも理解できた。

 

「合法的に強いやつらと戦えるんだろう?」

「ノックスを殺して終わりなんて、そんなのおかしいって思うから!」

 

 アストは国を敵に回せば軍と戦えるからという戦闘狂らしい理由で、ステラはその身に宿した正義感。

 

「乗りかかった船だしね」

「どうせ戻っても、スパイだなんだって疑われてまともな扱いされる気しないし」

 

 クルスとライラは、諦めに近い感情。どちらかと言えば一般人に感覚が近い二人は心の底からノックスの味方をした方がいいと納得したわけではないが、それでもノックスの心に沁みた。

 

「短い間しか一緒にいませんでしたが、ノックスさんがいい人だと知っていますから」

「なんか難しいことはよくわかんねぇけど、ノックスは友だちだしな!」

『実際、ザミリエルは阿呆で無害だからな』

 

 アルメイヤとルディは善性から、アルゴは自身の経験からザミリエルが危険ではないと判断して。アルゴに舐められたザミリエルは怒りのあまり怒鳴り散らそうとしたが、フリードに睨まれて黙り込んだ。

 

「ノックス。正直私は魔王を復活させるくらいなら殺した方がいいと思っているが、研究対象として実に興味深い。すまないが、私の興味のために世界を敵に回してくれ」

「……フリードさん。結婚してください」

「悪くないな」

 

 ノックスの髪をくしゃりと撫で、フリードが家の出口へ向かう。

 

「さ、行こう。世界へノックスの抹殺命令が出ればすぐにここへ軍が派遣されるだろう。これから先、のんびりしている暇はないからな」

「……よっしゃ、ありがとうみんな! 行こうぜルキノス、ザミちゃん!」

『ザミちゃん!!? ぷぷー!! 随分可愛らしい愛称ですね、ザミちゃん?』

『貴様ァ!! 吾輩を愚弄しようとしているな!?』

『されてたぜ、ザミちゃん』

 

 こうして、世界を敵に回すことになるかもしれない一行の旅が、ザミリエルの怒号とともに始まった。

 

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