聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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第4話

 剣戟による轟音。それが特別戦技場に響き渡り、力が伝播していく。その衝撃を受け、アストは笑みを深めた。

 

(これなら、俺が何か言う必要もなかったな)

 

 外野からノックスに向かっての誹謗中傷。あまりの情けなさに先ほど怒りの言葉を飛ばしたアストは、これを見ればどうせ黙っていたと思い直し、ノックスへの評価を上方へ修正する。

身体能力はもとより、魔法による強化もされているアストと打ち合える人間はかなり珍しい。ノックスは、今この瞬間その”珍しい”の一部となった。

 

(だが、まだ足りん)

 

 一瞬の競り合いの後、アストは思い切り剣を振りぬいて力任せにノックスを弾き飛ばす。この数週間で飛ばされ慣れていたノックスは飛ばされながらもアストから目を離さず、魔法が飛んできてもすぐにルキノスで払えるよう剣を構えた。

 

(なぜ、俺と渡り合えた?)

 

 油断なく構えながら、アストは思考する。

 

(普通に考えれば、魔力のない人間が俺と一瞬でも打ち合えるはずがない。筋肉量を見ても単純なフィジカルでは不可能だ。ではなぜ? 魔力による強化は見られない。であれば自然。固有魔法によるものか、あの剣自体が特別なものかのどちらかだ)

 

 一瞬の推測。そして次に放ったのは碧色の魔力弾。一瞬にして生み出された無数のそれが、ノックスに向かって放たれる。

 それに対し、ノックスは直進を選択した。そのまま向かってくる魔力弾に対しルキノスを振るうと、ルキノスに触れた魔力弾がすべて霧散した。

 

(魔法を打ち消されたやつは大抵虚を突かれる!)

 

 ルキノスの指導、その一。ルキノスの力を知らない相手と戦った時、その戦闘で初めて魔法を打ち消した時はすぐに攻撃を仕掛けるべし。

 魔法を相殺される経験はあっても、打ち消される経験など早々ない。であれば、その瞬間は隙ができる。ノックスには魔力を打ち消すルキノスと、人より鍛えた体があるだけ。一瞬一瞬の隙をものにしなければ勝利は掴めない。

 

 ノックスはその指導に従い、魔力弾を討ち払った後アストに向かって突き進んだ。しかし、

 

『ノックス、下がって!』

 

 ルキノスが叫び、反射的に地面を蹴って後ろへ下がる。

 その直後に、視界が一瞬光に覆われたかと思えば、あのまま突き進んでいればノックスがいたであろう位置に雷が落ちた。熱が地面を焼き、電光が迸る。

 

「魔力を払う性質を持っているな、その剣」

 

 光の向こう側から、ゆっくりとアストが歩き出した。

 

「確かに、魔法を打ち消されれば虚を突かれるだろう。ただ、俺からすればその程度で虚を突かれるのであれば戦場に立つに相応しくない」

「……それもそうだ」

『立派な志ですね。恵まれた才能を持っていれば、少しは慢心があってもいいでしょうに』

「何が起こってもおかしくないのが魔法だ。それらが身近にあって、慢心などできるわけがない」

 

 アスト・アウリエは入校して少し経たず、最強の一角に数えられている。魔法の熟練度では先輩に及ばない。戦闘技術も及ばない。にも関わらず最強の一角に数えられているのは、慢心のなさが所以であった。

 どんな相手であろうと油断せず、『何が起こってもおかしくない』と常に考え、パズルのピースをはめていくかの如く相手の魔法、戦闘スタイル、思考を追求し、勝利への最善策を組み立てる。

 

「俺と打ち合えたのも、その剣の性質によるものだろう。剣での打ち合いを通して俺の身体強化が弱体化され、力の調整が崩れた。であれば、触れられなければいい」

 

 言葉とともに、アストの体が碧の魔力光に覆われる。次いでアストの周囲でバチバチと音を立てながら電光が弾け始めた。

 

『右!』

「遅い」

 

 ルキノスの声に反応し、右へルキノスを振るおうと行動に移す前に、横腹に剣を叩きつけられていた。衝撃を与えられた箇所から波のように痛みが全身に走り、『殴られた』と頭で理解してからようやく苦痛の声が漏れる。

 

「まだ終わりじゃない」

「がっ、アッァァァァアアアアア!!!」

『ノックス!!』

 

 剣に殴りつけられ吹き飛ばされたノックスに向かって、一筋の電光が奔る。それがノックスに触れた瞬間、バチッ、と光が弾ける音とともに内から弾けるような痛みと痺れ、そして熱に襲われた。ノックスの体が碧の光に包まれて、悲鳴が響き渡る。

 

『ノックス、構えて!』

「遅いと言っている」

 

 光が収まる前に、アストが追撃を仕掛ける。縄のように伸びた電光がノックスの周囲を囲い、網目状の球体に閉じ込める。それを払おうと電光から解放されたノックスがルキノスを握って振るおうとするが、それを待たず網目状になったその交差点。そのすべてからノックスに向かって電光が放たれた。

 

(魔力を打ち消す効果範囲は、恐らくあの剣のみ。ならば、剣で捌き切れない範囲の攻撃、体勢を整える暇を与えない連撃)

 

 数回の攻防で、アストはノックスの弱点を把握していた。

 ノックスは身体強化をしているわけではなく、魔力を打ち消す剣を持っているといってもその身体能力は『鍛えた人間』の域を出ない。ともなれば、対応できるものも限られてくる。全方位からの攻撃であれば、がむしゃらに剣を振ってもどこかからは必ず当たる。

 更に、体勢を整える暇を与えない連撃。魔力を打ち消すには剣に当てなければならない。そして剣を振るうには力を籠め、振り下ろす、薙ぎ払う等の動作が必要。ならば、力を伝える暇もなく連撃を加えればいい。

 

 その二つを実行したうえで、アストは。

 

(さて、()()()()()()()()()()()、ノックス)

 

 慢心はなかった。『何が起こるかわからない』。アストの芯にある考えであり、強さの元。しかしそれは同時に、相手に対する期待の表れでもあった。

 

 そして、その瞬間が訪れる。それを見て、アストはやはり自分の考えは正しかったと確信した。

 

それは、ノックスを襲っていた電光の巣が、薄い灰色の光に包まれて動きが鈍重になった光景。その一瞬を逃さず、ノックスがルキノスを握って周囲の電光を払っていく。

 

 奥の手とも呼ぶべき、聖剣ルキノスの力だった。

 

 数多の電光を払いながら、ノックスは数週間前、ルキノスとの会話を思い出していた。

 

『私の魔力を打ち消すという性質。これは私の魔力によるものです』

「ルキノスに魔力?」

 

 剣を振るうことに慣れようと、様々な角度から、様々な体勢からルキノスを振るっていた時、唐突に告げられたそれにノックスは首を傾げた。

 

『えぇ。私にも人間と同様に保有する魔力があり、それが魔力を打ち消す性質を持っています』

「あー。じゃあルキノスがもし人間だったら、素手で殴っても魔力打ち消せるってことか」

『はい。それと、魔力を持っているということは』

 

()()()()()()()()ってこと、だっけか!」

『よく覚えていましたね。えらいえらい』

「バカにすんな!!」

 

 痺れる体でなんとか最後の電光を払ったと同時、灰色の光が収まっていく。

 

 灰色の光、それがルキノスの魔力光。魔力を打ち消す性質により、魔法の威力を弱めた結果が、速度の鈍重化につながる。

 

『そう何度も使えるというわけではない、ということは覚えていますか?』

「魔力を打ち消す性質を持ってる以上、ルキノスを持ってる俺にも悪影響!」

『優秀ですね、ノックス。それでは私たちが目指すべきは?』

「短期決戦!」

 

 素晴らしいな、とアストは歓喜を表すかのように身に纏った電光を弾けさせた。

 

(ここまで『何が起こるかわからない』を体現するやつは初めてだ。戦いがいがある。惜しいのは、まだ成長途中で戦ってしまったということか)

 

 もっと成長してからであれば。ノックスにも手札が増え、そのすべてが未経験。アストからすれば、自身の経験のためには『何が起こるかわからない』手札を増やした状態のノックスと、初見で戦いたかったというのが本音だった。

 

(先ほどのものが本人に悪影響を与える、というのは本当だろう)

 

 ノックスの体勢。剣を下げ、呼吸の度に肩が上下し、肌には汗が浮かんでいる。魔力は命の源であり、ゼロになっても死にはしないが体力は格段に落ちる。

 

 それらの要素を思考に落とし込んだ上でアストが選択したのは。

 

「悪く思うなよ」

 

 アストの周囲に無数の魔力弾が現れ、それらが強く発光すると同時に、それらすべてから電光が放たれる。そしてその光の筋が不規則に進路を変え、ノックスの視界を光で埋め尽くした。

 

(先ほどのアレを使ったとしても、俺のところにくるまでに必ず電光を斬らなければならない。その間に新たな魔法を構築し放てば、いずれノックスの魔力切れが起こる)

 

 圧倒的ともいえる実力を持っているアストが選択したのは、ルキノスの魔力放出を使わせ、ノックスの魔力切れを狙うことだった。慢心がなく、確実な勝利を求めるアストのそれに、ノックスは笑ってみせた。

 

「じゃあ、やるしかねぇよな」

『えぇ。やるしかないです』

 

 その時、アストは体が重くなった感覚に襲われた。そして、自身の中の魔力の流れが遅くなっていることに気づく。

 そして、察した。背後を見れば、そこには薄い灰色の壁。

 

(やられた!)

 

 ノックスが選択したのは、先ほどよりも強力な、ルキノスの魔力放出。魔法を鈍重化させる程度では済まないほど強力なそれは、ノックスに向かって奔っていた電光すべてを緩やかに消滅させた。

 

 ノックスが走り出す。ルキノスを構え、切り開かれた道を突き進む。

 

(魔力がうまく練れん! 剣で対処、体が思うように動かない!)

 

 迫ってくるノックスに魔法を放とうとしたアストの指先から出たのは、糸ほど細く、うぶ毛ほど短い電光だった。

 

 その一瞬。魔法を使おうとしたその一瞬の隙をついて、ノックスはアストにルキノスを叩きつけた。右上から、左肩に。振り下ろされたそれは型といえるほど流麗ではなく、子どもの喧嘩のような乱暴さ。

 

 そして、振り下ろしたノックス、振り下ろされたアストが同時に地面へ倒れこむ。それと同時に、灰色の空間が解除された。

 

 痛む体に鞭打って、アストが跳ね起きる。そのまま魔法を放とうと感覚が戻った魔力を練り始めたところで、気づいた。

 

 ノックスがルキノスを握ったまま、目を閉じていることに。

 

『──勝者、アスト・アウリエ!!』

 

 その日、ノックスはアストに敗北した。

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